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12マイコニド2
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私は廊下の床を擦っていたモップを止めて、大きく息を吐いた。
手の甲で額の汗を拭い、魔素の補充薬で喉を潤す。いつもならこれでお腹がタプタプになって困るところだが、今日ばかりは水分補給としてもありがたい。
「……美しい」
私は自分が磨いた床面を眺め、満足感あふれるつぶやきを漏らした。
掃除には達成感という中毒的な快楽がある。
だから始めるまでは億劫でも、始めてしまえばつい思っていた以上にやり込んでしまうものだ。
「いや、本当に美しい。三日間でここまで綺麗になるとは思ってもいませんでした」
ピノさんが廊下の向こうから歩いて来て、私たちの仕事を褒めてくれた。
本来なら褒められれば謙遜すべきかもしれないが、今は誇りたい気分だ。それに、私の使役モンスターたちは本当によく働いてくれた。
「私もうちの子たちが掃除でこんなに活躍できるとは思ってもみませんでした」
六体のモンスターたちは、まさに獅子奮迅の働きをしてくれた。人間よりも機敏に動けるし、何より魔素が供給されている間は肉体的な疲労もない。
必要な魔素も、戦闘に比べれば微々たる量で済んだ。やはり敵を倒そうとする攻撃は、普通の動作に比べて何倍もエネルギーを使っているらしい。
ただ、それでも六体全員を働かせるとそれなりの負担にはなったので定期的に魔素は補給している。
「モンスターたちが器用に動けるのはクウ様との意思疎通が強固だからですよ。誇ってよろしいことかと」
「はぁ、そういうものなんでしょうか……」
それに関しては困ったことも努力したこともないから、褒められてもあまり実感が湧かない。
「そういうものです。なんにせよ、もう時間も遅いのでお仕事は切りの良い所までで結構ですよ。私も全体の片付けを始めます」
「分かりました。この上の階の廊下で最後なので、そこだけやっちゃいますね」
「では、お願いいたします」
私は念話でうちの子たちに仕事を切り上げて戻ってくるよう伝えた。
三日間も清掃を続けていればモンスターでも要領が分かるようで、私がいなくても自律して掃除できるようになっている。だから全員が別々の場所で働いていた。
私は階段を一つ上がって上の階へ向かった。これでおしまいにしよう。
最後の廊下にモップがけをしていると、まずスケさんカクさんが戻って来た。
二匹は私が何も指示しなくても、すぐに私のモップを掴み上げて自分たちで拭き始めた。なんて気の利く子たちだ。
(でも、やっぱり飛ばすのはちょっと魔素使うな)
私は改めてそれを感じていた。そして、同時にまたムラムラしてくる。
(まだ魔素は結構残ってるんだけど……ピノさんの料理のせいだ!)
ピノさんのまかないは基本キノコ料理だが、なんでも精のつく特殊なキノコを使っているという話だった。
そりゃその方が仕事には精が出るが、アッチの方にも精がついてしまう。
しかも夕食でそれをたらふく食べてからベッドインするわけだから、ムラムラして眠れるはずもない。
っていうか、本当に精がつくだけのキノコなんだろうか?催淫作用でもあるヤバいキノコを使ってるんじゃないかと疑ってしまうほどだった。
仕方ないので私はここでも普段通り、セルフケアに励んでから寝た。
お城のゲストルームだというゴージャスな部屋に泊めさせていただいたのだが、いつもと違う環境というのもドキドキして捗るものだ。
(でも、今朝も昼もあのキノコ食べたもんな。またムラムラしてくるのは仕方ないよね)
そう、これは私がいやらしい娘だからではない。精力キノコのせいなのた。
そうこう考えているうちに、廊下のモップがけは終わっていた。やはりモンスターにやらせると段違いに早い。
「よーし、これでおしまい!……ん?」
私は伸びをしながら、ふと視界に入った壁の一部に目を引かれた。
パっと見は他のところと変わらないのだが、何か違和感がある。
「……なんだろう?見た目はただの壁なんだけど、変な感じ」
壁の素材も他と同じだし、なにか模様があるわけでもない。ただ、不思議とそこに『何かある』と感じるのだ。
私は誘われるようにしてその壁の前に立った。そして違和感のある部分に触れる。
その途端、壁に不思議な黒い図柄が浮かび上がった。
円の中に複雑な紋様が描かれた魔法陣だ。魔法陣は黒いが、わずかに光を発していた。
(なにかマズいことになった気がする……)
私が一歩下がったところで、魔法陣から大きな狼の頭が現れた。
黒い毛並みの狼で、目だけが赤く光っているのが不気味だ。犬歯をむき出しにして、明らかな敵意を発している。
私が怯えながらもう一歩下がったところで、狼の頭は私に噛みついてきた。
「キャア!!」
スケさんカクさんも間に合わないタイミングだ。痛みを覚悟して目を閉じた瞬間、私の体は衝撃を受けて横に飛んだ。
驚いてそちらを向くと、私の目の前に大きなキノコがある。ピノさんが体当たりをして私を守ってくれたのだった。
私に覆いかぶさるように倒れたピノさんは、
「どうどうどう……」
という声をかけながら狼の鼻面を撫でた。
すると狼は牙を剥くのを止め、スルスルと魔法陣へと帰っていく。
「クウ様、お怪我はございませんか?」
「わ、私は大丈夫ですけど……ピノさんの頭が……」
私は声を震わせた。というのもらピノさんの頭のキノコが狼にかじられていたからだ。
傘の部分が一部食べられており、きれいな歯型がついている。
私は顔から血の気が引いていった。
(ヒューマンがこれだけ頭をかじられたら、死ぬよね……)
それくらい大きな欠損だった。血は出ていないが、大丈夫なのだろうか?
ピノさんはなくなった部分の傘を手で触れて確認した。
「これはこれは……美味しく食べられてしまいましたね」
平然とそう言いながら立ち上がる。
さらに紳士な執事らしく、私に手を差し伸べて立ち上がるのを手伝ってくれた。
「い、痛くないんですか?」
「ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。本物のキノコにとってこの部分が本体ではないように、マイコニドも本体は体の中にある核ですから」
ピノさんは自分の胸の辺りを手で叩いた。そこに核があるということだろう。
(でも、キノコにとってキノコは本体ではないって……どういうこと?)
私の頭は今起こった危険も相まって混乱した。
それを察したピノさんがすぐに説明してくれた。
「キノコは植物ではなく、菌類だということはご存知ですか?」
「え?あ、はい……何となく……」
そういえば本やテレビでそんな話を見聞きしたような記憶がある。
「キノコは基本的には動植物やその死骸、土の中に菌糸を伸ばし、そこから栄養を得て生きている生物です。その菌糸が有性生殖を行う際に、生殖器官を別途作ったものが一般的によく食べられているキノコなのですよ。ですから普通の方が思っているキノコは本体ではなく、使い捨ての生殖器です」
なんと!ピノさんの頭の立派なキノコはまんま生殖器だったとは!
私は驚くと同時に、なんだか変な気持ちでピノさんの頭を見てしまった。
「だから地表にできたキノコが枯れたり食べられたりしても生物として死ぬわけではなく、本体の菌糸は動植物や土の中で生き続けています。非常に長く生きるものもいて、中には二千年以上生きるものもいますよ」
「二千年!?」
「ええ、そういったキノコは森の中全体に菌糸を伸ばしています。その菌糸全体を一つの生物とみなすなら、地上で最も大きな生物はキノコということになるらしいですよ」
そう言うピノさんはちょっと誇らしげだった。
やはりマイコニドとしては、キノコが偉大であるということは自慢になることなのだろう。
「じゃあ、その頭はちゃんと戻るんですか?」
「もちろん戻りますが……少し時間がかかりますね。そうだ、クウ様はイエロースライムをお持ちでしたね。ちょっとそれを使わせてください」
「え?いいですけど……」
(イエローを使うって、どういうこと?)
私が首を傾げているところへ、ちょうどスライム三匹も帰ってきた。
ピノさんはイエローのそばにしゃがんで、その頭に手を置いた。
「軽く電流を流してください。ある種のキノコは電気刺激で成長を早めます。このままでは少々不格好ですので、早めに治させていただきましょう」
「キノコにそんな性質が……今日は本当に勉強になります」
「普段食べているキノコでも、意外と知らないことが多いでしょう?これからキノコを食べる時にま゛ま゛ま゛ま゛ま゛……」
最後のは私がイエローに電流を流させたことによって上がった声だ。
ちょっと不意打ちだっただろうか?でも流してって言われたし。
「大丈夫ですか?強すぎます?」
「ま゛ま゛ま゛ま゛……だ、だい゛じょう゛ぶでず……ぢょう゛どよ゛い゛ぐら゛い゛……」
なんだか大丈夫そうな声ではないようにも感じるが、よく見ると食べられた部分の傘が少しずつ再生してきている。
「すごい!本当に電気で治るんだ……まるで月待ち草みたい」
私は以前、徹夜で研究に付き合わされたドライアドのダナオスさんのことを思い出していた。
不思議と思い出すのは縛り、縛られした光景だったが。
その光景を脳裏に蘇らせてドキドキしていると、突然バフっという音が上がった。
そして私の顔に何かが浴びせられる。
「うわっ!な、なに?」
私は驚いてイエローの電流を止めた。
「も、申し訳ありません。刺激でつい胞子が飛び出てしまいました。アレルギーなどなければ害はないものですが……」
「あぁ、キノコの胞子だったんですね。今までアレルギーとかもありませんでしたし、大丈夫です」
私はそう言ってすぐにまた電流を流し始めた。
しかし、そこでふと気づいたことがあった。
(キノコは使い捨ての生殖器だって言ってたけど……じゃあ今浴びた胞子って、男性のナニから出たアレと同じなのでは……?)
そういう事になるのだろうか。
もしそうなら、私は顔面にアレを思いっきり浴びせられたということになる。
(やだ……私、汚されちゃった……)
そう思うと、私の背筋は震えるほどゾクゾクした。
そしてつい力加減を間違えて電流を流しすぎてしまい、その度に胞子を浴びることになった。
「きゃっ……やぁ……ん……」
「ず、ずい゛ま゛ぜん゛……」
(あぁ……汚されちゃう……ピノさんにマーキングされちゃう……)
あらぬ妄想で私はさらに興奮し、つい力を入れ過ぎてしまった。
すると胞子がさらにまた飛び出ることになる。もはや悪循環だ。
ただそれでも効果はあったようで、ピノさんの頭は少しずつ治っていく。
そしてしばらくすると、すっかり元通りのキノコになった。
「……ふぅ、ありがとうございました」
「い、いえ……お礼を言わないといけないのは私の方です。ピノさんが助けてくれなかったら、あの狼に食べられて死んでたかもしれません」
ピノさんに付いていたきれいな歯型から想像すると、モロに喰らえば命はなかっただろう
「いえ、それを言うならそもそも私がここの注意をし忘れていたのが悪いのです。思い出して慌てて来ましたが、間に合ってよかった。この壁の向こうには大切なものがあるので、カモフラージュとトラップの魔法が仕掛けてあったのですよ」
「そうだったんですね。なんだか違和感を感じてつい触っちゃいました」
ピノさんは眉をピクリと上げた。
「……違和感を感じましたか。カモフラージュの魔法はかなり巧妙にかけられていたのですが……まぁそれはいいでしょう。なんにせよ、私のもうろくが原因で恐ろしい目に合わせてしまいました。改めてお詫び申し上げます」
そう言って、回復したキノコ頭を洗練された動作で下げた。
その明らかに年季の入っている動きを見て、私はピノさんの年齢があらためて気になった。
見た目には幼げだとすら思えるが、やはり年下には思えない。
「いえ。私は怪我もありませんでしたし、大丈夫です。それにピノさんはまだもうろくなんてお齢じゃないんじゃ……」
「いいえ。こんな姿をしていますが、年齢は二百を超えた辺りでもう数えるのをやめてしまいました。もうろくもするでしょう」
「に、二百……?」
私は大口を開けて絶句した。
この世界ではエルフなど相当な長寿の種族がいることは聞いていたが、まさか目の前の幼げなキノコさんが二百歳を超えているとは。
先ほど二千年以上生きるキノコがいるという話をしていたが、もしかしたら二百歳どころではないのかもしれない。
ピノさんには私のリアクションが少々おかしかったらしい。笑いながら教えてくれた。
「私の主、この城の城主であるヴラド様も長命の種族です。ですから仕えるには、私のような者が適当なのですよ」
「そうなんですね。ヴラド公はマイコニドではないんですか?」
ピノさんはすぐには答えず、魔法のかけられていた壁の方へと向いた。
「……?」
私も何だろうと思ってそちらを向く。
すると、突然その壁が歪んで両開きの扉へと姿を変えた。
全面に大きな月とコウモリが彫刻された、重厚な扉だ。その扉がゆっくりと開かれる。
そこでピノさんはようやく私の質問に答えてくれた。
「ご紹介いたします。我が主にしてヴァンパイアの始祖、ヴラド公爵です」
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈キノコは生殖器〉
本文に書きましたが、実はキノコって胞子散布のために作られる生殖器官なんです。
本体は木とか土とかに張られた菌糸になります。
(まぁ『本体』って言っても、菌糸の集合体である菌類は何が本体か曖昧ではありますが……)
キノコ部分の正式名称は『子実体』というのですが、これが植物における花や果実に当たるわけですね。
ちなみに子実体を作らない菌類は『カビ』ということになります。
なんとなくキノコを植物のように思っている方も多いと思いますが、実はカビに近い生き物なんです。
もちろん光合成もしません。
〈世界最大の生物はキノコ〉
アメリカのとある森に生息するナラタケの一種は、推定重量が数千から数万トンにも及ぶのだそうです。
と言っても土の上にあるキノコがそのサイズなのではなく、『土の中に広がった菌糸全てを一つの生物だと仮定すると』という話です。
菌糸が森中の土に広がった結果というわけですが、それにしても凄いサイズ。
〈電気でキノコが増える〉
『雷が鳴るとキノコが生える』
という伝承は昔からあったのですが、実際に上手く電圧をかけてやるとシイタケなんかの収穫量がアップするそうです。
しかも二倍くらいになるというから産業的にも大した技術ですね。
〈キノピオとピーチ姫〉
『ピノキオ』という名前を聞いても、頭には『キノピオ』の方が浮かぶという日本人は多いでしょう。
筆者もそうで、子供の頃からそれくらいマリオシリーズを楽しませていただきました。今も息子とよくやってます。
マイコニドの執事ピノは、ピーチ姫に仕えるキノピオからの連想です。
可愛いですよね、キノピオ。大好きです。
でもこのキノピオ、ゲームによってはちょっとかわいそうな扱いを受けてるのをご存知でしょうか?
大ヒット対戦ゲーム、スマッシュブラザーズでは『キノピオガード』というピーチ姫の技があります。
キノピオがピーチ姫の盾になって攻撃を防ぎ、キノピオから出る胞子でカウンターを食らわせる技です。
ビジュアル的にはキノピオが自分から勇敢に前へ出てる格好にはなっているのですが……それを技として使うピーチ姫……
悪役令嬢もびっくりだぜ……
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
手の甲で額の汗を拭い、魔素の補充薬で喉を潤す。いつもならこれでお腹がタプタプになって困るところだが、今日ばかりは水分補給としてもありがたい。
「……美しい」
私は自分が磨いた床面を眺め、満足感あふれるつぶやきを漏らした。
掃除には達成感という中毒的な快楽がある。
だから始めるまでは億劫でも、始めてしまえばつい思っていた以上にやり込んでしまうものだ。
「いや、本当に美しい。三日間でここまで綺麗になるとは思ってもいませんでした」
ピノさんが廊下の向こうから歩いて来て、私たちの仕事を褒めてくれた。
本来なら褒められれば謙遜すべきかもしれないが、今は誇りたい気分だ。それに、私の使役モンスターたちは本当によく働いてくれた。
「私もうちの子たちが掃除でこんなに活躍できるとは思ってもみませんでした」
六体のモンスターたちは、まさに獅子奮迅の働きをしてくれた。人間よりも機敏に動けるし、何より魔素が供給されている間は肉体的な疲労もない。
必要な魔素も、戦闘に比べれば微々たる量で済んだ。やはり敵を倒そうとする攻撃は、普通の動作に比べて何倍もエネルギーを使っているらしい。
ただ、それでも六体全員を働かせるとそれなりの負担にはなったので定期的に魔素は補給している。
「モンスターたちが器用に動けるのはクウ様との意思疎通が強固だからですよ。誇ってよろしいことかと」
「はぁ、そういうものなんでしょうか……」
それに関しては困ったことも努力したこともないから、褒められてもあまり実感が湧かない。
「そういうものです。なんにせよ、もう時間も遅いのでお仕事は切りの良い所までで結構ですよ。私も全体の片付けを始めます」
「分かりました。この上の階の廊下で最後なので、そこだけやっちゃいますね」
「では、お願いいたします」
私は念話でうちの子たちに仕事を切り上げて戻ってくるよう伝えた。
三日間も清掃を続けていればモンスターでも要領が分かるようで、私がいなくても自律して掃除できるようになっている。だから全員が別々の場所で働いていた。
私は階段を一つ上がって上の階へ向かった。これでおしまいにしよう。
最後の廊下にモップがけをしていると、まずスケさんカクさんが戻って来た。
二匹は私が何も指示しなくても、すぐに私のモップを掴み上げて自分たちで拭き始めた。なんて気の利く子たちだ。
(でも、やっぱり飛ばすのはちょっと魔素使うな)
私は改めてそれを感じていた。そして、同時にまたムラムラしてくる。
(まだ魔素は結構残ってるんだけど……ピノさんの料理のせいだ!)
ピノさんのまかないは基本キノコ料理だが、なんでも精のつく特殊なキノコを使っているという話だった。
そりゃその方が仕事には精が出るが、アッチの方にも精がついてしまう。
しかも夕食でそれをたらふく食べてからベッドインするわけだから、ムラムラして眠れるはずもない。
っていうか、本当に精がつくだけのキノコなんだろうか?催淫作用でもあるヤバいキノコを使ってるんじゃないかと疑ってしまうほどだった。
仕方ないので私はここでも普段通り、セルフケアに励んでから寝た。
お城のゲストルームだというゴージャスな部屋に泊めさせていただいたのだが、いつもと違う環境というのもドキドキして捗るものだ。
(でも、今朝も昼もあのキノコ食べたもんな。またムラムラしてくるのは仕方ないよね)
そう、これは私がいやらしい娘だからではない。精力キノコのせいなのた。
そうこう考えているうちに、廊下のモップがけは終わっていた。やはりモンスターにやらせると段違いに早い。
「よーし、これでおしまい!……ん?」
私は伸びをしながら、ふと視界に入った壁の一部に目を引かれた。
パっと見は他のところと変わらないのだが、何か違和感がある。
「……なんだろう?見た目はただの壁なんだけど、変な感じ」
壁の素材も他と同じだし、なにか模様があるわけでもない。ただ、不思議とそこに『何かある』と感じるのだ。
私は誘われるようにしてその壁の前に立った。そして違和感のある部分に触れる。
その途端、壁に不思議な黒い図柄が浮かび上がった。
円の中に複雑な紋様が描かれた魔法陣だ。魔法陣は黒いが、わずかに光を発していた。
(なにかマズいことになった気がする……)
私が一歩下がったところで、魔法陣から大きな狼の頭が現れた。
黒い毛並みの狼で、目だけが赤く光っているのが不気味だ。犬歯をむき出しにして、明らかな敵意を発している。
私が怯えながらもう一歩下がったところで、狼の頭は私に噛みついてきた。
「キャア!!」
スケさんカクさんも間に合わないタイミングだ。痛みを覚悟して目を閉じた瞬間、私の体は衝撃を受けて横に飛んだ。
驚いてそちらを向くと、私の目の前に大きなキノコがある。ピノさんが体当たりをして私を守ってくれたのだった。
私に覆いかぶさるように倒れたピノさんは、
「どうどうどう……」
という声をかけながら狼の鼻面を撫でた。
すると狼は牙を剥くのを止め、スルスルと魔法陣へと帰っていく。
「クウ様、お怪我はございませんか?」
「わ、私は大丈夫ですけど……ピノさんの頭が……」
私は声を震わせた。というのもらピノさんの頭のキノコが狼にかじられていたからだ。
傘の部分が一部食べられており、きれいな歯型がついている。
私は顔から血の気が引いていった。
(ヒューマンがこれだけ頭をかじられたら、死ぬよね……)
それくらい大きな欠損だった。血は出ていないが、大丈夫なのだろうか?
ピノさんはなくなった部分の傘を手で触れて確認した。
「これはこれは……美味しく食べられてしまいましたね」
平然とそう言いながら立ち上がる。
さらに紳士な執事らしく、私に手を差し伸べて立ち上がるのを手伝ってくれた。
「い、痛くないんですか?」
「ご心配ありがとうございます。ですが大丈夫ですよ。本物のキノコにとってこの部分が本体ではないように、マイコニドも本体は体の中にある核ですから」
ピノさんは自分の胸の辺りを手で叩いた。そこに核があるということだろう。
(でも、キノコにとってキノコは本体ではないって……どういうこと?)
私の頭は今起こった危険も相まって混乱した。
それを察したピノさんがすぐに説明してくれた。
「キノコは植物ではなく、菌類だということはご存知ですか?」
「え?あ、はい……何となく……」
そういえば本やテレビでそんな話を見聞きしたような記憶がある。
「キノコは基本的には動植物やその死骸、土の中に菌糸を伸ばし、そこから栄養を得て生きている生物です。その菌糸が有性生殖を行う際に、生殖器官を別途作ったものが一般的によく食べられているキノコなのですよ。ですから普通の方が思っているキノコは本体ではなく、使い捨ての生殖器です」
なんと!ピノさんの頭の立派なキノコはまんま生殖器だったとは!
私は驚くと同時に、なんだか変な気持ちでピノさんの頭を見てしまった。
「だから地表にできたキノコが枯れたり食べられたりしても生物として死ぬわけではなく、本体の菌糸は動植物や土の中で生き続けています。非常に長く生きるものもいて、中には二千年以上生きるものもいますよ」
「二千年!?」
「ええ、そういったキノコは森の中全体に菌糸を伸ばしています。その菌糸全体を一つの生物とみなすなら、地上で最も大きな生物はキノコということになるらしいですよ」
そう言うピノさんはちょっと誇らしげだった。
やはりマイコニドとしては、キノコが偉大であるということは自慢になることなのだろう。
「じゃあ、その頭はちゃんと戻るんですか?」
「もちろん戻りますが……少し時間がかかりますね。そうだ、クウ様はイエロースライムをお持ちでしたね。ちょっとそれを使わせてください」
「え?いいですけど……」
(イエローを使うって、どういうこと?)
私が首を傾げているところへ、ちょうどスライム三匹も帰ってきた。
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「軽く電流を流してください。ある種のキノコは電気刺激で成長を早めます。このままでは少々不格好ですので、早めに治させていただきましょう」
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「普段食べているキノコでも、意外と知らないことが多いでしょう?これからキノコを食べる時にま゛ま゛ま゛ま゛ま゛……」
最後のは私がイエローに電流を流させたことによって上がった声だ。
ちょっと不意打ちだっただろうか?でも流してって言われたし。
「大丈夫ですか?強すぎます?」
「ま゛ま゛ま゛ま゛……だ、だい゛じょう゛ぶでず……ぢょう゛どよ゛い゛ぐら゛い゛……」
なんだか大丈夫そうな声ではないようにも感じるが、よく見ると食べられた部分の傘が少しずつ再生してきている。
「すごい!本当に電気で治るんだ……まるで月待ち草みたい」
私は以前、徹夜で研究に付き合わされたドライアドのダナオスさんのことを思い出していた。
不思議と思い出すのは縛り、縛られした光景だったが。
その光景を脳裏に蘇らせてドキドキしていると、突然バフっという音が上がった。
そして私の顔に何かが浴びせられる。
「うわっ!な、なに?」
私は驚いてイエローの電流を止めた。
「も、申し訳ありません。刺激でつい胞子が飛び出てしまいました。アレルギーなどなければ害はないものですが……」
「あぁ、キノコの胞子だったんですね。今までアレルギーとかもありませんでしたし、大丈夫です」
私はそう言ってすぐにまた電流を流し始めた。
しかし、そこでふと気づいたことがあった。
(キノコは使い捨ての生殖器だって言ってたけど……じゃあ今浴びた胞子って、男性のナニから出たアレと同じなのでは……?)
そういう事になるのだろうか。
もしそうなら、私は顔面にアレを思いっきり浴びせられたということになる。
(やだ……私、汚されちゃった……)
そう思うと、私の背筋は震えるほどゾクゾクした。
そしてつい力加減を間違えて電流を流しすぎてしまい、その度に胞子を浴びることになった。
「きゃっ……やぁ……ん……」
「ず、ずい゛ま゛ぜん゛……」
(あぁ……汚されちゃう……ピノさんにマーキングされちゃう……)
あらぬ妄想で私はさらに興奮し、つい力を入れ過ぎてしまった。
すると胞子がさらにまた飛び出ることになる。もはや悪循環だ。
ただそれでも効果はあったようで、ピノさんの頭は少しずつ治っていく。
そしてしばらくすると、すっかり元通りのキノコになった。
「……ふぅ、ありがとうございました」
「い、いえ……お礼を言わないといけないのは私の方です。ピノさんが助けてくれなかったら、あの狼に食べられて死んでたかもしれません」
ピノさんに付いていたきれいな歯型から想像すると、モロに喰らえば命はなかっただろう
「いえ、それを言うならそもそも私がここの注意をし忘れていたのが悪いのです。思い出して慌てて来ましたが、間に合ってよかった。この壁の向こうには大切なものがあるので、カモフラージュとトラップの魔法が仕掛けてあったのですよ」
「そうだったんですね。なんだか違和感を感じてつい触っちゃいました」
ピノさんは眉をピクリと上げた。
「……違和感を感じましたか。カモフラージュの魔法はかなり巧妙にかけられていたのですが……まぁそれはいいでしょう。なんにせよ、私のもうろくが原因で恐ろしい目に合わせてしまいました。改めてお詫び申し上げます」
そう言って、回復したキノコ頭を洗練された動作で下げた。
その明らかに年季の入っている動きを見て、私はピノさんの年齢があらためて気になった。
見た目には幼げだとすら思えるが、やはり年下には思えない。
「いえ。私は怪我もありませんでしたし、大丈夫です。それにピノさんはまだもうろくなんてお齢じゃないんじゃ……」
「いいえ。こんな姿をしていますが、年齢は二百を超えた辺りでもう数えるのをやめてしまいました。もうろくもするでしょう」
「に、二百……?」
私は大口を開けて絶句した。
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先ほど二千年以上生きるキノコがいるという話をしていたが、もしかしたら二百歳どころではないのかもしれない。
ピノさんには私のリアクションが少々おかしかったらしい。笑いながら教えてくれた。
「私の主、この城の城主であるヴラド様も長命の種族です。ですから仕えるには、私のような者が適当なのですよ」
「そうなんですね。ヴラド公はマイコニドではないんですか?」
ピノさんはすぐには答えず、魔法のかけられていた壁の方へと向いた。
「……?」
私も何だろうと思ってそちらを向く。
すると、突然その壁が歪んで両開きの扉へと姿を変えた。
全面に大きな月とコウモリが彫刻された、重厚な扉だ。その扉がゆっくりと開かれる。
そこでピノさんはようやく私の質問に答えてくれた。
「ご紹介いたします。我が主にしてヴァンパイアの始祖、ヴラド公爵です」
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☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈キノコは生殖器〉
本文に書きましたが、実はキノコって胞子散布のために作られる生殖器官なんです。
本体は木とか土とかに張られた菌糸になります。
(まぁ『本体』って言っても、菌糸の集合体である菌類は何が本体か曖昧ではありますが……)
キノコ部分の正式名称は『子実体』というのですが、これが植物における花や果実に当たるわけですね。
ちなみに子実体を作らない菌類は『カビ』ということになります。
なんとなくキノコを植物のように思っている方も多いと思いますが、実はカビに近い生き物なんです。
もちろん光合成もしません。
〈世界最大の生物はキノコ〉
アメリカのとある森に生息するナラタケの一種は、推定重量が数千から数万トンにも及ぶのだそうです。
と言っても土の上にあるキノコがそのサイズなのではなく、『土の中に広がった菌糸全てを一つの生物だと仮定すると』という話です。
菌糸が森中の土に広がった結果というわけですが、それにしても凄いサイズ。
〈電気でキノコが増える〉
『雷が鳴るとキノコが生える』
という伝承は昔からあったのですが、実際に上手く電圧をかけてやるとシイタケなんかの収穫量がアップするそうです。
しかも二倍くらいになるというから産業的にも大した技術ですね。
〈キノピオとピーチ姫〉
『ピノキオ』という名前を聞いても、頭には『キノピオ』の方が浮かぶという日本人は多いでしょう。
筆者もそうで、子供の頃からそれくらいマリオシリーズを楽しませていただきました。今も息子とよくやってます。
マイコニドの執事ピノは、ピーチ姫に仕えるキノピオからの連想です。
可愛いですよね、キノピオ。大好きです。
でもこのキノピオ、ゲームによってはちょっとかわいそうな扱いを受けてるのをご存知でしょうか?
大ヒット対戦ゲーム、スマッシュブラザーズでは『キノピオガード』というピーチ姫の技があります。
キノピオがピーチ姫の盾になって攻撃を防ぎ、キノピオから出る胞子でカウンターを食らわせる技です。
ビジュアル的にはキノピオが自分から勇敢に前へ出てる格好にはなっているのですが……それを技として使うピーチ姫……
悪役令嬢もびっくりだぜ……
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お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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