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08ドライアド2
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「すごい!ツリーハウスなんて素敵!!」
私は研究畑の北側に作られたツリーハウスを見上げて感動した。
大木と一体になるよう作られたその空中家屋は、本や画面の中でしか見たことのない夢の建築物だ。
その反応に、ダナオスさんが誇らしげ胸を張る。
「アカデミーの先輩方から代々引き継がれてきたものです。このツリーハウスに見守られた研究畑から、著名な論文がいくつも出たんですよ。バジリスクの石化を治す金の針はここで開発された黄金薔薇の棘ですし、身体強度を上げるプロメテイオンの薬草もここから産まれました。他にも……」
「上がってみていいですか?」
「……どうぞ」
ダナオスさんはまだまだ語りたそうだったが、私は立て掛けられたハシゴをするすると登っていった。
ツリーハウスにはバルコニーのようになった広い足場があり、そこから研究畑の全体が一望できる。
柵も手すりもないので少し怖かったが、その分開放感があってすこぶる気持ちいい。
(なるほど、ただ素敵だから建ててるんじゃないんだ。上から全体を見て観察できるようにしてる)
実際に畑を見下ろしてそれがよく分かった。
ダナオスさんの研究畑はいくつかのエリアに分けられている。
おそらくそれぞれで様々な試行がなされているのだろうが、そのいずれにも同じ植物が植えられていた。
「本当に全部月待ち草なんですね」
「ええ、僕の研究テーマは『月待ち草の安定収穫』ですから」
ダナオスさんはハシゴからツリーハウスへ身を乗り上げながら答えてくれた。
「月待ち草は薬用部位である根茎の生育が非常に不安定なんです。ですから栽培に乗り出す業者もおらず、十分な量が市場に流通していません。それに野生の採取品は品質がバラバラだから、薬の効果も安定しません」
「なんの薬になるんですか?」
ダナオスさんはちょっと不思議そうな顔をした。
私はその月待ち草の採取をしていたのだから、その反応も当然かもしれない。
「えっと、はじめて受けた依頼だからあんまりよく知らなくて……」
「ああ、生理痛やPMSなど婦人科系の薬になります。品質の良いものは、本当にすごく効くんですよ」
PMSというのは生理前から起こる様々な心身の不調だ。
程度の差はあれども、これに苦しめられない女性はほぼいないだろう。
「僕の姉が子宮内膜症で結構苦しんでまして、なにか助けになれないかと思って選んだ研究テーマなんです」
子宮内膜症は子宮内膜という組織が本来存在する場所以外で増殖してしまう病気で、女性の十人に一人はかかると言われる割とメジャーな疾患だ。
生理痛がひどくなり、場合によっては不妊の原因にもなる。進行すると生理の時以外でもいろいろな場所に痛みを生じる。
(私が元いた世界ではホルモン療法があったけど……)
私は女なのでそういった知識はある程度あった。ごく少量のホルモンを服用し、生理を止めた状態にする治療法だ。
薬なので副作用が無いわけではないが、服薬を中止すれば通常通り生理も始まって普通に妊娠できる。
生理を止めることが出来るためPMSの治療としてもよく用いられており、この治療を選択する人がすごく増えているという話だった。
ただ、この世界にはまだそういった治療法はないのだろう。だからダナオスさんは頑張っているのだ。
「お姉さん思いで、えらいですね」
「正直に言うと、自分のためでもあるんですけどね。姉はPMSもひどいので、イライラが募ると僕がいじめられるんです。なんかそうしたくなるタイプだとか言われて……」
「ああ、分かります」
「え?」
「あ、いや、えーっと……」
失言ではあったが、先ほど縛られたダナオスさんをいじめてしまった身としては共感するところがある。
私は自分の言葉をごまかそうと話題を変えた。
「で、でも本当に月待ち草を分けてもらっていいんですか?」
先ほど助けたお礼にそうしてもらえるという話をされていた。
私としては使役モンスターも増えた上に仕事まで完了して、ありがたいばかりだ。
「ええ、もう実験を終えたものがそのリュックの量くらいはあります。全部失敗ですが……」
「難しい研究テーマなんですね」
「月待ち草は根茎が生育するまでに次の満月を待たなければならないという俗説からその名が付きました。ですが、実際には月のサイクルとは関係ないことがすでに実証されています。温度や湿度、水分、肥料、日光もあまり影響がありませんでした。唯一、嵐が去った後に根茎が成長しているフシがあったのですが、再現性に乏しくて……」
どうやら研究は行き詰まっているらしい。
(私にこれ以上できることもないし、邪魔にならないようさっさとお暇しよう)
そう思った時、畑の中で動くものが見えた。
赤いまだら模様の浮かんだ背中は、つい先日も見た記憶がある。
「あれは……火鼠!ダナオスさん、火鼠が畑に入ってますよ!」
「ええ!?……そうか、トレントが一本いなくなった隙間から入ってきたんだ!火鼠は雑食だから、月待ち草の根も食い荒らされてしまう!」
「あ、しかも増えてますよ!どんどん入ってくる!」
火鼠は群れることもあるのか、初めの一匹の後を追って数匹、いや数十匹が畑へ侵入してきた。
それらは土を掘り返し、ダナオスさんの心配通り月待ち草の根に食らいついた。
「どどどどど、どうしよう……!?」
ダナオスさんは混乱してどもりまくったが、それも仕方のないことだろう。
精魂込めて育てた研究対象が荒らされるだけでなく、命の危険もあると思うのが普通だ。
ただ、火鼠たちの侵入路は私たちのいる北側とは反対の南端なのでまだかなりの距離がある。
(落ち着いて対処すれば、うちの子なら撃退できそう)
私はブルーを喚び出そうと格納筒へ手を伸ばした。冷気攻撃の効果は実証済みだ。
が、その手が格納筒に触れる前に、私は強く背中を押されて前へつんのめった。
どうやらパニックになったダナオスさんが回れ右してツリーハウスの中へ逃げようとした時、勢い余った腕が私にぶつかったらしい。
私たちはツリーハウスの端に立っていた。そして目の前には柵もない。
当然、そこから前へと押し出された私は落下していった。
「キャアァアァ!!」
私は地面への激突を覚悟したが、すんでの所で落下は止まった。その代わりに手首と膝周りとに引っ張られる感覚を受けている。
ダナオスさんの頭の蔦が、私に巻き付いて止めてくれていたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
おかげさまで体の方は大丈夫だ。
しかし両腕と両足で吊られているので、今の私は諸手を上げてM字開脚しているという格好になっていた。
しかもスカートが完全にめくれ上がって下着がモロ出しになっている。
私は自分がいやらしい格好になっていることにドキドキした。
「ぁん……これ、ちょっとヤバイ……」
「え!?まだ落ちそうですか!?」
勘違いしたダナオスさんはさらに追加の蔦を数本伸ばしてきて、私の胴体にも巻き付かせた。
その蔦たちは私の胸、腰、股間を縛り上げ、ジリジリと肌に食い込んでくる。
体中を縛りあげられた私は、なぜかゾクリとするような快感を覚えていた。
蔦が私の皮膚を刺激しているからだけではない。何かされても抵抗できない状況に、不思議な諦めと興奮とを感じてしまうのだ。
私の頭の中は真っ白になった。
「あぁ……もっと……」
「ま、まだですか!?どうやって巻き付いたらいいんだろう……」
つい漏れてしまった私の本音をまた勘違いしたダナオスさんは、蔦シュルシュルと動かして私の体を保持できるポジションを探した。
しかし、それは私にとってはただ単純に体中をまさぐられているのと同じことだ。しかも拘束されて動けない状態で。
抵抗できないようにされ、いいように弄ばれている。しかも先ほど自分がいじめていた男の子から、今度は自分がいじめられている。
その事に、私の背筋は感じたことのないゾクゾク感に襲われた。
頬が紅潮し、吐息が熱くなる。
「と、とにかく引き上げますね!」
考えてもみれば地面はもう遠くないのだからそのまま下ろしてくれればいいのだが、パニックになっているダナオスさんは少しずつ私を引き上げ始めた。
少し高さが上がる度に体のあちこちがほど良く締め付けられて、言いようのない快感が全身を襲った。
縛り上げられて抵抗できない私はその快感に身を任せるしかない。
そしてツリーハウスまで引き上げられる直前、私はこのごく短時間で昇天を迎えてしまった。
熱い息を切らしながら、ツリーハウスに横たえられる。
「ご、ごめんなさい!怪我はありませんか!?」
「怪我はないけど……今なら多少の怪我も悦べそうです」
「はい?」
ダナオスさんは意味が分からず聞き返したが、むしろ分かってもらっては困る。
私はぐったりした体に鞭打って、すぐに立ち上がった。咳払いを一つしてから格納筒を叩く。
すぐにブルーが出てきた。
「ブルー。あいつら皆、凍らしちゃいなさ……」
「ま、待ってください!月待ち草は冷害に弱い植物です。冷やすのは避けてもらえませんか?」
ダナオスさんはブルースライムの特性を知っているようで、慌てて制止してきた。
なるほど、冷気は火鼠にはよく効く攻撃だが、月待ち草まで傷つけては本末転倒だ。
同じように、レッドの熱も植物には良くないだろう。そして、新しい仲間のレントはまだいまいちその特性が分からない。
「イエロー、出ておいで」
私の声に応えてイエローが飛び出した。
電気ならアース線のように地面に逃げるはずだ。火鼠の弱点属性ではないが、しっかり魔素を込めれば倒せない相手と数ではない。
「畑はできるだけ壊さないようにお願いね!」
イエローは了解の旨を念話で私に送ると、100メートル弱の距離をひとっ飛びに飛んでいった。
そしてそ勢いそのままに一匹の火鼠にぶつかる。
その瞬間、小さな火花のような放電が見えて、火鼠は痙攣してから動かなくなった。
イエローはアスレチックでもしているかのように火鼠たちを背中をジャンプして渡って行く。
イエローが背中に着地すると、その火鼠は体をビクリと痙攣させて横たわった。
火鼠の群れは三、四十匹はいそうだったのだが、イエローに仕留められたのが二十匹を超えた辺りで一斉に逃げ始めた。
私はイエローに追撃はせず戻るよう伝えた。ぴょんぴょんと跳ねて帰って来るのが可愛い。
「よくやったね、えらいえらい」
私はイエローの頭をよしよしと撫でてやった。
それから私とダナオスさんはツリーハウスを降り、食い荒らされた畑の状態を確認しに行った。
「結構やられちゃってますね……ダナオスさん、せっかく頑張って育てたのに」
「いえ、これくらいの被害で済んだのはむしろ幸運です。クウさんのおかげですよ。それに、ここの畑は失敗でほとんど根茎が育たなかったので……」
ダナオスさんはそこまで言ってから言葉を止めた。
畑にしゃがみ込み、一本の月待ち草を引き抜いて目を丸くした。
「これは……」
ダナオスさんはその近くに生えたものをさらに数本抜いた。そしてその根をじっと見ながら全ての動きを停止させてしまった。
私はしばらく待っていたが、全然動かないので声をかけた。
「あの……」
「電気だ!!」
ダナオスさんは突然立ち上がってそう叫んだ。
私は驚いて聞き返す。
「え?電気?」
「そうです、電気です!ほとんど育っていなかった根茎が、わずかですが成長しています!イエロースライムの電気が影響しているとしか考えられません!」
ダナオスさんは興奮で普段の五割増ぐらいの声量になっていた。
「でも……植物って、そんなに早く成長するんですか?」
「僕たちドライアドは植物の状態を感じ取る力に優れているんです。小さいですが、明らかな変化が見られます」
そうなんだ。
サボテンすら枯らしたことのある私としては羨ましい。
「そうか……だから嵐の後に成長していたのか……近くで落雷があれば成長する……しかし嵐が来ても落雷があるとは限らない……再現性に乏しいわけだ……」
ダナオスさんは口元に手を当てて、ブツブツと独り言を始めた。
この様子だと、今何を言っても聞こえないだろう。
私がまたモンスターが入って来ないようにレントを喚び出そうとした時、ダナオスさんが大声を上げた。
「クウさん!!」
「は、はいっ!!」
私はびっくりして思わず気をつけの姿勢をとった。
「今から、僕の実験に付き合ってもらえませんか?」
「……え?今から、ですか?」
私は太陽を見上げた。もう赤い夕陽になりかけている。
実験に付き合うどころか、急いで帰らないと日暮れに間に合わなくなってしまうだろう。
「お願いします!!どうしてもすぐに試したいんです!!我慢できない!!」
私は苦笑いした。ホンモノの研究者ってこんな感じなのだろう。
「でも、そろそろ帰らないと暗くなってしまいますし……」
「それなら大丈夫です!!あのツリーハウスは何人かで寝泊まりできるようになっていますから!!」
(え?そんな……泊まりだなんて……)
私は突然の異性との外泊に浮足立ってしまい、妙なことを考えてしまった。
(ど、どっちが縛られるんだろう?)
しかし私の期待に反し、結局は徹夜で実験に付き合わされただけだった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ドライアドとダナオス〉
ドライアドはギリシア神話に出てくる木の精霊です。
この精霊、相手がイケメンだと誘惑して木の中に引きずり込むこともあるというからなかなかの遣り手さんですね。
ダナオスはそのドライアドをお嫁さんにもらった王子様の名前です。
このダナオスさんには娘がなんと五十人もいたそうなんですよ。
そしてその五十人全員の結婚に際し、新婚初夜に夫を殺すように命じました。
『寝てる間にサクッと殺れ』って。
夫の父親に恨みがあったからなんですが、それにしてやることがちょっと……
しかもその父親は自分の双子の兄弟なので、殺したのは甥っ子たちということになります。
ギリシア神話ヤベェ。
ただその一方で、五十人のうち一人だけ夫を殺せない娘がいました。
一度はそのことで怒られて投獄までされた娘でしたが、結局は許されて結婚を認めてもらえることに。
その時に命拾いをした夫がダナオスさんの次の王様になります。
素敵なラブロマンス。
でもそれくらいじゃ前段階の凶行は上塗りできませんよね……
〈名称の揺れ〉
前話でも書きましたが、名称というものは言語や地域でかなり違ってきます。
『ドライアド』は英語で、フランス語だと『ドリアード』になります。
そして元々の古代ギリシア語では『ドリュアス』と言ってたらしいです。
ほら、こんなに違うんだからちょっとくらい変えてもいいですよね。(言い訳)
〈火鼠〉
二話連続で登場したモンスターですが、元ネタは中国や日本の伝承生物です。
火鼠は燃える山に棲んでいて、水をかけられると死ぬと言われています。属性がはっきりしていて好感が持てますね。
『竹取物語』のかぐや姫が求婚者に求めた火鼠の皮衣や、漫画『犬夜叉』の主人公が着ている服の素材として知っている方も多いかもしれません。
その毛で作った布である『火浣布』は火にくべても燃えないと言われていました。
かぐや姫は偽物を渡されて火にくべ、『燃えたから偽物だわ』って言ったんですよね。
ただ、その耐火性から『火浣布は石綿(アスベスト)のことを指していたのでは?』という説があるらしいんです。
石綿は天然の鉱物繊維なので確かに燃えませんが(融解はします)、肺疾患や癌の原因になる物質なので社会問題になってますよね。
それを考えると、かぐや姫の求婚者が持って来たのがただの偽物で本当に良かったと思います。
でもかぐや姫、目の前でプレゼントを燃やすって結構なドS……
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
私は研究畑の北側に作られたツリーハウスを見上げて感動した。
大木と一体になるよう作られたその空中家屋は、本や画面の中でしか見たことのない夢の建築物だ。
その反応に、ダナオスさんが誇らしげ胸を張る。
「アカデミーの先輩方から代々引き継がれてきたものです。このツリーハウスに見守られた研究畑から、著名な論文がいくつも出たんですよ。バジリスクの石化を治す金の針はここで開発された黄金薔薇の棘ですし、身体強度を上げるプロメテイオンの薬草もここから産まれました。他にも……」
「上がってみていいですか?」
「……どうぞ」
ダナオスさんはまだまだ語りたそうだったが、私は立て掛けられたハシゴをするすると登っていった。
ツリーハウスにはバルコニーのようになった広い足場があり、そこから研究畑の全体が一望できる。
柵も手すりもないので少し怖かったが、その分開放感があってすこぶる気持ちいい。
(なるほど、ただ素敵だから建ててるんじゃないんだ。上から全体を見て観察できるようにしてる)
実際に畑を見下ろしてそれがよく分かった。
ダナオスさんの研究畑はいくつかのエリアに分けられている。
おそらくそれぞれで様々な試行がなされているのだろうが、そのいずれにも同じ植物が植えられていた。
「本当に全部月待ち草なんですね」
「ええ、僕の研究テーマは『月待ち草の安定収穫』ですから」
ダナオスさんはハシゴからツリーハウスへ身を乗り上げながら答えてくれた。
「月待ち草は薬用部位である根茎の生育が非常に不安定なんです。ですから栽培に乗り出す業者もおらず、十分な量が市場に流通していません。それに野生の採取品は品質がバラバラだから、薬の効果も安定しません」
「なんの薬になるんですか?」
ダナオスさんはちょっと不思議そうな顔をした。
私はその月待ち草の採取をしていたのだから、その反応も当然かもしれない。
「えっと、はじめて受けた依頼だからあんまりよく知らなくて……」
「ああ、生理痛やPMSなど婦人科系の薬になります。品質の良いものは、本当にすごく効くんですよ」
PMSというのは生理前から起こる様々な心身の不調だ。
程度の差はあれども、これに苦しめられない女性はほぼいないだろう。
「僕の姉が子宮内膜症で結構苦しんでまして、なにか助けになれないかと思って選んだ研究テーマなんです」
子宮内膜症は子宮内膜という組織が本来存在する場所以外で増殖してしまう病気で、女性の十人に一人はかかると言われる割とメジャーな疾患だ。
生理痛がひどくなり、場合によっては不妊の原因にもなる。進行すると生理の時以外でもいろいろな場所に痛みを生じる。
(私が元いた世界ではホルモン療法があったけど……)
私は女なのでそういった知識はある程度あった。ごく少量のホルモンを服用し、生理を止めた状態にする治療法だ。
薬なので副作用が無いわけではないが、服薬を中止すれば通常通り生理も始まって普通に妊娠できる。
生理を止めることが出来るためPMSの治療としてもよく用いられており、この治療を選択する人がすごく増えているという話だった。
ただ、この世界にはまだそういった治療法はないのだろう。だからダナオスさんは頑張っているのだ。
「お姉さん思いで、えらいですね」
「正直に言うと、自分のためでもあるんですけどね。姉はPMSもひどいので、イライラが募ると僕がいじめられるんです。なんかそうしたくなるタイプだとか言われて……」
「ああ、分かります」
「え?」
「あ、いや、えーっと……」
失言ではあったが、先ほど縛られたダナオスさんをいじめてしまった身としては共感するところがある。
私は自分の言葉をごまかそうと話題を変えた。
「で、でも本当に月待ち草を分けてもらっていいんですか?」
先ほど助けたお礼にそうしてもらえるという話をされていた。
私としては使役モンスターも増えた上に仕事まで完了して、ありがたいばかりだ。
「ええ、もう実験を終えたものがそのリュックの量くらいはあります。全部失敗ですが……」
「難しい研究テーマなんですね」
「月待ち草は根茎が生育するまでに次の満月を待たなければならないという俗説からその名が付きました。ですが、実際には月のサイクルとは関係ないことがすでに実証されています。温度や湿度、水分、肥料、日光もあまり影響がありませんでした。唯一、嵐が去った後に根茎が成長しているフシがあったのですが、再現性に乏しくて……」
どうやら研究は行き詰まっているらしい。
(私にこれ以上できることもないし、邪魔にならないようさっさとお暇しよう)
そう思った時、畑の中で動くものが見えた。
赤いまだら模様の浮かんだ背中は、つい先日も見た記憶がある。
「あれは……火鼠!ダナオスさん、火鼠が畑に入ってますよ!」
「ええ!?……そうか、トレントが一本いなくなった隙間から入ってきたんだ!火鼠は雑食だから、月待ち草の根も食い荒らされてしまう!」
「あ、しかも増えてますよ!どんどん入ってくる!」
火鼠は群れることもあるのか、初めの一匹の後を追って数匹、いや数十匹が畑へ侵入してきた。
それらは土を掘り返し、ダナオスさんの心配通り月待ち草の根に食らいついた。
「どどどどど、どうしよう……!?」
ダナオスさんは混乱してどもりまくったが、それも仕方のないことだろう。
精魂込めて育てた研究対象が荒らされるだけでなく、命の危険もあると思うのが普通だ。
ただ、火鼠たちの侵入路は私たちのいる北側とは反対の南端なのでまだかなりの距離がある。
(落ち着いて対処すれば、うちの子なら撃退できそう)
私はブルーを喚び出そうと格納筒へ手を伸ばした。冷気攻撃の効果は実証済みだ。
が、その手が格納筒に触れる前に、私は強く背中を押されて前へつんのめった。
どうやらパニックになったダナオスさんが回れ右してツリーハウスの中へ逃げようとした時、勢い余った腕が私にぶつかったらしい。
私たちはツリーハウスの端に立っていた。そして目の前には柵もない。
当然、そこから前へと押し出された私は落下していった。
「キャアァアァ!!」
私は地面への激突を覚悟したが、すんでの所で落下は止まった。その代わりに手首と膝周りとに引っ張られる感覚を受けている。
ダナオスさんの頭の蔦が、私に巻き付いて止めてくれていたのだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
おかげさまで体の方は大丈夫だ。
しかし両腕と両足で吊られているので、今の私は諸手を上げてM字開脚しているという格好になっていた。
しかもスカートが完全にめくれ上がって下着がモロ出しになっている。
私は自分がいやらしい格好になっていることにドキドキした。
「ぁん……これ、ちょっとヤバイ……」
「え!?まだ落ちそうですか!?」
勘違いしたダナオスさんはさらに追加の蔦を数本伸ばしてきて、私の胴体にも巻き付かせた。
その蔦たちは私の胸、腰、股間を縛り上げ、ジリジリと肌に食い込んでくる。
体中を縛りあげられた私は、なぜかゾクリとするような快感を覚えていた。
蔦が私の皮膚を刺激しているからだけではない。何かされても抵抗できない状況に、不思議な諦めと興奮とを感じてしまうのだ。
私の頭の中は真っ白になった。
「あぁ……もっと……」
「ま、まだですか!?どうやって巻き付いたらいいんだろう……」
つい漏れてしまった私の本音をまた勘違いしたダナオスさんは、蔦シュルシュルと動かして私の体を保持できるポジションを探した。
しかし、それは私にとってはただ単純に体中をまさぐられているのと同じことだ。しかも拘束されて動けない状態で。
抵抗できないようにされ、いいように弄ばれている。しかも先ほど自分がいじめていた男の子から、今度は自分がいじめられている。
その事に、私の背筋は感じたことのないゾクゾク感に襲われた。
頬が紅潮し、吐息が熱くなる。
「と、とにかく引き上げますね!」
考えてもみれば地面はもう遠くないのだからそのまま下ろしてくれればいいのだが、パニックになっているダナオスさんは少しずつ私を引き上げ始めた。
少し高さが上がる度に体のあちこちがほど良く締め付けられて、言いようのない快感が全身を襲った。
縛り上げられて抵抗できない私はその快感に身を任せるしかない。
そしてツリーハウスまで引き上げられる直前、私はこのごく短時間で昇天を迎えてしまった。
熱い息を切らしながら、ツリーハウスに横たえられる。
「ご、ごめんなさい!怪我はありませんか!?」
「怪我はないけど……今なら多少の怪我も悦べそうです」
「はい?」
ダナオスさんは意味が分からず聞き返したが、むしろ分かってもらっては困る。
私はぐったりした体に鞭打って、すぐに立ち上がった。咳払いを一つしてから格納筒を叩く。
すぐにブルーが出てきた。
「ブルー。あいつら皆、凍らしちゃいなさ……」
「ま、待ってください!月待ち草は冷害に弱い植物です。冷やすのは避けてもらえませんか?」
ダナオスさんはブルースライムの特性を知っているようで、慌てて制止してきた。
なるほど、冷気は火鼠にはよく効く攻撃だが、月待ち草まで傷つけては本末転倒だ。
同じように、レッドの熱も植物には良くないだろう。そして、新しい仲間のレントはまだいまいちその特性が分からない。
「イエロー、出ておいで」
私の声に応えてイエローが飛び出した。
電気ならアース線のように地面に逃げるはずだ。火鼠の弱点属性ではないが、しっかり魔素を込めれば倒せない相手と数ではない。
「畑はできるだけ壊さないようにお願いね!」
イエローは了解の旨を念話で私に送ると、100メートル弱の距離をひとっ飛びに飛んでいった。
そしてそ勢いそのままに一匹の火鼠にぶつかる。
その瞬間、小さな火花のような放電が見えて、火鼠は痙攣してから動かなくなった。
イエローはアスレチックでもしているかのように火鼠たちを背中をジャンプして渡って行く。
イエローが背中に着地すると、その火鼠は体をビクリと痙攣させて横たわった。
火鼠の群れは三、四十匹はいそうだったのだが、イエローに仕留められたのが二十匹を超えた辺りで一斉に逃げ始めた。
私はイエローに追撃はせず戻るよう伝えた。ぴょんぴょんと跳ねて帰って来るのが可愛い。
「よくやったね、えらいえらい」
私はイエローの頭をよしよしと撫でてやった。
それから私とダナオスさんはツリーハウスを降り、食い荒らされた畑の状態を確認しに行った。
「結構やられちゃってますね……ダナオスさん、せっかく頑張って育てたのに」
「いえ、これくらいの被害で済んだのはむしろ幸運です。クウさんのおかげですよ。それに、ここの畑は失敗でほとんど根茎が育たなかったので……」
ダナオスさんはそこまで言ってから言葉を止めた。
畑にしゃがみ込み、一本の月待ち草を引き抜いて目を丸くした。
「これは……」
ダナオスさんはその近くに生えたものをさらに数本抜いた。そしてその根をじっと見ながら全ての動きを停止させてしまった。
私はしばらく待っていたが、全然動かないので声をかけた。
「あの……」
「電気だ!!」
ダナオスさんは突然立ち上がってそう叫んだ。
私は驚いて聞き返す。
「え?電気?」
「そうです、電気です!ほとんど育っていなかった根茎が、わずかですが成長しています!イエロースライムの電気が影響しているとしか考えられません!」
ダナオスさんは興奮で普段の五割増ぐらいの声量になっていた。
「でも……植物って、そんなに早く成長するんですか?」
「僕たちドライアドは植物の状態を感じ取る力に優れているんです。小さいですが、明らかな変化が見られます」
そうなんだ。
サボテンすら枯らしたことのある私としては羨ましい。
「そうか……だから嵐の後に成長していたのか……近くで落雷があれば成長する……しかし嵐が来ても落雷があるとは限らない……再現性に乏しいわけだ……」
ダナオスさんは口元に手を当てて、ブツブツと独り言を始めた。
この様子だと、今何を言っても聞こえないだろう。
私がまたモンスターが入って来ないようにレントを喚び出そうとした時、ダナオスさんが大声を上げた。
「クウさん!!」
「は、はいっ!!」
私はびっくりして思わず気をつけの姿勢をとった。
「今から、僕の実験に付き合ってもらえませんか?」
「……え?今から、ですか?」
私は太陽を見上げた。もう赤い夕陽になりかけている。
実験に付き合うどころか、急いで帰らないと日暮れに間に合わなくなってしまうだろう。
「お願いします!!どうしてもすぐに試したいんです!!我慢できない!!」
私は苦笑いした。ホンモノの研究者ってこんな感じなのだろう。
「でも、そろそろ帰らないと暗くなってしまいますし……」
「それなら大丈夫です!!あのツリーハウスは何人かで寝泊まりできるようになっていますから!!」
(え?そんな……泊まりだなんて……)
私は突然の異性との外泊に浮足立ってしまい、妙なことを考えてしまった。
(ど、どっちが縛られるんだろう?)
しかし私の期待に反し、結局は徹夜で実験に付き合わされただけだった。
***************
☆元ネタ&雑学コーナー☆
ここから先は筆者が話の元ネタなどを気の向くままに書き記しているコーナーです。
本編のストーリーとは関係ないので興味ない方は読み飛ばしてください。
〈ドライアドとダナオス〉
ドライアドはギリシア神話に出てくる木の精霊です。
この精霊、相手がイケメンだと誘惑して木の中に引きずり込むこともあるというからなかなかの遣り手さんですね。
ダナオスはそのドライアドをお嫁さんにもらった王子様の名前です。
このダナオスさんには娘がなんと五十人もいたそうなんですよ。
そしてその五十人全員の結婚に際し、新婚初夜に夫を殺すように命じました。
『寝てる間にサクッと殺れ』って。
夫の父親に恨みがあったからなんですが、それにしてやることがちょっと……
しかもその父親は自分の双子の兄弟なので、殺したのは甥っ子たちということになります。
ギリシア神話ヤベェ。
ただその一方で、五十人のうち一人だけ夫を殺せない娘がいました。
一度はそのことで怒られて投獄までされた娘でしたが、結局は許されて結婚を認めてもらえることに。
その時に命拾いをした夫がダナオスさんの次の王様になります。
素敵なラブロマンス。
でもそれくらいじゃ前段階の凶行は上塗りできませんよね……
〈名称の揺れ〉
前話でも書きましたが、名称というものは言語や地域でかなり違ってきます。
『ドライアド』は英語で、フランス語だと『ドリアード』になります。
そして元々の古代ギリシア語では『ドリュアス』と言ってたらしいです。
ほら、こんなに違うんだからちょっとくらい変えてもいいですよね。(言い訳)
〈火鼠〉
二話連続で登場したモンスターですが、元ネタは中国や日本の伝承生物です。
火鼠は燃える山に棲んでいて、水をかけられると死ぬと言われています。属性がはっきりしていて好感が持てますね。
『竹取物語』のかぐや姫が求婚者に求めた火鼠の皮衣や、漫画『犬夜叉』の主人公が着ている服の素材として知っている方も多いかもしれません。
その毛で作った布である『火浣布』は火にくべても燃えないと言われていました。
かぐや姫は偽物を渡されて火にくべ、『燃えたから偽物だわ』って言ったんですよね。
ただ、その耐火性から『火浣布は石綿(アスベスト)のことを指していたのでは?』という説があるらしいんです。
石綿は天然の鉱物繊維なので確かに燃えませんが(融解はします)、肺疾患や癌の原因になる物質なので社会問題になってますよね。
それを考えると、かぐや姫の求婚者が持って来たのがただの偽物で本当に良かったと思います。
でもかぐや姫、目の前でプレゼントを燃やすって結構なドS……
***************
お読みいただき、ありがとうございました。
気が向いたらブクマ、評価、レビュー、感想等よろしくお願いします。
それと誤字脱字など指摘してくださる方々、めっちゃ助かってます。m(_ _)m
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