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02ケンタウロス1

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(何あれ……誘ってるのかしら?)

 私はそのお尻から足にかけて走るたくましい筋肉を見て、そんなことを考えた。

 鍛えられたオスの臀部でんぶは美しい。流れるように波打つ筋繊維の隆起は、なまめかしいとすら言える。

 残念なことに薄い布がお尻から足にかけてを覆っているため生では見えないのだが、シルエットからその曲線美はよく分かった。

 というか、もしかしたら生で見えるよりもいやらしさは増しているかもしれない。

 この艶めかしい大腿二等様筋と半腱半膜様筋は、もはやメスを誘っているとしか思えない。

(……って、私はまた何を考えてるのよ!人間ならまだしも、馬のお尻じゃない!)

 そう、私が発情してしまった対象は人間の筋肉ではなく、馬のそれだった。

 ただし純粋な馬ではない。腰から上は人間、その下は馬。

 いわるゆケンタウロスという生物だ。

「さあ、クウさん。どうぞ私にまたがってください」

(そんな……男の人にまたがるなんて、いやらしい……)

 私は反射的にそんな事を思ってしまったが、相手にはいやらしい意図など微塵もない。完全に親切で言ってくれているだけだった。

 スライムのサスケもその親切を喜んでくれた。

「よかったね、クウ。たまたまケイロンさんが通りかかって」

 ケンタウロスの名前はケイロンさんという。

 私とサスケが森を歩いて街を目指しているところに偶然通りかかった。隣街まで物を配達した帰り道だということだ。

「遠慮することはありません。あらゆるものを乗せて運ぶのがケンタウロスの誇りです。さぁどうぞ」

 そう言ってくれるケイロンさんはいかにも紳士といった感じの理知的な男性で、笑顔の爽やかなナイスミドルだ。

 そして馬の部分だけでなく、上半身もなかなかいい筋肉をしている。

 私はこの世界に来てブーストされたムラムラがまた湧き起こるのを感じた。

(素敵なオジサマ……じゃない。いい加減静まりなさいよ私の体!ご親切に助けてくれようとしているんだから)

 ケイロンさんが私を乗せてくれるという話は本当にありがたいことだった。

 私は裸でこの世界に飛ばされたため、身につけているものといえばサスケのくれたマント一枚だ。靴すらない。

 しばらく歩いて分かったが、裸足で森の中を歩くのは、はっきり言って自傷行為だ。

 石や木の枝を踏んで痛いのなんの。まともに歩けたもんじゃない。

「すいません、じゃあお言葉に甘えて」

 私はケイロンさんに頭を下げて、その背中に手をかけた。

 馬になんて乗ったことがないから、四苦八苦しながらなんとかまたがる。

 そしてまたがってから思い出したのだが、私はマントの下は完全に全裸だ。

 ケイロンさんは馬部分に一枚布をかけてはいるのだが、暑さ対策のためか本当に薄い。股間の地肌がほとんど直でケイロンさんの背中に乗る形になった。

(え?これってちょっと、マズくない?)

 焦る私を尻目に、ケイロンさんはごく普通の調子で歩き始めた。

「少し揺れますが、ご勘弁ください」

 その言葉通り、予想以上に揺れたので私はバランスを崩しかけた。

「うわっとと……」

「大丈夫ですか?クウさんは騎乗の経験はありませんか?」

「えっ!?ど、どんな体位も経験ありませんけど……」

「……?あぁ、普通の馬にも乗ったことがないということですね。初心者の騎乗のコツは、太ももでしっかりと挟むことです。そうすれば安定しますよ」

 ケイロンさんは私の勘違いをさらに勘違いしてくれて、そうアドバイスしてくれた。

(そんな……男性を太ももでしっかり挟むだなんて……)

 私はそのことにドキドキしながらも、落馬は結構痛そうなので言われた通りにした。

「あ、ホントだ。確かに安定しますね」

「でしょう?あまりスピードは出しませんから、慣れるまでそうしていてください。慣れればもう少し力を抜いても大丈夫です」

 ケイロンさんは普通の人の早歩きくらいの速度で歩き始めた。

 徒歩のサスケもいるので、ある程度の時間移動するならこれくらいがいいところだろう。

 私は裸足の苦痛から開放されたことに安堵した。

 が、その安堵はすぐに生じた別の問題によってかき消されることになった。

(これ……振動が結構強いな……)

 ケイロンさんが歩くたび、私の股間をほど良い振動が襲った。

 しかも私は今、下半身には何も着けていない。ケイロンさんのたくましい肉感が薄布ごしに私の皮膚を擦り上げる。

 歩みが進めば進むほど、振動と摩擦とが私のお股をリズミカルに刺激した。

(ヤバイ……これヤバイ!)

 私は自分の吐息が熱くなっていくのを感じた。



 まさか背中の上でそんな事になっているとは露とも知らないケイロンさんは、また私を気づかって声をかけてくれた。

「しかしクウさん、記憶がないとは難儀なことですね。全く何も覚えていないのですか?」

 私がその質問に答える前に、サスケが言葉を挟んできた。

「そうそう。僕もビックリしたんだけど、さっきモンスターのスライムが危ないって事まで覚えてないみたいだったよね?つまり今まであった事だけじゃなくて、常識みたいな事まで忘れちゃってるのかな」

 私は股間の刺激に耐えながら、どう答えたものかと思考を巡らせた。

 正直に『この世界を救うために異世界から呼び出されました』と伝えてもいいけど、普通に考えたら完全に頭のおかしい人間だ。

 それにもし信じてもらえたとして、その後の扱いがどうなるのか分からない。

 サスケもケイロンさんも今のところ親切だし、私はこのまま記憶喪失の可哀そうな娘を演じることにした。

 ただし、多少の調整をしておかなければ後々で困りそうだ。

「えーっと……なんとなくフワフワした記憶だけあるんだけど、私が住んでいた所にはさっきみたいなモンスターはいなかったと思う。それに、人間は私みたいな人しかいなかったんじゃないかな……」

 ケイロンさんがそれを聞いて驚きの声を上げた。

「ええ!?ということは、どこかにヒューマンだけの集落があるということですか。しかも、モンスターのいない平和な集落が……」

(ヒューマン?私みたいな素の人間は、ヒューマンっていうんだ)

 私はこの世界の常識を一つ理解した。

 サスケはというと、なるほど、と手を打って納得していた。

「それでか。僕と初めて会った時、驚いて木の棒を構えてたもんね。スライム族を見るのが初めてだったんだ」

「ごめんなさい、悪気はなかったの」

「ううん、そりゃいきなりこんな水色のスライム人間が出てきたら怖いよね。第一印象最悪だったでしょ」

 サスケの言うことに、ケイロンさんも笑って続いた。

「私みたいな半人半馬もね。怖がらせて申しわけありません」

「い、いえ、そんな……」

 実際には怖がる前に発情していたので、第一印象としてはむしろ好感の塊ではあった。

 今もケイロンさんの背中でアフンウフンなっている。恥ずかしい限りだ。

「しかしヒューマンだけの集落となると、多彩な職業の人間がいたことでしょう。ヒューマンは器用で魔素の扱いが上手いですからね。戦士、魔法使い、僧侶、武闘家……色々な選択肢があるのは羨ましい」

「魔素?」

 私は聞き慣れない言葉を聞き返した。

「おや、魔素も覚えていらっしゃないか。魔素とはこの世のすべてのものに存在する、エネルギーと情報の塊です。戦士はそれを使って肉体や武具を強化し、魔法使いは魔法を発現させます」

「……その辺りのことは全然記憶にありません。色々教えていただけると助かります。特に魔法についてはまるで知識がないので」

 私はこの世界の事を知りたいと思い、そうお願いした。

 こう言っておけば魔素がらみのことがあった時に逐一説明してもらえるだろう。

 そして早速サスケが一つ教えてくれた。

「僕のスライムゼリーに回復の効果があるのも、魔素が含まれているからなんだよ」

「そうなんだ。魔素って便利だね」

 そこでふと、一点思い出したことがあった。

「あ……でもそう言えば、私には召喚士としての才能があるって言われた……ような気がする」

 言われた、では記憶喪失としておかしいような気がして、私は語尾だけ言い直した。

「え!?それってすごい事だよ!召喚士って素質が必要で、なろうとしてもなれるものじゃないんだから」

 サスケの驚きにケイロンさんも同意した。

「本当ならクウさんは大変珍しい人材ということになります。どれ、ちょっと調べてみますか」

 ケイロンさんは肩にかけたカバンから一本の棒を取り出した。

 オーケストラの指揮者が振るタクトくらいの長さだ。表面に不思議な紋様が刻まれている。

鑑定杖かんていじょうです。これでその人の能力がある程度分かります。使わせていただいていいですか?」

「はい。どうぞ」

 鑑定杖を見たサスケが目を輝かせた。

「あっ!それすごくいいやつだ!業務用の高いやつでしょ?」

「そうです。実際、業務で使用しています。私は副業として配送を請け負うこともありますが、依頼されたものが偽物だったり、すり替えられたりするケースがありますので」

「やらせてやらせて!」

 サスケはケイロンさんから鑑定杖を奪うように受け取ると、その先で私の体を軽く突いた。

 ちょうどピンポイントに、乳首の真ん中を。

「あんっ」

 思わず変な声を上げてしまった。

 いきなり何をするんだ。他に突く所はなかったのか。

 しかしサスケはそんなことには構わず、鑑定杖の上の空間に浮かび上がった文字を見て目を丸くした。

「ま……魔質ランクS……」

「な、なんですって!ランクS!?」

 驚いたケイロンさんが勢いよく振り返った。

 その拍子で私はバランスを崩し、落馬してしまった。

「わわわっ」

「あああ……申し訳ありません。つい驚いてしまって」

 幸い足から落ちることができたので怪我にはならなかったが、勢いで尻もちをついてしまった。

 そして、その拍子にマントが際どいところまでめくれ上がる。

 私は急いでそれを直しながら立ち上がったが、その間に鑑定杖の文字は消えてしまっていた。

「だ、大丈夫です……それより、魔質って何ですか?それにランクSって……」

 ケイロンさんは私に怪我がなかったのでまずはホッとした表情を見せたが、すぐに顔を引き締めた。

「魔質というのはその人が生まれながらに持つ魔素の質で、Sランクはその最高位に当たります。魔素には質と量があって、同じ量の魔素を込めた魔法でも質が良い方が効果は高くなります」

「なるほど……召喚士にとっても大切なんですか?」

「大切も何も、召喚士にとっては最重要項目です。召喚士は契約した者を召喚して働かせますが、その代償として自らの魔素を与えます。その質が良ければ良いほど、その者の能力が強化されるのです」

「質の良い魔素の方が美味しい、みたいな感じでしょうか?」

「半分合っていますが、半分違います。召喚士から分け与えられた魔素は召喚契約に基づいて霊魂にまで浸透するため、質の良い魔素を与えられた被召喚者の魔質は徐々に向上します」

「えっと……つまり……」

「つまり、召喚されて働けば働くほど強くなれるのです」

 私は初めて聞く類の話に多少混乱しながらも、大体のことは理解できた。

(召喚って誰かを呼んで働いてもらうだけじゃなくて、ちゃんと相手にも良い事があるんだ。それで私は相手を強くしてあげられる力が強い、と)

 私をこの世界に呼び出したお爺さんが言ってた『召喚士としての才能強化』とはこういう事だったのだろうか。

 それはそれでありがたいのだが、なぜ発情体質まで付属させたのだろう。こんなものは心底いらない。

 ケイロンさんは妙に熱の入った説明を続けた。

「召喚士の魔質が高ければ高いほど、被召喚者の魔質は向上しやすくなります。ですからSランクの魔質を持った召喚士などという人材は、契約を結びたい者からすればこれ以上ないほどに魅力的な存在です」

 すごい。モテモテだ。

 人生に三度あるというモテ期の一回目がこんな所で発現するなんて。

「クウさん!」

 ケイロンさんの声が突然大きくなって私は驚いた。思わず直立して踵を揃えた。

「は、はい!」

「私と契約していただけませんでしょうか?」

「……はい?」
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