異世界嫁探し紀行 ※ただし人外に限る

Mr.K

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我が理想郷、ここにあり

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―…ター…

 遠くで、誰かが何かを言っている。しかし、何を言っているのかまでは、よく聞き取れない。
 澱む意識に揺られ、『彼』は微睡みの中に引きずり込まれていく。

―…スター…

 だが、『彼』はその深みへの誘いを、必死に跳ね除けようとする。何故だか、そうしないといけない気がするから。
 自分には、大事な何かがあったはずだと、『彼』は必死に、記憶を手繰り寄せる。

―マスター…

 そこでようやく、『彼』…ヴィクターを名乗っていた男は、己を取り戻した。


******


「…マスター、お目覚めになって下さい」

 女性の声だ。それも、機械的に作りだされたかのような、抑揚のない声。しかし、不快ではない。寧ろ良い。理想の嫁の声を実際に作ってみたらこうなりました、という感じの声だ。
 意識が朦朧としているヴィクターは、その愛らしい声を頼りに、意識を表層へと浮かび上がらせる。

「ふぅんぬ…うん、起きる。起きるからもうちょい待って…」

 どうしても持ち上がらない瞼を、何とかして開かんと躍起になるが、これがどうしても開かない。
 致し方なし、と判断した彼は、自らの手で無理矢理開かんと、その手を上へと持ち上げる…が、持ち上げた瞬間、指の先が『何か』に触れた。それも、こつん、という音とともに。

(ん?『こつん』?なんだこれ、なんというか…硬い?硬くて…湾曲してる?)

 手探りでその『何か』に触れてみると、どうやら球状のような物体であるらしい。それも、半球に近い形状の。近い、というだけで、完全な球状ではないようではある。
 ヴィクターは、その感触から得られた情報を頼りに、脳内でそれが何であるかをイメージする。

「マスター、もしや目が見えておられないのでしょうか。そこは私の胸部ですが」

 イメージするまでもなく、親切な声が教えてくれた。

(…『私の』?今、確かにそう言ったか?)

 『私の胸部』。確かに声の主は、そう言った。

 『硬くて』、『湾曲していて』、それでいて『半球に近い形状の何か』。そして、『私の胸部』発現。ここから導き出される答えは…

 瞬間、ヴィクターの目が、勢いよくカッと見開かれる。

「お目覚めになりましたか」

 はたして、そこにいたのは見目麗しい、鋼鉄のメイド。…失敬。説明不足だ。

 一見して艶やかな銀に近い白髪のポニーテールに見える頭部は、その全てが磨き抜かれた金属装甲であり、顔もまるで人形のようだが、どことなく生気を感じる。そして、そんな彼女の端整な顔を若干隠すのは、整った湾曲を描く胸、否、黒の胸部装甲。

(ま、まさかのそういう展開……ッ!?)

 流石に人外好きを拗らせているヴィクターも、これには動揺せざるをえなかったようだ。いや、目に映る相手が、明らかに機械的な存在だからというのもあるだろう。そして極め付けに、彼は「自分が何を枕にしているのだろう」という疑問に辿り着く。そして、理解した。

「…ッ!!!」

 顔に熱が集まるのを自覚したヴィクターは、素早く身体を転がし、丁度メイド(仮)の正面で正座の体勢を取った。

「あら、如何されました、マスター」

 どうも、自分が枕にしていたのは、本当に膝だったらしい。メイド(仮)も正座で座り込んでいる。
 それを見て、思わず膝枕されていた事に対する嬉しさと小恥ずかしさを押し殺し、ヴィクターは目の前の人物―『人』と呼称していいものか怪しいが―の姿を改めて確認する。

 なるほど。メイドと自分で評したのはあながち間違いではないようだ。全身に使われている色合いが白と黒のみというシンプルなカラーリングだが、それが逆に、彼女の一見のイメージとしてメイドを想起させる。
 それも、昨今のアキバ等でよく見かけるようなメイドとは異なり、丈の長いスカートを穿いている。以前どこかの本かネットのページで見た、ヴィクトリアメイドとやらに近いだろうか。
 そして人間のメイドと決定的に異なるのは、そのメイド服と思われるであろう胴体部分のみならず、全身全てが装甲である事。目に見えるだけの関節部分も全て、球体関節だ。

(せ、清楚感パネェ!つかパーフェクト!)

 思わず生唾を飲み込んでしまう程に、完璧な造形。そこでふと、思い出した事があった。

 確か自分が喉から手が出る程に欲したパートナーモンスター、マキナ。A型、E型と存在するそのモンスターの容姿を、ヴィクターはネットの記事か何かで一度だけ目にした事がある。
 どうやら、元々の設定では奉仕者でありながら統治者であるというものだったらしく、A型は燕尾服をイメージしたカラーリングの、やや細身の男のロボットだった。
 そして問題のE型の容姿が、今目の前にいるメイドと、全く同じ容姿だったのだ。

「え、えぇと、お名前の方をお伺いしても…?」

 まさかとは思いつつ、念の為に敬語で喋ってしまうヴィクター。それも仕方あるまい。見た目は欧米人風だが、中身はれっきとした日本人なのだ。

「そんなに畏まらなくてもよろしいのですが、まぁ良いでしょう」

 「ああ、そういえばマスターって呼んでましたね…」と、今更ながら思い出すが、やはり敬語から変えようなどと思えないのは、現代を生きる日本男児故か。

「私は、造物主によりこの身を授かりしモノ。MACHINA(マキナ) Type-EVE。これより、貴方と運命を共にしましょう」

 だが、そんな引っ込み思案な面も、今の一言で文字通り引っ込んでしまった。
 目頭が急に熱くなり、そこから頬へと、熱い何かが伝う。

 ヴィクターの中に生まれた、熱い感情。それは、『達成感』、そして『感動』だった。

 感極まったヴィクターは、その右腕を天高く突き上げる。その拳を、堅く握りしめ、そして一言。

「やった」
『うォォーーーんンンッッッ!!!』
「ぜ…はぇ?」

 不意に辺りをつんざく獣のような咆哮に、ヴィクターは思わず間抜けそうな声を出してしまう。いや、獣のものではない。ヴィクターには、その声に聞き覚えがある。そのどこか悲しげな叫びに、彼は聞き覚えがある。
 そして改めて見回してみると、そこは先程まで彼がいたはずの遺跡エリアではなく、深いジャングルの中だった。

「…ところで、どこだここ」

 今更ながらその異変に気付いたはいいが、気付いたからといって何ができるわけでもなし。
 とりあえず今は、聞き覚えのある絶叫を頼りに、道なき密林を行かねばならなかった。

 なお、マキナはヴィクターの後を、一定の間隔を空けつつ、フワフワと浮きながら追従してきていた。何でも、「地磁気の反発を利用している」らしい。要はリニアモーターカーのようなものと言えばわかりやすいか。
 あと、付かず離れずの距離で、彼の駆け足を阻害しないよう配慮している辺り、やはりメイドであるという彼の認識は間違っていなかったらしい。
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