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第九章【セントラル】
9-41 ブレイダー(3)
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ブレイダー「くっ!?」
何かを察したのか、腕を振り解くと後方へと飛んだ。
魔剣士にとっては攻撃するチャンスだったが、それよりも聞きたいことがいくつも浮かび、それをリヒトにぶつける。
魔剣士「リ、リヒト……!」
リヒト「ごめんなさい魔剣士さん。ウィッチさんのおかげで、全て…思い出しました」
魔剣士「お前…記憶を戻しても精神を……」
リヒト「はい、大丈夫です。全てを思い出しましたが、意志を持ち、自分自身、しっかりとしています」
魔剣士「……そ、そうか!だけどお前、今、ブレイダーの攻撃を…!」
リヒト「身体を持たない相手に、そう簡単にはやらせません」
魔剣士「い、いやしかしだな……!」
ウィッチもそれを見て、驚く様子を見せる。
「どうして、そんな反応を」と、リヒトに尋ねた。
リヒト「ウィッチさん、本当に有難うございました。人を壊すということが、どれほどに怖い役割だったか……」
ウィッチ「そんなことは…。それより、リヒト。貴方、一体……」
リヒト「あぁ、そうでしたね。魔剣士さんも、ウィッチさんも、本来の僕の存在を知らなかったですよね」
ブレイダーの顔とは思えぬほど、優しい笑みを浮かべる。
すると、ブレイダーの思念が憎たらしい顔でそれを言った。
ブレイダー「……タオフェイの血が、僕の身体で味な真似を…!」
リヒト「フフ、よく覚えていてくれましたね」
"タオフェイの血"だと、ブレイダーは確かに言った。
魔剣士は何のことか理解が出来なかったが、唯一、魔法に長けた研究者でもあるウィッチは反応する。
ウィッチ「タオフェイって、タオフェイ家の!?」
彼女は驚き、声をあげた。
リヒト「えぇ、そうです。やはり、魔法の得意なウィッチさんなら知っておられましたか……恐縮な限りです…」
ウィッチ「それは知ってるけど……」
魔剣士「……あ?ウィッチは知ってんのか?俺は聞いたことねーぞ」
ウィッチ「し、知ってるも何も……」
魔剣士「何だ?」
ウィッチ「代々続く、エルフ族の血を持った人間の魔法一族。タオフェイ…"洗礼の名"を持つ、魔の一族……」
魔剣士「何!?」
タオフェイとは、洗礼の名。
光の浄化を意味し、エルフと人間の種族が交じり合い生まれし一族の名である。
魔剣士「エルフ族と人間の間に子供が?つーか、聞いたことも無いぞ?」
ウィッチ「元々は同じ人型だから。それに、いがみ合いの中で生まれた愛だってあったってこと」
魔剣士「エルフ族ん中ではタオフェイは有名なのか?」
ウィッチ「人間とエルフ族の戦いを終結するため、お互いが愛する存在として繋げられた政治的な一族なの」
魔剣士「は…?」
リヒト「僕はタオフェイの名を持ちませんが、血は紡いでいます」
タオフェイは人間とエルフの共生において、和平としての象徴のため作られた一族であった。ウィッチにとっては衝撃の真実。だが、これで合点がいくこともある。
ウィッチ「優秀な人材として選ばれた理由、生命の幹の強化のために利用されたのね……」
リヒト「はい、恐らくは…。気付いた時には誘拐され、地下室におりましたから……」」
ウィッチ「それにどうしても不思議だった、この世界への干渉。いくら魔剣士の魔力を帯びたとはいえ、魔法化していない肉体が深くこの世界に関わることができた理由……」
リヒト「僕の魔力はエルフ族の血があります。恐らく、ウィッチさんの血と同じ、ですから魔剣士さんの創り出した世界に関わることが出来たんでしょう」
魔剣士の魔力は、ウィッチの魔力と同じもの。
ウィッチの魔力は、エルフ族のもの。
タオフェイの血と魔力は、エルフ族が交じり合う。
そして、タオフェイのの魔力は、ブレイダーの幹として強化されて身体に宿り、今という干渉を作り出していた。
リヒト「それと、ウィッチさん。記憶のこと、有難うございました」
ウィッチ「え?」
リヒト「記憶を見せてくれたことは、精神を壊すどころか…逆に僕が"生きる"気力になりました」
ウィッチ「記憶が?」
リヒト「僕は絶対に、ブレイダーを許せなくなった理由が出来ました。絶対に、許せない……!」
ふいに、一筋の涙が落ちる。
そういえば、先ほども涙を流していたと思い出す。
魔剣士「お前、どうして涙を……」
リヒト「ブ、ブレイダーには…見たくなかった記憶まで…見せられましたから……っ」
魔剣士「見たくなかった記憶?」
リヒト「はい…。ぼ、僕のタオフェイの本来の跡継ぎではありません。僕には、兄がいました……」
魔剣士「兄貴が……」
リヒト「何よりも僕を愛してくれた…"シンマ兄さん"……。だ、だけど……!」
ここで、"ククッ!"とブレイダーが声を出して笑った。
ブレイダー「あぁ、シンマか…。弟が殺されたと、遺体の中に隠れ、僕を最後まで馬鹿にして死んでいった馬鹿な奴だったよ」
リヒト「……兄は立派に戦った!貴方は結局、兄に負けていたんです!」
ブレイダー「殺されたのはアイツだ。どちらが勝者だと?」
リヒト「試合には負けたかもしれない。だけど、勝負は勝ったんだ。兄は貴方に最期まで弱みを見せなかったことも知りました!」
ブレイダー「最期の最後まで、人を馬鹿にしてね。両腕をもがれようと向かって来たけど、結局は死んだじゃないか」
リヒト「何とでも言っていればいい。貴方は、弱い人間だ。誰よりも、勝ちにこだわり、誰よりも弱い!!」
ブレイダー「……弱い、だと」
リヒト「はい。貴方は兄の言った通り、"負け犬"ですから」
ブレイダー「ッ!!」
………
シンマ「この、負け…犬が……!」
………
地下室で、最期まで意地を通したシンマの顔と、これ以上のない怒りが蘇る。
ブレイダー「僕は弱くない…、負けてなんかいない……!」
リヒト「負け犬……」
ブレイダー「その口を…閉じろ……!閉じろ!!」
リヒト「貴方は誰が見ても負け犬です。これ以上、惨めなことはしないほうが良いと思いますよ」
ブレイダー「……貴様ァァッ!!」
怒りのあまり、ブレイダーは神速とも呼ぶべきスピードで縮地を繰り出す。
魔剣士にはかろうじて見えたが、この速度、リヒトにとっては……。
リヒト「フゥッ!!」
"ズドォンッ!!"
信じられないことが起きた。さすがにやられると思ったが、それでもリヒトはブレイダーを地面へと叩き潰したのだった。
ブレイダー「ぐっ、ば、バカなっ!!こ、こんなことって!」
リヒト「……もう僕に触れても無駄です。貴方の身体は、僕のものだ」
ブレイダー「ふ、ふざけるなぁ!!それに、僕の攻撃をどうやって読み切って……!」
リヒト「確かに貴方は強い。ですが、それは貴方の身体に宿った全ての技術」
ブレイダー「まさか……!」
リヒト「何らかの理由で、本来の人格の全ては剥離された。しかし、この身体で覚え、得た技量の全ては僕も記憶として宿しました」
ブレイダー「そ、そんなわけ……!」
肉体に宿る精神意識は剥離されても、その記憶と身体を紡いだリヒトの精神は、同じ実力を持っていた。
ブレイダー「お、同じ技量を持っていたらお互いに弾くはず!それがどうして、僕だけがこうも抑えられるんだ!」
リヒト「考えれば簡単なことです」
ブレイダー「どういう意味だ!」
ウィッチ「……精神と肉体、同じ感覚を共有するなら、肉体を持つ者に勝てるわけがない…」
ブレイダー「うっ…!?」
肉体としての存在を持つリヒトに、思念体となったブレイダーが勝てるわけがなかった。
魔剣士「……リヒトォ!そのまま、抑えていろ!!」
そして、魔剣士はゆらりと剣を抜く。
ブレイダー「くっ…!?」
魔剣士「ブレイダー、最後だ。覚悟はいいか」
ブレイダー「ふ、ふざけ…!僕はまだ戦える!僕の身体を返せ!!魔剣士だって、こんな終わり方は!」
魔剣士「どのみち俺は一度、お前を殺している。幾重にも逃したチャンス、ここで終わらせるだけだ」
ブレイダー「ひ、卑怯じゃあないか!!僕は一人で!」
魔剣士「この世のために倒すなら、卑怯もクソもねーんだよ」
"チャキン…"
首元に、刃を突きつける。
魔剣士「魔法世界で、精神意識の思念体。そうだとしても、思念体を殺せば死ぬ存在だと、アサシンから学んでいるからな」
ブレイダー「や、やめろ…!な、何でも言うことを聞く!お前の仲間にだってなる!だから!」
魔剣士「……うるせぇ。リヒト、俺がやっていいんだな」
リヒト「はい、お願いします」
小さく頷く。
ブレイダーは身体を動かし抵抗するが、リヒトの締め付けから逃れることは出来なかった。
魔剣士「リヒトの兄貴や、今まで殺してきた人間にあの世で懺悔するんだな」
ブレイダー「や、やめ……!」
魔剣士「こんな終わり方をするとは、思わなかったぜ。"負け犬"だな、お前はよ」
ブレイダー「……ま、魔剣士ィィィィッ!!!」
"……ザンッ!!"
勢いをつけることはなかった。
思念体という存在に、魔力を込めた剣を軽く振り下ろすだけで、その身体はスパリと斬れる。
魔剣士「じゃあな、ブレイダー……」
血は出ることがない。斬った箇所から湯気のような、輝く魔力が立ち上がり、辺りが一層に明るくなるばかり。思念体として維持していた闇魔力が、生命の終わりに放つ、臭いのない死臭のようなものだった。
リヒト「はぁ、はぁ……!」
あっさりとした決着。しかし、全てが終わった途端、リヒトはその場に座り込んだ。
ウィッチと魔剣士は「大丈夫?」と声をかけると、彼は「大丈夫です」と笑顔で答える。
リヒト「これで、僕の復讐は終わりました。全てが…、終わりました……!」
魔剣士「お前の中に、ブレイダーはいないんだな」
リヒト「はい。これでもタオフェイの名に恥じぬ魔術師でしたから、そこは信頼してください。他の感覚は一切ありません」
魔剣士「そうか。兄の無念も、これで晴れるだろうよ」
リヒト「……きっと、僕の本当の意識もあの世で笑っているに違いないです」
魔剣士「あ、そうだったか。お前はお前だけど、お前じゃないんだよなぁ…ややこしいぜ全く……」
リヒト「あはは、そうですね」
一戦が終わり、わずかばかり柔らかい時間が流れるが、ウィッチは二人に声をかける。
ウィッチ「それじゃ、早くここから出ましょう。だいぶ時間を潰してしまったし……」
魔剣士「あ、そうだったな。んじゃリヒト、立てるか?」
先に立ち上がった魔剣士はリヒトへ手を差し伸べたが、彼はそれを受けようとはしなかった。
魔剣士「……リヒト?」
リヒト「魔剣士さん……」
魔剣士「何だ?」
リヒト「その、僕はここに残ります。二人が脱出したあと、貴方の魔力が宿る陣の紙を全て燃やしてください」
魔剣士「何?」
リヒト「恐らく、この世界が残っていたのは陣の紙がいくつか存在するからです。それを全て燃やして再び書き直せば、僕がいない世界が再生されますから」
魔剣士「ちょっと待て、何を言ってんだお前」
リヒト「僕はいちゃいけない存在です。人が人を乗っ取り、挙句、闇魔法という存在を受け継いでいる。ブレイダーという人格は無くとも、強大な魔力は宿したまま…人にあらざる人間となってしまいました」
魔剣士「は?だからっつって、どうしてお前が死ぬ理由になるんだよ!ンなこと言ったら、俺だって人にあらざる力を持ってるだろうが!」
笑顔を絶やさないリヒト。ブレイダーの身体ではあったが、どこか穏やかな笑みに、リヒトという人物像が明るく浮かび上がっている気がした。
リヒト「いいえ、違います。魔剣士さん、本来、この身体は無に帰す予定だったんですよね?」
魔剣士「そ、そりゃそうかもしんねぇけど……」
リヒト「だったら、文句はないはずです。僕がのうのうと身体をもって生きることは、許されないハズです」
魔剣士「面倒くせぇ野郎だな…!あのな、そうだとしてもなぁ!」
譲らないリヒトに、魔剣士は声をあげる。
魔剣士「……お前は、死にたいのか!?」
リヒト「そ、そんなわけはありません。ですが、世界のルールとして……」
魔剣士「は?」
リヒト「闇魔法は葬られた存在。魔剣士さんが世界の為に戦っているのはまだしも、僕の存在は、倫理的にあってはならないことです」
魔剣士「え、あの、何言ってんの?」
リヒト「生きているだけで危険な存在は、僕は怖い。この世に生きる人は、僕の存在に恐怖するはずです。そうなれば、タオフェイ家の者としても、最期は立派に……」
魔剣士「ちっ…ざけんなよ、コラ」
リヒト「痛っ!?」
リヒトのの髪の毛を掴み、無理やり立たせた。
魔剣士「世界のルールって誰が創ったんだ」
リヒト「そ、それはこの世に生きる者によって自然とできた習わしのようなもので…!」
魔剣士「自然にできた習わし?だったら神か?神が創ったのか?あ?…だったら俺は神をも殺すわ。こんな世界にしようとした神なんざ、クソ喰らえだ」
リヒト「ま、魔剣士さん……」
魔剣士「なぁにが危険な存在である自分が怖いだ。…お前さ、本当はココで闇に消えることのほうがよっぽどコエーだろ?本音言ってみろよ」
リヒト「いえ、そんなことは!」
魔剣士「だったら記憶を失ってたお前が、痛いことは嫌だとか、屋上から落ちた時に死にたくないと大声で叫んだのも嘘なのか?嘘つきなのか?」
リヒト「そ、それは嘘じゃないですけど……」
魔剣士「はぁ?だけど今の状態からだったら、どっちか嘘ついてることになるな。タオフェイってのは嘘つき一族なのか?」
リヒト「そ、それは侮辱です!!」
魔剣士「アホ。だったら本音で言えよ。俺は、お前ら精神意識の奴らが、どんなカッケーこと言っても怖がりで、生きてきた時と全く一緒の考えを持ってるって知ってるんだよ」
リヒト「…っ!」
ウィッチ「ま、魔剣士……」
魔剣士は額を"ゴン!"とリヒトの額にぶつける。
リヒト「痛いっ!?」
魔剣士「記憶を失ってても怖い怖いと言っていた本音を聞いているのに、どうして自分に我がままに生きない?お前が生きてることは悪いことじゃねーはずだ」
リヒト「うっ…」
魔剣士「ブレイダーの身体は嫌かもしれねえが、死ぬのはもっと嫌だろ?おい」
リヒト「くっ……」
魔剣士「……それにな、死にたいなら全てが終わってから死ねや」
リヒト「はい?全てが終わってからって……」
魔剣士「あのなぁ、こうなったら好都合なんだよ。俺はよ、本当は屋上でお前を助けたあとに言いたかったことがあったんだよ」
リヒト「い、言いたかったことですか…?」
確かに魔剣士は、何かを言いそびれていた。
魔剣士「……あの時言いたかったことは、俺の"仲間になれ"ってことだ」
リヒト「な、仲間…!?」
まさかの言葉に、リヒトは目を丸くする。
魔剣士「記憶を宿したなら説明は不要だろ。俺はブリレイを殺し、世界の平和を取り戻す」
リヒト「はい。魔剣士さんなら、きっと出来るはずです」
魔剣士「そりゃやってやるさ。やるが、仲間が欲しい。力のある、スッゲー強い仲間がよ」
リヒト「ま、まさか…いえ、それは……」
魔剣士「そうだ。闇の力を持ち合わせ、尚、世界平和を望むのなら、お前は生きてそれを果たす運命にあるんじゃねーか」
リヒト「で、ですが……」
魔剣士「何だ。お前は世界平和より、それを人に任せて死ぬのが幸せなのか?」
リヒト「そ、そうじゃないですけど!」
魔剣士「じゃあ仲間になるんだな」
リヒト「そう言われたら、逃げ場がないじゃないですか……」
魔剣士「自分に素直になることだな。お前らみたく、うじうじしてるのは腹が立つ」
リヒト「……その考え、まるで悪役ですね…ハハ…」
魔剣士「ほっとけ!」
ベシッ!と後頭部を叩くと、掴んでいた手を離す。
しかし、リヒトは立ったまま、崩れることはなかった。
魔剣士「本音で生きろよ。素直でいいじゃねーか、生きたいなら生きたいで」
リヒト「……でも、僕が生きていたら世界に影響を及ぼすのは確かです。それはどうやって…」
魔剣士「仲間になったんだったら、俺が守るし、お前も俺を守れ。それでいいんじゃねーの」
リヒト「…!」
魔剣士「難しく考えるなよ。今はブリレイをぶっ飛ばして、それで終わりだろうが!」
リヒト「は、はい…。分かりました……」
魔剣士「最初からそう言えばいい。生きてたほうが楽しいだろ?これから、よろしく頼むぜ」
リヒト「はいっ!」
死を覚悟していたリヒトを、半ば強引ながら納得させた魔剣士。
ウィッチに「行くか」と声をかけると、三人はその道をまた歩き始め、やがて見つけた出口から現実世界に戻ったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――氷山帝国、地下秘密実験室。
陣の道から出てきた魔剣士たちは、陣の世界であった全てを説明し、セージはリヒトを受け入れる。
だが、三人は"時間の経過"について、一息つく暇もないことを聞かされる。
魔剣士「み、三日ぁ!?」
セージ「えぇ…。こちら側じゃ、出発してから丁度…三日目よ。相当な時間差があるってことなのね」
ウィッチ「陣での体感時間はおおよそ30分程度。だけど、こっちでは10分で24時間もの時間が流れてたってことか……」
リヒト「魔法世界では現実世界の差はおよそ144倍ということで間違いないのでしょうか」
魔剣士(何言ってんだこいつら)
魔法世界の10分は、現実で1440分に相当するらしく、1分でも144分、つまり2時間30分に匹敵する。
この移動速度はどうにも出来ないか悩むが、セントラルと氷山帝国の往復も体験していたウィッチだったからこそ、気付けた点もあった。
ウィッチ「ん、でも…ちょっと待って」
セージ「……うん?」
ウィッチ「確か、最初の陣の世界と…今回入った世界の入り口から出口までの感覚がほとんど一緒だった気がする」
セージ「え?」
ウィッチ「待って、いや…気のせいじゃないはず」
セージ「ま、待って待って!それが本当なら、空間歪曲が出来ているってことよ!」
ウィッチ「魔法世界での距離が統一されていたら、この技術を応用して……」
セージ「うんうん、ちょっとメモを取らないと!!これは様々な技術に変換できるはずよ!!」
二人の研究者は大いに興奮するが、それより大事なことがあるだろうと魔剣士は怒鳴った。
魔剣士「おい!それより!!」
セージ「……あ、分かってるわよ!!」
魔剣士「ホントかよ……」
セージ「ま、魔梟のことでしょ!陣を運ばせているから、まだ時間があるからその間って思ってたのよ!」
魔剣士「あぁ…そっすか……」
セージ「だけど、ちょっと早いけどそろそろ良いかもしれないわね」
魔剣士「お?」
セージ「もう、魔梟が運んでる陣は展開してもいい頃だから。先に入って、道なりに進んでおいてもいいかもしれない」
魔剣士「そ、それはどこにあるんだ!?」
セージ「そこよ」
机の上に乱雑した紙の一枚に、陣の描かれたものが数枚あった。
魔剣士「何枚もあるんだけど」
セージ「複数枚はダミーよ。一応、内部事情だけどスパイがいないとは限らないし準備しておいたの」
魔剣士「なるほ……」
セージ「で、魔梟が紙を置くと拡がる仕組みになってるんだけど、そうすると感知できない程度の浅い魔力が注入され、こちら側の陣も光るようにしておいたんだけど……」
"…ピカッ!"
その時、タイミング良く乱雑したうちの一枚が眩く光った。
魔剣士「あっ!?」
セージ「……噂をすれば何とやらね。準備は出来たらしいわ。光ったってことは、陣を無事に拡げられる場所があったってことだし、問題はないかしら」
魔剣士「オッケイ!!じゃ、突入すんぞ!!!」
セージ「ちょっ、まだ準備も!!」
聞く耳持たず、セントラルへ直行できる陣の世界へと魔剣士は消えて行った。
セージ「あぁもう、まだ話をしたこともあったのに!!」
ウィッチ「魔剣士も色々あって、急いでいるのね…。また今度お話しをしましょう。私も、研究者としての話もジックリ、貴方としてみたいし」
セージ「そうね、分かった。魔剣士に伝えて、世界の平和は改めて任せたって」
ウィッチ「うん」
数秒後、魔剣士の魔力に引っ張られたウィッチも陣の中へと吸い込まれていった。
……そして、ブレイダーの身体を持つリヒトも。
リヒト「……僕はもう、魔剣士さんの仲間ですから。しっかり、頑張ってきます!」
セージ「んっ!任せたからね!同じ闇魔術師として…魔剣士クンを支えてあげてね」
リヒト「はい、行って参ります!」
リヒトは礼儀正しく、また一礼すると、陣の中へと飛び込んでいった。
いざ、世界の未来のために、セントラルという決戦の大舞台へと。
…………
……
…
ブレイダー「くっ!?」
何かを察したのか、腕を振り解くと後方へと飛んだ。
魔剣士にとっては攻撃するチャンスだったが、それよりも聞きたいことがいくつも浮かび、それをリヒトにぶつける。
魔剣士「リ、リヒト……!」
リヒト「ごめんなさい魔剣士さん。ウィッチさんのおかげで、全て…思い出しました」
魔剣士「お前…記憶を戻しても精神を……」
リヒト「はい、大丈夫です。全てを思い出しましたが、意志を持ち、自分自身、しっかりとしています」
魔剣士「……そ、そうか!だけどお前、今、ブレイダーの攻撃を…!」
リヒト「身体を持たない相手に、そう簡単にはやらせません」
魔剣士「い、いやしかしだな……!」
ウィッチもそれを見て、驚く様子を見せる。
「どうして、そんな反応を」と、リヒトに尋ねた。
リヒト「ウィッチさん、本当に有難うございました。人を壊すということが、どれほどに怖い役割だったか……」
ウィッチ「そんなことは…。それより、リヒト。貴方、一体……」
リヒト「あぁ、そうでしたね。魔剣士さんも、ウィッチさんも、本来の僕の存在を知らなかったですよね」
ブレイダーの顔とは思えぬほど、優しい笑みを浮かべる。
すると、ブレイダーの思念が憎たらしい顔でそれを言った。
ブレイダー「……タオフェイの血が、僕の身体で味な真似を…!」
リヒト「フフ、よく覚えていてくれましたね」
"タオフェイの血"だと、ブレイダーは確かに言った。
魔剣士は何のことか理解が出来なかったが、唯一、魔法に長けた研究者でもあるウィッチは反応する。
ウィッチ「タオフェイって、タオフェイ家の!?」
彼女は驚き、声をあげた。
リヒト「えぇ、そうです。やはり、魔法の得意なウィッチさんなら知っておられましたか……恐縮な限りです…」
ウィッチ「それは知ってるけど……」
魔剣士「……あ?ウィッチは知ってんのか?俺は聞いたことねーぞ」
ウィッチ「し、知ってるも何も……」
魔剣士「何だ?」
ウィッチ「代々続く、エルフ族の血を持った人間の魔法一族。タオフェイ…"洗礼の名"を持つ、魔の一族……」
魔剣士「何!?」
タオフェイとは、洗礼の名。
光の浄化を意味し、エルフと人間の種族が交じり合い生まれし一族の名である。
魔剣士「エルフ族と人間の間に子供が?つーか、聞いたことも無いぞ?」
ウィッチ「元々は同じ人型だから。それに、いがみ合いの中で生まれた愛だってあったってこと」
魔剣士「エルフ族ん中ではタオフェイは有名なのか?」
ウィッチ「人間とエルフ族の戦いを終結するため、お互いが愛する存在として繋げられた政治的な一族なの」
魔剣士「は…?」
リヒト「僕はタオフェイの名を持ちませんが、血は紡いでいます」
タオフェイは人間とエルフの共生において、和平としての象徴のため作られた一族であった。ウィッチにとっては衝撃の真実。だが、これで合点がいくこともある。
ウィッチ「優秀な人材として選ばれた理由、生命の幹の強化のために利用されたのね……」
リヒト「はい、恐らくは…。気付いた時には誘拐され、地下室におりましたから……」」
ウィッチ「それにどうしても不思議だった、この世界への干渉。いくら魔剣士の魔力を帯びたとはいえ、魔法化していない肉体が深くこの世界に関わることができた理由……」
リヒト「僕の魔力はエルフ族の血があります。恐らく、ウィッチさんの血と同じ、ですから魔剣士さんの創り出した世界に関わることが出来たんでしょう」
魔剣士の魔力は、ウィッチの魔力と同じもの。
ウィッチの魔力は、エルフ族のもの。
タオフェイの血と魔力は、エルフ族が交じり合う。
そして、タオフェイのの魔力は、ブレイダーの幹として強化されて身体に宿り、今という干渉を作り出していた。
リヒト「それと、ウィッチさん。記憶のこと、有難うございました」
ウィッチ「え?」
リヒト「記憶を見せてくれたことは、精神を壊すどころか…逆に僕が"生きる"気力になりました」
ウィッチ「記憶が?」
リヒト「僕は絶対に、ブレイダーを許せなくなった理由が出来ました。絶対に、許せない……!」
ふいに、一筋の涙が落ちる。
そういえば、先ほども涙を流していたと思い出す。
魔剣士「お前、どうして涙を……」
リヒト「ブ、ブレイダーには…見たくなかった記憶まで…見せられましたから……っ」
魔剣士「見たくなかった記憶?」
リヒト「はい…。ぼ、僕のタオフェイの本来の跡継ぎではありません。僕には、兄がいました……」
魔剣士「兄貴が……」
リヒト「何よりも僕を愛してくれた…"シンマ兄さん"……。だ、だけど……!」
ここで、"ククッ!"とブレイダーが声を出して笑った。
ブレイダー「あぁ、シンマか…。弟が殺されたと、遺体の中に隠れ、僕を最後まで馬鹿にして死んでいった馬鹿な奴だったよ」
リヒト「……兄は立派に戦った!貴方は結局、兄に負けていたんです!」
ブレイダー「殺されたのはアイツだ。どちらが勝者だと?」
リヒト「試合には負けたかもしれない。だけど、勝負は勝ったんだ。兄は貴方に最期まで弱みを見せなかったことも知りました!」
ブレイダー「最期の最後まで、人を馬鹿にしてね。両腕をもがれようと向かって来たけど、結局は死んだじゃないか」
リヒト「何とでも言っていればいい。貴方は、弱い人間だ。誰よりも、勝ちにこだわり、誰よりも弱い!!」
ブレイダー「……弱い、だと」
リヒト「はい。貴方は兄の言った通り、"負け犬"ですから」
ブレイダー「ッ!!」
………
シンマ「この、負け…犬が……!」
………
地下室で、最期まで意地を通したシンマの顔と、これ以上のない怒りが蘇る。
ブレイダー「僕は弱くない…、負けてなんかいない……!」
リヒト「負け犬……」
ブレイダー「その口を…閉じろ……!閉じろ!!」
リヒト「貴方は誰が見ても負け犬です。これ以上、惨めなことはしないほうが良いと思いますよ」
ブレイダー「……貴様ァァッ!!」
怒りのあまり、ブレイダーは神速とも呼ぶべきスピードで縮地を繰り出す。
魔剣士にはかろうじて見えたが、この速度、リヒトにとっては……。
リヒト「フゥッ!!」
"ズドォンッ!!"
信じられないことが起きた。さすがにやられると思ったが、それでもリヒトはブレイダーを地面へと叩き潰したのだった。
ブレイダー「ぐっ、ば、バカなっ!!こ、こんなことって!」
リヒト「……もう僕に触れても無駄です。貴方の身体は、僕のものだ」
ブレイダー「ふ、ふざけるなぁ!!それに、僕の攻撃をどうやって読み切って……!」
リヒト「確かに貴方は強い。ですが、それは貴方の身体に宿った全ての技術」
ブレイダー「まさか……!」
リヒト「何らかの理由で、本来の人格の全ては剥離された。しかし、この身体で覚え、得た技量の全ては僕も記憶として宿しました」
ブレイダー「そ、そんなわけ……!」
肉体に宿る精神意識は剥離されても、その記憶と身体を紡いだリヒトの精神は、同じ実力を持っていた。
ブレイダー「お、同じ技量を持っていたらお互いに弾くはず!それがどうして、僕だけがこうも抑えられるんだ!」
リヒト「考えれば簡単なことです」
ブレイダー「どういう意味だ!」
ウィッチ「……精神と肉体、同じ感覚を共有するなら、肉体を持つ者に勝てるわけがない…」
ブレイダー「うっ…!?」
肉体としての存在を持つリヒトに、思念体となったブレイダーが勝てるわけがなかった。
魔剣士「……リヒトォ!そのまま、抑えていろ!!」
そして、魔剣士はゆらりと剣を抜く。
ブレイダー「くっ…!?」
魔剣士「ブレイダー、最後だ。覚悟はいいか」
ブレイダー「ふ、ふざけ…!僕はまだ戦える!僕の身体を返せ!!魔剣士だって、こんな終わり方は!」
魔剣士「どのみち俺は一度、お前を殺している。幾重にも逃したチャンス、ここで終わらせるだけだ」
ブレイダー「ひ、卑怯じゃあないか!!僕は一人で!」
魔剣士「この世のために倒すなら、卑怯もクソもねーんだよ」
"チャキン…"
首元に、刃を突きつける。
魔剣士「魔法世界で、精神意識の思念体。そうだとしても、思念体を殺せば死ぬ存在だと、アサシンから学んでいるからな」
ブレイダー「や、やめろ…!な、何でも言うことを聞く!お前の仲間にだってなる!だから!」
魔剣士「……うるせぇ。リヒト、俺がやっていいんだな」
リヒト「はい、お願いします」
小さく頷く。
ブレイダーは身体を動かし抵抗するが、リヒトの締め付けから逃れることは出来なかった。
魔剣士「リヒトの兄貴や、今まで殺してきた人間にあの世で懺悔するんだな」
ブレイダー「や、やめ……!」
魔剣士「こんな終わり方をするとは、思わなかったぜ。"負け犬"だな、お前はよ」
ブレイダー「……ま、魔剣士ィィィィッ!!!」
"……ザンッ!!"
勢いをつけることはなかった。
思念体という存在に、魔力を込めた剣を軽く振り下ろすだけで、その身体はスパリと斬れる。
魔剣士「じゃあな、ブレイダー……」
血は出ることがない。斬った箇所から湯気のような、輝く魔力が立ち上がり、辺りが一層に明るくなるばかり。思念体として維持していた闇魔力が、生命の終わりに放つ、臭いのない死臭のようなものだった。
リヒト「はぁ、はぁ……!」
あっさりとした決着。しかし、全てが終わった途端、リヒトはその場に座り込んだ。
ウィッチと魔剣士は「大丈夫?」と声をかけると、彼は「大丈夫です」と笑顔で答える。
リヒト「これで、僕の復讐は終わりました。全てが…、終わりました……!」
魔剣士「お前の中に、ブレイダーはいないんだな」
リヒト「はい。これでもタオフェイの名に恥じぬ魔術師でしたから、そこは信頼してください。他の感覚は一切ありません」
魔剣士「そうか。兄の無念も、これで晴れるだろうよ」
リヒト「……きっと、僕の本当の意識もあの世で笑っているに違いないです」
魔剣士「あ、そうだったか。お前はお前だけど、お前じゃないんだよなぁ…ややこしいぜ全く……」
リヒト「あはは、そうですね」
一戦が終わり、わずかばかり柔らかい時間が流れるが、ウィッチは二人に声をかける。
ウィッチ「それじゃ、早くここから出ましょう。だいぶ時間を潰してしまったし……」
魔剣士「あ、そうだったな。んじゃリヒト、立てるか?」
先に立ち上がった魔剣士はリヒトへ手を差し伸べたが、彼はそれを受けようとはしなかった。
魔剣士「……リヒト?」
リヒト「魔剣士さん……」
魔剣士「何だ?」
リヒト「その、僕はここに残ります。二人が脱出したあと、貴方の魔力が宿る陣の紙を全て燃やしてください」
魔剣士「何?」
リヒト「恐らく、この世界が残っていたのは陣の紙がいくつか存在するからです。それを全て燃やして再び書き直せば、僕がいない世界が再生されますから」
魔剣士「ちょっと待て、何を言ってんだお前」
リヒト「僕はいちゃいけない存在です。人が人を乗っ取り、挙句、闇魔法という存在を受け継いでいる。ブレイダーという人格は無くとも、強大な魔力は宿したまま…人にあらざる人間となってしまいました」
魔剣士「は?だからっつって、どうしてお前が死ぬ理由になるんだよ!ンなこと言ったら、俺だって人にあらざる力を持ってるだろうが!」
笑顔を絶やさないリヒト。ブレイダーの身体ではあったが、どこか穏やかな笑みに、リヒトという人物像が明るく浮かび上がっている気がした。
リヒト「いいえ、違います。魔剣士さん、本来、この身体は無に帰す予定だったんですよね?」
魔剣士「そ、そりゃそうかもしんねぇけど……」
リヒト「だったら、文句はないはずです。僕がのうのうと身体をもって生きることは、許されないハズです」
魔剣士「面倒くせぇ野郎だな…!あのな、そうだとしてもなぁ!」
譲らないリヒトに、魔剣士は声をあげる。
魔剣士「……お前は、死にたいのか!?」
リヒト「そ、そんなわけはありません。ですが、世界のルールとして……」
魔剣士「は?」
リヒト「闇魔法は葬られた存在。魔剣士さんが世界の為に戦っているのはまだしも、僕の存在は、倫理的にあってはならないことです」
魔剣士「え、あの、何言ってんの?」
リヒト「生きているだけで危険な存在は、僕は怖い。この世に生きる人は、僕の存在に恐怖するはずです。そうなれば、タオフェイ家の者としても、最期は立派に……」
魔剣士「ちっ…ざけんなよ、コラ」
リヒト「痛っ!?」
リヒトのの髪の毛を掴み、無理やり立たせた。
魔剣士「世界のルールって誰が創ったんだ」
リヒト「そ、それはこの世に生きる者によって自然とできた習わしのようなもので…!」
魔剣士「自然にできた習わし?だったら神か?神が創ったのか?あ?…だったら俺は神をも殺すわ。こんな世界にしようとした神なんざ、クソ喰らえだ」
リヒト「ま、魔剣士さん……」
魔剣士「なぁにが危険な存在である自分が怖いだ。…お前さ、本当はココで闇に消えることのほうがよっぽどコエーだろ?本音言ってみろよ」
リヒト「いえ、そんなことは!」
魔剣士「だったら記憶を失ってたお前が、痛いことは嫌だとか、屋上から落ちた時に死にたくないと大声で叫んだのも嘘なのか?嘘つきなのか?」
リヒト「そ、それは嘘じゃないですけど……」
魔剣士「はぁ?だけど今の状態からだったら、どっちか嘘ついてることになるな。タオフェイってのは嘘つき一族なのか?」
リヒト「そ、それは侮辱です!!」
魔剣士「アホ。だったら本音で言えよ。俺は、お前ら精神意識の奴らが、どんなカッケーこと言っても怖がりで、生きてきた時と全く一緒の考えを持ってるって知ってるんだよ」
リヒト「…っ!」
ウィッチ「ま、魔剣士……」
魔剣士は額を"ゴン!"とリヒトの額にぶつける。
リヒト「痛いっ!?」
魔剣士「記憶を失ってても怖い怖いと言っていた本音を聞いているのに、どうして自分に我がままに生きない?お前が生きてることは悪いことじゃねーはずだ」
リヒト「うっ…」
魔剣士「ブレイダーの身体は嫌かもしれねえが、死ぬのはもっと嫌だろ?おい」
リヒト「くっ……」
魔剣士「……それにな、死にたいなら全てが終わってから死ねや」
リヒト「はい?全てが終わってからって……」
魔剣士「あのなぁ、こうなったら好都合なんだよ。俺はよ、本当は屋上でお前を助けたあとに言いたかったことがあったんだよ」
リヒト「い、言いたかったことですか…?」
確かに魔剣士は、何かを言いそびれていた。
魔剣士「……あの時言いたかったことは、俺の"仲間になれ"ってことだ」
リヒト「な、仲間…!?」
まさかの言葉に、リヒトは目を丸くする。
魔剣士「記憶を宿したなら説明は不要だろ。俺はブリレイを殺し、世界の平和を取り戻す」
リヒト「はい。魔剣士さんなら、きっと出来るはずです」
魔剣士「そりゃやってやるさ。やるが、仲間が欲しい。力のある、スッゲー強い仲間がよ」
リヒト「ま、まさか…いえ、それは……」
魔剣士「そうだ。闇の力を持ち合わせ、尚、世界平和を望むのなら、お前は生きてそれを果たす運命にあるんじゃねーか」
リヒト「で、ですが……」
魔剣士「何だ。お前は世界平和より、それを人に任せて死ぬのが幸せなのか?」
リヒト「そ、そうじゃないですけど!」
魔剣士「じゃあ仲間になるんだな」
リヒト「そう言われたら、逃げ場がないじゃないですか……」
魔剣士「自分に素直になることだな。お前らみたく、うじうじしてるのは腹が立つ」
リヒト「……その考え、まるで悪役ですね…ハハ…」
魔剣士「ほっとけ!」
ベシッ!と後頭部を叩くと、掴んでいた手を離す。
しかし、リヒトは立ったまま、崩れることはなかった。
魔剣士「本音で生きろよ。素直でいいじゃねーか、生きたいなら生きたいで」
リヒト「……でも、僕が生きていたら世界に影響を及ぼすのは確かです。それはどうやって…」
魔剣士「仲間になったんだったら、俺が守るし、お前も俺を守れ。それでいいんじゃねーの」
リヒト「…!」
魔剣士「難しく考えるなよ。今はブリレイをぶっ飛ばして、それで終わりだろうが!」
リヒト「は、はい…。分かりました……」
魔剣士「最初からそう言えばいい。生きてたほうが楽しいだろ?これから、よろしく頼むぜ」
リヒト「はいっ!」
死を覚悟していたリヒトを、半ば強引ながら納得させた魔剣士。
ウィッチに「行くか」と声をかけると、三人はその道をまた歩き始め、やがて見つけた出口から現実世界に戻ったのだった。
…………
……
…
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
―――氷山帝国、地下秘密実験室。
陣の道から出てきた魔剣士たちは、陣の世界であった全てを説明し、セージはリヒトを受け入れる。
だが、三人は"時間の経過"について、一息つく暇もないことを聞かされる。
魔剣士「み、三日ぁ!?」
セージ「えぇ…。こちら側じゃ、出発してから丁度…三日目よ。相当な時間差があるってことなのね」
ウィッチ「陣での体感時間はおおよそ30分程度。だけど、こっちでは10分で24時間もの時間が流れてたってことか……」
リヒト「魔法世界では現実世界の差はおよそ144倍ということで間違いないのでしょうか」
魔剣士(何言ってんだこいつら)
魔法世界の10分は、現実で1440分に相当するらしく、1分でも144分、つまり2時間30分に匹敵する。
この移動速度はどうにも出来ないか悩むが、セントラルと氷山帝国の往復も体験していたウィッチだったからこそ、気付けた点もあった。
ウィッチ「ん、でも…ちょっと待って」
セージ「……うん?」
ウィッチ「確か、最初の陣の世界と…今回入った世界の入り口から出口までの感覚がほとんど一緒だった気がする」
セージ「え?」
ウィッチ「待って、いや…気のせいじゃないはず」
セージ「ま、待って待って!それが本当なら、空間歪曲が出来ているってことよ!」
ウィッチ「魔法世界での距離が統一されていたら、この技術を応用して……」
セージ「うんうん、ちょっとメモを取らないと!!これは様々な技術に変換できるはずよ!!」
二人の研究者は大いに興奮するが、それより大事なことがあるだろうと魔剣士は怒鳴った。
魔剣士「おい!それより!!」
セージ「……あ、分かってるわよ!!」
魔剣士「ホントかよ……」
セージ「ま、魔梟のことでしょ!陣を運ばせているから、まだ時間があるからその間って思ってたのよ!」
魔剣士「あぁ…そっすか……」
セージ「だけど、ちょっと早いけどそろそろ良いかもしれないわね」
魔剣士「お?」
セージ「もう、魔梟が運んでる陣は展開してもいい頃だから。先に入って、道なりに進んでおいてもいいかもしれない」
魔剣士「そ、それはどこにあるんだ!?」
セージ「そこよ」
机の上に乱雑した紙の一枚に、陣の描かれたものが数枚あった。
魔剣士「何枚もあるんだけど」
セージ「複数枚はダミーよ。一応、内部事情だけどスパイがいないとは限らないし準備しておいたの」
魔剣士「なるほ……」
セージ「で、魔梟が紙を置くと拡がる仕組みになってるんだけど、そうすると感知できない程度の浅い魔力が注入され、こちら側の陣も光るようにしておいたんだけど……」
"…ピカッ!"
その時、タイミング良く乱雑したうちの一枚が眩く光った。
魔剣士「あっ!?」
セージ「……噂をすれば何とやらね。準備は出来たらしいわ。光ったってことは、陣を無事に拡げられる場所があったってことだし、問題はないかしら」
魔剣士「オッケイ!!じゃ、突入すんぞ!!!」
セージ「ちょっ、まだ準備も!!」
聞く耳持たず、セントラルへ直行できる陣の世界へと魔剣士は消えて行った。
セージ「あぁもう、まだ話をしたこともあったのに!!」
ウィッチ「魔剣士も色々あって、急いでいるのね…。また今度お話しをしましょう。私も、研究者としての話もジックリ、貴方としてみたいし」
セージ「そうね、分かった。魔剣士に伝えて、世界の平和は改めて任せたって」
ウィッチ「うん」
数秒後、魔剣士の魔力に引っ張られたウィッチも陣の中へと吸い込まれていった。
……そして、ブレイダーの身体を持つリヒトも。
リヒト「……僕はもう、魔剣士さんの仲間ですから。しっかり、頑張ってきます!」
セージ「んっ!任せたからね!同じ闇魔術師として…魔剣士クンを支えてあげてね」
リヒト「はい、行って参ります!」
リヒトは礼儀正しく、また一礼すると、陣の中へと飛び込んでいった。
いざ、世界の未来のために、セントラルという決戦の大舞台へと。
…………
……
…
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