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後日談(短編)
シルキア家へようこそ③
しおりを挟むベラント兄さまが訪ねてきた日からおよそ二週間後、アレクシの出生地であるシュエルクにやって来た。
アレクシとその母親が住んでいた街、フィラク。元々母親が住んでいた辺境地域プルトヴァとは真逆の辺境地域だ。
ここまでの道中、基本的には元気にしていたが時折不安になるのか、それとも母親を思い出しているのかぎゅっと抱きついてくることが何度かあった。幼いながらに頭の中では色々と思いを巡らせているのだろう。
「もうすぐ着くぞ」
「はい」
ベラント兄さまの言葉に窓の外を見れば、下町の温かさを感じるような街並み。殺伐とした感じは一切なく、アレクシ親子もこの空気に包まれ幸せに暮らしていたのだろうか。
そんなことを考えていると馬車が停止した。
「着いたの?」
「うん、馬車が止まったね」
「ここから先は道が細いから歩いて行こう」
ベラント兄さまが先に下り、アレクシを抱え下ろすと私とリクハルド様もそれに続いた。後続の馬車に乗っていた両親とも合流しここからは共同墓地まで歩いていく。
アレクシはキョロキョロと辺りを見回し、どこか緊張した表情をしていた。
「都会とはまた違った賑わいですね」
「そうだな。ここはリュクセとも近いし商人が出入りする街でもあるから小さいながらも活気がある街だ」
行き交う人の数も多く、皆生き生きとしているからとても居心地の良い街なのだと思う。
「あ、あのお店知ってる!」
「え?」
手を繋いでいたアレクシが大きな声をあげた。指をさした先はパン屋さんだ。
「ママとよくパンを買いにいったんだよ!」
「そうなんだ」
パン屋の前まで行って中を覗く。小さなお店だが食事用のパンがたくさん並んでいた。その片隅には焼き菓子も置いてある。
「パンを買うとおじさんが割れたリンツァーアウゲンをくれたんだよ」
「なるほど。それでアレクシはリンツァーアウゲンが好きだったんだね」
ママと仲良く買い物に行っておまけをもらえた、アレクシのとても楽しい思い出なのだろう。
「じゃあリンツァーアウゲンをママに持っていくか」
「うん!」
ちょっと待ってろ、と言ってリクハルド様がパン屋に入っていく。あ、と思ったときにはもう遅くでっかい紙袋を抱えて出てきた。買い占めたんじゃないだろうな、と思って店内を見れば焼き菓子コーナーが空っぽになっていた。
「もう、何でそんなにいっぱい買うんですか!?」
「いや、これくらいあっという間に食べるって。ほらアレクシ」
「ん……美味しい~!」
リクハルド様が差し出したリンツァーアウゲンをパクリと食べると幸せそうな笑顔を浮かべる。今日一番の笑顔だ。
「よーし、次は花を山ほど買うぞ!」
「うん!」
「迷惑だから買い占めるのはやめて下さいよ!」
ぎゃあぎゃあ言いながら歩く私たちを見て両親はクスクス笑っている。アレクシもリクハルド様のいつものノリに緊張をなくしたようだ。
突拍子もない行動をすることが多いが、それに助けられているのには間違いなかった。
**
歩くこと数十分、フィラクの街外れに墓地はあった。
賑わしい街から風に乗って人々の声が聞こえてくる。その音は心地よく、寂しさを感じさせない場所だ。
大きな石碑がありその裏に回るとここに眠っているたくさんの人の名前が刻まれていた。ベラント兄さまがアレクシを抱えてここだ、と指で石碑をさす。
「…マリアーナ・ケトラ」
「そうだ。アレクシの母親だ」
「うん…」
アレクシがその文字を指でなぞる。
一文字一文字丁寧になぞっていくその姿に思わず涙がこぼれた。
「ママ…僕は元気だよ」
そう小さく呟いて何度も何度も名前をなぞる。伝えたいことがたくさんあるのだろう、アレクシの気の済むまで黙って見守り続けた。
「ママの好きなお花とお菓子どうぞ」
正面に戻り、石碑の前に買ってきた大きな花束とお菓子を供える。
アレクシも小さな手を合わせて一生懸命祈っていた。
アレクシはどんな風に生まれてきたのだろう。赤ん坊のアレクシは可愛くてほわほわで、喜びに溢れた毎日だったのだろう。
そして母親はこの可愛い子をずっとそばで見守っていきたいと願っていただろう。
それを考えるととても胸が苦しくなる。
(どうか心配しないでください。あなたの代わりにはなれませんが…アレクシのことは責任を持って幸せにしていきます……)
そう祈る。
両親たちも皆そう祈っているだろう。
その祈りを聞き入れてくれたように爽やかな風が通りすぎていった――
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