上 下
54 / 62
後日談(短編)

シルキア家へようこそ③

しおりを挟む

 ベラント兄さまが訪ねてきた日からおよそ二週間後、アレクシの出生地であるシュエルクにやって来た。
アレクシとその母親が住んでいた街、フィラク。元々母親が住んでいた辺境地域プルトヴァとは真逆の辺境地域だ。

ここまでの道中、基本的には元気にしていたが時折不安になるのか、それとも母親を思い出しているのかぎゅっと抱きついてくることが何度かあった。幼いながらに頭の中では色々と思いを巡らせているのだろう。

「もうすぐ着くぞ」
「はい」

ベラント兄さまの言葉に窓の外を見れば、下町の温かさを感じるような街並み。殺伐とした感じは一切なく、アレクシ親子もこの空気に包まれ幸せに暮らしていたのだろうか。
そんなことを考えていると馬車が停止した。

「着いたの?」
「うん、馬車が止まったね」
「ここから先は道が細いから歩いて行こう」

ベラント兄さまが先に下り、アレクシを抱え下ろすと私とリクハルド様もそれに続いた。後続の馬車に乗っていた両親とも合流しここからは共同墓地まで歩いていく。
アレクシはキョロキョロと辺りを見回し、どこか緊張した表情をしていた。

「都会とはまた違った賑わいですね」
「そうだな。ここはリュクセとも近いし商人が出入りする街でもあるから小さいながらも活気がある街だ」

行き交う人の数も多く、皆生き生きとしているからとても居心地の良い街なのだと思う。

「あ、あのお店知ってる!」
「え?」

手を繋いでいたアレクシが大きな声をあげた。指をさした先はパン屋さんだ。

「ママとよくパンを買いにいったんだよ!」
「そうなんだ」

パン屋の前まで行って中を覗く。小さなお店だが食事用のパンがたくさん並んでいた。その片隅には焼き菓子も置いてある。

「パンを買うとおじさんが割れたリンツァーアウゲンをくれたんだよ」
「なるほど。それでアレクシはリンツァーアウゲンが好きだったんだね」

ママと仲良く買い物に行っておまけをもらえた、アレクシのとても楽しい思い出なのだろう。

「じゃあリンツァーアウゲンをママに持っていくか」
「うん!」

ちょっと待ってろ、と言ってリクハルド様がパン屋に入っていく。あ、と思ったときにはもう遅くでっかい紙袋を抱えて出てきた。買い占めたんじゃないだろうな、と思って店内を見れば焼き菓子コーナーが空っぽになっていた。

「もう、何でそんなにいっぱい買うんですか!?」
「いや、これくらいあっという間に食べるって。ほらアレクシ」
「ん……美味しい~!」

リクハルド様が差し出したリンツァーアウゲンをパクリと食べると幸せそうな笑顔を浮かべる。今日一番の笑顔だ。

「よーし、次は花を山ほど買うぞ!」
「うん!」
「迷惑だから買い占めるのはやめて下さいよ!」

ぎゃあぎゃあ言いながら歩く私たちを見て両親はクスクス笑っている。アレクシもリクハルド様のいつものノリに緊張をなくしたようだ。
突拍子もない行動をすることが多いが、それに助けられているのには間違いなかった。


**


 歩くこと数十分、フィラクの街外れに墓地はあった。
賑わしい街から風に乗って人々の声が聞こえてくる。その音は心地よく、寂しさを感じさせない場所だ。
大きな石碑がありその裏に回るとここに眠っているたくさんの人の名前が刻まれていた。ベラント兄さまがアレクシを抱えてここだ、と指で石碑をさす。

「…マリアーナ・ケトラ」
「そうだ。アレクシの母親だ」
「うん…」

アレクシがその文字を指でなぞる。
一文字一文字丁寧になぞっていくその姿に思わず涙がこぼれた。

「ママ…僕は元気だよ」

そう小さく呟いて何度も何度も名前をなぞる。伝えたいことがたくさんあるのだろう、アレクシの気の済むまで黙って見守り続けた。





「ママの好きなお花とお菓子どうぞ」

正面に戻り、石碑の前に買ってきた大きな花束とお菓子を供える。
アレクシも小さな手を合わせて一生懸命祈っていた。

アレクシはどんな風に生まれてきたのだろう。赤ん坊のアレクシは可愛くてほわほわで、喜びに溢れた毎日だったのだろう。
そして母親はこの可愛い子をずっとそばで見守っていきたいと願っていただろう。
それを考えるととても胸が苦しくなる。

(どうか心配しないでください。あなたの代わりにはなれませんが…アレクシのことは責任を持って幸せにしていきます……)

そう祈る。
両親たちも皆そう祈っているだろう。

その祈りを聞き入れてくれたように爽やかな風が通りすぎていった――


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
『貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。』の番外編です。 本編にくっつけるとスクロールが大変そうなので別にしました。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

森に捨てられた令嬢、本当の幸せを見つけました。

玖保ひかる
恋愛
[完結] 北の大国ナバランドの貴族、ヴァンダーウォール伯爵家の令嬢アリステルは、継母に冷遇され一人別棟で生活していた。 ある日、継母から仲直りをしたいとお茶会に誘われ、勧められたお茶を口にしたところ意識を失ってしまう。 アリステルが目を覚ましたのは、魔の森と人々が恐れる深い森の中。 森に捨てられてしまったのだ。 南の隣国を目指して歩き出したアリステル。腕利きの冒険者レオンと出会い、新天地での新しい人生を始めるのだが…。 苦難を乗り越えて、愛する人と本当の幸せを見つける物語。 ※小説家になろうで公開した作品を改編した物です。 ※完結しました。

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

処理中です...