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後日談(短編)

引き出しの奥

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 はぁ、と大きくため息を吐く。
ここのところ強行スケジュールだったため疲労からか体調を崩してしまった。喘息の発作が出なかっただけマシだがちょっと無理をすればこうなってしまう自分が心底嫌になる。

(こんなんじゃ…やっぱり僕では守れない…)

体調が悪くなるといつも弱気になる。兄さんには負けない、そう誓ったはずなのに。

「ゴホッ…ゴホッ…」

胸の苦しさにベッドの中で体を丸めた。何だかその姿がとても惨めに思えて泣けてくる。

(ティナ、どうしてるかな…)

こんな時でも思い出すのはティナの事ばかりだ。兄さんの婚約者候補解消のために王城に呼んでから約一週間経った。しばらくはイヴァロンの学校関係、医療関係その他の事をシルキア伯爵と交渉したいから屋敷に留まると言っていたがさすがにもうイヴァロンに戻る頃だろう。
本当はついて行きたかったのにこのザマだ。何の役にも立たない。

テーブルの上に置かれている封蝋が押された手紙。それはとある公爵家で開かれる誕生パーティーの招待状。いつもなら体調不良を良いことに断っていたのだが。

(ティナと行きたかったな…)

初めてティナをエスコート出来る機会だったのに。パーティーが苦手なティナに甘えてどうにか説得して、綺麗に着飾らせて、これが僕の愛する人です、って自慢して…

(一日中一人占めしたかったな…)

バカだな、そんなことを考えながらそっと目を閉じる。今は体を治すことが先決だ。静まり返った自室で僕は自分の呼吸音だけを聞きながら眠りに落ちていった。


***


(こんどはいつあえるかなぁ)

二つ並んだ小さなテディベアをながめながらぼくはわくわくしていた。この間クリスティナ嬢の紅茶のなかに落ちてしまったテディベアは少し色が変わってしまったけれど大事にかざっている。そしてもう一つ同じものをお母さまに買ってもらい、メイドにおねがいしてテディベア用のドレスを二着作ってもらった。エメラルドグリーンのそのドレスはあの日クリスティナ嬢が着ていたドレスを模したもの。

(こんどあったときクリスティナ嬢にあげるんだ!)

よろこんでくれるかな、もしかしてこういうかわいいのは好きじゃないかな、そんなことを考えながら僕はあの日のことをなんどもなんども思い出していた。
あの時はクリスティナ嬢が僕を守ってくれたけど、

「こんどはきっと僕が守るんだ!」

そう、決意していた。


だけどそのひと月後、クリスティナ嬢がお兄ちゃんの婚約者候補になることに決まった。僕はエメラルドグリーンのドレスを着たテディベアを引き出しの奥にしまいこんだ――


**


「明日から楽しみだな!」
「うん」

それはティナと出会って二年後の事。
明日からトルレオにある保養地にバカンスに行くことになっていた。忙しいお父様やお母様は一緒には行けないけれど今回はティナが一緒だ。

「虫かごに、あと虫をおびき寄せる蜜…あ、日よけの帽子もいるな」
「うん」
「スレヴィは何を持っていくんだ?」

見るからにワクワクしているお兄ちゃんは使用人に任せず自分で準備をしている。それを見ていると僕も楽しくなってきた。

「僕はいつものクマさんとご本」
「そうか!クマさんもいっしょだな!」
「うん!」

お兄ちゃんもティナと一緒で、かわいいものが好きな僕をバカにしたりなんかしない。

「明日ティナが来たら出発だから今日は早く寝ような」
「うん!」

そう約束して楽しみに眠ったのに――


「ゴホッ…ゴホッ…!」
「スレヴィ大丈夫か?」

心配そうにお兄ちゃんが見つめている。僕は夜中にぜんそくの発作を起こしてしまい、それから熱を出していた。

「ごめんなさい…」
「謝らなくていいぞ」

そう言ってお兄ちゃんが優しく僕の頭を撫でてくれる。そこで使用人からティナが到着したという報せが入った。

(ティナも楽しみにしてたのかもしれない…)

そう思うと申し訳なくて情けなくてどうしようもない気持ちになった。僕のせいでみんなががっかりするのはイヤだ。

「お兄ちゃん」
「うん?」
「僕はいいからティナと一緒に行ってきて」
「!」

本当は一緒に行きたい。でも、

「ティナが楽しみにしてたらかわいそうだから」
「……わかった」

お兄ちゃんは少し考えていたが笑って頷くと僕の頭を撫でてから部屋を出ていった。その途端、僕は頭から布団をかぶる。

「っ…ぐす」

次から次に涙がこぼれる。
どうして僕はいつもこうなんだろう。どうして僕はこんなに体が弱いんだろう。どうして……!

「…おいてかないでっ…」


***


「……ん?」
「あ、起こしちゃった」
「え、」

額に冷たいものが乗せられた感覚に目を覚ます。その瞬間信じられない光景が飛び込んできた。

「ティナ…?何で」
「ふふ、王妃様からお手紙が来たんですよ」
「ああ、もう…ごめんね」

両親も兄さんも僕が体調不良で寝込むとティナに報せてしまう。ティナが心配してお見舞いに来ることを見越して甘えすぎだ。

「悪い夢でも見たんですか?」
「え…」

ティナの指先が頬に触れた。その事で僕は夢で泣いていたんだと気がつく。

「うん…でも大丈夫」
「そうですか」

恥ずかしくなって急いで涙を拭う。何を感傷的になっているんだか。

「アレクシは?」
「今日はお留守番です。父も母もアレクシにメロメロで」
「なるほど」
「色んな大人と接するのも勉強かなと思って両親に任せてきました」
「そっか。アレクシも偉いね」
「あ、これアレクシから預かってきたんです」

ティナが渡してくれたのは黄色い紙で作られた星。その裏には「早く元気になってね」と書かれている。可愛くて自然に笑顔になってしまう。

「スレヴィ様が星が好きだって言ったら作ってくれたんですよ」
「嬉しいな」

(あ、そういえば…)

その星を見て夢の続きを思い出す。あの時、兄さんもティナも僕を置いていったりはしなかった。
城の客室をいくつか使って、ある部屋は紙で作った花をいっぱいにして『お花畑』を演出し、ある部屋は暗くして紙で作った星を飾り『天体観測』、夜は大きなマットで雑魚寝して……病気になって行けなくなった僕に寄り添って二人で僕を楽しませてくれた。

「…懐かしいな」
「そうですね」

そのひとことでティナも覚えていることがわかった。三人の大切な思い出だ。

「ティナ、来てくれてありがとう」
「いいえ。まだ熱が高いですからゆっくり眠って下さい。私も今日はここに居ますから」
「うん、でも熱が下がったら…」
「うん」

ずれた布団を肩まで引き上げると、子供を寝かしつけるように胸の辺りをトントンされる。優しく微笑んでいるティナを見て、ああどうしようもなく好きだな、と思う。

引き出しの奥には、十二年間言葉にすることが許されなかった想いがしまい込んである。

やっと、渡せる時が来たんだ。
あのテディベアを――


【end】

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