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24:絶対に渡しません

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 今日は午後からアイナさんとリリヤちゃんが来てくれている。これから訪れるイヴァロンの秋冬にどのような準備をしていけば良いのか教わることにしていた。

「イヴァロンでは秋というのはほとんどなくていきなり寒くなるのよ」
「雪がたくさん降り積もったりするんですか?」
「いいえ、雪はほとんど降ることはないわ。だけどとにかく氷点下の寒い日が続くの」
「雪が降れば水としても使えるのに…なんというかうまくいかないもんですね」

そう言うとアイナさんは笑った。

「みずたまりもカチコチになるのよ」
「なるほど…となると井戸はどうなるんだろう…」

可愛いリリヤ先生の言葉を聞くと心配になってきた。井戸使いビギナーとしてこの辺りはちゃんと調べた方が良さそうだ。

「あと冬の間街に……ん?」

次の質問をアイナさんにしようとした時、玄関の扉をガンガンと強くノックする音が聞こえてきた。お茶を飲みながら四人でほのぼのとした勉強会を開いていたのにぶち壊しだ。
しつこく叩かれる扉に、何となく相手が誰だかは予想できた。もう一回は絶対あるだろうと思ってたから驚きはしない。
扉を開けると案の定アレクシの叔父叔母夫婦と老人男性が一人立っている。叔父叔母を見て恐くなったのかアレクシがギュッと腰に抱き着いてきた。

「何でしょうか?」
「この村の村長をしているヤーコブという者です」
「まぁ、村長さんですか!私はクリスティナ・シルキアと申します。ご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
「ああ、いや…それは別にいいんだがね…こちらの夫婦があなたに話があるというもんですから」

わかってますよ、さっきからめちゃくちゃ睨まれてますから。自分たちだけではどうにもならないと思ったのか村長を味方に付けてやってきた。だけど村長はちょっと迷惑そうに見える。うんざりしていると二人は無理やり家の中に入り込んできて捲し立ててきた。

「村長!こいつがやったんだ!」
「アレクシを無理やり連れ去ってその上姉の形見まで奪っていったんだよ!」

うーん、確かにちょっと強引だったから無理やりって言われればそうかもしれない。
でも虐待してますよね?形見パクりましたよね?と正攻法でいっても多分反論されたんじゃないかと思う。「あれは躾です」「あれは私たちがもらったものです」みたいな言い訳はよくありそうなことだ。そしてそのまま更生するようなことはほぼなく子供を黙らせる方法を取る。そこには負のスパイラルしかない。

「ティナ様はぼくにひどいことしない!叩くのもご飯くれないのもママの宝物盗ったのもおじさんとおばさんだ!」
「まぁ、何てこと!今まで育ててやったのにその言い草!」

聞いたか、村長。今“育ててやった”って言ったぞ。それがすべてを物語っているのではないか。…二人の後ろでボーッと聞いてる村長はまったく気づいてなさそうだ。

「目的は何ですか?形見のブローチですか?」
「な、」
「ワインを買うお金が無くなったからアレクシが、正しくはアレクシの持ってるブローチが必要になった。違いますか?水汲み要員もいなくなったしね」
「…そうなのかね?」
「それにアレクシのお母様のイヤリングを盗んで売却したのもあなた方でしょう」
「な、なぜそれを…いや、知らない!」

味方に連れて来たはずの村長に疑わしい目で見られ夫婦はたじろいだ。

「大体こいつは伯爵家の娘と言っても人殺しだというじゃないか!そんなやつにアレクシを育てられるわけがない!」
「アレクシも洗脳されているに違いないわ!」

人殺し(笑) まだ言ってるのか。まぁ別に良いけど。
何て言い負かしてやろうかなぁ、なんて考えていた時、バンっと今までで一番大きな音を立てて扉が開いた。
扉が壊れるだろうが!

「誰が、誰を殺したって?」
「ひっ…」

夫婦と村長の後ろにリクハルド様が威圧感満載で立っている。うわ、めっちゃコワい!リクハルド様めっちゃコワい!リクハルド様から怒りのオーラが確かに見える!
…後ろにいる護衛のトピアスとの温度差が激しい。トピアスは家の中をキョロキョロ興味深げに見て目が合うとにっこり微笑まれた。

「いい加減な事を吹聴するのであれば侮辱罪で訴えるぞ!」
「な、何を」
「ティナ、虐待ってのは何の罪に問われる?」
「そうですね…怪我もしてましたし傷害罪でしょうか。あ、あと形見の件は窃盗罪かな」
「な、何の証拠があってそんなこと!大体お前は誰なんだ!?」

叔父の方がリクハルド様に食って掛かろうとすると庇うようにトピアスが前に出た。

「この方はリュクセ王国第一王子、リクハルド・ロイヴァス王太子殿下にあらせられる」
「っ!?」

夫婦、村長、それにアイナさんまで息を飲んだ。そりゃそうだ、まさか王子様がこんなところに出入りしているとは思うまい。リリヤちゃんは王子様、王子様とずっと言っていたがまさか本物だとはアイナさんも思ってなかっただろう。

「証拠が欲しいのか?トピアス、あれを」
「は」

トピアスが封筒から書類を数枚出した。その一枚一枚を皆に見えるようにしながら説明する。

「これは第二王子であるスレヴィ殿下の指示による調査結果。それを踏まえてアレクシ少年に対しての全権はクリスティナ様にあるとの決定書です。もちろん印も入っております」

近隣住民から聞き取ったアレクシへの虐待の目撃情報、また先日行った宝石店でイヤリングを勝手に売った証拠もあった。盗品だと後々ややこしいことになる可能性があるのできちんと身元を証明しなければ買い取らないという店だったようだ。夫婦の虐待を認め、保護した私に決定権を与えてくれたらしい。さすがスレヴィ様、抜け目ない。

「このまま警察に連行してもいいが?」
「いや、その…それは、」
「牢にぶち込まれたくなければもう二度とアレクシには関わるな!」

リクハルド様が一喝すると夫婦は慌てて帰っていった。何なんだよ、本当に。
残された村長もやれやれといった感じで頭を下げると帰っていこうとした。

「あ、村長さんは残っていただけますか」

ちょうど良い機会だ。この際村の諸々のことを話し合おうと引き止める。アイナさんとリリヤちゃんはトピアスが送ってくれるというので任せ、リクハルド様とアレクシは二階に上がってもらう。渋々といった感じだが村長は席に着いてくれた。

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