上 下
30 / 62

30:呼び出し

しおりを挟む

「嫌だー、何で!?」
「我慢なさってください」

昨日から延々とこれの繰り返しだ。ごとごとと馬車に揺られて二日目、一刻一刻シルキア伯爵邸に近づいている。

なぜか突然イヴァロンにやってきたラッセに私とアレクシは連行されていた。隣に座っているアレクシは初めての長旅にわくわくしているのか窓の外を見て時々楽しそうな声をあげているが、私にしてみたら処刑場に向かっている気分だ。

「ねぇ、ティナ様!このあたりは畑がたくさんあるね!」
「そうだね、何が育っているかわかる?」
「うん、ぶどう畑がたくさん!お天気が多くて気温の差が大きいと甘くなるんだよね!」
「よく知ってるね~えらい!」

良くできましたとばかりに頭を撫でるとアレクシが嬉しそうに笑った。そしてそんな私たちの会話を聞いてラッセが微笑んでいる。子供の頃から見てきているがラッセのこういう表情はあまり見たことないから新鮮だ。そう考えると私がいかに可愛げがない子供だったかわかる。

「聡明なお子さんですね」
「子供は頭が柔らかいの。何でも吸収できるのよ。良いことも、悪いこともね」
「…そうですね。子供の頃の教育というものは今後の成長にとても重要なのだと思い知らされます」

アレクシは本当に勉強熱心で暇さえあれば絵本を読んだり文字の練習をしている。文字がたくさん読めるようになって嬉しいのか看板などが見えると声に出して読んでいて本当に可愛い。勉強できることが当たり前と思ってサボりまくっていた前世の大学時代の私をぶん殴ってやりたい気分だ。

「…ねぇ本当に私大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「捕まって収容されたりしないよね?」

ラッセにはシルキア伯爵がお呼びなので一度お戻りください、としか言われていない。何で今さら呼び出されるのか。何かまた罪を着せられたりするんじゃないかと恐怖心が芽生えている。この恐怖の原因はきっとアレクシを一人にするのが恐いからだ。隣に座るアレクシをそっと抱き寄せると何かを察知したのかぎゅうっと抱き着いてくれた。

「もうお嬢様を傷つけることは何もありませんよ」
「…信じていい?」
「ええ」

ラッセが少し微笑んで頷く。今はその言葉を信用する以外になかった。


**


 久しぶりのシルキア伯爵邸だったが、なぜか馬車は追放された時と同じ路地で下ろされ屋敷まで歩いた。正面ではなく裏口から入らされやっぱり罪人のような扱いではないかと少し落ち込む。キョロキョロと物珍しそうに屋敷の中を見ているアレクシの存在だけが今私の心を癒していた。

「お嬢様とアレクシ様はここでお待ちください」
「…わかったわ」

通されたのは自室でもなく応接室でもなく使用人たちが過ごす一角にある小さな部屋だった。そういえばこの辺りにはあまり来たことがないしこの部屋に入るのも初めてだった。

(…いったい何扱いなんだろうか…?)

ほどなくしてメイドが紅茶とお菓子を持って来てくれたが、はてこんなメイドいただろうか?自分がいない間に使用人たちも変わったのだと思うと疎外感を感じる。

(っていってももう部外者だけどね…)

そう自嘲しながら紅茶を一口飲むとカチャリと扉が開いて誰かが入ってきた。

「クリスティナ」
「あ…お母様」
「元気そうで良かったわ」

部屋に入ってきた母は目に涙をためて微笑んでいる。少し腑に落ちないがアレクシを伴って立ち上がりそばまで行った。すると母がそっと私の腕に触れた、その時 ――

「っ…」
「…ごめんなさいね」
「私の方こそ…すみません」

思った以上にびくりと体が反応してしまった。自分はナイーブな性格ではないと自負してきたが意外とそうでもなかったらしい。

「ティナ様、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「この子が引き取ったという子供ね?」
「はい、アレクシと言います。今五才なんです」
「ふふ、可愛いわね」

母はしゃがんで目線を合わせアレクシの柔らかい黒髪を撫でた。その眼差しは幼い頃自分が向けてもらっていたものと同じだ。アレクシも少し恥ずかしそうではあるが撫でてもらえることを喜んでいるようだ。それを見ていると幾分自分も落ち着いてきた。

「クリスティナ」
「っ…お父様」
「…うん」

更には部屋に父親が入ってきた。口元に笑みを浮かべて頷いている。

「突然呼び出してすまない。今日は大事な話があるんだ」
「…はい」
「堅苦しい席になるが構わないだろうか?」

そう言って父がアレクシに視線を向ける。今まで劣悪な環境の中で育った子だ。大丈夫だろう。それにアレクシがそばに居てくれると私が助かる。

「大丈夫です。強い子ですから」
「そうか」

そう言って父は優しくアレクシの頭を撫でた。何だか調子がくるってしまう。

「応接室にはすでにリクハルド殿下とスレヴィ殿下が待ってくださっている」
「えぇ!?何のためにですか?」

王子様二人と私たち家族が何を話し合うのかさっぱりわからない。
何だ?また裏切られたりしないよな?とか頭の中がごちゃごちゃになり始める。

「ユーリアと、決着をつけるためだ」
「……は」

それは想定していなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【番外編】貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。

譚音アルン
ファンタジー
『貴族令嬢に生まれたからには念願のだらだらニート生活したい。』の番外編です。 本編にくっつけるとスクロールが大変そうなので別にしました。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

破滅ルートを全力で回避したら、攻略対象に溺愛されました

平山和人
恋愛
転生したと気付いた時から、乙女ゲームの世界で破滅ルートを回避するために、攻略対象者との接点を全力で避けていた。 王太子の求婚を全力で辞退し、宰相の息子の売り込みを全力で拒否し、騎士団長の威圧を全力で受け流し、攻略対象に顔さえ見せず、隣国に留学した。 ヒロインと王太子が婚約したと聞いた私はすぐさま帰国し、隠居生活を送ろうと心に決めていた。 しかし、そんな私に転生者だったヒロインが接触してくる。逆ハールートを送るためには私が悪役令嬢である必要があるらしい。 ヒロインはあの手この手で私を陥れようとしてくるが、私はそのたびに回避し続ける。私は無事平穏な生活を送れるのだろうか?

ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~

浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。 「これってゲームの強制力?!」 周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。 ※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。

婚約破棄を望む伯爵令嬢と逃がしたくない宰相閣下との攻防戦~最短で破棄したいので、悪役令嬢乗っ取ります~

甘寧
恋愛
この世界が前世で読んだ事のある小説『恋の花紡』だと気付いたリリー・エーヴェルト。 その瞬間から婚約破棄を望んでいるが、宰相を務める美麗秀麗な婚約者ルーファス・クライナートはそれを受け入れてくれない。 そんな折、気がついた。 「悪役令嬢になればいいじゃない?」 悪役令嬢になれば断罪は必然だが、幸運な事に原作では処刑されない事になってる。 貴族社会に思い残すことも無いし、断罪後は僻地でのんびり暮らすのもよかろう。 よしっ、悪役令嬢乗っ取ろう。 これで万事解決。 ……て思ってたのに、あれ?何で貴方が断罪されてるの? ※全12話で完結です。

【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?

雨宮羽那
恋愛
 元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。 ◇◇◇◇  名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。  自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。    運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!  なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!? ◇◇◇◇ お気に入り登録、エールありがとうございます♡ ※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。 ※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。 ※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))

せっかく転生したのにモブにすらなれない……はずが溺愛ルートなんて信じられません

嘉月
恋愛
隣国の貴族令嬢である主人公は交換留学生としてやってきた学園でイケメン達と恋に落ちていく。 人気の乙女ゲーム「秘密のエルドラド」のメイン攻略キャラは王立学園の生徒会長にして王弟、氷の殿下こと、クライブ・フォン・ガウンデール。 転生したのはそのゲームの世界なのに……私はモブですらないらしい。 せめて学園の生徒1くらいにはなりたかったけど、どうしようもないので地に足つけてしっかり生きていくつもりです。 少しだけ改題しました。ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。

温泉聖女はスローライフを目指したい

皿うどん
恋愛
アラサーの咲希は、仕事帰りに酔っ払いに背中を押されて死にかけたことをきっかけに異世界へ召喚された。 一緒に召喚された三人は癒やしなど貴重なスキルを授かったが、咲希のスキルは「温泉」で、湯に浸かる習慣がないこの国では理解されなかった。 「温泉って最高のスキルじゃない!?」とうきうきだった咲希だが、「ハズレ聖女」「ハズレスキル」と陰口をたたかれて冷遇され、城を出ることを決意する。 王に見張りとして付けられたイケメンと共に、城を出ることを許された咲希。 咲希のスキルがちょっぴりチートなことは誰も知らないまま、聖女への道を駆け上がる咲希は銭湯を経営して温泉に浸かり放題のスローライフを目指すのだった。

処理中です...