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30:呼び出し
しおりを挟む「嫌だー、何で!?」
「我慢なさってください」
昨日から延々とこれの繰り返しだ。ごとごとと馬車に揺られて二日目、一刻一刻シルキア伯爵邸に近づいている。
なぜか突然イヴァロンにやってきたラッセに私とアレクシは連行されていた。隣に座っているアレクシは初めての長旅にわくわくしているのか窓の外を見て時々楽しそうな声をあげているが、私にしてみたら処刑場に向かっている気分だ。
「ねぇ、ティナ様!このあたりは畑がたくさんあるね!」
「そうだね、何が育っているかわかる?」
「うん、ぶどう畑がたくさん!お天気が多くて気温の差が大きいと甘くなるんだよね!」
「よく知ってるね~えらい!」
良くできましたとばかりに頭を撫でるとアレクシが嬉しそうに笑った。そしてそんな私たちの会話を聞いてラッセが微笑んでいる。子供の頃から見てきているがラッセのこういう表情はあまり見たことないから新鮮だ。そう考えると私がいかに可愛げがない子供だったかわかる。
「聡明なお子さんですね」
「子供は頭が柔らかいの。何でも吸収できるのよ。良いことも、悪いこともね」
「…そうですね。子供の頃の教育というものは今後の成長にとても重要なのだと思い知らされます」
アレクシは本当に勉強熱心で暇さえあれば絵本を読んだり文字の練習をしている。文字がたくさん読めるようになって嬉しいのか看板などが見えると声に出して読んでいて本当に可愛い。勉強できることが当たり前と思ってサボりまくっていた前世の大学時代の私をぶん殴ってやりたい気分だ。
「…ねぇ本当に私大丈夫なの?」
「大丈夫とは?」
「捕まって収容されたりしないよね?」
ラッセにはシルキア伯爵がお呼びなので一度お戻りください、としか言われていない。何で今さら呼び出されるのか。何かまた罪を着せられたりするんじゃないかと恐怖心が芽生えている。この恐怖の原因はきっとアレクシを一人にするのが恐いからだ。隣に座るアレクシをそっと抱き寄せると何かを察知したのかぎゅうっと抱き着いてくれた。
「もうお嬢様を傷つけることは何もありませんよ」
「…信じていい?」
「ええ」
ラッセが少し微笑んで頷く。今はその言葉を信用する以外になかった。
**
久しぶりのシルキア伯爵邸だったが、なぜか馬車は追放された時と同じ路地で下ろされ屋敷まで歩いた。正面ではなく裏口から入らされやっぱり罪人のような扱いではないかと少し落ち込む。キョロキョロと物珍しそうに屋敷の中を見ているアレクシの存在だけが今私の心を癒していた。
「お嬢様とアレクシ様はここでお待ちください」
「…わかったわ」
通されたのは自室でもなく応接室でもなく使用人たちが過ごす一角にある小さな部屋だった。そういえばこの辺りにはあまり来たことがないしこの部屋に入るのも初めてだった。
(…いったい何扱いなんだろうか…?)
ほどなくしてメイドが紅茶とお菓子を持って来てくれたが、はてこんなメイドいただろうか?自分がいない間に使用人たちも変わったのだと思うと疎外感を感じる。
(っていってももう部外者だけどね…)
そう自嘲しながら紅茶を一口飲むとカチャリと扉が開いて誰かが入ってきた。
「クリスティナ」
「あ…お母様」
「元気そうで良かったわ」
部屋に入ってきた母は目に涙をためて微笑んでいる。少し腑に落ちないがアレクシを伴って立ち上がりそばまで行った。すると母がそっと私の腕に触れた、その時 ――
「っ…」
「…ごめんなさいね」
「私の方こそ…すみません」
思った以上にびくりと体が反応してしまった。自分はナイーブな性格ではないと自負してきたが意外とそうでもなかったらしい。
「ティナ様、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
「この子が引き取ったという子供ね?」
「はい、アレクシと言います。今五才なんです」
「ふふ、可愛いわね」
母はしゃがんで目線を合わせアレクシの柔らかい黒髪を撫でた。その眼差しは幼い頃自分が向けてもらっていたものと同じだ。アレクシも少し恥ずかしそうではあるが撫でてもらえることを喜んでいるようだ。それを見ていると幾分自分も落ち着いてきた。
「クリスティナ」
「っ…お父様」
「…うん」
更には部屋に父親が入ってきた。口元に笑みを浮かべて頷いている。
「突然呼び出してすまない。今日は大事な話があるんだ」
「…はい」
「堅苦しい席になるが構わないだろうか?」
そう言って父がアレクシに視線を向ける。今まで劣悪な環境の中で育った子だ。大丈夫だろう。それにアレクシがそばに居てくれると私が助かる。
「大丈夫です。強い子ですから」
「そうか」
そう言って父は優しくアレクシの頭を撫でた。何だか調子がくるってしまう。
「応接室にはすでにリクハルド殿下とスレヴィ殿下が待ってくださっている」
「えぇ!?何のためにですか?」
王子様二人と私たち家族が何を話し合うのかさっぱりわからない。
何だ?また裏切られたりしないよな?とか頭の中がごちゃごちゃになり始める。
「ユーリアと、決着をつけるためだ」
「……は」
それは想定していなかった。
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