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しおりを挟むイヴァロンに来て三日間、私は何もする気が起きなかった。あんなに好きだった本を読む気にもなれずベッドに横になっては眠り、起きたら水を飲むだけの生活。こんなことは初めてだ。睡眠というのは素晴らしい。何も考えずに済む。そう考えると眠れるだけ有り難いのかもしれない。
とにかくそろそろ活動せねば、と過去を遮断した。うじうじ考えたってご飯が出てくるわけでもない。
「よっしゃとにかく何か食べよう!」
そう無理やり明るい声を出してベッドから起き上がったのだった。
「う~ん…いきなり大問題だ」
本当に本っ当に、今世も前世も恵まれた生活だったのだと思う。前世では先人の開発した技術のお陰で何一つ不自由なく、今世では使用人たちのおかげで何一つ不自由なく。
ここでは火から水から全部自分で何とかしなくてはならない。お風呂は?冷蔵庫は?考えるとすでに現実逃避したくなってきた。
「あ、そういえば」
自分のトランク以外に運び込まれた箱には何が入っていたのだろうか、そう思いひとつ開けてみる。
「ええ、食材?」
箱には日持ちしそうな野菜や果物、穀類、調味料まで入っていた。私本当に追放されたんだろうか?首を傾げながらも生でも食べられるリンゴを手に取る。とりあえず腹ごしらえをしてから井戸での水汲みやかまどの火起こし等に挑戦することにした。
「これ美味しいわ」
シャリシャリシャリシャリとリンゴをかじり続ける。ペティナイフを使って久しぶりにリンゴを剥いたが誰も見てくれる人などいないのにうさぎリンゴを量産してしまった。
変色する前に食べなければ、ともうひとつリンゴに手を伸ばしかけたとき、ドゴン、と大きな音が鳴って勢いよく扉が開いた。
「ティナー!!」
「!?」
いや、鍵掛かってたよね!?どうやって開けた!?
扉を大胆に開けて入ってきたのはこの国の第一王子、リクハルド様だった。
「え、え!?何で!?」
「ほらお土産」
「あ…すみません」
どかっと渡された木箱。やたら重いが何が入っているんだろうか?
「じゃなくて!何でここに!?」
「婚約者候補からは外したけど会うなとは言われてないし会わないとは言ってない」
「そんなめちゃくちゃな…」
何かエラソーに突っ立っているリクハルド様を見ていたら思考が停止してしまった。
何しに来たの?
感情のままにそう口にしてしまう寸前で迷いが出た。このままリクハルド様を責めて何になる?
そう思いながらも、
(何であの時何も言ってくれなかった?)
(何であの時私を疑った?)
責める気持ちと、もう忘れたいという二つの気持ちが衝突する。
「…ティナ?」
「あ、の…」
「何だコレ!?スゲーな!」
「………」
…ふざけるなよ!
こともあろうかリクハルド様の興味は既に大量に並んだうさぎリンゴに移っていた。何かもう、どうでもよくなってため息を吐く。
リクハルド様は立ったままリンゴをシャリシャリ食べてる。…うん、バカらしくなってきた。
「その木箱何が入ってるんですか?」
「ああ、肉だ」
「肉?」
リクハルド様がパカッと木箱を開けると生肉の塊が出てきた。「贈り物をするときは相手に喜んでもらえるものを選びましょう」…お中元お歳暮のカタログに載ってそうなアドバイスが頭に浮かぶ。
「…私まだ火も起こせないんです」
「そうか」
「水も人生で初めて井戸で汲むんです」
「うん」
「冷蔵庫だってないのにこんな生モノ…」
ひとしきり文句を言おうと思ったらポン、と頭を撫でられた。
「俺に任せろ!」
リクハルド様がなぜか嬉しそうに笑った。根拠はないがなぜかこの時、リクハルド様がものすごく頼もしく思えた。
*
本当にびっくりしたのだがリクハルド様は火も簡単に起こせたし、井戸も難なく使って水溜めにたくさん水を入れておいてくれた。肉はソーセージや塩漬けにしておけば長持ちするんだとも教えてくれた。
聞けば色んなことを想定して教育を受けてきているらしい。軍で訓練などもしたのだとか。ただの変な王子様と思っていたがここらで少し認識を改めねばなるまい。
二人でパンを作ってみたり肉をミンチにしてハンバーグを作ってみたりワイワイやっているとずいぶん時間が経っていることに気がついた。
「リクハルド様、いつの間にか外真っ暗なんですけど」
「ああ、まぁ大丈夫だろ」
今日一日で色んな特技を持っているとわかった王子様だ。夜道を馬で走る訓練も受けてきたんだろう、なんて思っていた数時間後――
「じゃあ寝るわ」
「え、ちょっと待って泊まるの!?」
「こんな時間に帰るわけないだろ」
「あ、勝手に!」
一つしかないベッドにリクハルド様が勝手に潜り込んだ。普通こういう時は男がソファか床じゃないんか!「俺は床で良いから君はベッド使いなよ」…嘘でもそう言え!
「リクハルド様が床で寝てください!」
「はぁ?俺は王子だぞ!」
「ここは私の家です!」
「おやすみー」
「……」
嘘やん。三秒で寝たよこの人。
もう、本当に勝手な人だな!
確か物置には毛布が数枚入っていたはずだ。私はそれを取り出し仕方なく床で横になったのだった。
(んー…寒い…)
夜中になって気温が下がってきたのか毛布一枚では寒くなってきた。毛布を頭から被ろうともぞもぞしていると隣に何かいることに気がつく。
「ん…?」
ベッドで眠っていたはずのリクハルド様が隣で寝ている。アホだな、と思いながらもその温もりにすり寄った。すると待っていたかのように背中に手を回され抱きしめられる。
「リクハルド様、なぜ床で寝ているのですか」
「……」
「寝たフリですか」
ん?
段々手の動きが怪しくなってきたのでリクハルド様の手をぱちんと叩いた。
「そこはダメ」
「チッ」
「っ…そこもダメ!」
お尻を拒否したら胸を触るなんてセクハラが過ぎるわ!許せるのはここだけ、と手を取って背中に回させる。
「一回くらい良いだろ」
「ダメです」
もう婚約者候補でもなんでもない二人がこうして一緒に寝ていることすら大問題なのに体を交えるなんてとんでもない。
それにきっと、
(…離れ難くなる)
何だ、結構この王子様のこと気に入ってたんだなと今更ながら思う。
「ティナ」
「うん?」
「俺のこと恨まないのか?」
「恨んだところでお金が湧いてくるわけでもないので時間の無駄です」
そう言い切るとリクハルド様は黙ってしまった。退学も追放も除外も別に構わないけれどあの瞬間だけは思い出したくない。でもリクハルド様がああいう決断をしたのは裏に何かあったのかもしれない、とふと思う。
「何か、あったんですか?」
「……隣国での遊学中に王太子の婚約者候補が暗殺された」
なるほど、と思った。
(恐くなったんだな…)
リクハルド様の首にギュッと抱きつく。少し驚いたようだがリクハルド様も更に強く私を抱きしめた。
「私は死にませんよ」
「っ…うん」
「大丈夫……大丈夫です」
何かの陰謀に巻き込まれて私が死ぬのが恐かった、だから私を遠ざけた。
たぶん今日リクハルド様はお別れに来たんじゃないか、そう思う。
色んな思いはあれどもう会えなくなると思うと寂しい。緩みそうになる涙腺を必死に堪えていると少し体を離されおでこに軽くキスされた。
「…やっぱりやっても良いか?」
「絶対ダメです!ふふ」
もう一度ぎゅむっと抱きついてムードに流されないように笑う。今王子様は身体中で私の柔らかさを感じていることだろう。
「~~っ!くっそ…生殺しかよ」
「我慢してください」
無理やりにでも進められたら流されてたかもしれない。でも、手を出さずにいてくれる優しい人だと、ちゃんとわかっているのだ。
**
翌日の朝、家の前でリクハルド様を見送る。これで本当に最後だと思うとしんみりした。
「じゃあ…お元気で」
「ああ、んじゃ来月くらいにまた来るわ」
「……は?いや、ダメでしょ!」
こっちは昨日の夜が最後のお別れのつもりだったんだよ!本当にただのお宅訪問だったってこと!?
「王子には港港に女がいるもんだろ?」
「それはアカン!」
「ハハ、じゃーなー!」
王子様は颯爽と馬に乗って帰っていった。
…やっぱりアホだった。
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