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14:最北の村へ
しおりを挟む静まり返った屋敷の廊下を足音を殺して歩く。まだ夜が明けきっていない頃、私はひっそり屋敷を出た。学校も家も追い出されるなんてほんの数日前までは夢にも思わなかった事態だ。急展開過ぎて未だ心が追い付いていない。
いつもはいるはずの門衛はなぜかいなかった。誰一人見送るなと父親から指示が出ているのかもしれない。門の外に出て大きな屋敷を見上げるとなんだかとても腹立たしい気持ちになってくる。
(くっそう!)
壁でも蹴り壊してやろうと思ったが何となく虚しくなりそうなので怒りを抑える。
そうだ、今日から伯爵令嬢じゃないんだ。退屈な人生からの脱出じゃないか!そう無理やり切り替え、僅かに明るくなってきた空を仰いで大きく息を吸った。
「よっしゃー!!」
今日から丁寧な言葉とも無縁だ!
思わずガッツポーズまでしてやった!
「気持ちはわかりますが早朝なので近所迷惑です」
「うわっ!?ビックリした!」
音もなく後ろに立っていたのはシルキア家の執事、ラッセだ。今日もカッチリとしたオールバックにシルバー縁のメガネ。締められているタイの位置は寸分の狂いもない。ラッセは地べたに置かれている私のトランクをなぜかサッと持ち上げた。
「え、もしかして没収!?」
「違います、お嬢様少し声を抑えて下さい」
そうだ、早朝だった。
こちらへ、と言って誘導するラッセの後ろを不思議に思いながらも着いていく。十分ほど歩いて薄暗い小路に入ると一台の小降りな馬車が停まっていた。
「こちらをお使い下さい」
「え!えぇー…」
追放されるのに馬車使っていいなんて何か怪しい。もしかして樹海みたいな所に連れていかれて捨てられるのでは!?
「お嬢様が考えているようなことにはなりません」
「…何でわかるの?」
「それはもう、小さな頃から見ておりますので」
静かに発せられたその言葉の中にラッセの優しさが潜んでる気がして胸が詰まる。そういえば王立学校を追い出されてからまともに人と会話をしたのは今が初めてだ。ラッセは先にトランクを馬車に積み、私が乗り込むのを扉を開けて待ってくれている。
「…ありがとう」
「いえ。…ご一緒出来ずに申し訳ありません」
当然だ。ラッセはシルキア家の執事だ。
今日から私とは無縁になる。
「元気でね。…今までありがとう」
「お嬢様も、お元気で」
そう言うとラッセはキレイにお辞儀した。それを合図とばかりに馬車が動き始める。
不意に沸き上がってくる割りきれない感情は無理やり抑え込む。慣れ親しんだ街を眺める気力なんか到底なく、目を閉じてやり過ごすしかなかった。
**
途中の街で宿泊を挟み翌日の午後、ようやく目的地である村に入った。シルキア伯爵家が治める領地の最北の村、イヴァロンだ。
「…本当に何もない所だな」
ぽつぽつしか家がない。馬車が通ることも滅多にないのだろう、遠巻きに視線を送られる。まぁこんな田舎でも領地内だ。私の醜聞も直に届くだろう、そんなことを思いながら外を眺めていると馬車が停止した。
(着いたのかな?)
外から扉が開けられ御者が手を取って下ろしてくれた。目の前には小さな一軒家。外観はあたたかみのあるカントリー調でとても可愛らしく、大きさも一人で暮らすには十分だ。
「この家を使って良いの?」
「ええ、そう仰せつかっております」
そう言って鍵を開けてくれた。中に入ってみると、埃など一切ないしかなり手入れされているものと感じる。
御者がトランクの他に何箱か荷物を運び入れてくれた。どうやら事前に準備されていたらしい。
御者にお礼を言って見送ると早速家の中を見て回った。小さなキッチンが付いてるダイニング、その奥に寝室が一部屋。寝室の奥にははしごが掛かっておりそこを上ると。
「わ、すごい!」
二階は壁一面本棚だった。まるで小さな図書館にいるようでワクワクする。追放と言われたから侘しく暮らすのかと思っていたが厚待遇過ぎて逆に疑問が浮かんできた。
「…まるで私のために前から準備してたような…」
この本の量からからして私のために用意したとしか思えない。そういえば、と昔ユーリアを養子に迎える時に父から言われた言葉を思い出した。
―― 私たちにとってお前は大切な宝物だからね。それだけは覚えていてほしい ――
「……」
あの言葉は何だったのか。まるであの時から何か起こることがわかっていたかのような。
(だけど、)
裏にどんな意味があろうとも、人を突き刺すような言葉は一度口に出してしまうと消えないのだ。胸にツキンと痛みを感じて、目を閉じ首を横に振る。今一人で考えてみてもわかることなどひとつもない。
(何も考えるな)
そう言い聞かせて毎日を過ごしていくしか今はないのかもしれない。自分の心を守るためにすべて忘れた方がいい。
そう、思った。
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