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後日談

ノスタルジー④

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母親の元から去ったルシアナは気がつけば街外れにある花壇の縁に座っていた。
どうやってここまで来たのか何時間座っていたのかまったく記憶にないが辺りはすっかり夜になっている。

(…そうだ、宿に戻らなきゃ)

ようやく思考できる状態になりふと街灯に照らされた時計台を見ると0時を回っていた。そんなに長い時間ここにいたのかと驚いて立ち上がる。

(あれ…?何かちょっと寒いし体がだるいような…)

長時間外にいたから風邪でも引いたのだろうかと寒気に身を縮める。
一歩、二歩と重い足を引きずって宿へ歩を進めた。

「やばっ…!!」

突如襲ってきためまい、足に力が入らずルシアナは膝から崩れ落ちた。

(しまった!新月!!)

夜までには宿に戻らなければならなかったことをたった今思い出したが時すでに遅し。
人間の姿で戻る体力はないと判断したルシアナは壁を伝いながら人気のない路地に移動する。そこでモルモットに変身した。

『何とかこっそり戻らなきゃ…』

この際脱げ落ちた洋服は仕方がない。荷物のほとんどは宿に置いて来てるし持ち物と言えばティトからの手紙と少しのお金だけだ。
とりあえず手紙だけは咥えてでも持って帰ろうと上着のポケットを探る。

「!」

ごそごそしていると後ろに妙な気配を感じた。次いではヴヴヴ…と地を這うような唸り声。

(まずい…)

ルシアナの心音が爆発的に早くなった。徐々に近づいてくる気配にチラリと後ろを振り向く。

(野犬だっ…!!)

路地にはいくつかゴミ箱があるため食べ物を求めてやってきたのだろう。そしてルシアナがごそごそしていたことで獲物を横取りされると思っているのかもしれない。
じりじりと敵意を持って近づいてくる野犬に一歩、また一歩下がる。

一心不乱に逃げたとしても早々に捕まるだろう。かといって魔法を使うとしても魔力が著しく減少する鳥獣期間、一撃喰らわせることくらいはできるかもしれないがもうそこで限界を迎えるに違いない。
ここで倒れて誰かに保護されたらそっちの方がまずいことになる。

『……』

どうすればいいか考えて、考えて、考えて…――その内ルシアナの頭の中でぷつ、と何かが切れた音がした。


(…ああ、もう、いいや)


どうせ自分一人いなくなったところで何ということもない。
ちょっとの間悲しんでくれる人はいてもすぐに忘れてみんな日常生活を送るのだ。血のつながった親でさえ特別じゃなかったのに他人ならなおさらだ。


もうどうでもいい、と諦めてペタンと座り込んだ刹那、牙をむいた野犬は全速力でこちらに向かってきた。
あっという間に捕らえられ爪がグリッと食い込んだ。そして次に来るであろう痛みに目を固く閉じる――


「ルーシー!!」

(え……)

聞き慣れた声が耳に届き驚いて目を開けるとパンッ、と目の前で大きく光が弾けた。
そして次の瞬間には誰かに抱えられていて…

『…ティト様?アドも…』
「はぁ…間に合った」
『間一髪でしたね』

視線を上げるとそこには息を切らしたティトの顔、更に見上げるとフクロウ姿のアドルフィトが空を飛んでいる。
野犬は、と見渡すと少し離れたところに弾き飛ばされていた。どうやらティトが魔力で吹き飛ばしたらしい。

『ティト様その姿じゃツラいんじゃ…』
「ああ、めっちゃツラい。もうフラフラだ」

ティトは人間の姿を保ったまま大きな魔力を使った。体内の魔力はすでに枯渇状態だろう。

『さぁ急ぎましょう』
『…どこ行くの?』
『同胞が経営している宿を取ってますからそこに』

アドルフィトが先導し、ティトがそれについて走り出す。
息も絶え絶えなティトに抱えられルシアナは情けないやら悲しいやら複雑な気持ちでギュッと目を閉じた。






やっとのことで同胞が経営しているという宿の離れに着く。ティトが扉をノックしようとするとその前に勢いよく扉が開いた。

「ルーシー!」
『え、アンジェル様!?』

部屋に入るなりルシアナはティトの手から入り口で待っていたアンジェルの手の中に渡りふわりと包み込まれた。
もうすぐ臨月に入ると聞いていたのにそんな体でここまで来たことに驚きを隠せない。
それに部屋には双子の子グマもいた。皆で王都からここまで来てくれたのか。

「ティト様は早く休んでください!」
『ああー、もう限界…しばらく寝るわ』

即行でグリズリーの姿に変身したティトは部屋の奥までのそのそ這っていくとラグの上にペタリと倒れ込んだ。

『パパー!だいじょうぶ?』
『ぐぇっ!………死ぬ』
「こらエミィ、パパに乗っかっちゃダメよ!」
『きゃははっ』

伸びたティトが面白かったのかエミリアが寄って行ってその背中によじ登った。アンジェルに怒られてもエミリアはどこ吹く風で楽しそうにティトの周りを転がっている。
一方イサークはアンジェルのそばに来てルシアナの様子を見ていた。

『ママ、ルーシー痛いの?』
「ええ。可哀想にたくさん血が出てるわ」
『野犬に爪で押さえつけられたところですね。傷が深くないと良いのですが…』

アドルフィトも心配そうにルシアナの怪我の状態を確認する。
鳥獣期間は治癒魔法が使えないから一般的な治療しかできない。ルシアナのような小動物は人間の姿の時より何倍も弱いため怪我をすると命に関わることになる。

「痛いけど消毒して薬を塗りましょう。ルーシー少し我慢してね」
『…うん』

アンジェルが優しく手当してくれるが消毒液が傷に触れる度に痛みで涙がポロリと零れる。
これは傷の痛みなのか、心の痛みなのかルシアナにはわからなかった。


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