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後日談
エミリアの大冒険②
しおりを挟む「おとなしくしてろよ、ガキ共!!」
屈強な男二人に抱えられエミリアとトビは廃墟のような建物に連れて行かれた。その中の一室、埃っぽくてかび臭い倉庫のような部屋に放り込まれる。
バンッ、と大きな音を立てて扉が閉まると直後にガチャガチャと鍵をかける音が聞こえた。
「うぅ…くそぅ…」
「大丈夫?エミィ」
手足にロープをぐるぐる巻かれ、乱雑に扱われたエミリアが小さな呻き声を上げる。
「だいじょーぶよ!トビは?おなか痛くない?」
「僕は大丈夫だよ」
「痛かったらエミィがよしよししてあげるからね!」
「…ありがとう」
こんな状況でも笑顔で返事をしたエミリアにトビは居たたまれなくなった。もしかしたら幼いから状況がまだよくわかっていないのかもしれない。
悪党たちが「お貴族様」と言ったようにエミリアは平民から見れば高級と思われるような服を着ていることに今更ながら気がついた。
(もっと早くに逃がしていれば…どうしよう)
自分しか彼女を守れる人はいないがどう考えても非力過ぎる、とトビは俯く。
「ごめんね、僕のせいで君まで巻き込んじゃって」
「にゅ?」
「って、ええ!?エミィ…ロープは!?」
「あ!そうだそうだそうだった!」
手も足もロープでがっちり縛り上げられていたはずなのにエミリアはすでに部屋の中を自由に歩き回っていた。
トビの姿を見てエミリアは彼の手足に巻かれたロープをほどきにかかる。三才の子供に外せるようなものではないのにスルスルと外していくエミリアにトビは目を丸くした。
トビの両手両足を自由にするとエミリアはすぐさま部屋の隅に行き何かを掴んでじゃーんと高く掲げる。
「見てトビ!このさびたナイフ!」
「あ、あぶないよ…」
「きっとここはまふぃあのあじとなのね!ひひ、はりゅむにおしえてあげなきゃ」
これはなかまどうしのあらそいでわれたビン!このたるにうらぎりものをとじこめてうみにながす!などと置いてあるものすべてを物騒な方向に決めつけて楽しんでいるエミリアにトビはおろおろした。
そうして10分ほどごそごそしていたエミリアだったが不意に立ち止まりお腹に両手を当てたと思えば――
ぐぅぅ、と盛大にお腹が鳴った。
「…おなかちゅいた」
「…僕も」
「もうあきたし帰ろうか」
「え?」
「だいじょーぶよ。こっちこっち」
おててつないでてね、とエミリアの小さく柔らかい手がきゅっとトビの手をつかむ。その状態でよいしょ、と背伸びをし、ドアノブに手をかけると何事もなかったように扉が開いた。
「え!?」
これにはトビも驚きを隠せない。
放り込まれた後、確かに外から鍵をかける音が聞こえたはずだ。それなのに……
顔をにゅっと扉から出し、廊下を確認したエミリアは行こう、とトビを促す。
「しーだよ」
「で、でも見つかるよっ」
「しぃぃ」
人差し指を口の前にかざし小さくしーっと言うとエミリアはトビの手を引き廊下を歩く。驚いたことに誰もこちらに気がつかない。男たちのすぐ横を通っているのに、だ。
トビは頭の中にはてなマークを浮かべながらもぎゅっと手を握るエミリアについていった。
**
アジトを抜け出した二人はひとまずトビの家に向かった。自宅はまだ知られていないはずだし、いなくなったことに気がついていないなら多少時間は稼げるはずだ。
「ここがトビのお家?」
「うん、そうだよ」
街外れ、決して環境が良いとは言えない裏通りにトビが住んでいる家はあった。この辺りは小さな家が所狭しと立ち並んでいるエリアでどちらかといえば貧困層といえる。
「おじゃましまーす」
「どうぞ」
ダイニングと寝室が一部屋あるだけの小さな家だがエミリアは興味深そうにキョロキョロしている。
そっと奥にある部屋を覗くとトビの母親が眠っている。息子が帰ってきたことにも気がつかず眠り込んでいることが体調の悪さを物語っていた。
「ママご病気なの?」
「うん」
「パパは?」
「いないよ。僕が生まれる前に死んじゃったんだって」
そっかぁ、とエミリアは呟くとトビの母親のベッド横にぽてぽてと移動した。
「エミィがトビのママをよしよししてあげるね!」
「本当?ありがとう」
「おねつ下がれ~」
そう言いながらエミリアがぽんぽんとトビの母親の胸元を軽く叩く。おまじないのようなものだろうかとトビはその可愛らしさに思わず微笑んだ。
「え、え!?」
しかしどういうことか荒かった呼吸がみるみるうちに穏やかなものになり顔の赤みも引いていく。驚いたトビが母親の額に手を当てるとあんなに熱を持っていた身体が平熱になっているではないか。
「す、すごい!どうして!?」
「う?」
「だってママ三日前から熱が高くて…そうだ!さっきのロープだって鍵だって…いったいどうやって…」
「エミィはだいまほうちゅかいしゃまだからね!」
エミリアがビッと親指を立てて大きな声で宣言するとトビの母親が身じろぎした。ハッと口を手で押さえながら二人はそろりそろりと寝室を離れてダイニングの方に移動する。
トビはミルクとビスケットを用意してエミリアと共にテーブルに着いた。
「エミィは本当に魔法が使えるんだね」
「うん、そうだよー。ひみちゅだけどね」
「そうなんだ…不思議だね…」
エミリアは何でもないことのようにそう答え、足をぶらぶらさせながらビスケットをかじっている。考えたこともない不思議体験に夢を見ているんじゃないかとトビは何度も目を瞬かせた。
「トビはどうしてまふぃあに狙われてたの?」
「マ、マフィア?えっと、それは…」
マフィアかどうかはわからないけど、と話し始める。
「最近ママの病気が悪化したから僕が代わりに仕事に行ってたんだ」
「おしごと!しゅごいね!」
店の皿洗い程度ではあるが子供でもさせてくれる仕事はある。賃金は少なくともその日食べられるパンが買えれば十分だし、食べ物を分けてくれる親切な人も近隣にいる。
それだけで十分だったのに、図らずも凶悪な事件に巻き込まれてしまった。
「路地裏で待っている人にこれを渡したらお金をやるって小さな紙袋を渡されたんだ」
「ふむふむ」
「中に何が入ってるのか知らずに…言われた通り何度かやったんだけど…」
今日約束の時間より早く着いたトビは男たちが話すところに出くわしてしまった。隠れて聞き耳をたてていると紙袋の中身はどうやらこの国で流通してない違法な薬物であることがわかった。そして自分は知らず知らずの内に運び屋になり悪事に加担してしまっていたことも。
話を聞いてしまったことを知られた以上、追っ手が来るのは時間の問題だ。いや、それ以前に用がなくなれば口封じのために殺されるかもしれない。
「どうしよう…きっとここにも探しに来るよ。ママだって危なくなる」
「う~む」
真っ青になっているトビの話を聞いて、エミリアが短いぷにぷにの腕を組んで考え込む。
「へいたいしゃんにおしえよう!」
「だ、ダメだよ!」
「どうして?」
「…僕も捕まっちゃう」
「う~む」
エミリアが短いぷにぷにの腕を組んで再び考え込む。
「じゃあわるい王子しゃまに会いに行こう!」
「悪い、王子様…?」
「だいじょーぶよ」
エミリアが明るくにっこり笑う。
なぜだろうか。この子が大丈夫だと言うと本当に大丈夫な気がしてくる。
トビは頷くとエミリアと共に家を出てペルラン王城に向かったのだった。
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