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後日談

エミリアの大冒険①

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舞台はペルラン王国王都ジラルディエールのお屋敷。ジラルディエール王国の双子の王子王女であるイサークとエミリアが四才になる少し前のお話――


「じぃぃー」
「声にでてるよ、エミィ」

すぐ真横からエミリアの強烈な視線と奇声を受けたイサークが本を読みながらそう返す。
心地よい春の昼下がり、こんなぽかぽか陽気の一日にエミリアがうずうずするのは当たり前と言えば当たり前かもしれない。

「ねぇまたご本よんでるの?エミィとお外行こうよ」
「エミィは毎日お外行きすぎだよ。このあいだも勝手に街に行ってパパにおこられたじゃないか」

エミリアの脱走癖は日を追うごとに過激になっていた。幸いティトの保護魔法や魔法石、エミリア自身が持つ魔力のおかげで今まで危ない目にあったことはないのだが周りに心配をかけていることには違いない。

「今日は一緒にご本読もうよ。ぼくが読んであげるから」
「でもイサークが読んでるのふとっちょおじさんがぼうけんに行く話でしょ?」
「そうだけど…女の子が好きそうなおひめさまのお話もあるよ?」

そう言ってイサークは今まさに読んでいた本を閉じ、ソファから本棚に向かった。
どんな本なら興味を引くだろうかと考えながらエミリアに尋ねる。

「エミィはどんなお話がいいの?」
「エミィはねぇ…いっけん平ぼんないなか町、しかしそのあんだーぐらうんどではあくたいあく、まふぃあのひれつなたたかいがにちやくりひろげられていたにょだった!」
「…それなんのお話?」
「こないだはりゅむが読んでたよ」
「…また呼びすて」

父親が親友だからと言って大国の王子様を呼び捨てとは何と言うことだ。
まぁハルムは特には気にしてはいないようだし、三才にして口達者なエミリアと精神年齢が同じぐらいのような気もするが。そして彼の存在はなかなか教育にも悪い。

「じゃあイサークはエミィのご本選んでて!そのあいだエミィお庭で遊んどくから!」
「あ、もう…」

ここが逃げ時とでも思ったのかエミリアはささーっと子供部屋を出ていった。






「ものがたりはじぶんでちゅくるものよ!」

部屋を出たエミリアは屋敷の廊下を駆け抜け庭に出た。
今日は父ティトも母アンジェルも郊外に仕事に出掛けているしロルダンもそれに随伴している。よって屋敷には数名の職員しかいない。
この年の子供ならば両親の不在を寂しがるものだがエミリアは違った。両親がいない今日こそ脱走のチャンスだと息巻いている。

「イサークもご本ばっかり読んでないで外で遊べばいいのに」

庭からそっと子供部屋の窓を見上げるとイサークがジーッとこちらを見下ろしていた。脱走しないか見張っているのだろう。

「わぁ~ちょうちょだ~きれい~」

ぐうぜん通りかかった蝶を追いかけるふりをしてイサークの見えない所に移動する。そして屋敷の裏側にある使用人専用の門扉にたどり着いた。

「ひひ、今日はどこへいこうかなぁ~…ぬ?」

エミリアは意気揚々と扉に手をかけた。しかし取っ手を握り扉を引いたがびくともしない。鍵を回して開けたり閉めたりしても扉は何の変化も起こらない、ということはティトかロルダンが魔力でがっちがちに扉を固めたに違いなかった。
エミリアはうぬぬ、と恨めし気な声を上げ両手で取っ手を握りしめた。それからしばらく唸りながら力を入れていたが一向に開く気配はない。

「なんとひれつな…エミィを小さなはこ庭に閉じこめておくちゅもりね!」

脱出できないかもしれないという絶望に駆られたエミリアはうずくまりぷるぷると怒りに震えた。せっかく今日は抜け出せるチャンスだったのにぃ~と恨めしい気持ちが身体中を駆け巡る。

「こんな魔法、こえたいと思う気持ちがあればやぶれりゅのよ!えーい!」

ガバッと立ち上がりその怒りをぶつけるように扉に両手を当てる。すると今までびくともしなかった扉がキィ、と小さな音を立てて開いた。

「やった!」

魔力の具体的な使い方などエミリアにはまだ良くわからない。しかしこうしてお願い事のように祈ってみれば案外うまくいくことが多いのだ。言うなれば偶然の産物に過ぎないのだが。
とにかく開いたのなら今がチャンスだとエミリアは屋敷の外に飛び出したのだった。



**



大きなお屋敷が建ち並ぶエリアを抜け、賑やかな街に出る。子供を見かけては大きな声で挨拶をし、壁に穴を見つければ覗き込み、言い争う声が聞こえたら近くに寄って観察する…そうこうしているうちに騒がしかった大通りから段々と人気のない路地に入っていた。

「お、おお!」

角を曲がると大きなグレーの猫が道を塞ぐように鎮座しておりエミリアは瞳を輝かせる。

「ねこちゃん、エミィといっしょに遊ぼうよ!」

声をかけると猫は鬱陶しそうに立ち上がりそっぽを向いて走り出した。しかし時折挑発するように後ろを向いてエミリアが追いかけてくるのを待っている。それを繰り返しているうちにいつのまにか追いかけっこに発展していた。

「絶対ちゅかまえる!そりゃー!」

猫を捕まえようと飛びかかったエミリアは寸前でスルリと逃げられ無惨にも地面にすっ転んだ。
肝心の猫はといえば乱雑に積まれた木箱の上にピョンと飛び上がり小さくひと鳴きするとそのまま屋根をつたって行ってしまった。

「にげりゃれたか…」
「あ、あの…大丈夫?」
「お?」

木箱の横に隠れるように男の子が小さくしゃがみ込んでいることに気がついた。
次なる獲物を見つけたエミリアの瞳がまたしてもキラリと輝く。

「なにしてるの?もしかしてかくれんぼ!?」
「ち、ちが」

少年が否定してもエミリアは一層目を輝かせて見つめる。

「エミィもする!」

猫のことなどすっかり忘れ、そそくさと少年の横に座りにっこにこの笑顔で話し掛ける。

「わたしエミィ。あなたのお名前は?」
「…僕はトビ」
「エミィはかぎりなく四才に近い三才だよ!トビは?」
「僕は七才」
「七才!おとなだねぇ」
「…え、そ、そう?」

向こう十メートル先ぐらいまで届きそうな話し声にトビは段々挙動不審になってきた、にも関わらず気がつかないエミリアは話し続ける。

「エミィはねぇ、閉じこめようとするかぞくから逃げてきたんだよ」
「ええ!?それ大丈夫!?じゃなくて、あのちょっと静かに…」
「そしたらおおきなねこちゃんがいてねぇ、」
「みぃーつけた」
「!」

今までの経緯をすべて話そうとしていると、木箱の横からにゅっと男が顔を覗かせた。見るからに悪党顔のその男はニンマリと嫌な笑みを浮かべている。トビの身体がガタガタと震えだしエミリアは首をかしげた。

「約束の時間はとっくに過ぎてるんだけどなァ」
「そ、それは…」
「それとも何か聞いちゃったかなァ~?」
「っ!」
「あ、トビ!」

ガッと胸ぐらを掴み上げられトビは声にならない声をあげた。驚いたエミリアはトビを助けようとしたが、その足は一歩遅く後ろから来た別の男に首根っこを掴まれだらーんとぶら下がる。

「こっちのお嬢ちゃんはお貴族様かぁ~?良い服着てんな」
「その子は関係ない!離せ!」
「うるせーんだよ!」
「ガハッ!!」
「トビ!」

腹を一発殴られたトビの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちる。

「はにゃせ~っ!!くそ~!!」
「痛てっ!コイツ!」

バタバタと暴れたエミリアは男の手にガリッと噛みついた。頭に血が上った男はガシッと力を込めてエミリアの身体を拘束しエミリアの息がウっと詰まる。

「悪いようにはしねぇからじっとしてろ!クソガキが!」
「うぅ~…」

エミリアはまだ攻撃魔法は使えない。ここはおとなしくしといた方が良さそうだと小さな頭で作戦を練り始めたのだった。

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