109 / 118
後日談
エミリアの大冒険①
しおりを挟む舞台はペルラン王国王都ジラルディエールのお屋敷。ジラルディエール王国の双子の王子王女であるイサークとエミリアが四才になる少し前のお話――
「じぃぃー」
「声にでてるよ、エミィ」
すぐ真横からエミリアの強烈な視線と奇声を受けたイサークが本を読みながらそう返す。
心地よい春の昼下がり、こんなぽかぽか陽気の一日にエミリアがうずうずするのは当たり前と言えば当たり前かもしれない。
「ねぇまたご本よんでるの?エミィとお外行こうよ」
「エミィは毎日お外行きすぎだよ。このあいだも勝手に街に行ってパパにおこられたじゃないか」
エミリアの脱走癖は日を追うごとに過激になっていた。幸いティトの保護魔法や魔法石、エミリア自身が持つ魔力のおかげで今まで危ない目にあったことはないのだが周りに心配をかけていることには違いない。
「今日は一緒にご本読もうよ。ぼくが読んであげるから」
「でもイサークが読んでるのふとっちょおじさんがぼうけんに行く話でしょ?」
「そうだけど…女の子が好きそうなおひめさまのお話もあるよ?」
そう言ってイサークは今まさに読んでいた本を閉じ、ソファから本棚に向かった。
どんな本なら興味を引くだろうかと考えながらエミリアに尋ねる。
「エミィはどんなお話がいいの?」
「エミィはねぇ…いっけん平ぼんないなか町、しかしそのあんだーぐらうんどではあくたいあく、まふぃあのひれつなたたかいがにちやくりひろげられていたにょだった!」
「…それなんのお話?」
「こないだはりゅむが読んでたよ」
「…また呼びすて」
父親が親友だからと言って大国の王子様を呼び捨てとは何と言うことだ。
まぁハルムは特には気にしてはいないようだし、三才にして口達者なエミリアと精神年齢が同じぐらいのような気もするが。そして彼の存在はなかなか教育にも悪い。
「じゃあイサークはエミィのご本選んでて!そのあいだエミィお庭で遊んどくから!」
「あ、もう…」
ここが逃げ時とでも思ったのかエミリアはささーっと子供部屋を出ていった。
「ものがたりはじぶんでちゅくるものよ!」
部屋を出たエミリアは屋敷の廊下を駆け抜け庭に出た。
今日は父ティトも母アンジェルも郊外に仕事に出掛けているしロルダンもそれに随伴している。よって屋敷には数名の職員しかいない。
この年の子供ならば両親の不在を寂しがるものだがエミリアは違った。両親がいない今日こそ脱走のチャンスだと息巻いている。
「イサークもご本ばっかり読んでないで外で遊べばいいのに」
庭からそっと子供部屋の窓を見上げるとイサークがジーッとこちらを見下ろしていた。脱走しないか見張っているのだろう。
「わぁ~ちょうちょだ~きれい~」
ぐうぜん通りかかった蝶を追いかけるふりをしてイサークの見えない所に移動する。そして屋敷の裏側にある使用人専用の門扉にたどり着いた。
「ひひ、今日はどこへいこうかなぁ~…ぬ?」
エミリアは意気揚々と扉に手をかけた。しかし取っ手を握り扉を引いたがびくともしない。鍵を回して開けたり閉めたりしても扉は何の変化も起こらない、ということはティトかロルダンが魔力でがっちがちに扉を固めたに違いなかった。
エミリアはうぬぬ、と恨めし気な声を上げ両手で取っ手を握りしめた。それからしばらく唸りながら力を入れていたが一向に開く気配はない。
「なんとひれつな…エミィを小さなはこ庭に閉じこめておくちゅもりね!」
脱出できないかもしれないという絶望に駆られたエミリアはうずくまりぷるぷると怒りに震えた。せっかく今日は抜け出せるチャンスだったのにぃ~と恨めしい気持ちが身体中を駆け巡る。
「こんな魔法、こえたいと思う気持ちがあればやぶれりゅのよ!えーい!」
ガバッと立ち上がりその怒りをぶつけるように扉に両手を当てる。すると今までびくともしなかった扉がキィ、と小さな音を立てて開いた。
「やった!」
魔力の具体的な使い方などエミリアにはまだ良くわからない。しかしこうしてお願い事のように祈ってみれば案外うまくいくことが多いのだ。言うなれば偶然の産物に過ぎないのだが。
とにかく開いたのなら今がチャンスだとエミリアは屋敷の外に飛び出したのだった。
**
大きなお屋敷が建ち並ぶエリアを抜け、賑やかな街に出る。子供を見かけては大きな声で挨拶をし、壁に穴を見つければ覗き込み、言い争う声が聞こえたら近くに寄って観察する…そうこうしているうちに騒がしかった大通りから段々と人気のない路地に入っていた。
「お、おお!」
角を曲がると大きなグレーの猫が道を塞ぐように鎮座しておりエミリアは瞳を輝かせる。
「ねこちゃん、エミィといっしょに遊ぼうよ!」
声をかけると猫は鬱陶しそうに立ち上がりそっぽを向いて走り出した。しかし時折挑発するように後ろを向いてエミリアが追いかけてくるのを待っている。それを繰り返しているうちにいつのまにか追いかけっこに発展していた。
「絶対ちゅかまえる!そりゃー!」
猫を捕まえようと飛びかかったエミリアは寸前でスルリと逃げられ無惨にも地面にすっ転んだ。
肝心の猫はといえば乱雑に積まれた木箱の上にピョンと飛び上がり小さくひと鳴きするとそのまま屋根をつたって行ってしまった。
「にげりゃれたか…」
「あ、あの…大丈夫?」
「お?」
木箱の横に隠れるように男の子が小さくしゃがみ込んでいることに気がついた。
次なる獲物を見つけたエミリアの瞳がまたしてもキラリと輝く。
「なにしてるの?もしかしてかくれんぼ!?」
「ち、ちが」
少年が否定してもエミリアは一層目を輝かせて見つめる。
「エミィもする!」
猫のことなどすっかり忘れ、そそくさと少年の横に座りにっこにこの笑顔で話し掛ける。
「わたしエミィ。あなたのお名前は?」
「…僕はトビ」
「エミィはかぎりなく四才に近い三才だよ!トビは?」
「僕は七才」
「七才!おとなだねぇ」
「…え、そ、そう?」
向こう十メートル先ぐらいまで届きそうな話し声にトビは段々挙動不審になってきた、にも関わらず気がつかないエミリアは話し続ける。
「エミィはねぇ、閉じこめようとするかぞくから逃げてきたんだよ」
「ええ!?それ大丈夫!?じゃなくて、あのちょっと静かに…」
「そしたらおおきなねこちゃんがいてねぇ、」
「みぃーつけた」
「!」
今までの経緯をすべて話そうとしていると、木箱の横からにゅっと男が顔を覗かせた。見るからに悪党顔のその男はニンマリと嫌な笑みを浮かべている。トビの身体がガタガタと震えだしエミリアは首をかしげた。
「約束の時間はとっくに過ぎてるんだけどなァ」
「そ、それは…」
「それとも何か聞いちゃったかなァ~?」
「っ!」
「あ、トビ!」
ガッと胸ぐらを掴み上げられトビは声にならない声をあげた。驚いたエミリアはトビを助けようとしたが、その足は一歩遅く後ろから来た別の男に首根っこを掴まれだらーんとぶら下がる。
「こっちのお嬢ちゃんはお貴族様かぁ~?良い服着てんな」
「その子は関係ない!離せ!」
「うるせーんだよ!」
「ガハッ!!」
「トビ!」
腹を一発殴られたトビの目からは涙がポロポロとこぼれ落ちる。
「はにゃせ~っ!!くそ~!!」
「痛てっ!コイツ!」
バタバタと暴れたエミリアは男の手にガリッと噛みついた。頭に血が上った男はガシッと力を込めてエミリアの身体を拘束しエミリアの息がウっと詰まる。
「悪いようにはしねぇからじっとしてろ!クソガキが!」
「うぅ~…」
エミリアはまだ攻撃魔法は使えない。ここはおとなしくしといた方が良さそうだと小さな頭で作戦を練り始めたのだった。
0
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる