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後日談
レネの叙爵⑧
しおりを挟む「よし、じゃあまたここにしまっておこうね」
「ぁい」
窃盗団から取り返してきた純金のガラガラをイサークに渡すと自分でおもちゃ箱の中に片付けた。ガラガラに興味がないエミリアにも一応渡してみたがフルフルと首を横に振られた。…驚くほど興味ナシだ。
「ぇねにぃい、あぃあとー」
「…俺の方こそ…」
笑顔でペコリと体を折り曲げたイサークに感極まり、レネはその小さな体をぎゅっと抱きしめる。
リディが盗んだガラガラは彼女の鞄の中に粗雑に入れられていた。毎日こんな可愛い子供たちに接して、その子供の大切なおもちゃを盗むなんていったいどんな神経なのか。理解に苦しむと共にリディに対しての嫌悪感がまた沸き上がってくる。
「イサークの大切なガラガラのおかげで悪い人が捕まったんだよ。ありがとう」
「う?」
「えみぃあも!」
何のことかわからない、と不思議そうな顔をしたイサークのほっぺにちゅ、とキスをするとそれを見ていたエミリアも寄ってきてレネにくっつく。
「二人ともありがとう」
「?」
柔らかくどこか甘い…幸せな匂いがする二人を抱きしめるととげとげした心が癒されていく。
しばらくそうしていると開けっぱなしになっていた子供部屋の扉がノックされアンジェルが顔を覗かせた。
「レネ。ご飯にしましょうか」
「あ、うん」
「えみぃあもたべゅ!」
「あら、あなたたちはさっき食べたでしょう?」
「たべゅ!」
レネは早朝からのごたごたのせいで昼過ぎまで何も口にしていなかった。
平常通り食事をしたはずのエミリアの食欲旺盛なその姿を見ているとなんだかこちらまで一気にお腹が空き、くぅ、と小さくお腹が鳴った。
テーブルに着くとアンジェルが紅茶を淹れてくれた。使用人がいなくなりまた家事のほとんどをアンジェルが引き受けることになる。
レネの前には野菜やハムがたくさん詰まったサンドイッチにスープ、双子の前には柔らかく煮込んだリンゴ。二人が美味しそうにリンゴを食べる姿を微笑ましく見ながらレネも食事をはじめた。
「あ、そうだわ。トロンカから手紙が届いたのよ」
「え、俺に?」
ええ、とアンジェルが頷き、ペーパーナイフでその封を開けてレネに渡してくれた。
「あ…」
エマールを始めとするセルトン家の屋敷で働く使用人たち、そして町の人々がレネの叙爵をお祝いしひと言ずつメッセージを書いてくれたようだ。
たどたどしく書かれた文字もある。あの時に出会った子供たちが書いてくれたのだろうかと想像した。
「なぁに?」
「みんながおめでとうってお祝いしてくれているんだよ」
横から覗き込んできたイサークに答えると回らない口で双子たちもおめでとうと言い拍手をくれる。
何だか心がむず痒くて涙が出そうになった。
「ニコルとマルクを覚えているかしら?」
「ぃこう?まぅく?」
「ええ」
もちろん覚えている。
大雨の被害で屋根が崩れ、足を怪我したニコルはルシアナに怪我を治してもらい喜んで走り回っていた。
そして彼らの父親はチェルーフに売られそうになる事件に巻き込まれたがティトたちがうまく立ち回って解決してくれたのだ。
(俺にあんな風に解決することができるのかな…)
自分には荷が重い気がしてだんだんと頭が下がっていく。
「レネ」
「あ…うん」
表情が曇ったことに気がついたらしいアンジェルが名を呼ぶ。その呼び方一つにとてもたくさんの気持ちが込められていることはレネもわかっていた。
まだ起こってもいないことで落ち込むことはない、と言い聞かせ顔をあげるとアンジェルは小さく頷いた。
「バルニエさんに聞いたんだけど二人ともいつかセルトン家のお屋敷で働くんだって勉強や家事を一生懸命頑張っているんだって」
「! そっか…」
「楽しみね」
「あぃ!」
レネより先に双子が返事し思わず笑いがこぼれる。
打算的に近づいてくるものもいれば、自分の知らないところで支えてくれている人たちもいる。その事実がとてもありがたい。
(少しずつ、少しずつ…立派ではなくとも、領民と心を通わせられる領主になろう)
皆が書いてくれた手紙を読みながらレネはそう決意した。
「そういえば義兄さんは?」
「用事があるといってハルム様に会いに行ったわ」
「ぱぁぱ、ぃないょ」
ティトの生活は多忙を極めており、ペルランにいるときが一番バタバタしている。
さすがだな…と感心していると大きな音をたてて玄関の扉が開いた。そしてダダダッと一瞬のうちに双子たちに駆け寄ってきたのはティトが会いに行ったはずのハルムだった。
「聞いたぞイサーク、エミリア!俺がやった純金のガラガラ盗まれたんだって!?」
「う?ガやがゃ?」
遅れて入ってきたティトがアンジェルにただいまのキスをした後、「少し話したらこのザマだ」とレネとアンジェルにうんざりしたような顔でこっそり囁く。
尋ねられたイサークは何のことだかわからないといった感じで首をかしげている。
「代わりに今度は宝石を中に埋め込んだおもちゃを作ってやるから落ち込むな!」
「ぁい」
「あの、」
「しっ!レネ言うな」
ガラガラは戻ってきていることを告げようとするとティトに止められた。迷わず頷いたイサークを見て「さすが俺の子」とティトが満足そうに笑う。
「今度はどんなステキなおもちゃなんだろうな~楽しみだな」
「ぁい!」
「任せとけ!めっちゃ良いの作ってやるからな!」
金銀宝石で作った豪華なおもちゃを貰う気満々のティトと双子たちにレネとアンジェルは顔を見合わせて苦笑する。
「そういや、良かったな夫人弟!」
「え?」
なぜか笑顔でうんうん頷くハルムをレネは不思議な面持ちで見つめる。良かったことなどあっただろうか…と考えていると、
「人を断罪する良い経験になったろ!」
「それはその顔で言うセリフじゃない」
ビッ、と親指を立てて笑顔で言い放ったハルムにティトが呆れている。
「何でだよ!これから悪いヤツがわんさか寄ってくるんだぞ?慣れてた方が良いだろ!領主なんざ恨まれてなんぼだ!」
「いや、いつも言ってるけどお前のアドバイスは大概おかしい」
「はぁ~ぁ」
「何だよエミリア!」
ハルムなりに励ましてくれているのだろうか…それはわからないが二人とエミリアがなんやかんや言い合っている内にアンジェルが全員に紅茶を淹れてくれた。
レネの前にも淹れ直された香り豊かな紅茶の湯気がふんわりと漂う。
「ああ、やっぱりアンジェルの淹れてくれる紅茶が一番美味しいな」
「ふふ、ありがとうございます」
「あ、ふわぁーっ!」
紅茶をひと口飲んだティトがそう呟き花びらをフワッと降らせると子供たちが嬉しそうにはしゃぐ。それを見ながらレネも紅茶を口に含んだ。
(うん、美味しい…)
そばにいて支えてくれる人たちの温かさに感謝しながら、レネも賑やかなひとときを楽しんだのだった。
【end】
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