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後日談

レネの叙爵⑦

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朝とはいってもまだ人々がようやく動き出すという早朝、ティトとレネ、バルニエの三人は痕跡の光の道を駆け足で追っていた。
ロルダンがつけた強い光の痕跡とイサークがつけた淡い光の痕跡は見事に一致している。相変わらず不思議な力だと思いながらレネはそのキラキラを眺めた。

「バルニエさん大丈夫?」
「はぁ…はぁ…なんとか」

運動は得意ではないというバルニエはすでにバテてしまっている。光の道を見てみればまだまだ先は遠くまで繋がっていた。

「すみません、足を引っ張ってしまって…」
「いや、ロルダンがすでに行ってるしリディはもう身動きとれないはずだ」
「どこかで窃盗団と落ち合っているということでしょうか?」
「おそらくな」

ティトとバルニエの会話をぼんやり聞きながらレネは過去のことを思い出していた。

(サクラの木…何で忘れてたんだろ…)

レネは幼少の頃の記憶がほとんどない。
大好きな母親の死――それだけでも幼いレネにしてみたら到底受け止められないことだった。
それに加えて父親ベランジェからの冷遇、義母リゼット異母姉ヴィオレットからの虐め、優しい姉アンジェルがレネを守るためにいつも矢面に立っていたことも苦しかった。
そして何より姉を残しセルトン家から一人抜け出したという罪悪感に苛まれ、無意識に辛かった事を考えないようにしていたのかもしれない。

「レネ」
「!」

ティトに名を呼ばれハッと我に返る。過去への思惟と痕跡の光しか見ていなかったのでどこを歩いているのかなんて考えもしなかったが今目の前に広がる光景は…

「セルトン家の別邸…?」
「売却のことも知ってたしついでに何か盗むつもりじゃないかと予想してたんだ」

現在空き家である別邸には一応警備はつけているが厳重というほどではない。
徒党を組んで犯行をするような奴らだ。刃傷沙汰に躊躇などないだろう。

「ティト様」
「どうだった?」

先に来ていたロルダンが門前で待ち構えていた。

「やはり警備の者はやられてました」
「予想通りだな」

警備についていた者は二名。どちらもが殴打され縄をかけられていたらしい。

「今窃盗団が中にいます。すべての窓と扉は魔力で封鎖しているので出られません」
「よし。そんなら姿と声消して潜入してみるか」

ティトがそういうとロルダンがポケットから紐がついた魔法石を渡してくれたので首からぶら下げる。

「これで姿が消えるんですか?」
「魔力を封入したらな。そういやレネは初めてだっけか?」
「はい。姿消しも…この屋敷に入るのも初めてです」

レネは別邸を見上げた。
この屋敷はアンジェルの儀式の噂を聞いた後、真偽を確認するために来ただけだ。幼い頃セルトン家から出されたレネは中に入ったこともない。

「そっか。そんじゃまぁ、お宅訪問といくか」

今から窃盗団と対峙するというのにあっけらかんとティトが笑う。その強さにレネは羨望の念を感じたのだった。






「(見ろ、レネ!ここは俺が燃やしたアンジェルの部屋だぞ)」
「(ええ!?なぜ燃やしたのですか!?)」

本当に邸宅鑑賞に来たかのようにのんびり屋敷を回っているティトにレネは苦笑する。バルニエも一々大きく反応するしどこか楽しんでいるようにも見えた。

「(アンジェルの私物はベランジェたちには渡らないように燃やしたし、自分達が持ち込んだ宝石の類いは国外追放の時に持っていっただろうから盗むとしたら絵画とか壺とか…まぁ食器類とかかな)」
「(ベランジェ一家はカトラリーなどもすべて高価な物を選んでいましたからね。例えフォーク一本でも高く売れると思います)」

セルトン領のお財布事情をすべて把握しているバルニエが頷いた。所々に掛けられている絵画を興味深く見ては首を横に振っている。相当の金をつぎ込んでいたらしい。

「(お、いたぞ窃盗団)」
「(!)」

応接室らしき部屋の扉に差し掛かった時、中に数人の男の姿が見えてレネはビクリと反応した。否応なしに緊張が高まる。


「どうせ売り出す屋敷なんだろ?ちょっとぐらいなくなっても気づきやしねーさ」
「馬車に乗せれるだけ全部持ってこうぜ」


男たちはそんなことを言いながら袋に高そうな置物などを詰めていっている。正直この屋敷の物などレネにとってどうでもいいがこいつらに渡るのだけは腹立たしい、と怒りが湧く。

「(あ、あの男)」
「(知ってんのか?)」
「(街でリディの鞄を引ったくっていったやつです)」
「(強盗のためとはいえ仲間内で本当に怪我させるなんて…迫真の演技というかなんというか…)」

クズだな、とティトが言い切ると全員が大きく頷く。
そして堂々と応接室の中に入るとその奥に繋がる部屋を覗いた。

「(リディだ!)」
「(お、居たな)」

わかってはいたが実際に目にするとショックが大きい。その顔つきは昨日まで子供たちをあやしていた優しい女性とは程遠かった。

「リディ、お前も早く詰めろ!そろそろ出発だ」
「わかってるわ!」
「玄関横に高そうな絵画があったろ。それを外しておけ。後で運ぶ」

一緒にいた男に指図されるとリディはレネの横をすり抜けて廊下に出ていった。
その時の仕草や表情を見るに戸惑った様子も落ち込んでいる様子もまったくない。そのことにレネは悔しさを感じた。

「(とりあえず男たちを捕縛しますか?)」
「(だな。声上げられると面倒だから眠らせて捕縛な)」

ティトの指示にロルダンがあっという間に男たちを眠らせ縄をかけていく。

「(リディはレネとバルニエに任せても良いか?)」

その問い掛けにレネは神妙に頷くと首からぶら下げていた魔法石を外した。



向かった廊下の先、玄関横にはひと際大きいサイズの絵画が掛けられていた。リディはその絵画を外そうと奮闘している。

「くっ、なかなか外れないわね」
「手伝いましょうか?」
「へ……」

バルニエが後ろからニュッと腕を伸ばすとリディは動作を止めた。

「ああ、これは一世紀ほど前に流行った画家アングラードが描いた風景画ですね。売ればかなりの額になるでしょうね」
「……っ」
「外さないのですか?」

リディがガタガタと震え出した。声の主が誰だか気がついたのだろう。
リディは沈黙してしばらくそのまま動かなかったがチラリと後ろを振り返り、レネと目が合った瞬間にこちらに向き直って土下座した。

「申し訳ありません!!」

まるで地面に額を擦りつけるようにリディが頭を下げる。レネが戸惑っていると残っている男たちを捕縛し終えたティトとロルダンがやってきてリディの姿を見るなり小さくため息を吐いた。
おそるおそる顔を上げたリディは涙をこぼしているが反省の念からくるものなのかどうかレネには判断がつかない。

「最初からすべて仕組んでたんだな?」
「違うんです!わ、私は元夫にそそのかされただけでっ…窃盗に協力しないと母を殺すと、脅されていたんですっ!」
「元夫?正真正銘今も夫だろ?ついでに病気だと言っていた母親ももう生存していない」
「ど、どうして…それを…」

リディはもう顔面蒼白だ。
アンジェルがリディを疑った直後、ティトはリディの身辺調査をしたらしい。セルトン家に入ったことでもしかしたら窃盗団との繋がりを絶つのではないか…そんな淡い期待もしていたようだが。

「リディの処分はレネに任せる」
「はい」

そう聞くや否やリディはレネの足にしがみついてきた。

「レネ様っ!も、申し訳ありません!」

レネはリディのその必死な形相をどこか冷めた目で見つめた。
アンジェルのように見逃すこともできたかもしれない。以前のレネならそうしただろう。
だが子爵という責任ある地位についた。それはすなわち民を守る義務が生じたということだ。

「俺は姉のように優しくはないから」
「…どうかっ、今回はっ…今回は見逃してください!」
「お前は罪人として警備兵に引き渡す」

レネが毅然として言い放つとリディはキッと睨んできた。やはり本性はこちらだったようだ。

「人の善意につけこみ窃盗を繰り返し民に不安を抱かせた罪は重い。ここから先は国王陛下の裁量にお任せしようと思います」
「はい。そのように致しましょう」
「ロルダン、警備兵に知らせてくれ」
「は!」

レネの決断にバルニエはリディの手に縄をかけ、ロルダンは警備兵を手配するために出ていった。これで一連の窃盗事件は解決に繋がっていくだろう。


(…爵位って重いんだな…)

程なく警備兵がやってきて慌ただしくなってきた屋敷内を眺めながらそんなことをぼんやり考える。
もちろん舐めていたわけではないしそれなりの覚悟もしていた。だが実際人の人生を左右する案件にぶつかるとこんなにも苦しい。

「レネ、帰るか」
「…はい」

心情を察してかティトがぽんとレネの肩を労るように叩く。
レネの子爵としての初仕事は、苦々しい後味を残したのだった。

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