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後日談

ハルム王子の恋騒動⑨

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「ま、ぁ~」
「うん…?」

てしてし、と膝を叩かれアンジェルの意識が浮上する。いつの間にか居間のテーブルに突っ伏して眠ってしまっていたのだとアンジェルは起き上がった。すぐとなりにはイサークが座り込んでいる。

「ごめんね。ママ寝てしまっていたわ」

そろそろミルクの時間だとイサークを抱っこして立ち上がり、エミリアの姿を探し居間や子供部屋を歩き回る。

「エミリアはどこにいるのかしら?」
「みぃ、あ、」
「え…」

アンジェルの言葉に反応してか、イサークがスッと腕を動かし指をさす。
その先を見て血の気が引いた。イサークが指しているのは開けっ放しになっているドアだ。

「っ…あの子またっ…!」

イサークを抱えたままアンジェルは外に飛び出した。どれくらい前に出ていったのだろうか、なぜ眠ってしまったのだろうか…色んな考えが頭に浮かぶ。

「エミリア!どこにいるのっ!?」

名前を呼びながら辺りを探しているとアンジェル、と呼ばれハッと顔を上げた。

「どした?」
「ティト様!」

外出していたティトがちょうど戻ってきており、血相を変えているアンジェルに首を傾げている。

「エミリアがいなくなりました!」
「はぁ~またか」

ジラルディエール王城でもエミリアは隙あらば度々部屋を抜け出してうろうろしてたのだ。城内ではいつも誰かの目があるから大事にはならなかったがここはエミリアにとっては右も左もわからない場所。事故にでもあったら…とアンジェルは泣きそうになっていた。
そんなアンジェルの肩にティトがポン、と手を置く。

「痕跡魔法ですぐわかるから大丈夫だ。俺が行ってくるからアンジェルはイサークと待っててくれ」
「でも、」
「魔法石も付けてるし保護魔法もかけてる。心配ないぞ」
「…はい」

落ち着くように、とイサークごとアンジェルを軽く抱きしめるとティトは直ぐ様痕跡魔法を使いきらきら光る道を駆け足で進んでいった。

「ごめんね。あなたもびっくりさせたわね」
「あぃ」

声を掛けると腕の中のイサークがきゅっとアンジェルの服を掴む。それはまるで「大丈夫だよ」と言ってくれているようで、イサークの温かな体温にアンジェルの心も落ち着いてくるのだった。


***


「お~、さすがにだな」

痕跡魔法を使ってエミリアを追いかける。魔法できらきら光る場所はなぜか茂みがあるところばかりだ。
本能がそうさせているのかはわからないが人目につかない場所を無意識に選んでいるのだろう。

(この方向は王立学校か)

となるとエミリアの目的はレネかミルシェの二択だ。レネは二、三日に一度は会いに来てくれるがミルシェはここ一週間ピタッと来なくなってしまった。目的はおそらく後者だろう。

(家のチビちゃんは即行動派だな)

「おっと、ギャン泣きしてるな」

遠くからエミリアが大泣きしている声が聞こえてティトは先を急いだ。


エミリアの泣き声は王立学校の門を入ってすぐの場所から聞こえた。人だかりができており、その先には警備兵に抱かれて暴れているエミリア、それに対峙しているミルシェがいる。

「私はそんなことしておりません!」
「赤子が一人でこんなところまで来られるわけがないだろう!」
「う*△ぁ◯#※~っ!!」


ちょっと開けてくれ、と人々の間を割って入っていく。

「寄ってたかって何してるんだ?」
「ティト殿下!」
「エミリア。おいで」
「うわぁぁんっ!うわぁぁん!」

泣いているエミリアを警備兵から引き取る。首を横に振りながら泣き、ぺちぺちと腕を叩いてくる我が子にやはり事情を理解していると感じた。

「これは何の騒ぎだ?」
「ミルシェ王女様がティト王子殿下のご息女を連れ出していると通報が入ったものですから」
「連れ出してる?」

はぁ、とティトは大きなため息を吐いた。

「勝手に出ていって迷子になった我が子を保護してくれたのはミルシェ王女だ」
「え?いや、しかし…通報では誘拐と…」
「俺が違うと言っているのにこれ以上事を荒げる必要があるのか?」

ジロリと警備兵を睨むとたじろぎ、失礼いたしましたと頭を下げてそそくさと戻って行った。それを受けて遠巻きに見ていた生徒たちも散っていく。

「大丈夫か?」
「あ…」

声をかけたミルシェの顔は真っ青だ。まさか誘拐犯にされるとは思ってもいなかっただろう。

「エミリアを保護してくれてありがとう」
「いえ、その…」
「悪いな。エミリアは脱走癖があるんだ」
「え!?」

今は危ないからベッドを使うのを止めたが、もっと小さな頃からエミリアは脱走の常習犯だった。
ベビーベッドからポンと身を投げ出し、おしりで着地していたようなのだがその時うまく魔力を操って衝撃を無力化していたようだ。
どんなに危ないかということを言い聞かせても理解できるはずもなくぽけっとしていた。無意識なだけに質が悪い。

「ジラルディエール王城でもよくいなくなってな」
「そうだったのですか…」
「女の子だから性格もアンジェルに似てくれたら、と思ったんだがこのお転婆っぷりはたぶん俺似だな。やれやれ…」
「みぃえ、あぃ○*△□#※~…」

そう言いながらエミリアの頬をぷにぷにつつくと、むぅ、と不服そうにし、もにょもにょと喋り出す。そんなところまで自分に似ている気がしてティトは苦笑した。

「ひとまず専用邸に、」
「ミルシェ王女様!」

行こう、と言いかけたところでアンジェルがこちらに向かって走ってきた。その後ろにはイサークを抱っこしたレネ。学校内で騒ぎになっていると慌てて知らせに行ってくれたのだろう。

「申し訳ありません!エミリアのせいで嫌な思いを」
「いえ、そんなこと…」
「ミルシェ様」

アンジェルがぎゅっとミルシェを抱きしめた。その途端ミルシェの目からは大粒の涙が溢れはじめる。

「怖かったでしょう…」
「っ…」

ぽんぽん、とアンジェルが背中を優しく撫でると次から次に涙が落ちる。エミリアもイサークもそれを心配そうに見ていた。

(ったく…悪質だな)

ミルシェの居心地を悪くさせるためにはどんな行動も利用する。エミリアを抱いているミルシェを発見し、これ幸いと嘘の情報を警備兵に流した。
こういう悪評を流す連中からしてみればそれが真実かどうかなんてどうでもいいことだ。一定数の人間は自分に都合の良い事実を信じるのだから。

「エミリア、心配したのよ」
「みぃ、め!」
「ぅ」
「…でもちゃんと見ていなかったママのせいだわ」

ごめんね、と言ってアンジェルがエミリアの頬を撫でると少しばつが悪い顔をする。
どんなにアンジェルが注意深く見ていてもエミリアは行動を起こすだろう。最悪無意識にアンジェルを眠らせることもできるはずだ。もう少し大きくなれば良いことと悪いことの分別がつくようになるのだが。

「ミルシェお姉ちゃんに会いたかったんだよな」
「…あぃ」
「よくミルシェ様の居場所がわかったね。エミリアすごいよ」

落ち込んだ空気を変えるようにレネが褒めると気分を良くしたエミリアが嬉しそうに笑う。我が子ながら単純だ。

「さぁみんなで帰りましょう。ミルシェ様も一緒に」
「あ、でも私は…」
「明日は休日だし大丈夫ですよ。寮には僕が連絡入れますから」
「よし、今日はルーシーもこっちに泊まらせるか」

アンジェルはミルシェの手を握って離さない。レネも心優しい青年だ。そんな二人と同じ血が流れている子供たちも温かい心を持っているのだろう。

(ミルシェ王女を直接救うのは俺たちではないが…)

自分たちが少しでもミルシェの心の支えになれば良い、そう思いながらみんなでカナリー宮に戻ったのだった。


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