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後日談
ハルム王子の恋騒動⑤
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昼休み、レネはそれとなくミルシェを探して校内を歩いていた。姉に言われてから注意深くミルシェとその周辺を観察していたがやはり彼女が誰かと一緒にいるのを見たことがない。
今日も裏庭のベンチに一人腰掛け静かに本を読んでいる。時折手を止めて小さなため息を吐くその表情はとても暗い。
なんとなくその姿はセルトン侯爵家にいた頃のアンジェルの姿そのものなのではないか…そんな風に重ねてしまう自分がいた。
(ええい、もう我慢できない!)
特に指示されたわけでもないがレネは居ても立ってもいられずミルシェの元に足を向けた。
「ミルシェ王女様」
「え?」
レネが声を掛けると少し驚いたように顔を上げた。無理もない、今まで一度も話したことがないのだ。
レネはミルシェのことを一方的に知っているがミルシェにしてみたら今まで顔も知らなかった男子生徒が突然話しかけてきたのだ。
「突然ごめんなさい。俺、レネ・セルトンと言います。アンジェル・アコスタの弟です」
「まぁ、アンジェル様の…そうなのですか」
アンジェルの名を出すとミルシェの表情がものすごく和らいだ。姉がミルシェにとってそのような存在であることをレネは誇りに思う。
「今日の放課後姉のところに行くのですが王女様も一緒にいかがですか?」
「え、でも…」
「姉家族はカナリー宮の庭にあるお屋敷に滞在してますから危ないところではないですし」
「カナリー宮の…そうなのですか」
婚約者候補の宮殿、と聞いて少しは安心しただろうか。あともうひと押しだ。
「姉の赤ちゃん、可愛いんですよ!双子なんです」
「…でもご迷惑では」
「義兄もとても気さくな方なんで大丈夫ですよ」
「…それなら」
会ってみたいです、と笑ったミルシェにレネもホッとする。
少し強引な誘いだったかもしれないが、優しい姉もその子供たちもミルシェの心を癒してくれるに違いない…とレネも安心したのだった。
***
今日も今日とてハルムはティトの屋敷に向かう。手には特注で作らせたガラガラが二つ。
可愛い、という感情は未だよくわからなかったが何となく足が向く。少なくとも楽しいという気持ちがハルムの中にはあった。
「おーいヒヨコたち今日は純金で作ったおもちゃを持ってきてやったぞー!」
何の遠慮もなくずかずか居間に入ったハルムは中の様子を見るなり動作を止めた。
「おお、ハルム。良いところに来たな」
「あ…」
(ミ、ミルシェ王女!?)
居間にはティト一家とレネ、それにミルシェ王女がいた。ミルシェの腕の中にはピンク色の服を着たエミリア。想定外のことが起こり、ハルムの思考が一瞬停止する。
(な、何で王女がエミリアを……ハッ!まずい!)
「危ないぞ!!」
「え?」
ハルムはミルシェが抱いていたエミリアをサッと奪いとった。突然のことにみんなポカンとしている。
「エミリアは顔をペチペチ叩いてくるんだ!地味に痛いからな。抱くならイサークにしとけ」
「……」
「あーっ!ううんっ!」
「痛って!ほら叩いたろ!?」
腹が立ったのかエミリアがペチペチとハルムの頬を何度も叩く。後ろではティトが呆れていた。
「バカだなぁ。エミリアはレディや紳士を叩くことなんかしないわ。お前だけだ」
「あ~ぁ」
「!やっぱりお前こないだから俺のことバーカって言ってるだろ!」
「きゃっきゃっ!」
「ふふ…」
目の前で呆気にとられていたミルシェがエミリアとハルムのやり取りを見て笑いだした。
(あ……笑った)
始めて見る笑顔だ。
いや、あの日『古くさいドレスだ』などと口にする前は確かに柔らかい笑みを浮かべていた。自身の口が無神経な言葉を吐いているとは思わず、気がついたときには泣かせて…心を閉ざさせてしまった。
そんな彼女が今目の前で微笑んでいる。ハルムの心がジーンと温かくなった。
「いーぇ、」
「んお?王女の方に行くのか?」
エミリアが手を伸ばしミルシェの方に行こうとしたのでしたいようにさせると器用にミルシェの腕の中に収まっていく。
「ぁ~い~」
「ふふ、可愛い…」
ふにゃふにゃ謎の言語をしゃべるエミリアを愛しそうに見つめるミルシェの表情にハルムは釘づけになっていた。
(ヤバイ、何だこの音…)
胸がドンドコドンドコ音を発てて鳴る。それくらい衝撃的な笑顔だ。
なんとなく居心地が悪くジリジリ後ろに下がっていると珍しくイサークが声を発しながらバタバタと動いているのが目に入った。
「あぅう~」
「うん?イサークはハルム殿下に抱っこしてもらうの?」
「あぃ」
「な、」
(夫人弟は何を言い出すんだ!?)
なぜかこちらに手を伸ばしてくるイサークをレネに渡されハルムはぎこちない手つきでそっと抱っこする。
するといつもは大人しいイサークがもぞもぞと自分で動き、エミリアがいる方に体を向けた。
「あ、コラあんま動くと危ない…」
「あら?手を繋ぎたいのかしら?」
イサークが手を伸ばすとそれに気がついたエミリアも同じように手を伸ばした。二人が手を繋ぐには必然的にハルムとミルシェも近寄らなければならない。
手を繋ごうとする双子の意のままにハルムとミルシェが近づく。
(う……)
図らずも至近距離になってしまいハルムは硬直した。緊張などという言葉とは無縁だったはずのハルムがだ。
(くっ…顔が熱いっ)
おそらく真っ赤になっているであろう自分の顔を想像すると恥ずかしさしか湧いてこない。
「いや~お前たちは賢くて良い子だな~」
「あぃ♪」
ミルシェの後方にはニヤニヤしながらこちらを見ているティトに笑顔で見守っているアンジェル姉弟。
(くっ…何かしらんが敗北した気分だ!)
双子たちの策に嵌められたような、自ら落ちてしまったような感覚。
はじめて経験する何だかむず痒い気持ちに、ハルムは戸惑うばかりであった。
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