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後日談

ハルム王子の恋騒動③

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「レナーテ王女殿下のお茶会、ですか?」
「ええ。王女殿下が是非にと」

訪ねてきたファースから一通の封筒を渡されアンジェルはその中身を確認する。
お茶会は三日後の午後、ギマールの王女たちが居住するジャスミン宮の庭園で開催されるらしい。

「格式ばった場ではありません。レナーテ様もにぎやかでカジュアルなスタイルがお好きな方ですから気楽に参加して頂けたらと思います」
「なるほど…」

ファースがここまで言い切るのだから裏に意図などないのだろう。特に問題はなさそうなので出席することにする。

「では、確かにお渡ししましたので」
「ええ。ありがとうございました」
「ということで。エミリア様~イサーク様~♪」
「……」

ファースはあっという間に子供たちの側に移動しデレデレしている。彼にとっては王女の使いより双子に会うことの方がメインだったようだ。

「あ~もう本当に可愛いですね!天使過ぎます!」
「ふふ…」

元気いっぱいな双子の相手は服がヨダレまみれになっても嬉しそうにしているファースに任せて、アンジェルはソファに腰掛けもう一度招待状を眺める。

(そういえばミルシェ王女も来るのかしら)

昨日ティトからミルシェ王女がギマールの王立学校に留学していると聞いた。レナーテ王女主催のお茶会ならおそらく招待されるのだろう。

「あ、アンジェル様~!ミルシェ王女様も来られるのでフォローよろしくお願いいたします~アハハ~」
「……」

エミリア、イサークと一緒になってゴロゴロ転がって遊ぶファースにだんだんキャラが崩壊してきたのではないかとアンジェルは心配になったのだった。


***


ジャスミン宮――

ギマールの王女たちが居住するこの宮殿はカナリー宮とはまた違った絢爛さだ。
至るところに埋め込まれている宝玉、回廊沿いに咲く稀少な花々。ジャスミン宮の名の通りどこを歩いていても花の香りが漂ってくるなんとも魅惑的な宮殿だ。

「お招きしておいて申し訳ないのですがレナーテ王女殿下は所用で少し遅れて来られます」
「そうですか」

案内してくれた使用人から王女の遅参を告げられたがアンジェルにしてみたらその方が都合が良い。
失礼になってはいけないからと参加する令嬢のリストをファースから事前にもらい、その特徴も聞いていた。王女が来るまでの時間令嬢たちの様子を窺うのもいいだろう。

「ジラルディエール王太子夫人がご到着されました」

使用人の紹介にアンジェルはペコリと挨拶をする。広い庭園内にはテーブルがいくつも置かれ、そのテーブルの上には所狭しと可愛らしいスイーツや花が並べられている。

(さすがはギマール王室。規模がすごいわ…)

参加している令嬢の数は優に二十は超えるだろう。頻繁に行われているお茶会なのかみんなとても慣れている様子でリラックスしている。
すでに着席していた令嬢たちは一度こちらを見て、取ってつけたような笑みで頭を下げたがすぐに目をそらした。
おそらくどこの国かもわからない王太子妃など相手にしないということだろう。こういった冷遇にはアンジェル自身慣れっこだからどうということはない。
気にすることなく会場をチラリと見渡してみた。中央で賑やかに談笑しているグループにとても目を引く令嬢がいる。

(あ、あれがメリッサ・ハルトマン侯爵令嬢ね)

特徴のあるシルバーブロンドの長い髪に美しい顔立ち。カジュアルなお茶会ということでデザインは華美ではないもののとても上質なドレスを身に纏っている。一目で彼女がメリッサだとわかった。

(…でも、聞いた話とは違うわね)

留学中のミルシェ王女をフォローしているのはレナーテ王女の幼馴染みであるメリッサだと聞いている。だから当然二人は仲良く…までとはいかなくとも側にいるのだろうと思っていた。

しかしこれはいったいどういうことだ。
そのミルシェ王女はというと端っこのテーブルにポツンと一人で座っているではないか。身の置き場がないような暗い表情。
片やメリッサの周りは貴族令嬢が取り囲み楽しそうに談笑している。
それはとても意図のある温度差に見えた。

(なるほどね…)

何となく全貌が掴めてアンジェルはミルシェ王女がいるテーブルの方に向かう。すると後ろの方からクスクス馬鹿にしたように笑う声が聞こえてきた。

(おおよそ“外れもの同士”だと笑っているのでしょうね)

やれやれどこに行っても社交界というものは変わらないなと呆れながらミルシェ王女が座るテーブルに近づく。

「こちらに座ってもよろしいですか?」
「あっ…はい!もちろんです」
「失礼いたします」

ミルシェはどうして自分のところに来たのかとでもいうように不思議そうな顔でアンジェルを見ている。
その顔には十才の頃の王女の面影が残っていた。柔らかそうなダークブラウンの髪に濃いオレンジの瞳。可憐な少女そのままだ。

「私はアンジェル・アコスタと申します」
「アンジェル様…?あれ、もしかして…」
「お久しぶりです、ミルシェ王女様。覚えていらっしゃいますか?」

にっこり微笑むとミルシェ王女は本当に嬉しそうな顔を見せてくれた。その花が咲いたような笑顔ひとつで今日来た甲斐があったと心が和む。

「もちろんです!ペルランではとてもお世話になりました」
「お世話だなんて…でも覚えていただいていて光栄です。すでにお聞き及びかもしれませんが私も色々ありまして――」

ペルランではなくジラルディエールの王太子に嫁いだことを簡単に告げる。ギマールにさえアンジェルに関する一連の事件の詳細は入らなかったのだからモルスクまで届いた情報はせいぜいクレール王太子との婚約破棄ぐらいだろう。
とてもナイーブな問題と捉えてくれているのかミルシェも深くは尋ねずただただティトとの結婚のことだけを祝ってくれた。こちらのテーブルに興味を示す令嬢がいないのが逆にありがたい。
しばらく身の上話で盛り上がっていたのだが、王女が来たとの報せが入ったので立ち上がって迎える。

「遅くなって申し訳ありません!」

急いでやって来たレナーテは集まっている令嬢に簡単に挨拶を交わすとキョロキョロ辺りを見回した。誰を探しているのだろうと思っていると目が合った瞬間パッと顔を輝かせた。その笑顔がティトを見つけた時のハルムの顔と重なる。

「アンジェル様!ようこそおいでくださいました!」

一番最初にアンジェルがいるテーブルにレナーテがやって来たことで場が少しざわめいた。そんなざわめきを気にすることもなくレナーテはアンジェルたちがいるテーブルに座る。

「ミルシェ様もありがとうございます!お二人はお知り合いだったのですか?」
「ええ。昔ペルランで交流したことがあって」

レナーテ王女はアンジェルとミルシェの間柄に興味津々といった感じだ。屈託のない笑みを見せるレナーテはハルムと同じでとても正直な人なのかもしれないとアンジェルは思う。

「ティト様には多大なご迷惑をかけてますからもう本当に心配で!アンジェル様にもミルシェ様にもご迷惑をかけているんじゃないですか?」
「ふふ、大丈夫ですよ。とっても優しい方じゃないですか」
「ええっ!?あの兄が!?優しい!?」

ハルムがセルトン領で無償で尽力してくれたことを惜しみなく語るとレナーテ王女もミルシェ王女も目を白黒させて驚いている。

(少しでもミルシェ様の中でハルム様の印象が変われば良いけれど…)

そんなことを思いながら談笑していると先ほどからこちらの様子を窺っていたメリッサが近づいてきた。
レナーテ王女と同じように明るい笑みを浮かべているがどうも芝居がかったように見えてしまう。

「レナーテ王女殿下!私のことは紹介してくださらないの?」
「ああ、そうだわ!アンジェル様、こちら私の幼馴染みであるメリッサ令嬢です」
「はじめてお目にかかります。メリッサ・ハルトマンと申します」
「アンジェル・アコスタです」

とりあえず型通りの挨拶をするとレナーテ王女が「兄様の親友の奥様なの!」とアンジェルの事を紹介している。そのひと言で周りの令嬢の視線が一気に変わった。

「メリッサはミルシェ様と同じ王立学校に通っているんです。ね、メリッサ」
「ええ。ミルシェ王女様とは学校でも親しくさせていただいています」

そのメリッサの言葉にミルシェ王女が微笑んで頷く。が、チラリと盗み見るとミルシェ王女が膝の上で両手をきつく握りしめていることに気がついた。

(何か問題がありそうね…)

ミルシェの微笑みが明らかにこわばり始めている。周りの令嬢たちの視線も併せ見ながらアンジェルはどうしたもんか、と思案したのだった。

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