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全面対決編

査問会議①

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 国王が入場すると皆一様に頭を下げた。そして着席するのを見届けると出席者が座る。国王の両隣には大臣が一人ずつ、そして円卓から外れた席には書記官が座った。
国王は出席者の顔ぶれを順に確認すると小さく頷く。

「それではこれよりセルトン領に関する査問会議を行う」

厳格な声が会議室に響き、今ここに査問会議が幕を開けた――



「まずは順を追って問い質していきたい。エモニエ大臣」
「では先の長雨被害に遡り時系列をはっきりさせていきます」

エモニエ大臣を進行役に会議が始まるとまず使用人から各々に資料が配られた。
資料にはセルトン領に関する被害の大きさ、それに対する政策、税収、収支等…事細かく書かれている。それとは別にベランジェが国に提出させた書類の写し。
それらに目を落としたベランジェは内部情報が流出していることに驚きアンジェルの方をキッと睨んだ。

(提出書類は誤魔化していたんだろうがそうはいくか)

この辺りのデータはきちんと管理してくれていた秘書のバルニエから出たものだ。
領民から高額な税金を巻き上げ自分たちが贅沢三昧していたことがはっきりとここに示されている。

「セルトン侯爵、この資料と貴殿が国に提出した書類とは随分違うようだが?」
「っ…それは、」
「隠蔽、ということですかな」
「!」

他の領主から冷たい視線がベランジェに突き刺さる。
どこの領地も多かれ少なかれ誤差や隠蔽はあるのかもしれないがセルトン領に限っては殆どが嘘の羅列。言い逃れはできない。

「セルトン侯爵の秘書からの報告によると、南部に甚大な被害が出たのにも関わらず何の支援も対策もせず税額だけを引き上げ領地は混乱に陥ったのだとか」
「そのせいで我々近隣領地にはセルトン領からの移民が押し寄せ、その対応に迫られました」
「こちらから何か対策をと申し出ても一向に聞き入れず侯爵はこの問題を放置されていたようです」

近隣領主から矢継ぎ早に出てくる苦情にベランジェは何も言い返すことが出来ず苦虫を噛み潰したような顔をしている。
国王も厳しい表情でベランジェを見つめている、が、正直ティトはこの国王だって信用していない。
それもそのはず無実の国民アンジェルを王家のメンツの為に罪人に仕立て上げた張本人なのだ。ベランジェと同じ穴の狢だ。

「それで領地ではデモやストが起こり手に負えなくなって王都に逃げてきた、と」
「…いえ、それは…それは…」

会議室が静まり返り、書記官が文字を書く音だけが響いている。
ベランジェが言葉を発するのを皆待っていたが、何か思いついたのかパッと顔を上げてアンジェルの方を見た。

「わ、私ではもはや領地をどうすることもできないと娘にっ…娘夫婦に一時的に託したのです!」

本当にどこまでずうずうしいんだと呆れてしまう。この期に及んで言い訳がそれか。

「勝手に領地に入り運営したとなれば重罪に問われることになりますが私が了承しているので問題ありません!」

(うわ…遠回しに脅してきたな)

裏を返せば「私の話に合わせなければ罪に問うぞ」と言ってるようなもんだ。周りの領主も呆れているのか目を瞑り首を横に振っていた。

「うむ。確かに許可なく侯爵邸に入り税金や人を使ったとなれば罪に問われても仕方あるまい。勝手に裁量などをした場合もだ。これに関してアンジェル嬢…いや、アコスタ夫妻は如何か」

問われたアンジェルが一度小さく息を吐き出し口を開いた。

「領地からセルトン侯爵が逃げ出したと知ったのは夫とギマールに滞在していた時です。私に罪を擦り付けた侯爵に私の生死を知らせることなどありえませんし私が生きていたことを知ったのもつい最近でしょう」
「っ…アンジェル、お前」
「侯爵から託された、というのは全くの嘘です」

アンジェルがはっきり言い切ると国王が頷いた。ベランジェは肩を怒らせてこちらを睨んでいる。

「領民に申し訳ない、その一心で何かできることをと領地に戻ったのです」
「うむ。では勝手に行ったということだな。罪に問われても仕方がないと?」
「覚悟の上です」

(まぁ本当に罪に問われそうになればギマールに駆け込むが)

さすがに国王とてそこまで馬鹿じゃないだろう。

「詭弁だ!娘は夫と我がセルトン領を乗っ取ろうとしているに違いない!」
「…先ほどと言っていることが全く違っていますな」
「う……」

自身の矛盾をダンドリュー伯爵に指摘されベランジェは押し黙った。
国王の問いかけは更に続く。

「しかし実際アンジェル夫人がジラルディエール王室に嫁いでいる以上は他国の干渉や乗っ取りと思われても仕方がない。それにジラルディエールだけではなくギマールの王子も関わっていると聞いたがこれは如何に?」
「私はアンジェルの夫として、セルトン領民の状況に心を痛めた妻の心に寄り添ったまでです。正直言うと他国ペルランの事などどうでもいい」

言い切ったティトに国王の視線が厳しくなった。

「本来なら国が対処しなければならない問題でしょう。例の一件からセルトン家と極力関わりたくなかった王室にも問題があるのでは?」
「…む」
「ギマールのハルム王子は私財を提供した上、人々の相談に乗り、自ら民家の修繕まで買って出て領地の立て直しに尽力してくれたのです。他国の乗っ取りと疑う前にまず感謝するべきでは?」

ティトのストレートな物言いに会議室が不穏なムードに包まれた。領主たちは思うところがあるのか特に表情を変えることはなかったが、国王は明らかに不機嫌な顔をしているし大臣たちは睨んでくる。
そこでずっと黙っていたクレールが挙手した。

「ティト殿の言い分は正しい。この辺りは我々の動きが遅れたせいで他国にまで迷惑を掛けて申し訳なく思う。それと、ジラルディエールやギマールが乗っ取るという考えがないという事は直接二人とやり取りした私が証明する」

クレールの発言には国王も驚いたようで一瞬呆気にとられていたがコホンと小さく咳払いをすると頷いた。

「ともかくアコスタ夫妻によってセルトン領が落ち着いてきているのは紛れもない事実だ。このことに関しては勝手に運営した、または他国の干渉であるとの声が上がろうが罪には問わないと今ここで約束しよう」
「ありがとうございます」

クレールの口添えによって国王からの言質は取れた。これでアンジェルたちが罪に問われることはない。
ただ一人思惑が外れた侯爵だけが悔しそうに震えていた。


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