上 下
106 / 118
後日談

レネの叙爵⑥

しおりを挟む


パーティーの翌日、まだ皆が寝静まっている早朝。

アンジェルは昨夜オデットの話を聞いてからうまく眠ることができず、居間のソファで夜を明かした。

モーリア家で窃盗事件が発覚したのは一家がパーティーで留守にした翌日のことだったという。犯人は留守の間に盗みを働き、翌朝理由をつけて辞めていく、という流れだったそうだ。

昨日この屋敷に居たのはバルニエと子供たちだけだったし、もし窃盗するならまたとないチャンスであっただろう。

(だからもし今日動きがなければリディは窃盗団とは関係ないかもしれない)

まだアンジェルの中には信じたい気持ちがあった。リディはレネが子爵になって初めて雇った使用人なのだ。
これから一緒にセルトン家を盛り上げてほしい、そういう気持ちがあった。

だが、

(ああ…)

アンジェルの耳に慌ただしく廊下を走る音が届いた。その音に、アンジェルの希望は打ち砕かれた事を知る。

「アンジェル様!」
「どうしたのリディ?血相変えて…」

音の主はやはりリディであった。アンジェルの心の温度が急激に下がっていく。

「それが…実家から手紙が届きまして…」

リディは一通の手紙をアンジェルに差し出した。
手紙に書かれていたのは故郷の母の病状が悪化したから戻ってきてほしいという内容だ。

(オデット様の言っていた手口とまったく同じだわ)

窃盗団内で共通のマニュアルでもあるのだろうか、そんなことを考えながら手紙を畳みリディに返す。

「突然になりますがすぐにでも戻るつもりです」
「…そう。心配ね」

リディはすでに出ていく準備をしていた。手にしている鞄の中には何が入っているのだろうか?そんなことを思いながらアンジェルは急いで自室に戻り、今日までの給金に母親の見舞い、旅費の足し…と多めにお金を用意する。
それを渡すとリディは驚いた顔をした。

「そんな!これは貰いすぎです!」
「良いのよ。母に仕えてくれていた頃の話もたくさん聞けて嬉しかったわ」

そう言って微笑むとリディは涙を滲ませた。
これも演技なのだろうか…その真偽はアンジェルにはわからない。だがほんの少しでも罪悪感を抱いてくれたら、と願う。

「また何かあれば連絡してちょうだいね」
「はい…本当にありがとうございました」

最後にアンジェルはリディをぎゅっと抱きしめ、やるせない思いでその目を閉じた――





そしてそれから一時間ほど経った頃。


「ない!」


屋敷にレネの大きな声が響いた。

(やはり盗まれたのね…)

アンジェルはレネが使っている部屋に向かい、声をかけて中に入った。そこにはクレールからもらった木箱を開けて真っ青になっているレネがいる。

「レネ」
「あ、姉さん!懐中時計が、」

「まぁま!」

なくなった、とレネが言い切る前に廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえイサークが高速ハイハイで入ってきた。

「がやがヤ!」
「どうしたのイサーク?」
「ガやがゃ、なぃ!」
「ええ!?イサークも!?」

驚いたレネがイサークを抱き上げ子供部屋に走る。

「二つともなくなってる!」
「なぁぁい!」

いつもはおもちゃ箱にきちんと片付けられている純金のガラガラは二つとも消えていた。
イサークは気に入っているのかよくガラガラで遊んでいるがエミリアは普段見向きもしないのでひとつは常にそこに置かれたままなのだ。そのエミリアの分もすっかりなくなっている。

「いったいどこに…もしかして今流行りの窃盗!?いつそんな…」
「レネ待って」

パニックになったレネが血相を変えて探しに行こうとしたがアンジェルがそれを止める。
騒ぎに気がついたティトとロルダン、バルニエもやってきた。ティトはやっぱりか、と呟きレネの隣にきて落ち着くようにと肩を叩いた。

「大丈夫。あれは偽物だ」
「…え?」
「昨日パーティーに行く前に魔法石で贋作を作ってすり替えといた。本物は俺の執務室の金庫の中だ。魔力で絶対に開かないようになってる」
「え……?なんだ、そうか…良かった」

レネは数秒停止した後、明らかにほっとした様子で体の力を抜いた。
嫌がっていたクレールからの贈り物だがそれなりに大切な物だと認識していたらしい。

「ん?…でも、何でそんなこと?」

レネが疑問に思うのも無理はない。
強盗に遭うかもしれないと予想して準備万端だったのだ。
ティトはそれには答えずレネの肩をもう一度軽く叩くと抱っこされているイサークの顔を覗き込んで笑いかける。

「で、イサーク」
「ぱぁぱ?」
「残念なことにお前たちの盗まれたガラガラは本物だ」
「ぅにゃっ!?」

ガーンとでもいうような表情でイサークがショックを受けている。その顔が面白かったのかティトが吹き出した。

「悪いな、イサーク。証拠がなきゃ捕まえられんからな」
「ぅー、う!」
「おっともう痕跡魔法使えるか」

イサークが目をつぶって手をバタバタさせるとパッと光が飛散した。
おそらく気に入っていたガラガラがなくなったことにご立腹で無意識に魔力を使ったのだろう。まだ弱くはあるが痕跡はしっかり出ている。その光の道は子供部屋ととある一室を結び、さらには屋敷の外に繋がっていた。

「リディの部屋…」
「ロルダン!出ていった使用人を捕まえろ」
「は!」

ティトが指示を出すや否やロルダンが窓から飛び出しその光の道を走り抜けていった。
リディがここを出たのは一時間ほど前。逃げた場所も予想はつくしロルダンの足ならすぐに追い付くはずだ。

レネはまだ理解が追い付いていないようで呆然としている。

「え、犯人はリディってこと…?」
「ええ」

思いもよらない犯人にショックを受けているのだろう、レネは眉を寄せて考え込んでしまった。その顔を心配そうにイサークが見つめている。

「…ごめんなさいね、レネ。考えなしに引き入れた私のせいだわ」
「姉さん…」

あの時、リディの置かれている境遇に同情してしまった。事件はそこから始まっている。
目の前での強盗、それさえ仕組まれたものであるがアンジェルはまんまと引っ掛かったのだ。

「…いつからリディを疑ってたの?」
「ロバナのお屋敷に鳳凰木が植えられたのは義母リゼットが来てからよ」
「っ…!!」

何かを思い出したようにレネが目を見開く。

「…そうだ、サクラだ」
「ええ」

母が亡くなってから庭の木や屋敷内の調度品はすべて変えられた。
母が生前大好きだった…祖父が母が生まれた記念に東の国から取り寄せ植えられたというサクラの木は――

「あれが伐採されて…」
「そう。鳳凰木が植えられた」

春が来れば淡いピンク色で優しく包み込むように咲いていたサクラの木は真っ赤な花で埋め尽くされた。
それは母が生きていたことすらなかったことにされたようで。
あの時幼かったレネは泣きじゃくって庭師に止めろと訴えていた。あまりに辛い出来事だったため記憶から消し去ってしまったのかもしれない。

「おそらく信憑性を高めるために窃盗団はロバナの屋敷も調べたんだろうな。リディはミレイユ夫人が好きだったのがサクラだったか鳳凰木だったかなんて覚えていなかったんじゃないか?」

もしリディが母が好んでいたのはサクラの木だと覚えていれば違和感にも気がつかず信じ込んでいただろう。
もっと取り返しがつかなかったかもしれない。

「とにかくロルダンを追いかけよう」
「そうですね。バルニエさん、子供たちをお願いできますか?」
「待って姉さん」

子供たちをバルニエに任せてアンジェルも共に後を追おうとした。しかしレネがそれを制止する。

「姉さんはここで待ってて」
「レネ…」
「リディはセルトン家の使用人だから僕とバルニエさんとで決着をつけます」

力強くレネが言う。
その目には何か決意を秘めているようでアンジェルは頷いた。

「よし、レネ、バルニエ行くぞ」
「はい!」

レネはアンジェルにイサークを渡すとその小さな頭をひと撫でしてティトについていった。

「にぃい…」
「大丈夫よ」

心配そうに呟くイサークの背をとんとんと撫でる。

「レネお兄ちゃんは強いから大丈夫。それにあなたたちのガラガラも取り返してくれるわ」
「…ぁい」
「さぁまだ早いからお部屋に戻りましょう」

アンジェルにぎゅうっと抱きついてきたイサークの頭にそっと口づける。そして騒ぎにも気がつかず未だぐっすり眠っているだろうエミリアの元に足を向けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜

コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
 王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。 そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜

𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。 だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。 「もっと早く癒せよ! このグズが!」 「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」 「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」 また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、 「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」 「チッ。あの能無しのせいで……」 頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。 もう我慢ならない! 聖女さんは、とうとう怒った。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

【本編完結】伯爵令嬢に転生して命拾いしたけどお嬢様に興味ありません!

ななのん
恋愛
早川梅乃、享年25才。お祭りの日に通り魔に刺されて死亡…したはずだった。死後の世界と思いしや目が覚めたらシルキア伯爵の一人娘、クリスティナに転生!きらきら~もふわふわ~もまったく興味がなく本ばかり読んでいるクリスティナだが幼い頃のお茶会での暴走で王子に気に入られ婚約者候補にされてしまう。つまらない生活ということ以外は伯爵令嬢として不自由ない毎日を送っていたが、シルキア家に養女が来た時からクリスティナの知らぬところで運命が動き出す。気がついた時には退学処分、伯爵家追放、婚約者候補からの除外…―― それでもクリスティナはやっと人生が楽しくなってきた!と前を向いて生きていく。 ※本編完結してます。たまに番外編などを更新してます。

元聖女だった少女は我が道を往く

春の小径
ファンタジー
突然入ってきた王子や取り巻きたちに聖室を荒らされた。 彼らは先代聖女様の棺を蹴り倒し、聖石まで蹴り倒した。 「聖女は必要がない」と言われた新たな聖女になるはずだったわたし。 その言葉は取り返しのつかない事態を招く。 でも、もうわたしには関係ない。 だって神に見捨てられたこの世界に聖女は二度と現れない。 わたしが聖女となることもない。 ─── それは誓約だったから ☆これは聖女物ではありません ☆他社でも公開はじめました

一年後に離婚すると言われてから三年が経ちましたが、まだその気配はありません。

木山楽斗
恋愛
「君とは一年後に離婚するつもりだ」 結婚して早々、私は夫であるマグナスからそんなことを告げられた。 彼曰く、これは親に言われて仕方なくした結婚であり、義理を果たした後は自由な独り身に戻りたいらしい。 身勝手な要求ではあったが、その気持ちが理解できない訳ではなかった。私もまた、親に言われて結婚したからだ。 こうして私は、一年間の期限付きで夫婦生活を送ることになった。 マグナスは紳士的な人物であり、最初に言ってきた要求以外は良き夫であった。故に私は、それなりに楽しい生活を送ることができた。 「もう少し様子を見たいと思っている。流石に一年では両親も納得しそうにない」 一年が経った後、マグナスはそんなことを言ってきた。 それに関しては、私も納得した。彼の言う通り、流石に離婚までが早すぎると思ったからだ。 それから一年後も、マグナスは離婚の話をしなかった。まだ様子を見たいということなのだろう。 夫がいつ離婚を切り出してくるのか、そんなことを思いながら私は日々を過ごしている。今の所、その気配はまったくないのだが。

処理中です...