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後日談
レネの叙爵⑥
しおりを挟むパーティーの翌日、まだ皆が寝静まっている早朝。
アンジェルは昨夜オデットの話を聞いてからうまく眠ることができず、居間のソファで夜を明かした。
モーリア家で窃盗事件が発覚したのは一家がパーティーで留守にした翌日のことだったという。犯人は留守の間に盗みを働き、翌朝理由をつけて辞めていく、という流れだったそうだ。
昨日この屋敷に居たのはバルニエと子供たちだけだったし、もし窃盗するならまたとないチャンスであっただろう。
(だからもし今日動きがなければリディは窃盗団とは関係ないかもしれない)
まだアンジェルの中には信じたい気持ちがあった。リディはレネが子爵になって初めて雇った使用人なのだ。
これから一緒にセルトン家を盛り上げてほしい、そういう気持ちがあった。
だが、
(ああ…)
アンジェルの耳に慌ただしく廊下を走る音が届いた。その音に、アンジェルの希望は打ち砕かれた事を知る。
「アンジェル様!」
「どうしたのリディ?血相変えて…」
音の主はやはりリディであった。アンジェルの心の温度が急激に下がっていく。
「それが…実家から手紙が届きまして…」
リディは一通の手紙をアンジェルに差し出した。
手紙に書かれていたのは故郷の母の病状が悪化したから戻ってきてほしいという内容だ。
(オデット様の言っていた手口とまったく同じだわ)
窃盗団内で共通のマニュアルでもあるのだろうか、そんなことを考えながら手紙を畳みリディに返す。
「突然になりますがすぐにでも戻るつもりです」
「…そう。心配ね」
リディはすでに出ていく準備をしていた。手にしている鞄の中には何が入っているのだろうか?そんなことを思いながらアンジェルは急いで自室に戻り、今日までの給金に母親の見舞い、旅費の足し…と多めにお金を用意する。
それを渡すとリディは驚いた顔をした。
「そんな!これは貰いすぎです!」
「良いのよ。母に仕えてくれていた頃の話もたくさん聞けて嬉しかったわ」
そう言って微笑むとリディは涙を滲ませた。
これも演技なのだろうか…その真偽はアンジェルにはわからない。だがほんの少しでも罪悪感を抱いてくれたら、と願う。
「また何かあれば連絡してちょうだいね」
「はい…本当にありがとうございました」
最後にアンジェルはリディをぎゅっと抱きしめ、やるせない思いでその目を閉じた――
そしてそれから一時間ほど経った頃。
「ない!」
屋敷にレネの大きな声が響いた。
(やはり盗まれたのね…)
アンジェルはレネが使っている部屋に向かい、声をかけて中に入った。そこにはクレールからもらった木箱を開けて真っ青になっているレネがいる。
「レネ」
「あ、姉さん!懐中時計が、」
「まぁま!」
なくなった、とレネが言い切る前に廊下からバタバタと騒がしい音が聞こえイサークが高速ハイハイで入ってきた。
「がやがヤ!」
「どうしたのイサーク?」
「ガやがゃ、なぃ!」
「ええ!?イサークも!?」
驚いたレネがイサークを抱き上げ子供部屋に走る。
「二つともなくなってる!」
「なぁぁい!」
いつもはおもちゃ箱にきちんと片付けられている純金のガラガラは二つとも消えていた。
イサークは気に入っているのかよくガラガラで遊んでいるがエミリアは普段見向きもしないのでひとつは常にそこに置かれたままなのだ。そのエミリアの分もすっかりなくなっている。
「いったいどこに…もしかして今流行りの窃盗!?いつそんな…」
「レネ待って」
パニックになったレネが血相を変えて探しに行こうとしたがアンジェルがそれを止める。
騒ぎに気がついたティトとロルダン、バルニエもやってきた。ティトはやっぱりか、と呟きレネの隣にきて落ち着くようにと肩を叩いた。
「大丈夫。あれは偽物だ」
「…え?」
「昨日パーティーに行く前に魔法石で贋作を作ってすり替えといた。本物は俺の執務室の金庫の中だ。魔力で絶対に開かないようになってる」
「え……?なんだ、そうか…良かった」
レネは数秒停止した後、明らかにほっとした様子で体の力を抜いた。
嫌がっていたクレールからの贈り物だがそれなりに大切な物だと認識していたらしい。
「ん?…でも、何でそんなこと?」
レネが疑問に思うのも無理はない。
強盗に遭うかもしれないと予想して準備万端だったのだ。
ティトはそれには答えずレネの肩をもう一度軽く叩くと抱っこされているイサークの顔を覗き込んで笑いかける。
「で、イサーク」
「ぱぁぱ?」
「残念なことにお前たちの盗まれたガラガラは本物だ」
「ぅにゃっ!?」
ガーンとでもいうような表情でイサークがショックを受けている。その顔が面白かったのかティトが吹き出した。
「悪いな、イサーク。証拠がなきゃ捕まえられんからな」
「ぅー、う!」
「おっともう痕跡魔法使えるか」
イサークが目をつぶって手をバタバタさせるとパッと光が飛散した。
おそらく気に入っていたガラガラがなくなったことにご立腹で無意識に魔力を使ったのだろう。まだ弱くはあるが痕跡はしっかり出ている。その光の道は子供部屋ととある一室を結び、さらには屋敷の外に繋がっていた。
「リディの部屋…」
「ロルダン!出ていった使用人を捕まえろ」
「は!」
ティトが指示を出すや否やロルダンが窓から飛び出しその光の道を走り抜けていった。
リディがここを出たのは一時間ほど前。逃げた場所も予想はつくしロルダンの足ならすぐに追い付くはずだ。
レネはまだ理解が追い付いていないようで呆然としている。
「え、犯人はリディってこと…?」
「ええ」
思いもよらない犯人にショックを受けているのだろう、レネは眉を寄せて考え込んでしまった。その顔を心配そうにイサークが見つめている。
「…ごめんなさいね、レネ。考えなしに引き入れた私のせいだわ」
「姉さん…」
あの時、リディの置かれている境遇に同情してしまった。事件はそこから始まっている。
目の前での強盗、それさえ仕組まれたものであるがアンジェルはまんまと引っ掛かったのだ。
「…いつからリディを疑ってたの?」
「ロバナのお屋敷に鳳凰木が植えられたのは義母が来てからよ」
「っ…!!」
何かを思い出したようにレネが目を見開く。
「…そうだ、サクラだ」
「ええ」
母が亡くなってから庭の木や屋敷内の調度品はすべて変えられた。
母が生前大好きだった…祖父が母が生まれた記念に東の国から取り寄せ植えられたというサクラの木は――
「あれが伐採されて…」
「そう。鳳凰木が植えられた」
春が来れば淡いピンク色で優しく包み込むように咲いていたサクラの木は真っ赤な花で埋め尽くされた。
それは母が生きていたことすらなかったことにされたようで。
あの時幼かったレネは泣きじゃくって庭師に止めろと訴えていた。あまりに辛い出来事だったため記憶から消し去ってしまったのかもしれない。
「おそらく信憑性を高めるために窃盗団は今のロバナの屋敷も調べたんだろうな。リディはミレイユ夫人が好きだったのがサクラだったか鳳凰木だったかなんて覚えていなかったんじゃないか?」
もしリディが母が好んでいたのはサクラの木だと覚えていれば違和感にも気がつかず信じ込んでいただろう。
もっと取り返しがつかなかったかもしれない。
「とにかくロルダンを追いかけよう」
「そうですね。バルニエさん、子供たちをお願いできますか?」
「待って姉さん」
子供たちをバルニエに任せてアンジェルも共に後を追おうとした。しかしレネがそれを制止する。
「姉さんはここで待ってて」
「レネ…」
「リディはセルトン家の使用人だから僕とバルニエさんとで決着をつけます」
力強くレネが言う。
その目には何か決意を秘めているようでアンジェルは頷いた。
「よし、レネ、バルニエ行くぞ」
「はい!」
レネはアンジェルにイサークを渡すとその小さな頭をひと撫でしてティトについていった。
「にぃい…」
「大丈夫よ」
心配そうに呟くイサークの背をとんとんと撫でる。
「レネお兄ちゃんは強いから大丈夫。それにあなたたちのガラガラも取り返してくれるわ」
「…ぁい」
「さぁまだ早いからお部屋に戻りましょう」
アンジェルにぎゅうっと抱きついてきたイサークの頭にそっと口づける。そして騒ぎにも気がつかず未だぐっすり眠っているだろうエミリアの元に足を向けた。
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