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後日談
レネの叙爵②
しおりを挟むその夜、ジラルディエールのお屋敷ではささやかながらレネの祝宴が開かれていた。
ティトやロルダン、ハルムにミルシェ、バルニエなど親しいものだけで祝う宴だ。
ルシアナやアドルフィト、叔母一家などは今回こちらに来られなかったのでまた日を改めてお祝いしてくれるという。皆がレネの叙爵を祝ってくれて本当にありがたい。
「じゃーん、俺からの贈り物は純金で作ったペンだ!なんとダイヤモンドも埋め込まれている!」
「あ、ありがとうございます」
「……また無駄に豪華だな」
ハルムが嬉々として贈ってくれたその金ピカに輝くペンにレネは恐る恐る手を伸ばしている。これをインクにつけるには相当の覚悟がいりそうだ。
「おっとヒヨコたちにもあるぞ。何と最高級のホワイトフォックスの毛皮で作ったくまのぬいぐるみだ!」
「あ、ばぁば」
「ばぁばだ!」
「……それはジラルディエールに持って帰ったら王妃に殺されるからこの屋敷に置いとこう」
ハルムに渡されたぬいぐるみを触っている双子たちはその白い毛並みからエステル王妃を想像したらしい。
確かに材料が白キツネと知ったら激怒するだろう。
「こぇ、なぁ~に?」
「ん?ああ、これは…」
レネの膝によじ登ったイサークが目の前にある木箱を指さす。レネは苦笑しながらその木箱をおもむろに開けた。
「ほう、懐中時計だな」
クレールがくれた贈り物、それは懐中時計だった。文字盤には控え目だが宝石、初代セルトン侯爵にちなんだアレキサンドライトが埋め込まれている。小さくともとても高価なものだろう。
「おお。あいつセンスだけは良いな」
「とても素敵ですね」
ハルムやミルシェが口々にその懐中時計を褒める。それをレネは少し苦々しい表情で聞いていた。
結局「お祝いに水を差しては悪いから」とクレールは贈り物だけ渡して帰っていった。わかってるなら来るなとハルムにははっきり言われていたが、どうしてもこれだけは渡したかったのだという。
「レネ」
「うん…わかってるんだけど…」
レネは一介の貴族でクレールは次期国王だ。本来ならどんな事情があろうと足蹴にはできない存在だ。
「まぁ表面上だけでも良好な関係を築いていた方が得策ではあるが…無理はしなくていいぞ」
「そうですね。その贈り物はひとまず頂いておいてレネが使っても良いと思える日が来たらそうすればいいわ。もちろんずっと使わなくてもそれはそれ」
「重荷に思わなくてもいいからな」
「…うん。わかった」
ティトとアンジェルのアドバイスに少しホッとしたのかようやくレネに笑顔が見えた。
「にぃーい、みてー」
「お、可愛いね」
「こぇよんでー」
「どれどれ…」
ハルムやミルシェ、クレールがくれたおもちゃや絵本をレネに見せてはかまってほしいとせがんでいる双子たち。
場を明るくしてくれる子供たちを中心に、その夜は遅くまで和やかに宴を楽しんだ。
***
「しかし本当に良かったですね!昨日はとても感動しました」
「ええ。色々とありがとうございます」
翌日、アンジェルとバルニエは諸用で役場に向かっていた。ティトとロルダンは仕事、レネは双子たちの子守りをしてくれている。
レネが爵位を賜るにあたって諸々の手続きなどが必要なため、セルトン家の秘書であり領主代理のバルニエも王都に来ていた。
先代の頃からセルトン領を誠心誠意支えてきてくれただけに今回のレネの叙爵は感慨深いものがあるのだろう、バルニエはずっと興奮気味だ。
「トロンカではレネ様の叙爵に大盛り上がりですよ」
「そうなんですか」
「はい!町をあげてお祝いをするんだと皆張り切っています!」
あの時皆で立て直しに行ったセルトン領の南部、トロンカ。あの時交流した町の皆がレネが爵位を賜り戻ってくることを心待ちにしているのだという。
これからはあの場所がセルトン領の中心になる。小さい領地ではあるが皆が幸せな暮らしができるように奮闘していかねばならない。
「目下の問題は王都の侯爵邸でしょうかね」
「そうですね…。維持費がどうしてもかかりますから」
ここからはその屋敷は見えないがアンジェルはチラリとその方向を見た。
セルトン家別邸はベランジェ一家が出ていってからずっとそのままになっている。
「そういえば、少し耳にしたのですが近頃王都では強盗が横行しているそうですね」
「ええ。何でも複数人で巧妙な手口を使うのだとか」
「はぁ…国王陛下のお膝元でそんなことが起こるなんて」
国王の求心力が低下しているんでしょうか、とバルニエがポツリと呟く。誰かに聞かれるとまずいからアンジェルも小さく頷くだけだ。
「王都の治安が悪いなんて、」
「え、」
声を潜めて話していたその時、後方から大きな悲鳴と共に「返して!」と女性が叫ぶ声が聞こえ何事かと二人して振り返る。
そしてその直後、大柄な男がアンジェルたちの真横を素早く通り抜けていった。後ろには転んでいる女性。この構図はもしかしなくも、
「強盗!?」
「あ、待て!!」
女性の鞄をひったくっていった男の後をバルニエが追いかける。
アンジェルは突き飛ばされて座り込んでいる女性の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「あ…、」
「ひどい傷だわ」
転んだときに擦りむいたのか女性の腕からは血が流れていた。アンジェルはハンカチを取り出しその怪我に巻いていく。
「すみません…ハンカチが」
「そんなこと良いんですよ。他に痛むところはありませんか?」
「いえ、でも…鞄が…」
女性は真っ青な顔をして震えている。落ち着くように背中を撫でバルニエが戻ってくるのを待つ。
(こんな日中から堂々と犯行が起こるなんて…)
いったい王都の警備はどうなっているんだと考えている時バルニエが息を切らしながら戻ってきた。
その手に鞄がないことから逃げられたのだとわかる。
「はぁ…はぁ…申し訳ない…逃げられてしまいました…」
「大丈夫ですか?バルニエさん」
「一緒にいたのが私でなければ…」
バルニエは頭を使うのは得意だがどうやら体を動かす方はからっきしダメなようだ。
追いかけたものの犯人は既に足取りがわからなくなっていたらしい。
「おーい、これアンタのだろう?」
「あ…!」
「そこの隅に捨てられてたよ」
遠巻きに一部始終を見ていたらしい中年の女性が鞄を拾って持ってきてくれた。強盗にあった女性が急いで鞄の中を確認する。金目の物はやはり取られてしまったらしい。
「ひとまず警備兵に伝えましょう」
「あ…いえ、どうせ大した物が入っていたわけでもないので…身分証が取り返せただけでも十分です」
そうは言っても金目のものが盗られたとなれば食べることもできまい。
アンジェルは迷うことなく女性に手を差し伸べた。
「ケガもしていることだしとりあえず私たちと一緒に行きましょう」
「え…でも、ご迷惑では…」
「大丈夫ですよ」
そう言って微笑むと女性は目を潤ませた。その手を取って一緒に立ち上がる。
「あの、私はリディと申します」
「リディさんですね。私はアンジェル・アコスタと申します。こちらはバルニエさんです」
アンジェルが名を名乗るとリディは何かに気がついたように顔をじっと見てきた。
「…アンジェル…?もしかしてアンジェルお嬢様ですか?セルトン家の…」
「もしかしてセルトン家に仕えていてくれていたのかしら?」
「はい!ロバナのお屋敷で、ミレイユ奥様に!」
「まぁ…」
思いがけない場所で母のことを知る人と会うことができアンジェルはとても驚いた。
そしてこれも何かの縁かもしれない…と心が温かくなったのだった。
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