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後日談

ハルム王子の恋騒動⑧

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「今日は一人で大変だったろ。疲れたんじゃないのか?」
「私は大丈夫ですが子供たちには少し酷だったかもしれません」

なかなか眠らない子供たちをやっとのことで寝かしつけた後、今日ジャスミン宮であったことをティトに報告していた。
普段あまり大泣きしたりしない子供たちであるから初めての場所でも大丈夫だと過信しすぎたかもしれない。

「それにしてもハルム様があまりに上手にあやすので驚いてしまいました」
「いやいや。ハルムのおかげで泣き止んだんじゃなくて俺はエミリアがわざと泣いたんじゃないかと思ってる。で、イサークはそれに合わせた」
「ええ?」

まだ生まれて半年ちょっとの乳児にそんなことが可能なのだろうか。首を傾げているとティトがクスリと笑う。

「二人とも魔力があるからな。魔力があると普通の子供よりは成長が早いはずだ」
「そういえば…エステル王妃もそう言っていましたね」

何か足りないものは無意識に魔力で補っているのだろう。これが普通だと思っていたのだがジラルディエールの人にとっては魔力のあるなしで成長が違うというのは当たり前の認識なのかもしれない。

「まぁそれはそうと今日ハルムにくっついて会議に出たんだがちょっとよろしくないことが判明した」
「よろしくないこと、ですか?」

ああ、とティトが頷きポケットから魔法石を取り出した。

「これ見るか?」
「あ、それは…」

ティトが手にしている魔法石。それは近頃ジラルディエールで盛んに研究されている映像を記録することができる石だ。

「もしかしてどこかに潜入したのですか?」
「当たり。試作品だから所々声が聞こえにくいが…」

魔力を持たない人間でも使えるようになれば完成なのだがまだそこまでは至っていない。ティトが魔法石を手の平に乗せて壁に向けるとうっすらと壁に映像が流れる。

「これは誰でしょう?」
「ハルトマン侯爵とその家門の者だ」
「あ、メリッサ嬢の?」
「そうそう」

ティトと共に映像を眺める。場所はどこかの執務室だろうか、男たちが数人何やら深刻そうな顔で話し合っていた。

「鉱山の開発に失敗すると…ってこれは」
「ちょっと気になるだろ?」

ティトが意味ありげにニヤリと笑う。

「一応ファースに報告したからあとは何とかするだろ」
「そうですか…」
「本当はハルムの一言で済む話なんだがな」

はぁ、とティトがため息を吐く。
もしこの問題が解決したらミルシェ王女の日常も穏やかなものになるかもしれない。
ハルムやファースが早期にこの問題を解決してくれることを願ってアンジェルも頷いた。



***


 放課後、校内裏庭のベンチに一人腰掛けミルシェは大きなため息を吐いた。

(どうしてこうなるのかしら…)

学校内での居心地の悪さは相変わらずだが、アンジェル一家と交流し始めたことでずっと会えなかったハルムとも顔を合わせるようになりミルシェは少し安心していた。
双子たちのおかげでだんだんハルムとも話ができるようになり、なんと近頃は二人だけでお茶を飲むまでになっている。
まだお互い口数は少なくぎこちないがこの調子で少しづつ距離を縮めていけばこの婚約も上手くいくかもしれない…そう思っていた矢先、校内では嫌な噂が流れ出した。

(これじゃあアンジェル様にも会いに行けないわ…)

その噂とはミルシェがアンジェルやその一家を利用してハルムと仲良くなろうとしているという悪意のあるものだ。
確かにきっかけにはなったがミルシェにそんな下心があったわけではない。一挙手一投足が悪い解釈をされてしまうことにミルシェは心を重くしていた。

孤独を感じていたミルシェを温かく迎えてくれたアンジェル一家。
妙な噂に巻き込まれては迷惑になるだろうとミルシェは一家の専用邸にも行かなくなってしまった。

(はぁ…寮に戻ろう)

こうしてぼんやりしていても仕方がないとベンチから立ち上がろうとした時だった。

「…ん?」
「いう、ぇ。あ~」
「え…えっ!?ええ!?」

何か妙な声が聞こえたと思い辺りを見回すと生垣の下からエミリアがにゅ、と顔を出した。

「エミリア様!?」
「あぃ」
「何でこんなところに!?」

ミルシェは慌ててエミリアを抱き上げ体に付いた葉っぱや土を払う。這ってやってきたのだろう、お腹の辺りも汚れていた。

「おてては大丈夫かな?怪我してないかしら…」

柔らかく小さな手の平を広げ傷がないか確認する。怪我などはなさそうだが汚れているためハンカチで優しく拭いてあげるとありがとうとでも言っているのかきゅうっと抱き着いてきた。

(やっぱり可愛い…)

その仕草ひとつでここ数日落ち込んでいた心が一気に癒されていく。

「あぃ~、よ~」
「?」

エミリアが一生懸命何か音を発しているのだが何を伝えたいのかはわからない。わからないがただただ可愛い、とミルシェも笑顔になる。

「あ、だけどこうしてはいられないわね!エミリア様がいなくなって大騒ぎになっているはずよ」
「う?」
「ママのところに戻りましょうね」
「あぃ」

声を掛けるとニコッと笑う。何か事故や事件に巻き込まれる前にこうして会えて良かったとミルシェも胸を撫で下ろす。

しかし、

「あ、あ~」
「え?そうねきれいなお花ね」




「ぁぁっ!に~」
「あら、猫ちゃんね。可愛いわね」

エミリアが色々な物に興味を示し、その度にミルシェも立ち止まってしまうのでなかなかカナリー宮までたどり着けない。

(きっと探しているわよね)

多少エミリアの興味を無視してでもとにかく早く戻らなくては、と思っているとバタバタと数人が慌ただしく走る足音が聞こえてきた。

「いたぞ!こっちだ!」
「……え?」

振り返れば警備兵が数人こちらに向かってきている。その姿に不安を覚え、ミルシェはエミリアをぎゅっと抱きしめた。

(嫌な予感がする…)

そしてその予感通り、またひとつミルシェの心に影を落とす事件が起こるのだった。


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