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後日談

ハルム王子の恋騒動②

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 ギマール王都、宮殿に程近い場所にある王立学校。ここはギマール王国内はもちろんのこと近隣諸国からも貴族令息令嬢が多く集まる有名校だ。

国の富を象徴するような広大な敷地、校舎や施設なども最新でとても豪華な建築物ばかり。そしてギマールのお国柄を表しているような自由な校風に学生たちも生き生きと学校生活を送っている、そんな場所だ。

しかし自分にはどこまでも不釣り合いな場所だ…モルスクの第三王女であるミルシェはそう感じている。
ギマールに留学してきてからひと月。慣れるどころか段々と重くなる心を抱えながらミルシェは一人帰路についてた。

「あ、ミルシェ様!」
「!」

後ろから声をかけられミルシェはビクリと肩を震わせる。振り返ってみるとメリッサ・ハルトマン侯爵令嬢が屈託のない笑みを浮かべながら走り寄ってきた。

「これからサロンに行ってみんなでお茶を飲むのですがミルシェ様もご一緒しませんか?」
「あ…」

メリッサは王立学校に留学することになった時、ギマールの第三王女レナーテに紹介された令嬢だ。レナーテやハルムの幼馴染だという彼女が一人留学してきたミルシェの力になってくれるからぜひ頼って下さい、との申し出だった。
他国での心細い留学。はじめは友達ができるとミルシェも喜んでいたのだが。

「…いえ、今日は少し体調が優れなくて」
「…そうですか。また今度お付き合いくださいね」
「…はい」

残念そうにメリッサが眉を下げる。ほんの少し罪悪感が湧くがどうにもミルシェにはギマールの令嬢たちと談笑する自信がなかった。その理由は。

(あ、やっぱり今日も…)

やり取りの一部始終を見ていたメリッサの周囲にいた令嬢たちがじろっと睨むようにこちらを見てくる。ミルシェはそれを目にした瞬間ぺこりと頭を下げて逃げるようにその場から立ち去った。


『せっかくメリッサ様が声を掛けてくださっているのに何なのかしらあの態度』

『どうして名も知らないような小国の王女が』

『他国まで乗り込んでくるなんて何て図々しいのかしら』

『メリッサ様の方がよほどハルム殿下のお相手に相応しいわ』


メリッサの周囲にいる令嬢たちが聞こえるか聞こえないかの音量で陰口を叩く。このひと月、こんなことが幾度となく繰り返されていた。
メリッサに直接何かを言われたわけでもされたわけでもないが、人気者のメリッサを支持する令息令嬢の自身への悪口…ミルシェにはそれが耐えられなかった。

(だったらメリッサ様がハルム王子と結婚すればいいじゃない…)

ハルム王子の婚約者にしてくださいなんて頼んだわけでもない。
ギマールの王立学校に希望して留学したわけでもない。

(どうして私がこんな風に言われなきゃならないの?)

ミルシェはやり切れない思いで寮までの道のりを急いだ。





自室にたどり着き、部屋の扉を静かに閉めると大きなため息を吐く。窓際にあるベッドに腰掛けそのままポスンと横になり、どうしてこんなことになってしまったのかと考えた。


二年ほど前のある日、突然国王である父親に呼び出されハルム王子との縁談を告げられた。しかも驚いたことにギマールからの申し出だという。

モルスクは地理的には大国に囲まれており常に危険にさらされている。どこかの後ろ盾がないとすぐにでも他国に飲み込まれかねないほどの国力しかない。
ハルムとの婚姻が成ればモルスクにとっては強国を後ろ盾に得、プラスになるから皆がこの縁談を喜んだ。
逆にギマールにとっては何一つ利点などないであろう。ギマール国王がどうしてこの婚姻を勧めるのかさっぱりわからなかったが、是非にと言われた縁談なのでミルシェも前向きに考えようと承諾したのだ。

そして迎えたお見合いの日、ミルシェもそれなりに胸を弾ませていた。
少しでも綺麗に見せたくてこの日のために精一杯努力した。メイドたちに手伝ってもらい一番自分に似合う、一番好きなドレスを選んで身なりを整える。

(少しでも良い印象を残せたらいいな…)

そんな思いでお見合いの席に臨んだ。

(わ、ぁ…)

その場に現れたハルム王子は――カナリアイエローの輝く髪に洗練された装い、そして何より瞳がとても美しい。
一瞬見惚れてしまい慌てて挨拶をすると、ミルシェの頭のてっぺんから足の爪先までチラリと見たハルム王子の口から最初に出たのは…


「何だ古くさいドレスだな」


だったのだ。そのひと言で膨らんでいた大きな期待が一気につぶされた。

モルスクは裕福な国ではないからギマールの王子にしてみたらとてつもなく地味だったのかもしれないがあまりにもショックなひと言。
それが大きな傷となり、その後にもガンガン出てくるモルスクを貶めるような発言にミルシェの心は折れてしまい、ダメだと思いつつ涙をこぼしてしまったのだ。
ミルシェとて王室の一員として処世術は学んできている。だが、是非にと言われた見合いの席でこんなに口悪いことを言われるとは想像だにしなかった。

(きっとハルム王子には好きな人がいるんだわ)

だからこの縁談に乗り気じゃなかった…ミルシェはそう結論付けた。

すぐにでも断りの返事があると思っていたのだがそれもなくあっという間に二年の月日が経つ。話が流れたのかと思いしや、今回突然ギマール王室から留学してきてはどうかと打診がきた。
ギマール国王夫妻もレナーテ王女もとても友好的だ。だが肝心のハルムはといえばミルシェがひと月ギマールに滞在していても一度も顔を見せることはない。
嫌われているのになぜ呼ばれたのだろうか?もはやミルシェの中には混乱しかなかった。

それならそれでしっかりと勉学に励み、友人を作ろうと思っていたのだが『政略結婚に必死になっている小国の王女』…そう噂され近寄ってくる学生は皆無だ。

「はぁ…」

自国で教養を身につけ、親が決めた相手と結婚し一生をモルスクで過ごす…それで十分だったのに何の因果か大国ギマールの王子との縁談があがってしまった。
決まればモルスクにとってこの上ない婚姻であるためもちろんその間新たに縁談などあるはずもなく。

「帰りたい…」

静かな部屋にポツリと響いた自分の弱々しい声。口に出してしまえば一気に虚しくなりじわりと涙が滲んだ。

(…泣いたって仕方がないわ)

慌てて涙を拭い、落ち着くように胸に手を当て深い呼吸をする。
きっとハルム王子はミルシェとの婚約を望んでいない。だから向こうから断られたらその時は潔く国に戻れば良いのだ。

(もう少しの辛抱よ…)

そう言い聞かせて、ミルシェは固く目を閉じたのだった。


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