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全面対決編

いま手の中にある幸せ

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 役場の近くには東屋がある。ここは時折村の人が集まって世間話などをする憩いの場なのだそう。
アンジェルはその東屋の椅子に座り村の様子を眺めていた。家屋の修繕工事や畑の整備などをする人々の表情は明るい。まだまだ先は長いが少しでも安心を与えることができたなら嬉しいと思う。

ちらりと役場の方を見た。
アンジェルの心情を考え、クレールの支援内容の細かい打ち合わせはティトとハルムがしてくれている。今トロンカの村役場の会議室には三国の王子が揃っているという何とも不思議な状況だ。

「姉さん」
「あ……レネ。休憩に来たの?」
「どうしてアイツの援助を受け入れたの?」

レネは機嫌が悪いのを隠そうともせず仏頂面でアンジェルの隣にストンと腰掛けた。
レネのクレールへの敵意はアンジェル以上に強い。以前ジラルの塔の前で会ったときに暴言を吐いたそうだが、その思いはまだ変わっていないようだ。

「許すみたいで納得いかない」
「そうね。私だって同じ気持ちだわ」
「だったら…」

アンジェルとてクレールがしたことを許すことなんて絶対にできない。
浮気に婚約破棄、ここまではどこでも起こり得ることだから許容範囲だ。しかし何の非もないアンジェルに罪を被せたことはどんな理由があろうとも許すことなど到底できない。生け贄というあまりにも重い処罰、それで命を落とすところだったのだ。

…だがその先にはティトとの出会いがある。そこを考えると恨みだけではない思いが湧いてしまう。もしティトに逢えてなかったら…そちらの方が怖い。
おそらくあのままクレールの婚約者であったならこんなに大きな幸せを感じることなどなかっただろう。

「考えてみたらクレール殿下は返済なしで私財をたくさん出すでしょうし、無償で兵も貸してくれるのよ。とってもお得だわ」
「……姉さん…たくましくなったね」
「私ももう王太子妃だからしっかりしなくちゃね」

こうして強くいられるのは皆がいてくれるからだ。一人だったらきっと何もできなかった。
不服そうなレネの手をポンポンと叩いて笑顔を見せる。するとパタパタとかわいい足音が近づいてきた。

「あんじぇるたまー、あとびまちょっ」
「ふふ…可愛い」

ニコルやマルクと一緒に村の子供達がやってきた。舌っ足らずで一生懸命話しかけてくる子供にキュンとする。

「何をして遊ぼうかしら?」
「お花のかんむり教えて!」
「あっちにかわいいお花がたくさん咲いてるんだよ!」

両手を子供達に握られて立ち上がる。
つれていかれた先にはレンゲソウがたくさん咲いていた。中心の白から先端に向かって濃くなるピンク色のグラデーションが美しく、とても愛らしい。

「はい、アンジェル様!」
「ありがとう」

ニコルとマルクがレンゲソウをたくさん摘んで来てくれた。それを使って花かんむりを作っていくと手元を覗き込んでくる子供達。皆で一緒になって花かんむりを作った。

レンゲソウの花言葉は“あなたといれば苦痛が和らぐ”……どんなときもティトがそばにいてくれるから穏やかな気持ちでいられる。そんなことを思い目を閉じていると膝の上に子供がちょん、と両手を置いた。

「あんじぇるたま!わたちのママのおなかにはおとーとがいるんだよ!」
「あら、じゃあお姉さんになるのね。嬉しいわね」
「うん!」

そっと頭を撫でると女の子は本当に嬉しそうに笑い、アンジェルのお腹にきゅっと抱きついた。

「あんじぇるたまのあかちゃんはおとこのことおんなのこだねぇ」
「……え」

一瞬何を言われているのかわからなかった。女の子はアンジェルのお腹を何度かさするとへへ、と笑って他の子供達の方に走っていった。アンジェルは未だポカンとしている。

(ひょっとして……)

アンジェルは自身のお腹に手を当てた。
小さな子供は時に予言めいたことを言うことがある。

――もしかして、もしかするかもしれない。


***


「では兵とは別に私財の提供も?」
「ああ。それもさせてほしい」

クレールが示した支援は相当なものであった。兵を始めとする人材の派遣に莫大な支援金。セルトン領が落ち着くまでは手助けしたいとの申し出だった。
アンジェルに対する強い負い目がそうさせるのであろうが、これほどの規模の支援をポンと出せるのはさすがに一国の王太子だ。ジラルディエールとは比べ物にならない国力に悔しさを感じ、心の中でため息を吐く。

「あ、そうだ。一つ調べてほしいことがある」
「調べてほしいこと?」

ああ、とティトが頷く。
ティトはトランクの中から一冊の分厚い本を取り出しクレールに差し出した。

「これはセルトン領史なんだが…この部分。更にはこの部分」
「ああ」
「だがここには―――、」

一通り説明するとクレールは深く頷いた。

「わかった。城に戻り次第調べよう」
「ああ、助かる」

ティトが疑問に思った箇所、それは王室の助けがないと調べられないことだった。
忍び込むしかないと思っていただけにとてもありがたい。

「んじゃこれで終了だな」
「ああ。ハルムありがとう」
「ん~」

話し合いが終わりハルムが大きく伸びをした。ずけずけ突っ込んでくるハルムとティトの言葉も冷静に受け止め、きちんと回答できるクレールは思ったより愚鈍ではなさそうだ。
古今東西女性が絡んで国が傾いたという話はよくあるが、本当に色恋というのは人を狂わせるものがあることを理解した。

「アンジェルは、あんな風に笑うんだな…」
「ん…?」

クレールが窓の外をじっと見ながら呟いた。その視線をティトも追う。
クレールがまぶしそうに見つめるその先、そこにはアンジェルが子供達と遊んでいる光景があった。レンゲソウで花かんむりを作って、頭に飾り飾られ…可愛らしい戯れだ。時々に心に沸き上がる不快感もその笑顔ひとつで溶かされていく。

「ハッ。今更だな」
「……本当に……今更だ」

クレールが自嘲しながらポツリと呟く。

(コイツへの最大の復讐は、アンジェルを目一杯幸せにすることだ…)

自身が逃したものの大きさをこの先ずっと後悔すればいい――アンジェルの可憐な笑顔を眺めながら、ティトはそう思った。


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