上 下
72 / 118
全面対決編

箸にも棒にもかからない

しおりを挟む

一方、アンジェルがセルトン領で奮闘していることすら知らないベランジェ一家はというと――


「ヴィオレット!!」
「なぁに?お父様」
「どうして縁談を断ったんだ!?」

ペルラン王都のセルトン侯爵家別邸の応接室にベランジェの悲痛な叫びが響き渡る。
しかし怒鳴られた本人は平然とした顔で母親のリゼットと今朝方届いた銀細工の髪飾りを手にとって見ているだけだ。

「だって顔が好みでなかったんですもの」
「相手は大手ワイン製造会社の子息だぞ!?顔なんてどうでもいいだろう!」
「良くないわよ!私と並んで相応しい男性じゃなきゃ嫌よ!」
「そうね、ヴィオレットはこんなに美しいんですもの。どんなにお金があっても貴女と並ぶ夫の顔がイマイチでは話にならないわ」
「~~っ!」

ようやく見つかった縁談を母娘に台無しにされベランジェは力なくソファに座り込んだ。
ヴィオレットと結婚すれば爵位と領地が手に入る、そんな野心が見え見えではあったが領地を立て直す莫大な資金を出してくれるのであれば今のセルトン一家には願ってもないことだった。

「そういえばギマールの王子様はなかなか美しかったわ。カナリアイエローの髪で顔立ちも端正で…あれくらいの顔面レベルは欲しいわね」
「……」

そのギマールでまったく誰にも相手にされなかったではないか、とベランジェは奥歯を噛み締めた。

「それに今にして思えばあのパーティーで私を貶めたあの男ももしかして私を他の男に取られないように意地悪を言ったんじゃないかと思うの」
「…ペルランでの我が家の所業を暴露した男がか?」
「きっともうすぐ迎えに来てくれるはずよ!とても見目麗しい方だったのよ!」

ヴィオレットがギマールから戻ってきた時聞いた話では、王女の生誕パーティーでセルトン侯爵家の所業を暴露されて以来誰にも相手にされなくなったはずだ。
それから一年以上経っているのにそんな男が迎えに来るはずがない。あり得ない夢物語に盛り上がっている母娘を見てベランジェは内心ため息を吐いた。

(こんなときアンジェルがいれば…)

アンジェルならば文句も言わずこちらの言うことに大人しく従っただろう。そう考えると勿体ない駒を無くしたと思う。
すでにセルトン一家の中ではアンジェルが塔の生け贄になったから助かったという事実などないものになっていた。これではアンジェルの命がいくつあっても足りない。

(仕方ない…また相手を探すしかないな)

あきらめて小さくため息を吐くと扉がノックされ別邸専属の執事が入ってきた。

「旦那様、領地に偵察に行かせていた者が戻って参りました」
「そうか。報告してくれ」

そう答えると密偵の男が応接室に入ってきて領地で調査したことを話し始めた。

「旦那様が領地を出た後は使用人たちもいなくなり屋敷は空っぽだったようです」
「は、薄情なヤツらめ」

どの口が言うか、というような視線を一瞬向けられたがベランジェは気がつかない。
男はさらに報告を続けた。

「……。それと噂通りアンジェルお嬢様は生きておられて夫であるジラルディエールの王太子殿下と共に侯爵邸に入り、領地の改善に努めていらっしゃいます」
「………何だと?」
「ですから今領地ではアンジェルお嬢様夫妻が指揮を執っておられます」
「!!」

男は今領地で行われている政策を淡々と述べた。税金の免除や食糧の配布に貧困家庭への支援等々。
信じられない出来事にセルトン一家は呆気にとられていたが、いち早くヴィオレットが我に返った。

「どうしてあの女が生きていて私より先に結婚しているのよ!!しかも王太子妃ですって!?どうしてよ!?」
「ヴィオレット、落ち着いて。どうせ大したことない国の王太子よ」

逆上したヴィオレットをリゼットが宥めるが気が収まらずガン、と銀細工を壁に投げつけた。

「私のドレスもきっと好き勝手着られているわ!お父様、ドレスと靴を使用人に取りに行かせて!あの女に私の物を盗られるなんて絶対にイヤよ!!」
「ヴィオレットが可哀想だわ!旦那様、何とかしてください」

ヴィオレットとリゼットが懇願するがベランジェは俯いたまま黙っている。
しばらくそうしていたがベランジェは口に手を当てて震えだした。その場にいた者は怒りに震えているのだと信じて疑わなかったのだが――

「フ、フフフフ…やはりアンジェルは私のだ!」

ベランジェは漏れ出る笑いを抑えきれず、ついには勝ち誇ったように笑いだした。
アンジェルが領地を立て直したのならそれに越したことはない。ベランジェではどうあっても無理だったのだ。
セルトン領が正常化するまでこのままアンジェルを使い、その後は勝手に領地運営に手を出したなどと訴え罪を着せれば良いだけの話だ。そして勝手に使った金も、入るはずだった税収もアンジェルに賠償させればいい。

(アレは本当に役に立つ娘だ!)

「それから、」
「ああ、もう下がって良いぞ。アンジェルにはこのまま好きにさせておけ」
「……承知いたしました」
「おい、ワインとつまみを持ってきてくれ。最高級の物だ!」

続けて報告をしようとした男の言葉を遮ると執事にワインを所望する。

「ヴィオレット、リゼット!心配ないぞ。領地はアンジェルが何とかするからここでドレスでも宝石でも好きに買えば良い!」

その言葉に途端に表情が明るくなる母娘。
執事と男の軽蔑の視線に気がつかないまま――セルトン一家はこの日上機嫌に騒ぎ続けたのであった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

【短編】復讐すればいいのに〜婚約破棄のその後のお話〜

真辺わ人
恋愛
平民の女性との間に真実の愛を見つけた王太子は、公爵令嬢に婚約破棄を告げる。 しかし、公爵家と国王の不興を買い、彼は廃太子とされてしまった。 これはその後の彼(元王太子)と彼女(平民少女)のお話です。 数年後に彼女が語る真実とは……? 前中後編の三部構成です。 ❇︎ざまぁはありません。 ❇︎設定は緩いですので、頭のネジを緩めながらお読みください。

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

ある王国の王室の物語

朝山みどり
恋愛
平和が続くある王国の一室で婚約者破棄を宣言された少女がいた。カップを持ったまま下を向いて無言の彼女を国王夫妻、侯爵夫妻、王太子、異母妹がじっと見つめた。 顔をあげた彼女はカップを皿に置くと、レモンパイに手を伸ばすと皿に取った。 それから 「承知しました」とだけ言った。 ゆっくりレモンパイを食べるとお茶のおかわりを注ぐように侍女に合図をした。 それからバウンドケーキに手を伸ばした。 カクヨムで公開したものに手を入れたものです。

拝啓 お顔もお名前も存じ上げない婚約者様

オケラ
恋愛
15歳のユアは上流貴族のお嬢様。自然とたわむれるのが大好きな女の子で、毎日山で植物を愛でている。しかし、こうして自由に過ごせるのもあと半年だけ。16歳になると正式に結婚することが決まっている。彼女には生まれた時から婚約者がいるが、まだ一度も会ったことがない。名前も知らないのは幼き日の彼女のわがままが原因で……。半年後に結婚を控える中、彼女は山の中でとある殿方と出会い……。

悪役断罪?そもそも何かしましたか?

SHIN
恋愛
明日から王城に最終王妃教育のために登城する、懇談会パーティーに参加中の私の目の前では多人数の男性に囲まれてちやほやされている少女がいた。 男性はたしか婚約者がいたり妻がいたりするのだけど、良いのかしら。 あら、あそこに居ますのは第二王子では、ないですか。 えっ、婚約破棄?別に構いませんが、怒られますよ。 勘違い王子と企み少女に巻き込まれたある少女の話し。

不遇な王妃は国王の愛を望まない

ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨ 〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。 ※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

処理中です...