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全面対決編
箸にも棒にもかからない
しおりを挟む一方、アンジェルがセルトン領で奮闘していることすら知らないベランジェ一家はというと――
「ヴィオレット!!」
「なぁに?お父様」
「どうして縁談を断ったんだ!?」
ペルラン王都のセルトン侯爵家別邸の応接室にベランジェの悲痛な叫びが響き渡る。
しかし怒鳴られた本人は平然とした顔で母親のリゼットと今朝方届いた銀細工の髪飾りを手にとって見ているだけだ。
「だって顔が好みでなかったんですもの」
「相手は大手ワイン製造会社の子息だぞ!?顔なんてどうでもいいだろう!」
「良くないわよ!私と並んで相応しい男性じゃなきゃ嫌よ!」
「そうね、ヴィオレットはこんなに美しいんですもの。どんなにお金があっても貴女と並ぶ夫の顔がイマイチでは話にならないわ」
「~~っ!」
ようやく見つかった縁談を母娘に台無しにされベランジェは力なくソファに座り込んだ。
ヴィオレットと結婚すれば爵位と領地が手に入る、そんな野心が見え見えではあったが領地を立て直す莫大な資金を出してくれるのであれば今のセルトン一家には願ってもないことだった。
「そういえばギマールの王子様はなかなか美しかったわ。カナリアイエローの髪で顔立ちも端正で…あれくらいの顔面レベルは欲しいわね」
「……」
そのギマールでまったく誰にも相手にされなかったではないか、とベランジェは奥歯を噛み締めた。
「それに今にして思えばあのパーティーで私を貶めたあの男ももしかして私を他の男に取られないように意地悪を言ったんじゃないかと思うの」
「…ペルランでの我が家の所業を暴露した男がか?」
「きっともうすぐ迎えに来てくれるはずよ!とても見目麗しい方だったのよ!」
ヴィオレットがギマールから戻ってきた時聞いた話では、王女の生誕パーティーでセルトン侯爵家の所業を暴露されて以来誰にも相手にされなくなったはずだ。
それから一年以上経っているのにそんな男が迎えに来るはずがない。あり得ない夢物語に盛り上がっている母娘を見てベランジェは内心ため息を吐いた。
(こんなときアンジェルがいれば…)
アンジェルならば文句も言わずこちらの言うことに大人しく従っただろう。そう考えると勿体ない駒を無くしたと思う。
すでにセルトン一家の中ではアンジェルが塔の生け贄になったから助かったという事実などないものになっていた。これではアンジェルの命がいくつあっても足りない。
(仕方ない…また相手を探すしかないな)
あきらめて小さくため息を吐くと扉がノックされ別邸専属の執事が入ってきた。
「旦那様、領地に偵察に行かせていた者が戻って参りました」
「そうか。報告してくれ」
そう答えると密偵の男が応接室に入ってきて領地で調査したことを話し始めた。
「旦那様が領地を出た後は使用人たちもいなくなり屋敷は空っぽだったようです」
「は、薄情なヤツらめ」
どの口が言うか、というような視線を一瞬向けられたがベランジェは気がつかない。
男はさらに報告を続けた。
「……。それと噂通りアンジェルお嬢様は生きておられて夫であるジラルディエールの王太子殿下と共に侯爵邸に入り、領地の改善に努めていらっしゃいます」
「………何だと?」
「ですから今領地ではアンジェルお嬢様夫妻が指揮を執っておられます」
「!!」
男は今領地で行われている政策を淡々と述べた。税金の免除や食糧の配布に貧困家庭への支援等々。
信じられない出来事にセルトン一家は呆気にとられていたが、いち早くヴィオレットが我に返った。
「どうしてあの女が生きていて私より先に結婚しているのよ!!しかも王太子妃ですって!?どうしてよ!?」
「ヴィオレット、落ち着いて。どうせ大したことない国の王太子よ」
逆上したヴィオレットをリゼットが宥めるが気が収まらずガン、と銀細工を壁に投げつけた。
「私のドレスもきっと好き勝手着られているわ!お父様、ドレスと靴を使用人に取りに行かせて!あの女に私の物を盗られるなんて絶対にイヤよ!!」
「ヴィオレットが可哀想だわ!旦那様、何とかしてください」
ヴィオレットとリゼットが懇願するがベランジェは俯いたまま黙っている。
しばらくそうしていたがベランジェは口に手を当てて震えだした。その場にいた者は怒りに震えているのだと信じて疑わなかったのだが――
「フ、フフフフ…やはりアンジェルは私の娘だ!」
ベランジェは漏れ出る笑いを抑えきれず、ついには勝ち誇ったように笑いだした。
アンジェルが領地を立て直したのならそれに越したことはない。ベランジェではどうあっても無理だったのだ。
セルトン領が正常化するまでこのままアンジェルを使い、その後は勝手に領地運営に手を出したなどと訴え罪を着せれば良いだけの話だ。そして勝手に使った金も、入るはずだった税収もアンジェルに賠償させればいい。
(アレは本当に役に立つ娘だ!)
「それから、」
「ああ、もう下がって良いぞ。アンジェルにはこのまま好きにさせておけ」
「……承知いたしました」
「おい、ワインとつまみを持ってきてくれ。最高級の物だ!」
続けて報告をしようとした男の言葉を遮ると執事にワインを所望する。
「ヴィオレット、リゼット!心配ないぞ。領地はアンジェルが何とかするからここでドレスでも宝石でも好きに買えば良い!」
その言葉に途端に表情が明るくなる母娘。
執事と男の軽蔑の視線に気がつかないまま――セルトン一家はこの日上機嫌に騒ぎ続けたのであった。
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