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全面対決編
今できることを③
しおりを挟む門前にいるバルニエは何をするでもなく、ただただ立ち尽くしている。その視線は屋敷に向けられたまま変わらない。
「(何してんだ?)」
「(うーん…あ、門蹴った!)」
『(……もしかして泣いてませんか?)』
バルニエは突然金属の門扉を蹴った。痛いのか、それとも別の理由なのか泣いているように見える。
「(どうしましょうか?)」
『(バルニエさんは秘書ですし領地の現状は把握しているでしょうね。話を聞けると良いのですが…)』
「(…そうだな)」
アンジェルの言葉にティトが頷く。ここまで来たということは何か特別な思いがあるのだろう。バルニエと話ができたら領地内の詳しい状況を教えてもらえるかもしれない。
「(ロルダン)」
「(は)」
「(眠らせて拉致ってきて)」
いささか強引なやり方だが致し方がない。ティトの指示を受けたロルダンは軽く頷いて門に向かったのだった。
***
「(はっ!ここは!?)」
応接室のソファで眠っていたバルニエががばっと起き上がった。ロルダンが魔力で眠らせて連れてきてからは自然に起きるまで寝かせておいたのだ。
「(あ、起きた。おーい夫人、秘書起きたぞ)」
「(夫人は今、ロルダン様と厨房に茶葉を探しに行かれてますよ)」
起きると目の前には三人の男。バルニエは明らかにぎょっとしている。
「(あ、あなた方は誰ですか!?もしや窃盗団!?)」
バルニエはじりじりと後退り距離を取ろうとしている。彼にも姿と声消しの魔法を施し、首から魔法石をかけておいて良かったとティトは心底思った。
今の段階でバルニエが騒いで潜入していることが外部に漏れるとまずい。
「(窃盗団とは失礼な。門前で倒れたあなたを私どもが助けたのですよ?)」
「(え、倒れた!?私が!?)」
ええ、覚えていませんか?などとファースが悪びれることなくしれっと嘘を述べている。真顔で言われなんとなくそうなのだろうと納得したのかバルニエは申し訳ないと頭を下げた。…少し心苦しい。
「(しかしあなた方はいったい…)」
助けてもらったとはいえバルニエから見たら不審者には変わりない。怪訝な顔でじっと見つめられ口を開こうとしたとき、応接室の扉が開き子猫の姿を解いたアンジェルが姿を見せた。
「(あ、バルニエさん起きたんですね)」
「(え……)」
アンジェルを目にしたバルニエが大きく目を見開く。
「(あ、アンジェル様!?)」
「(はい、お久しぶりです)」
「(あ、ああ……っ!)」
バルニエはソファから急いで下りるとその場でひれ伏した。
「(え、ええ!?バルニエさん!?)」
「(まさか、本当に戻ってきてくださるとはっ…!ありがとうございます!)」
「(やめてください!)」
床に額を擦り付けているバルニエをアンジェルが止めようとすると、それに気がついたロルダンが無理矢理上体を起こさせた。
額を打ち付けたのか真っ赤になっている。見た目とは違って直情型か?と後ろでファースが呟いたのが聞こえた。
「(ここに来たからといって私が何かできるという保証はありません)」
アンジェルがそう言うと少し落胆した顔を見せたが気を取り直してティトの方に目を向けた。
「(アンジェル様と共にいらっしゃるということはこちらの方が…)」
「(はい、こちらが私の夫であるジラルディエールの王太子ティト・アコスタ殿下です)」
「(! やはり、噂は本当で…)」
「(…今は経緯などは詳しく言えませんが確かに結婚して夫婦となっています)」
そう言ってアンジェルが微笑むとバルニエは何度も小さく頷き涙ぐんでいる。
「(そしてこちらがギマール王国の第二王子ハルム・デ・フラーフ殿下です)」
「(!!)」
「(ハルム様はティト様と旧知の仲で今回同行して下さり、…バルニエさん?)」
ものすごい面子が集まっていることに緊張が高まったのかバルニエの顔色が一気に青くなり震え出した。本当に感情豊かだ。
「(国賓レベルの俺たちを窃盗団扱いとかまずいよな~)」
「(もっ、申し訳ありません!!)」
「(馬鹿ハルム。話が進まんだろうが)」
ハルムの意地悪い言葉で再度ひれ伏したバルニエにティトはため息を溢したのだった。
少し休憩しようとアンジェルが淹れてくれた紅茶を飲みながら領地の状態を軽く聞き出す。
「(バルニエさんはいつ辞められたのですか?)」
「(ひと月程前です。侯爵は何も対処しようとせずとにかく派手に散財するばかりで嫌気が差して…。部下に聞きましたが私が辞めてからは次々に辞めていってあっという間に役所も機能しなくなってしまいました)」
このままでは立ち行かなくなると進言した人も少なくはなかったが、侯爵にとって耳が痛いことを言う者はすべて追い出されたらしい。
「(少し苦しめば良い、そんな風に考えて私も辞めたのですが…まさか侯爵がこんなに早く逃げ出すとは思いもせず…それが悔しくて気がつけば今日ここに来てしまいました)」
ロルダンが追跡させた部下の報告では侯爵一家は既に王都に辿り着き、別邸で何事もなかったかのように羽を伸ばしているらしい。苦しむ間もなく保身に走り、結局辛い思いをしているのは部下や使用人たちだ。
「(バルニエから見てどうだ?セルトン領地は何とかなりそうか?)」
「(南部の凶作は少しずつ持ち直していますから今年の収穫は多くはないものの落ち着いてくると思っています)」
ということは物価の高騰は少しずつ収まっていくと考えられる。それが解決すれば少しは良くなってくるだろう。
「(問題は領民が高額となってしまった税金を払えないこと、そして税収が減っていることで借金の返済が滞っていることです)」
「(借金?)」
アンジェルがクレールの婚約者だった頃に手を貸してくれていた貴族たちが、その時に貸した金を返せと返済を迫ってきているらしい。その時は無償と言っていたのに旨味がないとわかれば切り捨てる、まさに手の平返しだ。
そんな多額の借金もヴィオレットが良家の婿を迎えれば何とかなると踏んでいた辺りが浅ましい。
「(今の侯爵にはまったく信用がありませんから領民は税金の支払いを拒否し、借金の返済も待ってもらえない状態です)」
「(詰んでるな)」
「(はい、その通りです。とにかくベランジェ様ではもうこの領地は治められない、私はそう思っています)」
代々受け継いできた歴史あるセルトン家が領地を手離さなければいけない時はもう目前に迫っている。
(アンジェルは…ツラそうだな)
隣に座るアンジェルを見ると神妙な顔でスカートを握りしめていた。キツく握りしめた手を解いてやると我に返ったアンジェルがティトの方を見て小さく微笑む。
「(とにかく小さくとも何か領民のためにできることを考えよう)」
そう告げるとアンジェルもバルニエも頷く。何もやらないよりはマシだろうと、ティトもまた自分に言い聞かせたのだった。
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