【本編完結】無実の罪で塔の上に棲む魔物の生け贄になりました

ななのん

文字の大きさ
上 下
68 / 118
全面対決編

今できることを③

しおりを挟む

 門前にいるバルニエは何をするでもなく、ただただ立ち尽くしている。その視線は屋敷に向けられたまま変わらない。

「(何してんだ?)」
「(うーん…あ、門蹴った!)」
『(……もしかして泣いてませんか?)』

バルニエは突然金属の門扉を蹴った。痛いのか、それとも別の理由なのか泣いているように見える。

「(どうしましょうか?)」
『(バルニエさんは秘書ですし領地の現状は把握しているでしょうね。話を聞けると良いのですが…)』
「(…そうだな)」

アンジェルの言葉にティトが頷く。ここまで来たということは何か特別な思いがあるのだろう。バルニエと話ができたら領地内の詳しい状況を教えてもらえるかもしれない。

「(ロルダン)」
「(は)」
「(眠らせて拉致ってきて)」

いささか強引なやり方だが致し方がない。ティトの指示を受けたロルダンは軽く頷いて門に向かったのだった。


***


「(はっ!ここは!?)」

応接室のソファで眠っていたバルニエががばっと起き上がった。ロルダンが魔力で眠らせて連れてきてからは自然に起きるまで寝かせておいたのだ。

「(あ、起きた。おーい夫人、秘書起きたぞ)」
「(夫人は今、ロルダン様と厨房に茶葉を探しに行かれてますよ)」

起きると目の前には三人の男。バルニエは明らかにぎょっとしている。

「(あ、あなた方は誰ですか!?もしや窃盗団!?)」

バルニエはじりじりと後退り距離を取ろうとしている。彼にも姿と声消しの魔法を施し、首から魔法石をかけておいて良かったとティトは心底思った。
今の段階でバルニエが騒いで潜入していることが外部に漏れるとまずい。

「(窃盗団とは失礼な。門前で倒れたあなたを私どもが助けたのですよ?)」
「(え、倒れた!?私が!?)」

ええ、覚えていませんか?などとファースが悪びれることなくしれっと嘘を述べている。真顔で言われなんとなくそうなのだろうと納得したのかバルニエは申し訳ないと頭を下げた。…少し心苦しい。

「(しかしあなた方はいったい…)」

助けてもらったとはいえバルニエから見たら不審者には変わりない。怪訝な顔でじっと見つめられ口を開こうとしたとき、応接室の扉が開き子猫の姿を解いたアンジェルが姿を見せた。

「(あ、バルニエさん起きたんですね)」
「(え……)」

アンジェルを目にしたバルニエが大きく目を見開く。

「(あ、アンジェル様!?)」
「(はい、お久しぶりです)」
「(あ、ああ……っ!)」

バルニエはソファから急いで下りるとその場でひれ伏した。

「(え、ええ!?バルニエさん!?)」
「(まさか、本当に戻ってきてくださるとはっ…!ありがとうございます!)」
「(やめてください!)」

床に額を擦り付けているバルニエをアンジェルが止めようとすると、それに気がついたロルダンが無理矢理上体を起こさせた。
額を打ち付けたのか真っ赤になっている。見た目とは違って直情型か?と後ろでファースが呟いたのが聞こえた。

「(ここに来たからといって私が何かできるという保証はありません)」

アンジェルがそう言うと少し落胆した顔を見せたが気を取り直してティトの方に目を向けた。

「(アンジェル様と共にいらっしゃるということはこちらの方が…)」
「(はい、こちらが私の夫であるジラルディエールの王太子ティト・アコスタ殿下です)」
「(! やはり、噂は本当で…)」
「(…今は経緯などは詳しく言えませんが確かに結婚して夫婦となっています)」

そう言ってアンジェルが微笑むとバルニエは何度も小さく頷き涙ぐんでいる。

「(そしてこちらがギマール王国の第二王子ハルム・デ・フラーフ殿下です)」
「(!!)」
「(ハルム様はティト様と旧知の仲で今回同行して下さり、…バルニエさん?)」

ものすごい面子が集まっていることに緊張が高まったのかバルニエの顔色が一気に青くなり震え出した。本当に感情豊かだ。

「(国賓レベルの俺たちを窃盗団扱いとかまずいよな~)」
「(もっ、申し訳ありません!!)」
「(馬鹿ハルム。話が進まんだろうが)」

ハルムの意地悪い言葉で再度ひれ伏したバルニエにティトはため息を溢したのだった。





少し休憩しようとアンジェルが淹れてくれた紅茶を飲みながら領地の状態を軽く聞き出す。

「(バルニエさんはいつ辞められたのですか?)」
「(ひと月程前です。侯爵は何も対処しようとせずとにかく派手に散財するばかりで嫌気が差して…。部下に聞きましたが私が辞めてからは次々に辞めていってあっという間に役所も機能しなくなってしまいました)」

このままでは立ち行かなくなると進言した人も少なくはなかったが、侯爵にとって耳が痛いことを言う者はすべて追い出されたらしい。

「(少し苦しめば良い、そんな風に考えて私も辞めたのですが…まさか侯爵がこんなに早く逃げ出すとは思いもせず…それが悔しくて気がつけば今日ここに来てしまいました)」

ロルダンが追跡させた部下の報告では侯爵一家は既に王都に辿り着き、別邸で何事もなかったかのように羽を伸ばしているらしい。苦しむ間もなく保身に走り、結局辛い思いをしているのは部下や使用人たちだ。

「(バルニエから見てどうだ?セルトン領地は何とかなりそうか?)」
「(南部の凶作は少しずつ持ち直していますから今年の収穫は多くはないものの落ち着いてくると思っています)」

ということは物価の高騰は少しずつ収まっていくと考えられる。それが解決すれば少しは良くなってくるだろう。

「(問題は領民が高額となってしまった税金を払えないこと、そして税収が減っていることで借金の返済が滞っていることです)」
「(借金?)」

アンジェルがクレールの婚約者だった頃に手を貸してくれていた貴族たちが、その時に貸した金を返せと返済を迫ってきているらしい。その時は無償と言っていたのに旨味がないとわかれば切り捨てる、まさに手の平返しだ。
そんな多額の借金もヴィオレットが良家の婿を迎えれば何とかなると踏んでいた辺りが浅ましい。

「(今の侯爵にはまったく信用がありませんから領民は税金の支払いを拒否し、借金の返済も待ってもらえない状態です)」
「(詰んでるな)」
「(はい、その通りです。とにかくベランジェ様ではもうこの領地は治められない、私はそう思っています)」

代々受け継いできた歴史あるセルトン家が領地を手離さなければいけない時はもう目前に迫っている。

(アンジェルは…ツラそうだな)

隣に座るアンジェルを見ると神妙な顔でスカートを握りしめていた。キツく握りしめた手を解いてやると我に返ったアンジェルがティトの方を見て小さく微笑む。

「(とにかく小さくとも何か領民のためにできることを考えよう)」

そう告げるとアンジェルもバルニエも頷く。何もやらないよりはマシだろうと、ティトもまた自分に言い聞かせたのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。

当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。 しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。 最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。 それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。 婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。 だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。 これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。

処理中です...