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全面対決編
ペルラン王城へ
しおりを挟む「あーっ!アンジェル様、起きてて大丈夫なの!?」
侯爵邸の廊下を歩いていると後ろから大きな声で呼ばれ振り返るとルシアナが走ってきた。
「今日は気分も悪くないし大丈夫よ」
「でも本は重いから僕が運ぶ!」
たった一冊の本を取り上げたルシアナに苦笑する。
今のところつわりなどもないので体調は普段通りなのだが、妊娠を告げたあの日から皆過保護になってしまった。
「どこに行くの?僕もついていく」
「書庫に行く途中なの」
足元に気を付けてね!ここは段があるよ!と事あるごとに声をかけてくれるルシアナを微笑ましく思っていると後ろからもうひとつ大きな声が聞こえてきた。
「姉さん!寝てなくて良いの!?」
「ふふ」
会う人、会う人アンジェルの体を気遣ってくれることに思わず笑ってしまう。少々過剰な気もするがそれだけ大切に思ってくれているのだろう。
彼らの優しさを当たり前だと思わずありがたく受け入れようと思う。多くの人に愛されて生まれてくる命にアンジェルも感謝でいっぱいだ。
「お腹はいつ大きくなってくるのかな?」
「そうね。明日にでもお医者様に聞いてみるわ」
「うん!楽しみだね!」
レネとルシアナに両側をガードされ廊下を歩いていると執事のエマールが少し慌てたようにやって来た。
「アンジェル様」
「はい?」
「たった今、王室より使いが参りました」
「! すぐに行きます」
ほのぼのとしていた空気が一気に引き締まった。いよいよ決着の時が近づいている。
アンジェルは小さく頷き、応接室に足を向けた。
***
「体調はどうだ?」
「もう…大丈夫ですよ」
王城に向かう馬車の中でティトがそう尋ねるとアンジェルは苦笑した。
ルシアナやレネの過保護っぷりもなかなかだが輪を掛けて酷いのはティトであった。
「さっき聞いてからまだ五分も経っていません」
「いや、そうかもしれんが…ほら緊張すると胎児に影響があるかもしれないだろ?」
「辛くなったらすぐに伝えますから」
今日は王城でセルトン領に関する査問会議が行われる。
それに先立ち王都のジラルディエールの屋敷に滞在しているのだが、セルトン領から移動してきた時屋敷内を見てアンジェルは大変驚いた。
ベッドがよりふかふかなものに変えられていたり、疲れたらすぐに座れるようにと至るところに椅子が置いてあったり。
何より驚いたのはすでに子供部屋が出来ていたことだ。指示したのはティトだろうがさすがに気が早すぎる…と思ったのだが、ギマールでもすでにハルムが子供部屋を作っているらしい。こうなればジラルディエール王城も例外ではないだろう。
「緊張はしていますが、心配はしていませんよ。ティト様が一緒にいますから」
「…ん。そうだな」
王城に行くのはあの儀式の時以来だ。
あの時はすべて一人で受けたが今は一人ではない。ティトも我が子もついている。
アンジェルはまだ出ていないお腹にそっと手を当てた。
「可愛い赤ちゃんたち、今日はパパとママを見守っていてね」
「~~パパとママ!何て良い響きなんだっ!」
「ふふ…もう」
こうして他愛もない会話をしている内に王城のエントランスに到着した。
今回の査問会議に呼ばれたのはセルトン領に関係するベランジェ・セルトンにアコスタ夫妻はもちろんのこと、ダンドリュー伯爵をはじめとする近隣領主が四名、王室関係者を除くと合計七名だ。
会議室に入ると円卓にはすでに四名の近隣領主が着座していた。彼らに挨拶し着座してほどなくすると前方の扉が開きクレールが入ってきた。
これは皆意外だったようでダンドリュー伯爵がアンジェルをちらりと見たが笑顔で小さく頷くと何かを察してくれたようだ。
「アンジェル、大丈夫か?」
「はい」
クレールを目にしたことで嫌な気持ちになったのではないかと心配してくれたのだろう、ティトが小さな声で尋ねてきたが笑顔で頷く。正直言うと…
(クレール殿下が来たあの日はそれどころじゃなくなったから…)
あの幼い子供の予言によってもしかして子供が!?と思った瞬間からそれ以外のことは考えられなくなっていた。お陰であれこれ思い悩むこともなく済んだし、ものすごくタイミングの良い我が子たちに感謝だ。
次いでバン、と大きな音を立てて扉が開き男が入ってきた。…ベランジェだ。
久しぶりに見る父親は以前と何ら変わらない体型で顔つきだけが更に鋭くなった気がする。
ベランジェは会議室にいる面子を睨み付けるように一瞥した。これまで移民の事などで何度も揉めているだけに近隣領主の視線も冷ややかだ。
ベランジェはクレールがいたことに一瞬戸惑ったようだが挨拶もせずサッと自分の席に座った。そして座るや否やアンジェルとティトをじとっと見据えてくる。
「何だアイツキモいな」
「厚顔無恥という言葉はあの人のためにある気がしますね」
「言えてる」
散々周りに迷惑をかけているくせにあの横柄な態度はいったい何なのかと思う。
こそこそと話していると隣のダンドリュー伯爵には聞こえたのかクスクス笑っていた。何を言うでもなくジーッと見てくる父親に気味悪さしか感じない。
(動揺させる作戦かしら…)
そう思い不快感を抱いているとテーブルの下でそっと手を繋がれた。落ち着くようにと気遣ってくれたのだろうとティトを見るが、そんな感じではなくなぜかうっとりと見つめられている。
「どうかしましたか?」
「いや、言い忘れたがそのドレス似合ってるなと思って」
「それはもちろん…マダム・カンデラ渾身の一着ですから」
「はは、違いない」
今日のドレスもエステル王妃がマダム・カンデラに依頼して作ってくれたドレスだ。会議の場などで気後れしないように、雰囲気に呑まれないように、侮られないように…色んな思いを込めて作ってくれたのだろう。とても知的に見えるマラカイトグリーンの上品なドレスだ。
「確かに夫人に良くお似合いだ」
「あ…ありがとうございます」
話を聞いていたダンドリュー伯爵からも誉められた。この場に似つかわしくない会話だが査問会議前に場が和む。聞こえたかどうかはわからないがクレールも小さく微笑んでいた。
ベランジェだけがわざとらしく舌打ちしたが誰も相手にするものはいない。
そうこうしているうちに開始時間となり、最前方の扉から使用人が入ってきた。
「これより国王陛下がご入場されます!」
そのひと言で全員が立ち上がる。
(いよいよ、始まる…)
セルトン領に関する査問会議――
否応なしに高まってくる緊張感にアンジェルは一度目を閉じ小さく息を吐くと、真っ直ぐ前を見据えたのだった。
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