70 / 118
全面対決編
一歩踏み出す意義
しおりを挟むその日役所の前には人だかりができていた。大きな掲示板が設置され、そこに貼られている告知を人々は食い入るように読んでいる。
「…税金の、免除?」
「…小麦の配布?」
人々の視線の先にはこのような文が書かれていた。
*これより半年間の税金を免除
また滞納分も免除
*セルトン侯爵邸備蓄(小麦等)の無料配布
*生活困窮者への支援
*失業者への仕事の斡旋
……等々。
「どういうことだ?」
「本当なのか?何か企んでいるんじゃ…」
突然の方向転換に戸惑う声。
それもそのはず、今まで散々改善を訴えてきたのに何もしてくれなかった侯爵家が突然民衆に寄り添った政策を打ち出したのだ。
何か裏があるのではないかと疑うのは当然のことだ。
「皆さん、おはようございます!」
その時、ざわめく人々の戸惑いを打ち消すかのようにバン、と大きな音をたてて役所の扉が開きバルニエを筆頭に数人の役人が姿を見せた。
「突然の方針に驚きのことかと思いますが、これらは皆アンジェル様ご夫妻の指揮のもとに行われる政策です!」
「アンジェル様…?まさか…」
「生きていたアンジェル様がこの地を案じ戻ってきてくださったのです!」
バルニエが笑顔で言い切ると其処此処でおお、と歓声があがった。
「質問、相談のある方は役所にて対応いたします。また小麦の配布は侯爵邸で行います。そちらの方でも困り事があればお聞きしますので何なりとお申し出ください!」
それならば、と役所に一人二人と入っていき、人々の戸惑っていた表情がだんだん明るいものになっていく。
「アンジェル様が戻ってきたらしい」「何か政策を打ち出してくれたらしい」…そういった前向きな噂は瞬く間に広がっていく。
何もかも諦めかけていたセルトン領民の心に光が灯った瞬間だった。
***
「そろそろ皆知ってる頃だな」
「そうですね…」
一方、侯爵邸で皆の来訪を待っていたアンジェルは緊張でガチガチになっていた。それに気がついたティトが背中を優しく撫でてくれる。
「悪い知らせじゃないから大丈夫だ。今頃皆喜んでると思うぞ」
「はい…」
まず一番のメインは半年間税金を免除することだ。領地に納めるお金を自分たちのために使って生活を立て直してほしい。
バルニエが声をかけて戻ってきてくれた役人が数人いるから、税金や支援に関することの業務は彼らが対応してくれることになっている。
「しかしまぁ備蓄の量は半端なかったな。おかげで助かったが」
「そうですね。いったいいつまで籠城するつもりだったのでしょうか…」
ティトの言うように食糧庫の備蓄はとんでもなかった。おそらく南部が被害にあった時に買い占めたのだろう。
通常はそれを領民に配給する、もしくは低価格で提供し市場を安定させるのが当たり前なのに自分たちのためだけに買い漁り、そのせいで小麦が暴騰してしまった。
この有り余る小麦などは今日明日食べることさえ精一杯だという苦しい所に回していくつもりだ。
そしてこういった配給などの業務に当たってくれるのはセルトン侯爵家執事長のエマールをはじめとする使用人たちだ。
「しかしまさか投獄されていたのが執事長とは思わなかったな」
「生きていてくれて本当に良かったです」
敷地内で使用人たちとテキパキ準備をしている初老の男性を見る。数日獄舎の中で水さえ口にしていなかったエマールはかなり弱っていたがロルダンの治癒魔法のおかげもあり元気を取り戻した。
彼が声をかけてくれ使用人たちも何人か戻ってきてくれている。
「とんでもないことするよなぁ」
「本当に恥じ入るばかりです…」
エマールは処分覚悟でこのままではいけないとベランジェに忠告したのだが反逆者とみなされ投獄されてしまったらしい。
今まで世話になってきたはずの執事にどうしたらそんな所業ができるのか理解に苦しむ。
戻ってきてくれた役人や使用人には執務室に残っていたお金とティトの私財で給料を出す。それになんとハルムも私財を貸してくれるという。大国の王子様だけあってその額は莫大だった。
「皆が頑張って生活を立て直す間に財政を立て直さなければなりませんね」
「そこが要だな」
これからアンジェルがしなければならないのは移民問題で迷惑を掛けている近隣領主に頭を下げて回ること。
それと何とかして収入を得、借金の返済と領民へ還元していくことだ。決して簡単なことではない。
「まぁいずれにせよ、やってみることが大事だ」
そう言って微笑んだティトに頷く。今日セルトン領は大きな一歩を踏み出したのだ。
「お、来たな」
にわかに侯爵邸付近が騒がしくなってきた。告知を見た人々がすぐそこまでやって来ている。
「アンジェル様ー!!」
遠くから手を降ってくれる人々。中には泣いて生存を喜んでくれている人もいる。
訪れた人々に侯爵家を代表して謝罪し、大したことはできないかもしれないが皆に寄り添っていくこと…そういったことを語りかけた。
そして――
「皆さんに協力していただきたいことがあります」
そうアンジェルが切り出すと後ろに控えていたロルダンが紙の束とたくさんのペンが入った箱を持って前に出てきた。
「国王陛下に提出する署名をお願いしたいのです」
「署名?それは、いったい何の…」
首を傾げる人々。
アンジェルは一度目を閉じてスッと大きく息を吸った。
「ベランジェ・セルトンの爵位剥奪を要請する署名です!」
賽は投げられた。
もう引き返すことはできない。
今まで散々煮え湯を飲まされてきた。アンジェルを実子だと思いもしない父親への情は今日を限りに一切捨てる。
(今度はもう負けない…!)
その覚悟を持ってアンジェルは自身の名前を署名簿の一番最初に書いたのだった。
11
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説


この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始

二度目の婚約者には、もう何も期待しません!……そう思っていたのに、待っていたのは年下領主からの溺愛でした。
当麻月菜
恋愛
フェルベラ・ウィステリアは12歳の時に親が決めた婚約者ロジャードに相応しい女性になるため、これまで必死に努力を重ねてきた。
しかし婚約者であるロジャードはあっさり妹に心変わりした。
最後に人間性を疑うような捨て台詞を吐かれたフェルベラは、プツンと何かが切れてロジャードを回し蹴りしをかまして、6年という長い婚約期間に終止符を打った。
それから三ヶ月後。島流し扱いでフェルベラは岩山ばかりの僻地ルグ領の領主の元に嫁ぐ。愛人として。
婚約者に心変わりをされ、若い身空で愛人になるなんて不幸だと泣き崩れるかと思いきや、フェルベラの心は穏やかだった。
だって二度目の婚約者には、もう何も期待していないから。全然平気。
これからの人生は好きにさせてもらおう。そう決めてルグ領の領主に出会った瞬間、期待は良い意味で裏切られた。


ご要望通り幸せになりますね!
風見ゆうみ
恋愛
ロトス国の公爵令嬢である、レイア・プラウにはマシュー・ロマウ公爵令息という婚約者がいた。
従姉妹である第一王女のセレン様は他国の王太子であるディル殿下の元に嫁ぐ事になっていたけれど、ディル殿下は噂では仮面で顔を隠さないといけないほど醜い顔の上に訳ありの生い立ちの為、セレン様は私からマシュー様を奪い取り、私をディル殿下のところへ嫁がせようとする。
「僕はセレン様を幸せにする。君はディル殿下と幸せに」
「レイア、私はマシュー様と幸せになるから、あなたもディル殿下と幸せになってね」
マシュー様の腕の中で微笑むセレン様を見て心に決めた。
ええ、そうさせていただきます。
ご要望通りに、ディル殿下と幸せになってみせますね!
ところでセレン様…、ディル殿下って、実はあなたが一目惚れした方と同一人物ってわかっておられますか?
※7/11日完結予定です。
※史実とは関係なく、設定もゆるく、ご都合主義です。
※独特の世界観です。
※中世〜近世ヨーロッパ風で貴族制度はありますが、法律、武器、食べ物など、その他諸々は現代風です。話を進めるにあたり、都合の良い世界観や話の流れとなっていますのでご了承ください。
※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる