【本編完結】無実の罪で塔の上に棲む魔物の生け贄になりました

ななのん

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全面対決編

一歩踏み出す意義

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 その日役所の前には人だかりができていた。大きな掲示板が設置され、そこに貼られている告知を人々は食い入るように読んでいる。

「…税金の、免除?」
「…小麦の配布?」

人々の視線の先にはこのような文が書かれていた。


*これより半年間の税金を免除
 また滞納分も免除
*セルトン侯爵邸備蓄(小麦等)の無料配布
*生活困窮者への支援
*失業者への仕事の斡旋

……等々。


「どういうことだ?」
「本当なのか?何か企んでいるんじゃ…」

突然の方向転換に戸惑う声。
それもそのはず、今まで散々改善を訴えてきたのに何もしてくれなかった侯爵家が突然民衆に寄り添った政策を打ち出したのだ。
何か裏があるのではないかと疑うのは当然のことだ。

「皆さん、おはようございます!」

その時、ざわめく人々の戸惑いを打ち消すかのようにバン、と大きな音をたてて役所の扉が開きバルニエを筆頭に数人の役人が姿を見せた。

「突然の方針に驚きのことかと思いますが、これらは皆アンジェル様ご夫妻の指揮のもとに行われる政策です!」
「アンジェル様…?まさか…」
「生きていたアンジェル様がこの地を案じ戻ってきてくださったのです!」

バルニエが笑顔で言い切ると其処此処でおお、と歓声があがった。

「質問、相談のある方は役所にて対応いたします。また小麦の配布は侯爵邸で行います。そちらの方でも困り事があればお聞きしますので何なりとお申し出ください!」

それならば、と役所に一人二人と入っていき、人々の戸惑っていた表情がだんだん明るいものになっていく。

「アンジェル様が戻ってきたらしい」「何か政策を打ち出してくれたらしい」…そういった前向きな噂は瞬く間に広がっていく。
何もかも諦めかけていたセルトン領民の心に光が灯った瞬間だった。


***


「そろそろ皆知ってる頃だな」
「そうですね…」

一方、侯爵邸で皆の来訪を待っていたアンジェルは緊張でガチガチになっていた。それに気がついたティトが背中を優しく撫でてくれる。

「悪い知らせじゃないから大丈夫だ。今頃皆喜んでると思うぞ」
「はい…」

まず一番のメインは半年間税金を免除することだ。領地に納めるお金を自分たちのために使って生活を立て直してほしい。
バルニエが声をかけて戻ってきてくれた役人が数人いるから、税金や支援に関することの業務は彼らが対応してくれることになっている。

「しかしまぁ備蓄の量は半端なかったな。おかげで助かったが」
「そうですね。いったいいつまで籠城するつもりだったのでしょうか…」

ティトの言うように食糧庫の備蓄はとんでもなかった。おそらく南部が被害にあった時に買い占めたのだろう。
通常はそれを領民に配給する、もしくは低価格で提供し市場を安定させるのが当たり前なのに自分たちのためだけに買い漁り、そのせいで小麦が暴騰してしまった。

この有り余る小麦などは今日明日食べることさえ精一杯だという苦しい所に回していくつもりだ。
そしてこういった配給などの業務に当たってくれるのはセルトン侯爵家執事長のエマールをはじめとする使用人たちだ。

「しかしまさか投獄されていたのが執事長とは思わなかったな」
「生きていてくれて本当に良かったです」

敷地内で使用人たちとテキパキ準備をしている初老の男性を見る。数日獄舎の中で水さえ口にしていなかったエマールはかなり弱っていたがロルダンの治癒魔法のおかげもあり元気を取り戻した。
彼が声をかけてくれ使用人たちも何人か戻ってきてくれている。

「とんでもないことするよなぁ」
「本当に恥じ入るばかりです…」

エマールは処分覚悟でこのままではいけないとベランジェに忠告したのだが反逆者とみなされ投獄されてしまったらしい。
今まで世話になってきたはずの執事にどうしたらそんな所業ができるのか理解に苦しむ。

戻ってきてくれた役人や使用人には執務室に残っていたお金とティトの私財で給料を出す。それになんとハルムも私財を貸してくれるという。大国の王子様だけあってその額は莫大だった。

「皆が頑張って生活を立て直す間に財政を立て直さなければなりませんね」
「そこが要だな」

これからアンジェルがしなければならないのは移民問題で迷惑を掛けている近隣領主に頭を下げて回ること。
それと何とかして収入を得、借金の返済と領民へ還元していくことだ。決して簡単なことではない。

「まぁいずれにせよ、やってみることが大事だ」

そう言って微笑んだティトに頷く。今日セルトン領は大きな一歩を踏み出したのだ。

「お、来たな」

にわかに侯爵邸付近が騒がしくなってきた。告知を見た人々がすぐそこまでやって来ている。

「アンジェル様ー!!」

遠くから手を降ってくれる人々。中には泣いて生存を喜んでくれている人もいる。
訪れた人々に侯爵家を代表して謝罪し、大したことはできないかもしれないが皆に寄り添っていくこと…そういったことを語りかけた。

そして――

「皆さんに協力していただきたいことがあります」

そうアンジェルが切り出すと後ろに控えていたロルダンが紙の束とたくさんのペンが入った箱を持って前に出てきた。

「国王陛下に提出する署名をお願いしたいのです」
「署名?それは、いったい何の…」

首を傾げる人々。
アンジェルは一度目を閉じてスッと大きく息を吸った。

「ベランジェ・セルトンの爵位剥奪を要請する署名です!」

賽は投げられた。
もう引き返すことはできない。

今まで散々煮え湯を飲まされてきた。アンジェルを実子だと思いもしない父親への情は今日を限りに一切捨てる。

(今度はもう負けない…!)

その覚悟を持ってアンジェルは自身の名前を署名簿の一番最初に書いたのだった。

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