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全面対決編
うまい話には
しおりを挟むセルトン侯爵領南部トロンカ――
ここは南部の農業地帯であり、長雨による被害を最も受けたところだ。
今日からここの村役場を拠点にして食料配布や修繕の手伝いなどを行うことになっており、荷馬車にできる限りの食糧と木材などを積んで来た。すでに修繕を済ませたところにも不平等にならないように見舞金を出すつもりだ。
「あれ?村の人がたくさん集まってるよ」
「何かあったんでしょうか?」
そろそろ村役場に到着するという時、窓の外を見ていたルシアナが声をあげた。
来ることは事前に知らせてあったが歓迎のために集まっているような感じではない、かといって抗議というような感じでもなく首をかしげる。集まっていた村人たちはセルトン家の馬車に気がつくと慌てたように群がってきた。
「アンジェル様助けてください!」
「いったい何があったのですか?」
「村人が何人か行方不明で帰ってこないんです!」
「!?」
村人たちの話を聞くと、少し前に二人組の男が現れて南の方に報酬の良い短期の仕事があると誘いにきたらしい。
その誘いに乗ってしまったのは村の中でも特に経済的に厳しい家庭の男性五人。とりあえず仕事内容の説明を聞きに行くと家を出たきり帰ってきていないという。
「更に南って言ったらチェルーフの方だが…」
「少しまずいかもしれませんね」
「ああ、奴隷か?」
ハルムがうっかり口を滑らせると村人が息を飲んだ。案の定ハルムはティトに頭をはたかれている。
ペルラン、ギマール共にチェルーフとは国交がないため情報がほとんど入ってこない。しかし近年多くの国で奴隷禁止法ができているのにも関わらずチェルーフでは未だ奴隷売買が横行しているというのは有名な話だ。
「まだそうと決まった訳じゃない。いなくなってどれくらいになるんだ?」
「五日ほど前です」
「五日か…」
ここからチェルーフとの国境までは険しい山道ではあるが五日あれば十分に辿り着ける。
「今一番無防備なのはセルトン領だからな…急いで国境付近まで行ってみよう」
「では武器を扱える者で行きましょう」
ロルダンやファースが馬車から馬を外し準備を始めた。
国境へ向かうのはティト、ロルダン、アドルフィト、ハルム、ファースの五人だ。
人数が多すぎても身動きが取りにくいので一緒に来たバルニエを始めとする役人たちは残ることになった。
「残った者は計画通り、村人への食糧配布と支援をしてほしい。アンジェルとバルニエが指揮を執ってくれ」
「はい、わかりました」
「ではいなくなった者がいる家族はこちらに来て名前などの情報を教えてください」
バルニエがそう声をかけると何人かの村人がやって来ていなくなった人の名前や特徴を教えてくれた。バルニエはそれをメモにまとめていく。
「では五人目の方は、」
「あの…」
一番最後に待っていたのは二人の幼い姉弟だった。今にも泣き出しそうな二人にアンジェルはしゃがみこんで話しかける。
「あなたたちの家族もいなくなったのね?」
「っ…うん、…お父さんが」
「そう…それは心配ね」
「…グスン…」
泣き出してしまった男の子をそっと引き寄せ優しく抱きしめる。姉の方は我慢しているようだったがその手は震えていた。自分まで泣くと弟が余計に心配すると気丈に振る舞っているのだろう。
バルニエが姉に父の名前などを聞くとその情報をティトに渡した。
「大丈夫だ。お父さんは俺たちがちゃんと探してくるからな」
「うんっ」
「二人はたくさん食べてたくさん寝て待ってるんだぞ」
ティトはポン、ポンと順番に子供たちの頭を撫でると最後にアンジェルの頭を撫でた。
「じゃ、行ってくるな」
「はい、お気をつけて」
「ん」
頷いたティトはそっとアンジェルの頬に口づけをすると馬に跨がって行ってしまった。一刻を争う事態だからまごついている時間はない。
「さてお父さんのことはティト様たちに任せて…まずはご飯を食べましょう。お昼は何か食べた?」
そう聞くと首を横に振る。
心配で食事も喉を通らなかったのだろう。
「それなら私たちと一緒に食べましょう。その後は村の人に食糧を配ったり、雨で壊れた家や施設の様子を見るの。あなたたちのお家も見せてくれる?」
「うん、いいよ」
「おーい、こっちだよ!」
昼食の準備をしようとしていたレネとルシアナが優しく二人を誘導する。それを見届けるとアンジェルはティトたちが去った方を振り返った。
(皆さんがどうか無事で帰られますように…)
着いて早々に別行動になってしまったが、今は皆が無事に帰ることを祈るしかなかった。
***
「眠れない?」
「うん…」
アンジェルはすぐ隣で横になっている少女の髪を優しく撫でた。
父親が行方不明になっている今、子供たち二人だけでは不安だろうからアンジェルたちと共に村役場で寝泊まりさせることにしたのだ。
幼い二人の姉弟――姉の名はニコル、弟はマルク。八歳と五歳の姉弟は父親と三人でこの村で畑を耕して生活しているのだという。母親はマルクを産んだ後に体を悪くし亡くなったらしい。
先の災害が起こるまでは贅沢な暮らしではないものの安定した生活を送れていたようだ。しかし長雨の被害で土地は駄目になり、家屋も屋根が壊れたりと苦しい生活になってしまった。
「今日はたくさん手伝ってくれてありがとう。とても助かったわ」
「本当?」
「うん。それとニコルのお家も順番に直すから心配しないでね」
「うん」
姉弟は今日一日アンジェルたちの仕事を手伝ってくれた。不安を抱えながら家で待ち続けるよりは体を動かしていた方が気が紛れて良かったのかもしれない。
弟のマルクはレネとルシアナに挟まれてぐっすり眠っている。
「…アンジェル様」
「うん?」
「……お父さんがいなくなったのは私のせいなの」
「どうしてそう思うの?」
「雨で屋根が壊れたとき、私の足に大きな木が落ちて」
「…それで片足を引きずっているのね?」
コクンとニコルが頷く。
ニコルは歩けないほどではないが時折一歩がうまく出なかったり、足を引きずるようにしている。
村の医者に診てはもらったがそこでは完全に治すことはできなかった。不憫に思った父親が街の大きな病院に連れていこうとしたもののお金が足りず、その資金を得るために今回の話に乗ってしまったのだという。
「っ…私がケガなんかしなかったらっ、お父さんは…!」
「それは違うわ。あなたのせいじゃない」
「でもっ……うわぁぁーん!」
大粒の涙を流し、声をあげて泣き出したニコルをぎゅっと抱きしめる。
不安、後悔…色んな感情を胸に抱え、今限界に達してしまったのだろう。
「大丈夫。お父さんは帰ってくるわ」
「っ…でも…」
「畑のことも家のことも私たちが手伝うから何も心配しなくていいの。ケガのことも大丈夫。明日診てもらいましょう」
「……う、ん…」
「今までよく頑張ってきたわね。とても偉いわ」
そう言って背中を撫で続けると少しずつ落ち着いてくる。
弟の手前、あまり父親にも甘えてこなかったのだろう。姉であっても母親代わり――そんなニコルの気持ちをアンジェルは痛いほどわかる。
「ニコルのために一生懸命なお父さんじゃない。素敵なお父さんね」
「うん……」
(…そもそももっと早く支援ができていればこの子たちがこんなに不安になることもなかった…)
被害があった直後にセルトン家が動いていたら…今さら考えても仕方ないがやはり悔しい気持ちになる。
アンジェルは申し訳ない気持ちを抱えながら、どうかニコルとマルクに笑顔が戻るような結果となりますように…そう祈り続けたのだった。
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