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ジラルディエール編

王室もふもふティータイム

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 大きな窓から午後の日差しがたっぷり降り注ぐ王城の一室――アンジェルにとってももはや恒例と呼べる光景が広がっていた。
いつものメンバーに加え国王夫妻も参加し、アンジェルとレネ以外はもふもふ姿に変身してティータイムを過ごしている。ジラルディエール王室では鳥獣期間である三日間は公務も行われずのんびり過ごすのが普通なのだという。
皆各自のスタイルで思い思いにお茶やスイーツを楽しんで午後の時間を満喫していた。

『結婚式も無事に終わってひと安心したわ。とても良い式だったわね』
「ありがとうございます」

滞りなく終わったのはすべて王妃のおかげだ。準備期間も少ない中ほとんどすべてを仕切ってくれたのは王妃なのだ。感謝してもしきれない。

『それにしても初夜で塔の上から三日も下りてこないなんておそらく王室史上初ね』
「うぅ……」

エステル王妃の言葉にアンジェルは真っ赤になった。結婚式の夜から三日間、ティトは何だかんだと理由をつけてアンジェルを離そうとしなかった。早く下りなくてはまずいんじゃないかと思いつつティトに丸め込まれ、ようやく下りたのは月に一度の新月、鳥獣期間に入ったからだ。

『下りてきたら邪魔が入るからな』
『私だってアンジェルと遊びたいのよ!娘と買い物に行ってお茶するのが夢だったのに…さすがにこの姿じゃ街に行っても楽しめないわ』

王妃は色々と計画を立てていたらしく本気でしゅんとしている。
このジラルディエールでは魔力が強いことを隠す必要はないが鳥獣の姿で普段通りの生活をするにはやはり不便だろう。
それにしても、とアンジェルは王妃をチラリと見た。

(王妃様の姿は尊いわね…)

王家の血を引く国王はティトと同じグリズリー姿だが、王妃は真っ白なキツネだ。毛並みは艶々で美しくうっとりしてしまう。

(それにキツネの姿も何だか色っぽくて…大人の魅力かしら?)

ほう、と思わず溜め息を吐くとどうかしたのかと隣に座るティトに問われた。

「いえ、その…王妃様のキツネ姿は美しいなと思いまして」
『あら、嬉しいわ!』

グリズリー・国王の隣に座っていたキツネ・王妃はササッとアンジェルの隣に移動し、ありがとうと言わんばかりに膝をぽんぽんと叩いた。思わず撫でたい衝動に駆られるがさすがに失礼だろうと我慢しているとティトが鬱陶しそうに王妃を見ている。

『アンジェルに気安く触るな』
『まぁ!娘に触って何が悪いの!?』

独占欲の塊ね!と言いながら国王の隣に戻った王妃は優雅に尻尾を振った。そのボリュームのあるふさふさの尻尾も魅力的だ。

『まぁでもこの溺愛ぶりを見れば子供はすぐにできそうね』
「っ…!?ごほっ!」
『わぁ!アンジェル様大丈夫?』
『こらー、またアンジェルに触る!』

思わず飲んでいた紅茶をむせるとレネの膝の上にいたモルモット・ルシアナが心配そうにピョンと膝に乗ってきた。しかしそれをティトが払いのけアンジェルを抱きかかえると自身の膝に乗せる。

『アンジェルは小熊ちゃんに囲まれるのが夢なんだよなー。だから子だくさん夫婦を目指すんだ!』
『アンジェル、よく考えてみて!?小さいときは良いけど大きくなったらでっかいグリズリーまみれになるのよ!?可愛くないわよ!』
『はぁ?アンジェルは俺のことも可愛いと思ってるんだよ』
『ないわ~』

親子でストレートに言い合っている姿に思わずクスリと笑うと国王と目が合い頷かれる。アンジェルはとても温かい家族の一員になれたことを改めて嬉しく思った。





『そういやレネ、進路はだいたい決めたのか?』
「あ…はい」

もふもふ達がレネの進路相談に乗ろうとしている。以前にもあった図で真面目なシーンなのにホッコリしてしまいそうになった。緩んでしまいそうな頬を引き締めアンジェルもレネの話に耳を傾ける。

「今回僕も視察に連れて行ってもらえて色々と勉強になりました」
『良かったですね。やはり書物や話を聞くだけと実際に見るのでは違いますからね』
「はい。中でも北部に行ったのが印象深くて…」

レネは行く先々で街の人の話を真剣に聞いていた。その中でも北部に行ったときはより一生懸命だったし、共感できることも多かったのか子供たちにも真摯に向き合っていた。そういった経験がレネの心に一つ一つ刻まれ形作られていったのだろう。

「困っている人の助けになりたい…それにはまずしっかり基礎を勉強することだと思って。叔父さんの勧め通りギマールの王立学校に通わせてもらおうと思います」
『決めたんだな』
「はい!」

メルテンス子爵家の力になっていけるように自分も頑張るというレネを誇らしく思う。皆も未来ある若者の決意を聞いて嬉しそうに頷いてくれた。

『なら帰りはギマールに寄ってメルテンス家に挨拶に行こう。そこでまたドレス着てお披露目するのが良いかな』
「え、ええ!?」
『そんでハルムから結婚祝いをぶんだくってペルランに戻るか』
『そうですね、そうしましょう』
『よーし、そうと決まればハルムに祝い寄越せって手紙書こう』

何もらおうかな、金塊がいいか?などと軽口を叩いてるティト達に対して王妃は目に見えてしょんぼりしている。心なしか耳も尻尾も垂れていた。

『…もうペルランに帰ってしまうの?』
『まぁ向こうペルランにも何かと困ってる同胞がいるし』
『ならティトだけ戻ってアンジェルはここで過ごさない?』
「ええ!?」

懇願するような王妃の瞳に心惹かれ困惑する。どう答えようかと悩んでいるとティトにギュムッと抱きしめられた。

『ふざけるなよ!アンジェルは俺と片時も離れたくないんだよ!』
『それはティトの方でしょう』
『当然だろ、新婚ホヤホヤの蜜月だぞ』

ま~ホントにすぐ子供ができそうね~とからかう王妃にアンジェルとまだそういった会話にはついていけないレネが段々小さくなっていく。
そうだ、とティトが突然何かを思い出したように国王の方を向いた。

『父上はグリズリー姿でやっ、』
『それは絶対に止めなさい。不快よ』

ピシャリと王妃に言い切られティトと国王がビクッと反応した。ティトが何を聞こうとしたのか何となく気づいてしまってアンジェルはほっと胸を撫で下ろす。

『ホントにもう…いつかアンジェル様に逃げられますよ…』
『いつでも逃げていらっしゃいね』

呆れるアドルフィトに同意する王妃とルシアナ。またもや騒々しくなってきたティータイムに、傾きかけた日差しが柔らかく部屋全体をキラキラに包み込んでいく。アンジェルは形容できない程の幸せを感じた。

(ああ、本当に幸せだな…)

ジラルディエールに来て一月、結婚という人生の節目を迎えアンジェルたちはまた、新たなステージへ向かうべくペルランに戻るのだった――

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