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ジラルディエール編
ジラルディエールの神々
しおりを挟む賑わしい街を抜け、緩い石畳の坂道を登った先には神殿があった。ここも王城の塔と同じく白い建物だ。
単純な違いと言えば縦と横だろうか。当たり前だが塔は空に向かって高くそびえ、神殿は広く誰でもを受け入れてくれそうな開かれた建物だと感じる。
たくさんの人が参拝しているが先程までの街の喧騒とは違い、荘厳な空気が漂っており静寂で自然に気が引き締まる思いだ。
「ティト王子殿下」
「ああ、フィデル神官長。久しぶりだな」
「皆様ようこそおいでくださいました」
神殿の入り口には壮年の男性が一人立っていた。ティトがフィデルと呼んだその男性はフィデル・エリサルデ、この国の神事を執り行う神官の長だという。
背はスラッと高くシルバーの絹糸のような長い髪にサファイヤブルーの瞳、そして柔らかな微笑み。神に仕えるに相応しいと思わされるような形貌だ。
簡単に挨拶を交わしフィデル神官長の案内で神殿内を歩く。祭壇がある礼拝堂までの長い廊下には等間隔に魔宝石のような綺麗な石が埋め込まれており、窓から入る光が反射して細かい光が散っているように見えた。礼拝堂にたどり着くまでに心を浄化させる力でもあるのだろうか…とアンジェルは思った。
「ここが礼拝堂です」
「わ…すごい」
誰でもが入れるように扉が開け放たれている礼拝堂。前方には大理石でできた祭壇があり、その上部は巨大なステンドグラス。
アンジェルはその美しさに息をするのも忘れて食い入るように見つめた。
「ジラルディエールの信仰は多神教なのです」
「多神教、ですか」
ええ、とフィデルが頷く。
この国では太古ジラルディエールの地に神々が降り立ち国と人を造った…というのが始まりとされているらしい。
生きていくために必要なもの、例えば水や火、土、太陽や月…万物すべてに神が宿ると信じられている。そしてそれらすべてが信仰の対象だ。ステンドグラスにはそれらの神々が描かれているのだという。
「ジラルディエールの方々が持つ不思議な力というのはこの神々から生まれているのでしょうか?」
「おそらくは」
ハッキリと断定しないフィデルに、以前アドルフィトから聞いたことを思い出した。
「ジラルディエールでは口伝を重んじ史料があまりないと聞きました」
「ええ。それに先の大戦で全て失ってしまったので今となっては人々の記憶とここ百年の記録ぐらいでしかわかることができないのです。ですから本当のところは謎に包まれたままですね。魔力に関しても人によってそれぞれですし、これという型に嵌まるものでもないのです。我々もとても不思議に思っています」
神のみが知る不思議な力…そういうものはわざわざ人間が紐解く必要のないものなのかもしれない。
「この島で何らかの魔力を持つ者は約半数、その中でも鳥獣に変わるほどの強魔力を持つのは三百人くらいでしょうか」
聞けばブランカは魔力を持っていないのだという。島の人口の半数なら珍しいことでもない。
両親ともに魔力を持っていても生まれてくる子供が魔力を持たない場合もあるし、逆に両親とも魔力を持たなくても魔力を持った子供が生まれてくることもあり、本当に何もわからないらしい。
「力を持っていないからといって不利であるとかそういったことはありません。確かに便利なので幅が広がるといったことはありますが」
「…力を持っていても差別を受けることがありますからね」
「え…」
ロルダンがポツリと呟いた言葉に彼の方を振り返る。詳しく聞こうと口を開きかけたがそれを遮るようにティトがアンジェルの手をスッと握った。
「そういったことがないようにするのが俺たちの役目だな」
「…はい」
小さな島の中にも問題点はあるのだろう。ロルダンの言ったことも忘れないようにと、アンジェルはまたひとつ心に留めた。
**
一通り見学を終えて神殿を出る。
すると広場には子供たち二十人程がずらりと並んでそわそわしていた。
ティト王子が視察に来ると聞いて会いに来てくれたのだろうかと微笑ましく思っているとどこからか、せーの、という小さな声が聞こえてきた。
「ティト様、アンジェル様、ご結婚おめでとうございます!」
「!」
「お、嬉しいな~!」
まさかこんなサプライズが待っているとは思ってもおらず、声を合わせてお祝いの言葉を捧げてくれた子供たちに感激する。
「あのっ…みんなでアンジェルさまに心をこめて花かんむりをつくりました!」
一番小さな女の子が緊張しながらも一生懸命伝えてくれた。その手には青いネモフィラと小さな白い花のオーニソガラムで作られた花かんむり。とてもキレイにできている。
「神殿で育てている花で子供たちが一生懸命作ったのです」
「そうなのですか…」
「ほら、アンジェル」
感動しているとティトにそっと背中を押されたので子供たちの目線に合うようにしゃがみこんだ。
花かんむりを持っていた少女が小さな手でそっと頭に乗せてくれる。
「気持ちがこもった花かんむりをどうもありがとう。とても、とても嬉しいわ!」
お礼を言うと皆一様に嬉しそうな顔をしてくれる。一生懸命自分のために時間を割いて作ってくれたのだと思うと涙が溢れそうだ。
「この花かんむりを結婚式で使うのは…やはり難しいでしょうか?」
思わず振り返ってティトにそう尋ねる。
まだ結婚式まで日にちがあるし、それまではさすがに持たないかな…と思っているとロルダンがそっと近づいてきた。
「保存魔法をかけましょう。それなら結婚式で使えますから」
「えっ、そんなこともできるのですか!?」
「はい。ではちょっと失礼して…」
「待て、俺がする」
ロルダンが花かんむりに触れようとしたがそれをティトが遮った。
頭に乗っている花かんむりにティトが両手でそっと触れ目を閉じると光がふんわりと広がった気配がする。
「よし。これで結婚式までこのまま枯れることはないぞ」
「ありがとうございます」
作ってくれた子供たちも結婚式に使われると知ってとても喜んでいる。子供たちにもう一度お礼を、と思っているとスッと頬に手を当てられ何事かと思った瞬間――
「アンジェル」
「んっ…!?」
不意打ちのキスに、見ていた子供たちがきゃーきゃー大盛り上がりで拍手する。まさかこんな大勢の前でキスされるとは思わずアンジェルの顔は真っ赤だ。
「も、もう…ティト様っ!」
「良いじゃないか、さすがに国民全員を結婚式には呼べないからな」
熱くなった頬を抑えながらそっと子供たちの方を見るときらきらの瞳で喜んでいる。
(は、恥ずかしい!!)
そういえば神殿内でこんなことして大丈夫なんだろうか、と不安になりフィデルを見ると優しく微笑んでいた。
「こうして王家の方々が仲睦まじい姿を示してくださることがこの国の平和に繋がっていくのだと私は信じております」
「……はい」
(愛し合うということはとても意味があることなんだな…)
フィデル神官長の言葉にアンジェルも頷いたのだった。
【おまけ:秒で陥落】
「そろそろ寝るか」
「はい、そうしましょう」
グラウスでの視察も無事に終わり宿に戻ってきた。
明日も視察が続く。風呂も済ませたし後は眠るだけ、とティトはアンジェルと共にベッドに横になった。
(あー…可愛い)
アンジェルはずっとにこにこしている。神殿で花かんむりをもらったことがよほど嬉しかったのだな、とぽんぽんと頭を撫でるとアンジェルの方から身を寄せてきた。普段あまりないことだけにドキッとする。
(ヤバイ…少しだけなら…いやでも明日も視察だし)
ティトが葛藤していることにも気がつかずアンジェルは相変わらずにこにこしている、かと思えば妙なことを口にした。
「こぐま…こぐまかぁ~ふふ」
「こぐま?なんだそれ?」
「あ、今日フィデル様にこっそり聞いたんですけど…」
てっきり花かんむりのことで喜んでいるのかと思っていたがどうやら違ったらしい。不思議に思っているとアンジェルは満面の笑みでティトに爆弾を落とした。
「ティト様との子供は必ずグリズリーに変身する強い魔力を持った子供が生まれるんですって!」
「え」
「たくさんのくまちゃん達に囲まれたら嬉しいなぁ…楽しみです!」
「……」
(こんなんもうムリだろ…)
……無意識に煽ってくるアンジェルにティトの抑えがきかなくなるまであと2秒だった。
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