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ジラルディエール編

東南の神殿の街で

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 本日の視察は順調に進み、予定通り漁港で漁師たちと話をした後は島の東南に位置する神殿を中心に栄える街、グラウスにたどり着いた。島の中では城下に次ぐ大きな街でとても賑わっている。

「ティト様ー!僕のお家で取れたオレンジあげる!」
「おお、美味そうだ!ありがとな!」

(ティト様愛されてるなぁ…)

どこに行ってもティトは大人気ですぐに人に囲まれる。やはりジラルディエールは王室と国民の距離がものすごく近い。ペルランでは王子に直接話しかけるなどあってはならないことだった。

「…姉さん、いいの?」
「うん?何が?」

レネが少し不服そうに尋ねてくる。何か問題があるだろうかと不思議に思い首をかしげると小さくため息を吐かれた。

「何がって…ブランカさんだよ」
「ブランカさん?」

そう言われブランカの方に目をやるとティトと共に人々に囲まれて楽しそうに話をしていた。

「あれじゃあまるでブランカさんがティト様と結婚するみたいじゃないか。馬車の中でだってティト様にべったりで」

確かに馬車の中でもブランカは事あるごとにアンジェルやレネが口を挟めない昔話をし始め、ティトもそれに合わせていた。
アンジェルとしてはティトの子供の頃の話が聞けて嬉しかったし、ブランカは天真爛漫な性格であって特に悪気はないのだろう…と気にしていなかったがレネは違ったらしい。

「…こうして見ると確かにあの二人が結婚するように見えるわね」
「姉さん!」

おそらくティトがこの島にいた頃はブランカと一緒にいることが多かったのだろう。視察などにも度々同行していたのかもしれない。
でも既にこの国の王太子が数日後に結婚することは発表されているし、相手もペルランから来た令嬢アンジェルということも公表されている。人々が勘違いしているとは思えないので知名度の違いだろう。

(こんなことぐらいでいちいち左右されてたらこの先心が持たないわ)

少し気が立っているレネの背中をぽんぽんと軽く叩く。大丈夫という気持ちと心配してくれてありがとうという気持ちを込めた。
嫌な気持ちが入り込まないようにグッと引き締める。レネが代わりに怒ってくれていることで、逆にアンジェルは落ち着くことができた。味方がいるとこんなにも心強い。

「視察なのだから私たちも興味があるものを見よう?」
「…うん、わかった」
「特産品とか工芸品とか…建造物でも良いわ。ルーシーは何か気になるものあった?」
「あそこに美味しそうな人形焼きみたいなのがあったよ!」

やはりスイーツに惹かれるルシアナにふふ、と笑う。三人でいるから油断したのか口調も砕けてしまっている。
嬉しそうに小走りで向かうルシアナについていき店先を覗く。何かの形がくりぬかれた鉄板に生地を流し込みクリームなどを間に挟み、同じような鉄板で蓋をして時折裏返して焼いている。辺り一帯甘くて香ばしい匂いが充満していた。

「とても良い匂い!これは何の形なのですか?」
「あっ、アンジェル様!これはジラルディエール神話に出てくる最強のクマですよ!お召し上がりになられますか?」
「僕はキャラメルチョコレートが良い!」

ルシアナはやはり一番甘そうな物を選び、レネはレモン、アンジェルはキウイを選んで代金を払う。最強のクマ、と聞いてティトが頭に浮かんだ。

(皆ティト様のグリズリー姿を見たことがあるのかしら…)

そんなことを考えながら渡されたほかほかのをまじまじと眺める。とても可愛いが、

「こういうのはどこから食べるのが正解?」
「頭からがぶっといっちゃってください!」

店員の勧めにガブッと思い切り頭からかじる。外側はカリッとしているが中はふわふわ。
 
「!! とっても美味しいわ!」
「ありがとうございます!」
 
中には果肉感たっぷりのキウイジャムとカスタード。酸味と甘味がマッチしていてとても食べやすい。これはクセになる美味しさだともう一口食べようとすると、
 
「ん、うまい」
「!」

いつの間にここに来たのだろうか、後ろからにゅっと現れたティトに手にしていたクマ焼きをかじられた。驚いて振り返ると満足そうに頷いている。

「キウイか。そういやペルランでは見かけなかったな」
「確かに…あまり食べたことないです」
「この島では様々な果物が採れますがキウイやレモンは特に大きくて味が良いのができるんです」
「温暖な気候に合った果物なのですね」

ロルダンの補足にアンジェルが頷く。視察の途中で畑なども見られるかもしれないと心に留めた。

「ここはどことなくトルトに似ていますね」
「あれ、姉さんトルトに行ったの?」
「うん、ギマールに行った時連れていってもらったの」

ここグラウスの街も輝く海が一望でき、人々がとても生き生きして幸せそうな顔をしている。

「そういやトルトの露店でリボンを買ったなぁ。その夜は…」
「!!」

ぼぼぼっとアンジェルの頬が真っ赤になった。ティトはまたあの時のを思い出したのか花びらがふわりと数枚舞う。視線で抗議をするとぽんぽん、と頭を撫でられた。

「あっちの通りに行くと工芸品なんかのお店もたくさんあるぞ」
「ああ、でもアクセサリーなら明日行く街の方が良いかもしれません。宝石が採れる街ですから」
 「…そういやアンジェルはピアスホール開けてなかったか」
「っ…」

ちょん、と耳たぶを触られ思わず小さく反応してしまうとティトがニヤリと笑った。指先で耳たぶを弄びながらそっと耳元で…

「……俺が開けて良いか?」
「○#*※¥~!?」
「はは、可愛い」

ちゅ、と頬に口づけをするとギャラリーが盛り上がる、と反対にアンジェルは羞恥で小さくなっていく。それさえ温かく見守られていると思うと何だかむず痒くなった。
恥ずかしさで居たたまれない気持ちになっているとブランカの助け船が入る。

「アンジェル様、あっちの通りに美味しい飴がけフルーツのお店があるのよ!」
「飴がけ!」

飴がけ、と聞いてルシアナの目が輝いたのがわかりクスッと笑う。

「ティト様と一緒に来たときは絶対食べてたの、ね、ティト様」
「ん?ああ、そうだったかな」

そう言いながら当たり前のようにティトの隣に並んだブランカを見てレネがまたピクリと反応してしまい苦笑する。アンジェルにしてみたら話題が逸れて有りがたかったのだが。

「また!やっぱりおかしいよ」
「大丈夫、これからこれから!」
「姉さんのその余裕は何なの!?」
「アンジェル、レネ!飴がけフルーツ食べようね!一番甘いのがいいな~」

また苛立ち始めたレネとこそこそ話していると、待ちきれないといった感じで笑顔全開のルシアナがすり寄ってきた。いつもながら人を和ませるこのタイミングには感心してしまう。

「ルーシーはよくここに来たの?」
「ううん、僕はティト様に付いて行く前は北部から出たことないから島を回るのは初めてなんだ」
「そうだったの」

こんな小さな島なのに北部から出たことがないなんて…と思ったがそれはアンジェルも同じ、いやもっと酷かったかもしれない。今までは決められた場所にしか居られなかったがこれからは違う。

「じゃあ一緒に色んな物を見ましょうね」
「うん!」

嬉しそうにルシアナが笑う。
各々思惑はあるのかもしれない。
だが、今このときは楽しむことがこの街の人々にとっても喜ばしいことだろうとアンジェルは笑顔で視察を続けたのだった。

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