45 / 118
ジラルディエール編
視察という名の観光
しおりを挟む(よし、ジラルディエールの事をしっかり学ぼう!)
ドレスや宝石、その他諸々結婚式に関し大まかな事が決まると島内の視察に出ることになった。
ここからは王子殿下の妻となる身としてジラルディエールの事をしっかりと把握していかなければならないとアンジェルは気合いを入れる。
今回視察に行くのはティト、アンジェル、レネ、ブランカ、ルシアナ、ロルダンの六人だ。
アドルフィトとは一緒に島に来たものの初日のお茶会以来会っていない。アドルフィトの父親が少し前から体調を崩しており、彼の実家が経営している会社の滞っていた業務を引き受けてやっているらしい。
「アンジェル様」
荷台に荷物を乗せていたロルダンが戻ってきた。今回は彼が御者も務める。
「今回は視察と言ってもアンジェル様にこの島の事を知っていただくのが目的ですからそんなに力まなくても大丈夫ですよ」
「あ…はい、そうでしたね」
何か問題があっての視察ではないから意気込む必要はないとティトにも言われていた。アンジェルの根が真面目すぎるのかついつい真剣になってしまい、いつの間にか緊張が顔に出ていたらしい。ロルダンに微笑まれスッと力が抜けた。
「本当に重要な視察ならブランカなんて連れていきませんから」
「もうっ、ひど~い!私は役に立たないってこと!?」
(ふふ、仲が良いのね…)
皆が家族のように過ごしてきたのがよくわかる。ロルダンに可愛く反論するブランカを眺めていると今度は城の中から騒がしい声が聞こえてきた。
「ちょっと聞いてるの!?最低でも式の五日前には戻ってきてちょうだい」
「あーもう、はいはい、わかってるよ」
「アンジェルはブライダルエステが必要なんですからね!あなたはいつも出掛けたら予定通りに帰って来ないんだから」
(こっちも仲が良い)
親子で言い合う声だ。
エステル王妃とティトの明け透けなやり取りに思わず微笑んでしまう。
本当は来賓から何から準備も大変なのに結婚式の事をすべて引き受け、こうして視察に送り出してくれる王妃に感謝しなくてはならない。
「王妃様」
「ああ、アンジェル!」
アンジェルに気がついた王妃は小走りでこちらに来ると手をぎゅっと握ってきた。
「無理はしないのよ。観光と思って楽しんできて」
「はい、ありがとうございます」
「それと肌は焼けないようにこのラズベリーオイルを小まめに塗って…ああ!帽子、つばの大きな帽子がいるわ!誰か取ってきて!あと手袋もいるわ!ちょっと待ってストールもいるかしら!?」
「(先に行ってる…)」
王妃が騒ぐ様子をうんざりした顔で見ながらこの隙に、とティトは馬車の前で待つレネとルシアナの方にそそくさと向かった。
王妃のティトに対するお小言はいつものことなのだろうが、とても愛情のあるものに見えてほっこりする。そして自分を実の娘のように気遣ってもらえて本当に嬉しい。
「アンジェル様!」
今度は何だと振り返ればアドルフィトがこちらに走ってきていた。
「アド!」
「良かった、間に合いました」
過密スケジュールで動いているのだろう、アドルフィトは疲れた顔をしている。
「なかなかそちらへ行けず申し訳ありません」
「いえ、家が大変だと聞いたので」
「父が少し体調を崩していまして…まぁ目処は立ってますので一週間ほどで片付くと思います」
アドルフィトは馬車に乗り込もうと賑やかにしている一行をちらりと見た後、少しアンジェルに身を寄せて声を落とした。
「なるべくルーシーから離れないで下さい」
「え…」
「あなたにとってはルーシーが誰よりも頼りになる、と私は思っています」
真剣な顔でそう告げられアンジェルはわかりましたと小さく頷いた。
「アンジェル様~!行きましょう!」
ブランカが大きく手を振って呼ぶ。アドルフィトがそっと背中を押してくれた。
「ではお気をつけて」
「はい」
アドルフィトの真意はわからないが何かを心配している事はわかる。手を振る彼にもう一度頷くとアンジェルも馬車に向かった。
**
馬車の中には四人と一匹。少し狭いのでルシアナはモルモットに変身してレネの膝の上にいた。眠たいのか目をしょぼしょぼさせていて可愛い。
「今日は漁港の方を通って東南の街へ行くのよね」
「ああ」
ブランカの問いかけにティトが頷く。島の東側には漁港があり漁が盛んなのだ。
「不漁という報告も上がってないし今年は大丈夫そうだな」
「そう聞いてるわ」
ペルラン、ギマール、チェルーフなどでは長雨による被害が大きかったが、ここジラルディエールでは大きな自然災害は起こっていない。小さな島だから一度嵐が来ると被害は全域になるだろう。
「十年ほど前、立て続けに嵐が来たことがあってな。その時は大変だったんだ」
「そうなのですか…」
嵐があれば人家が被害を受けるのはもちろんのこと、海は荒れて魚は獲れず農作物も全てダメになる。不思議な力を持つ人が多いと言っても自然現象まで防ぐことはできないし、魔力で被害を抑えることはできても全てを完全に守り切ることはできない。
「その時はどうやって立ち直ったのですか?」
「ああ、あの時は…」
レネの質問にティトが答える。生活再建のための支援はもちろんしたが、やはりそれだけでは元の生活に戻るまでが苦しい。道路や堤防などインフラを整備することに決め、そこに雇用を生み出した。
「インフラ整備…」
「まぁそれも国に金がないと難しいが幸いあの時は蓄えがあったからな」
段々難しい話になってきてルシアナはこくこくしているし、ブランカも興味がなさそうに窓の外を見ていた。
「ルーシーおいで」
『うん…』
「あっ!またルーシーだけ甘やかしてズルいぞ」
「ふふ、良いじゃないですか」
ティトの文句を受け流しレネからルシアナを受けとると膝の上に乗せる。もふもふの毛並みを優しく撫でるとルシアナは完全に眠ってしまった。
「あ、子供が手を振っているわよ!」
ブランカの声に窓の外を見ると、王家の馬車だと気がついて手を振ってくれる子供たち。それだけ見ても王家が国民に慕われていることがわかる。
自分はこの先王家の一員になるが、国民に受け入れてもらえるだろうか…と胸に小さな不安がよぎる。
(きちんとこの国の事を知らなくてはダメだわ)
観光気分でとは言われたが、やはりこの機にしっかり見ておこうとアンジェルは心に決めたのだった。
1
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる