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ジラルディエール編

視察という名の観光

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(よし、ジラルディエールの事をしっかり学ぼう!)

ドレスや宝石、その他諸々結婚式に関し大まかな事が決まると島内の視察に出ることになった。
ここからは王子殿下の妻となる身としてジラルディエールの事をしっかりと把握していかなければならないとアンジェルは気合いを入れる。

今回視察に行くのはティト、アンジェル、レネ、ブランカ、ルシアナ、ロルダンの六人だ。
アドルフィトとは一緒に島に来たものの初日のお茶会以来会っていない。アドルフィトの父親が少し前から体調を崩しており、彼の実家が経営している会社の滞っていた業務を引き受けてやっているらしい。

「アンジェル様」

荷台に荷物を乗せていたロルダンが戻ってきた。今回は彼が御者も務める。

「今回は視察と言ってもアンジェル様にこの島の事を知っていただくのが目的ですからそんなに力まなくても大丈夫ですよ」
「あ…はい、そうでしたね」

何か問題があっての視察ではないから意気込む必要はないとティトにも言われていた。アンジェルの根が真面目すぎるのかついつい真剣になってしまい、いつの間にか緊張が顔に出ていたらしい。ロルダンに微笑まれスッと力が抜けた。

「本当に重要な視察ならブランカなんて連れていきませんから」
「もうっ、ひど~い!私は役に立たないってこと!?」

(ふふ、仲が良いのね…)

皆が家族のように過ごしてきたのがよくわかる。ロルダンに可愛く反論するブランカを眺めていると今度は城の中から騒がしい声が聞こえてきた。

「ちょっと聞いてるの!?最低でも式の五日前には戻ってきてちょうだい」
「あーもう、はいはい、わかってるよ」
「アンジェルはブライダルエステが必要なんですからね!あなたはいつも出掛けたら予定通りに帰って来ないんだから」

(こっちも仲が良い)

親子で言い合う声だ。
エステル王妃とティトの明け透けなやり取りに思わず微笑んでしまう。
本当は来賓から何から準備も大変なのに結婚式の事をすべて引き受け、こうして視察に送り出してくれる王妃に感謝しなくてはならない。

「王妃様」
「ああ、アンジェル!」

アンジェルに気がついた王妃は小走りでこちらに来ると手をぎゅっと握ってきた。

「無理はしないのよ。観光と思って楽しんできて」
「はい、ありがとうございます」
「それと肌は焼けないようにこのラズベリーオイルを小まめに塗って…ああ!帽子、つばの大きな帽子がいるわ!誰か取ってきて!あと手袋もいるわ!ちょっと待ってストールもいるかしら!?」
「(先に行ってる…)」

王妃が騒ぐ様子をうんざりした顔で見ながらこの隙に、とティトは馬車の前で待つレネとルシアナの方にそそくさと向かった。
王妃のティトに対するお小言はいつものことなのだろうが、とても愛情のあるものに見えてほっこりする。そして自分を実の娘のように気遣ってもらえて本当に嬉しい。

「アンジェル様!」

今度は何だと振り返ればアドルフィトがこちらに走ってきていた。

「アド!」
「良かった、間に合いました」

過密スケジュールで動いているのだろう、アドルフィトは疲れた顔をしている。

「なかなかそちらへ行けず申し訳ありません」
「いえ、家が大変だと聞いたので」
「父が少し体調を崩していまして…まぁ目処は立ってますので一週間ほどで片付くと思います」

アドルフィトは馬車に乗り込もうと賑やかにしている一行をちらりと見た後、少しアンジェルに身を寄せて声を落とした。

「なるべくルーシーから離れないで下さい」
「え…」
「あなたにとってはルーシーが誰よりも頼りになる、と私は思っています」

真剣な顔でそう告げられアンジェルはわかりましたと小さく頷いた。

「アンジェル様~!行きましょう!」

ブランカが大きく手を振って呼ぶ。アドルフィトがそっと背中を押してくれた。

「ではお気をつけて」
「はい」

アドルフィトの真意はわからないが何かを心配している事はわかる。手を振る彼にもう一度頷くとアンジェルも馬車に向かった。


**


 馬車の中には四人と一匹。少し狭いのでルシアナはモルモットに変身してレネの膝の上にいた。眠たいのか目をしょぼしょぼさせていて可愛い。

「今日は漁港の方を通って東南の街へ行くのよね」
「ああ」

ブランカの問いかけにティトが頷く。島の東側には漁港があり漁が盛んなのだ。

「不漁という報告も上がってないし今年は大丈夫そうだな」
「そう聞いてるわ」

ペルラン、ギマール、チェルーフなどでは長雨による被害が大きかったが、ここジラルディエールでは大きな自然災害は起こっていない。小さな島だから一度嵐が来ると被害は全域になるだろう。
 
「十年ほど前、立て続けに嵐が来たことがあってな。その時は大変だったんだ」
「そうなのですか…」

嵐があれば人家が被害を受けるのはもちろんのこと、海は荒れて魚は獲れず農作物も全てダメになる。不思議な力を持つ人が多いと言っても自然現象まで防ぐことはできないし、魔力で被害を抑えることはできても全てを完全に守り切ることはできない。

「その時はどうやって立ち直ったのですか?」
「ああ、あの時は…」

レネの質問にティトが答える。生活再建のための支援はもちろんしたが、やはりそれだけでは元の生活に戻るまでが苦しい。道路や堤防などインフラを整備することに決め、そこに雇用を生み出した。

「インフラ整備…」
「まぁそれも国に金がないと難しいが幸いあの時は蓄えがあったからな」

段々難しい話になってきてルシアナはこくこくしているし、ブランカも興味がなさそうに窓の外を見ていた。

「ルーシーおいで」
『うん…』
「あっ!またルーシーだけ甘やかしてズルいぞ」
「ふふ、良いじゃないですか」

ティトの文句を受け流しレネからルシアナを受けとると膝の上に乗せる。もふもふの毛並みを優しく撫でるとルシアナは完全に眠ってしまった。

「あ、子供が手を振っているわよ!」

ブランカの声に窓の外を見ると、王家の馬車だと気がついて手を振ってくれる子供たち。それだけ見ても王家が国民に慕われていることがわかる。
自分はこの先王家の一員になるが、国民に受け入れてもらえるだろうか…と胸に小さな不安がよぎる。

(きちんとこの国の事を知らなくてはダメだわ)

観光気分でとは言われたが、やはりこの機にしっかり見ておこうとアンジェルは心に決めたのだった。

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