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ジラルディエール編
敵か味方か
しおりを挟む見知らぬ女性がティトに抱きついた――その刹那、ほんの小さな…何とも表現しづらい痛みがアンジェルの胸に走った。
「お帰りなさい!」
「おっと…ったく、変わらないな」
アンジェルが呆然としている間にもティトは抱きついてきた女性を優しく引き剥がし呆れたように笑う。嫌がっているようには見えないから相当親しい間柄のようだ。
「久しぶりだな。元気にしてたのか?」
「ええ!ティト様が結婚のために帰ってくると聞いて驚いたわ!」
満面の笑みを浮かべティトを見上げる女性。クリンとした丸い大きなオレンジの瞳、柔らかそうなレッドブラウンの波打つ髪。キラキラで眩しい、そんな第一印象を与える佇まいだ。
仲が良さそうな二人をぼんやり見ているとその大きなオレンジの瞳がこちらに向いた。
「あなたがティト様の婚約者なのね!」
「わっ」
「止めろ」
その女性はアンジェルにも思い切り抱きついてきた、が、即行でティトが首根っこを掴み引き剥がした。突然の抱擁に驚いて胸がバクバク鳴っている。
エステル王妃といい、この国の女性は抱擁での挨拶が一般的なのだろうか。後で確認せねばならない。
「アンジェル、コイツは宝石商を営むウエルタ氏の娘で俺の幼馴染みなんだ」
「はじめまして、ブランカ・ウエルタです!」
「あ…私はアンジェル・セルトンと申します」
ぎゅっと両手を握られキラキラの愛らしい瞳で見つめられると同じ女性であるアンジェルまでドキッとしてしまう。
「とても可愛らしい方ね!良かったわね、ティト様!」
「ああ」
屈託のない笑顔を向けてくれているのにどこか心の中がもやもやする。そんな想いを抱いてしまう自分が情けなくて何となく居心地の悪さを感じていると、コホン、と小さな咳払いが耳に届いた。
「積もる話に花を咲かせるのは結構だけどそろそろ本題に入らせてちょうだい」
「あ、申し訳ありません!」
エステル王妃が苦笑するとブランカは少し恥ずかしそうにしながら元の席に戻り、ティトとアンジェルもソファに腰掛けた。向かい側に座っているブランカと同じ髪色の男性は父親だろう。年齢は国王や王妃と同年代と言ったところか。
「アンジェル様、お初にお目にかかります。私はこの島で宝石商を営んでおりますウエルタでございます。今回はアンジェル様のウェディングジュエリーを任せていただけるとの事で大変光栄です」
「アンジェル・セルトンです。こちらこそよろしくお願いいたします」
「先ほどは娘が騒がしくしてしまい申し訳ありません」
ウエルタが苦笑して頭を下げる。
代々宝石商を営むウエルタ家はこうして王城によく出入りしていた為自然と仲が良くなっていったのだという。
普通なら先ほどのように王妃の目の前で勝手に動き回り王太子に抱きつくなど有り得ないことだが、それが許されているのは家族同様の付き合いをしてきたからだろう。
「ジュエリーをデザインするにあたってアンジェルの人柄もわかっていた方が相応しいものが出来上がると思ったの。だから晩餐に招いたのよ」
「そうだったのですか。ありがとうございます」
「まずは石選びだけどそれは夕食の後にしましょうね」
アンジェルのために細やかに準備してくれようとするエステル王妃にとても感激する。アンジェルの場合は特にだが、実の親であってもここまで考えてくれる事はそうそうないだろう。
「で、ブランカは何で来たんだ?」
意外にもティトが少し怪訝な顔でブランカに尋ねた。確かにウエルタは仕事で招かれているのだからいくら知己とはいえ娘を連れてくるのは常識に欠ける。
「私はロルダンに呼ばれたの。ね、ロルダン?」
「…ロルダンが?」
「ええ、視察に行く際に女性視点で見るのも必要かと思いまして。アンジェル様と同年代ですし何か参考になることもあるかと」
「……なるほどな」
応接室の隅に控えていたロルダンの答えにティトは顎に手を当てて少し考えていたが納得したようで頷く。
今回ジラルディエールに帰ってきたのはもちろん結婚のためではあるがこの機に島の様子を把握しておくという目的もあった。視察するに当たって女性ならではの視点で何か気がつくこともあるのだろう。
「よろしくね、アンジェル様!」
「こちらこそよろしくお願いします」
儀式があってからほとんど外に出られなかったアンジェルにしてみたら同年代の女性と話をするのも久しぶりだ。
出会いは少し衝撃的だったがこの先仲良くやっていけたら、とアンジェルは思った。
***
ジラルディエール三日目の朝を迎えた。
昨日はドレスや宝石の事で慌ただしかったが今日は比較的ゆっくりできるといって朝食後ティトと敷地内を散歩している。
そして普段は王族しか入ることが許されていないという白い塔へ案内してもらった。
「わぁ…とてもキレイですね」
白い塔は外から見ても美しかったが中に入るともっと壮観だった。
入り口から螺旋階段をちょうど三周分くらい上ったら開けた場所に出る。前方には祭壇がありあちこちにある窓から光が降り注ぎキラキラ輝いていた。
「王族やそれに近しいものが何らかの儀式をする時はこの塔を使うんだ」
例えば、生誕時や成人式、戴冠式、死亡時…王族が神に報告したり祈りを捧げたりするのはすべてこの塔で行うのだと教えてくれた。
「俺たちの結婚式もこの塔でするぞ」
「はい!」
ここに立っていると万物に祝福されている気分になる。それほどの神聖さがあった。
(心まで洗われるようだわ…)
そう思いながら高い高い天井を見上げていると端の方に丸いガラス張りの部分を見つけた。ふとジラルの塔の事を思い出す。
「ジラルの塔の上には部屋がありましたがここも上には何かあるんですか?」
「ああ、この塔の上はな…」
「!」
にまっと笑ったかと思うと突然腰を引き寄せられこめかみの辺りにキスをされた。
「まぁ、当日わかるから楽しみにしといて」
「…はい。とても楽しみです」
ふふ、と微笑むとティトも嬉しそうに笑ってくれた。そっと顔が近づき、その気配に目を閉じると優しく唇が重なる。
ふわりと舞った花びらにアンジェルもまた、ティトへの想いを重ねていったのだった。
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