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心休まる場所
しおりを挟む「これお願いします」
「はい、承りました」
ペルラン王都にある郵便局で一通の手紙を出す。この手紙はギマールに住むメルテンス子爵家に宛てたものだ。ギマールを出てからすでに二月近く経っているし随分心配をかけていることだろう、とレネは申し訳なく思った。
――父親だけは絶対に殺してやる――
姉がジラルの塔の生け贄になったと知った時からレネは父親に対しての強い憎悪を抑えきれなくなった。
今にして思えばその感情が心の中を占拠して周りが何も見えなくなっていたと思う。もしレネが父親を殺害してしまっていたら。
(モニク叔母さん達にも迷惑を掛けるところだった…)
無条件でレネを受け入れ、アンジェルも引き取りたいと何度も何度もセルトン家に打診してくれた叔母夫婦。ただでさえずっとお世話になってきたのに恩を仇で返すところだった。
「レネ!手紙出せた?」
「うん、ありがとう」
郵便局を出ると外で待っていたルシアナが走り寄ってきた。今日は二人で市場へ行って食材を買ってくるようにと言いつかっている。
「レネはここの市場に行ったことはある?」
「ううん、初めてだよ」
「王都の市場はスゴいよ!とっても美味しいお気に入りのお菓子屋さんがあるんだ」
いっぱい買おうね!と楽しそうなルシアナの声に耳を傾けながら以前とはまったく違った心情でこの街を見回す。この間はモノクロに見えた街並みが心ひとつでこんなにも景色が変わるものかと感心した。
「そういえば前に皆で王都にあるセルトン侯爵家別邸に潜入したんだ」
「え」
「その時、ティト様ってばヴィオレットが勝手に持ち出そうとしたアンジェルのドレスと宝石燃やしちゃったんだよ!」
「ええっ!?燃やしたの!?」
「うん、ちょっとスカッとしたよね」
ルシアナの話に驚いてレネは思わずセルトン侯爵家別邸がある方向に視線を向けた。ここからは距離があり見えるわけではないが、この王都に彼らの棲家があると思えば微妙な気持ちになる。
クレールや父親、義母に異母姉…それらに対する憎しみの感情はないものにはできない。ほとんど一緒に生活していないレネでさえここまでの感情を持つのだ。アンジェルの心情は如何ばかりかと思う。
(だけど…)
アンジェルは家族に対しての不平不満を他人に漏らすような人ではなかったが、以前はどこか諦めたような微笑みしか見せなかった。
しかしロバナで再会してからのアンジェルを見ているとコロコロと表情を変えて心から笑っているように思う。
(これで良かったんだ)
アンジェルが人より辛い人生を送ってきたことはもう変えることができない事実だ。しかし今はそれ以上に幸せそうだとレネは嬉しく思った。
***
「レネは紅茶にミルク入れる?」
「うん、少しだけ」
『アンジェル、僕はハチミツも入れてね!』
「ふふ、わかりました」
先月供養のために毎日献花していたジラルの塔の上にまさかこんなほのぼの空間があるなんて想像もしていなかった。
そして魔力については追々わかると言っていたがまさかティト達が鳥獣に変わるとは思ってもみなかった。いや、アンジェルが子猫に変えられて移動する時も驚いたが。
『うーん、やっぱりアンジェルが淹れた紅茶は美味いな』
テーブルを挟んだ向かい側にはグリズリーの姿をしたティトがティーカップを器用に摘まんで紅茶を飲んでいる。ティトだけではない、フクロウのアドルフィトもモルモットのルシアナも同じテーブルに着いて各々のスタイルでお茶や菓子を食していた。アンジェルはもう慣れているのか楽しそうに彼らに世話を焼いている。まるで童話の世界を見ているようだとレネは思った。
『そういえばレネは学校はどうしてるんだ?』
「あ、今は子爵領にある学校に通っています。秋からどうするかはまだ決めてなくて…」
「叔父様はどうおっしゃっているの?」
「叔父さんも叔母さんも王立学校に通えば良いと言ってくれてるよ」
階級制度が根強いペルランとは違い、ギマールはすでに教育が上流階級だけのものではなくなってきている。今は誰でも通える地元の学校に通っているが十五才になった今年はレネにとって大きな節目だ。叔父はもちろん王立学校などへの進学を勧めているが、レネにしてみれば膨大な学費を払ってもらう事に気が引けていた。
『アンジェルと一緒にいたいなら俺達と暮らしても構わないしメルテンス子爵の元に戻るのならそれでも構わない。難しいことは考えないでレネの好きにしたらいいぞ』
『ですが王立学校に通うならやはりギマールの方が良いでしょうね』
『確かにな~。ペルランの閉鎖的教育は時代遅れだ』
グリズリーとフクロウがレネの進路相談に乗っているなんて不思議な光景だ。真面目な話なのになぜかホッコリしてしまいそうになる。
『まだ秋まで時間はあるし子爵ともよく話し合って決めたらいい』
「はい」
『それと!アンジェルにも言ったが金の心配はしなくていいぞ。俺の懐に入ったからには不自由な思いはさせないし、それはメルテンス子爵も同じように考えているはずだ』
「あ…ありがとうございます」
まるでレネの心の中を見透かすような助言に驚いてしまう。ティトの隣に座るアンジェルを見ると嬉しそうに見守ってくれているし何だかとても頼もしく感じた。
『レネの進路はゆっくり考えるとして…次はアンジェルのことだな』
「え、私ですか?」
ティトがひょいっとアンジェルを膝の上に乗せて頬擦りした。再会してから驚いたのはティトが所構わずアンジェルとイチャイチャしようとする事だ。他の二人は慣れているのか特に気にしてもいない。姉も恥ずかしがってはいるが満更でもない様子だし、レネはまだ目のやり場に困ってしまう。…と言っても今はグリズリー姿だからほのぼのとした光景にしか見えないが。
『アンジェルが堂々と街を歩けるようにしたい』
「あ…」
『その第一歩としてジラルディエールに行こう。もちろんレネも一緒だぞ』
『レネ、ジラルディエールにはキレイな鳥がたくさんいるんだよ!一緒に見ようね!』
「うん…楽しみだな」
ピョン、とレネの膝の上にルシアナが乗ってきた。当たり前のようにすでに一員として考えてくれているティト達に心がぽかぽかする。
(何より、姉さんが一緒に笑ってる…)
幼い頃から求めていた、姉と共に安心して過ごせる居場所がここにはある。レネにとってもまたひとつ、心休まる場所が増えたのだった。
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