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接触

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「ティト様」

偵察に行っていたアドルフィトがスッと後ろに立った。

「どんな感じだ?」
「可哀想な自分をひたすら演じていましたね」
「ハッ、愚の骨頂だな」

クレールと婚約を破棄したい姉の命令で王子を誘惑し無理やり婚約者にさせられた。それを知った王家からの恩情で自分は解放され姉は王家を愚弄した罰を受けたのだ、と王室が発表したそのままをここで吹聴しているらしい。ギマールの人間はペルランの事にそんなに興味がないし、「それはお可哀想に」とヴィオレットの言うことをそのまま信じるのだろう。

「正直ヴィオレットに騙される男の末路も見てみたい気がするが」
「まぁ…こんなはずじゃなかったと後悔するか或いは同じような悪党が釣れる場合もありますね」
「さて、どうするか…来ると思うか?」
「おそらく。先ほどティト様とハルム様をチラチラ見ていましたので」

うーん、とティトは唸る。ここは王女の生誕パーティーの場であるし事を大きくするのはさすがにまずいだろう。

「んあ?ハルムどこ行った?」
「先ほど挨拶に行ってくると席を外しましたが」

どの程度なら可能か聞きたかったが居ないのなら仕方がない。ここは騒ぎにならない程度に済ますことにした。


**


(ああ、久しぶりに気分が良いわ!)

ヴィオレットはすり寄ってくる男たちにとても満足していた。男たちだけではない、女性からも羨望や嫉妬の眼差しを送られ上機嫌になっていた。

(やっぱり私はチヤホヤされるのが性にあっているのね)

王城から追い出された時はこんなはずではなかったと絶望した。上手くいかなかったのはすべてアンジェルのせいだと腹が立ったが、その姉がすべての罪を被って死んでくれたので清々した。
それに元々王室の厳しいレッスンをこなすなんて自分には向いていなかったので今思えば婚約破棄になって良かったのかもしれないとヴィオレットは思う。

この美貌があれば次の婚約者を見つけるなんて簡単だと思っていたのだがそう上手くはいかなかった。パーティーに出てもセルトン侯爵令嬢と知れば誰にも相手にされず、両親があちこちに打診をしても婚約を受け入れてくれそうな家は見つからなかった。
結局ペルラン王国の貴族相手では難しいと判断し、ギマールで結婚相手を探すことにしたのだ。思惑通りこの国ではペルランの情報はそんなに入ってきていない。

「とてもつらい思いをされたのですね」
「ええ…でも姉が可哀想で…。あんなことがあっても大切な家族だったんです」
「なんて心が美しい方なんだ」

使えるものは何でも使う。どうせアンジェルはもう死んだし嘘を吐いてもギマールではそれを確かめる人なんていない。目の前にいる複数の男性はもうヴィオレットの美貌と話術に嵌まってしまっている。

(とりあえず今日は何人かと交流をして…)

ヴィオレットはちらりと視線を走らせる。先ほど王族と仲良さげに話していた琥珀色の髪で端正な顔立ちの青年に目をつけていたのだ。何としても名前ぐらいは聞き出したい、そう思ってそちらに足を向けた。
こちらに背を向けているその青年の視界に入った時にふらついて支えてもらう、今まで散々ヴィオレットが使ってきた、簡単だが密着できる効果的な方法だ。

「あ…」
「おっと!」

計画通りふらつくとサッと体を支えられた。その青年はヴィオレットをひと目見てとても驚いた顔をしている。ヴィオレットは自分の美しさに驚いているのだろうと信じて疑わなかった。

「あ…ありがとうございます」
「いえ、大丈夫ですか?」
「ええ。少し目眩がして…」

すぐにスッと手を離された。少し残念に思ったがこの機会を無駄にはしないと少し儚げに微笑みかけた。青年はまだ驚いた顔でヴィオレットを見つめている。

(私が美しすぎて声も出ないのね)

「…驚きました」
「え?」

ヴィオレットはわざとらしく小首を傾げた。青年の口からは自分への賛辞が出てくるのだろうと思ったのだが。

「まさかこのパーティーにヴィオレット・セルトン侯爵令嬢が来ているなんて」
「!」
「私は普段ペルラン王都で過ごしているのです」
「……あ」

まずい、とヴィオレットは嫌な汗をかきはじめた。ペルラン王都に住む人間ならば一連の事柄を知っているに違いない。ヴィオレットだってペルラン王都の人間に嫌厭されていることぐらいわかっていた。

「ギマールへは何をしに?」
「いえ、その…」
「…ああ。相手にしてくれる男性を探しに来られたのですか。確かにペルランでは難しいでしょうね」
「っ…私、」

やっぱりこの男はセルトン家にまつわる噂を全部知っている、と踵を返そうとしたのだが。

「ああ、こんなところにいたのですか…おや?」

退路を塞ぐようにヴィオレットの後ろからもう一人青年が現れた。メガネをかけたオリーブ色の髪の青年も同じく驚いた顔をしている。

「ヴィオレット・セルトン侯爵令嬢ではないですか」
「ぁ……」
「私この間までペルランの王立学園に留学していたんですよ」
「!」
「あの創立記念パーティーは凄かったですねぇ。全校生徒の前でお姉様に恥をかかせたあの宣言」

ヴィオレットはすでに顔面蒼白だ。とにかく一刻も早くこの場所から逃げなくてはと思うが足が思うように動かない。

「君たち無礼じゃないか!」

周りで様子を窺っていた男たちが助けに入ってきてくれてほっとしたのも束の間、琥珀色の髪の青年はとても綺麗な笑顔で口を開いた。

「あなた方が何を信じようが勝手だが…現セルトン侯爵家は正式な血が流れるアンジェル嬢にすべての罪を押し付けて見殺しにした、とペルラン国民の誰もが思っているのは変えようのない事実だ」
「え…いや、でも」
「ペルラン王国の知り合いにでも尋ねてみては?」

かばってくれていた男たちが明らかに戸惑い始めた。動揺で震えているとクイっと顎を引き上げられ無理やり視線を合わされる。笑ってはいるがその瞳には明らかに軽蔑の念が浮かんでいて――

「今度は何が燃えるんでしょうね?」
「っ…!!」

(上手くいっていたのに…何でこんな目にっ…これも全部アンジェルのせいだわ!)

「…失礼します!」

青年を睨み付けると、ヴィオレットはアンジェルに的外れな怒りを向けながらパーティーを後にしたのだった。


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