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モニク叔母様
しおりを挟むカナリー宮を出て再び馬車に揺られ二日。ギマールにはアンジェルが生け贄になったことを知る人はほとんどいないということがハルムの発言によってわかった。したがってギマール国内では子猫で移動しなくとも大丈夫だと深い帽子と眼鏡程度の変装でモニクの所に向かっている。
「モニク叔母様に会うのは八年ぶりです。私がわかるでしょうか…」
「大丈夫。そんなに緊張しなくていい」
膝の上でギュっと握りしめていた手を優しく解くように握られた。いつの間にか緊張で体がガチガチになっていた。
「レネが迎えに行くと言っていたのならメルテンス子爵一家はアンジェルを受け入れるつもりだったのでしょうから心配はいらないと思いますよ」
「あ…そうですね」
実父や義母に拒絶され続けていたことはいつの間にかアンジェルの心を疑心暗鬼にさせていたらしい。また親族に邪険にされたら、と。
(とても失礼なことを考えてしまったわ…)
レネをこれまで育ててくれたメルテンス一家に不安を抱くなんて、とアンジェルはその考えを振り払うように頭を横に振る。そんな事を考えているうちに馬車がゆっくり停車した。
「ここがメルテンス子爵邸か」
「レネはいるかな?」
馬車を下り子爵邸を眺める。どことなく母がいた頃の温かいセルトン侯爵邸の雰囲気に似ていた。やはり姉妹だから好みも似ているのだろうか。
「とにかく警備の方に話を…」
「あれ?向こうから誰か走ってくるよ」
ルシアナの言葉にエントランスの方を見る。こちらを目掛けて走ってくるのは――
「モニク叔母様!」
「ああっ…本当に!?本当にアンジェルなの!?」
「はい…」
「アンジェルっ!」
ギュっと痛いほど抱きしめてきたモニクの手は震えていた。涙をぽろぽろ流し存在を確かめるように背中を何度も撫でられる。何も心配することはなかったと緊張していた心が一瞬にして溶けていった。
「ホントに、本当に無事なのね…」
「はい…この方達が助けてくれたのです」
アンジェルが後ろを振り返ってティト達を見ると皆嬉しそうに見守ってくれていた。目が合うとティトは小さく頷きスッとモニクの前に出る。
「突然の訪問をお許しください。アンジェル嬢の婚約者のティト・アコスタと申します」
「まぁ!そうなの!?」
「は、はい…」
こんなに堂々と婚約者発言をされてアンジェルは思わず赤面してしまう。今の今まで涙を流していたモニクも花が咲いたように表情が明るくなった。
「ハッ!私ったら…ごめんなさいね、こんなところで!中でゆっくり話しましょう」
そうして皆屋敷の中に案内された。
「アンジェルが生け贄になったという話はレネの手紙で初めて知ったの」
「レネから手紙が?」
「ええ。あなたの婚約破棄を知ってすぐに迎えに行ったのよ。だけど、こんな手紙が届いて…」
叔母宛の手紙にはレネが街で聞いた話が丁寧に書かれていた。
その内容は王室が発表したアンジェルに罪があるという嘘ではなく、実際にあったこととほぼ相違ない。ペルランの王都に住む人は王室の発表を信じていないということだ。
アンジェルはレネの手紙の内容を補足しながらモニクに経緯を話した。創立パーティーで婚約破棄された事、クレールとヴィオレットが上手くいかなかった事をアンジェルのせいにされた事。
「あの男はいったいどこまで下劣なのかしらっ…!許せないわ!」
悔しそうにモニクがスカートを握りしめる。モニクにしてみればアンジェルの父はセルトン家を乗っ取った男だ。現セルトン侯爵家に古くから繋がるセルトンの血が流れるものは一人もいない。財産などはどうでも良いがあの男のせいでセルトンの名が汚されていくのが我慢ならなかった。
「元々それが狙いでお姉様に近づいたのね…見抜けなかった私たちにも落ち度はあるわ」
「……」
「ごめんなさいね。アンジェルとレネの実父なのに悪く言ってしまって」
「いえ…それは当然だと思います」
アンジェルだって自分にあの男の血が流れていると思えば苦しくなる。本当にこれが自分の父親なのだろうかと何度も何度も絶望した。
「…レネはまだ帰っていないのですね?」
「ええ…。思い詰めていないと良いけれど…」
メルテンス子爵が一緒に行くから数日待てと言ったのにも関わらずレネはすぐにペルランに向かってしまったらしい。それほど姉の境遇を心配してくれていたことに胸が詰まる。
「それにしても…アンジェル。良かったわね」
「え」
「素敵な方と巡り会えたのね」
「あ…はい」
ティト達がジラルディエール出身である事や身分の事…明かせないことは多いが助けてもらった事とそれをきっかけに婚約する運びになった事を話すととても嬉しそうにモニクが笑う。母が生きていたらこんな感じだったのだろうか。思わずモニクと母を重ねて涙ぐんでしまった。
*
「レネが見つかったらすぐに連絡します」
「ええ、ありがとう。こちらも何かあれば手紙を送るわ」
正式に結婚するまではここで過ごしても良いのよ、と言ってくれたモニクの申し出を丁重に断り別れの挨拶をする。
モニクが微笑んでアンジェルの頬を優しく撫でてくれた。
「…子供の頃から似ていたけれどますますお姉様に似てきたわね」
「そうでしょうか?」
「ええ、とても綺麗よ。自信を持って」
両手をギュっと握り勇気づけるようにそう言われ嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「あなたの幸せを祈っているわ」
「っ…はい。ありがとうございます」
「アンジェルの事をよろしくお願いします」
「はい。必ず幸せにします」
頭を下げるモニクにティトが応える。そのやり取りの温かさに思わず涙が溢れた。
「何かあったら必ず頼るのよ。あなたもレネも私の大切な家族だわ」
「はい…」
実の父よりも自分やレネを思い遣ってくれる人がたくさんいる。
もう一人ではないとアンジェルは実感し、メルテンス子爵邸を後にしたのだった。
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