23 / 118
モニク叔母様
しおりを挟むカナリー宮を出て再び馬車に揺られ二日。ギマールにはアンジェルが生け贄になったことを知る人はほとんどいないということがハルムの発言によってわかった。したがってギマール国内では子猫で移動しなくとも大丈夫だと深い帽子と眼鏡程度の変装でモニクの所に向かっている。
「モニク叔母様に会うのは八年ぶりです。私がわかるでしょうか…」
「大丈夫。そんなに緊張しなくていい」
膝の上でギュっと握りしめていた手を優しく解くように握られた。いつの間にか緊張で体がガチガチになっていた。
「レネが迎えに行くと言っていたのならメルテンス子爵一家はアンジェルを受け入れるつもりだったのでしょうから心配はいらないと思いますよ」
「あ…そうですね」
実父や義母に拒絶され続けていたことはいつの間にかアンジェルの心を疑心暗鬼にさせていたらしい。また親族に邪険にされたら、と。
(とても失礼なことを考えてしまったわ…)
レネをこれまで育ててくれたメルテンス一家に不安を抱くなんて、とアンジェルはその考えを振り払うように頭を横に振る。そんな事を考えているうちに馬車がゆっくり停車した。
「ここがメルテンス子爵邸か」
「レネはいるかな?」
馬車を下り子爵邸を眺める。どことなく母がいた頃の温かいセルトン侯爵邸の雰囲気に似ていた。やはり姉妹だから好みも似ているのだろうか。
「とにかく警備の方に話を…」
「あれ?向こうから誰か走ってくるよ」
ルシアナの言葉にエントランスの方を見る。こちらを目掛けて走ってくるのは――
「モニク叔母様!」
「ああっ…本当に!?本当にアンジェルなの!?」
「はい…」
「アンジェルっ!」
ギュっと痛いほど抱きしめてきたモニクの手は震えていた。涙をぽろぽろ流し存在を確かめるように背中を何度も撫でられる。何も心配することはなかったと緊張していた心が一瞬にして溶けていった。
「ホントに、本当に無事なのね…」
「はい…この方達が助けてくれたのです」
アンジェルが後ろを振り返ってティト達を見ると皆嬉しそうに見守ってくれていた。目が合うとティトは小さく頷きスッとモニクの前に出る。
「突然の訪問をお許しください。アンジェル嬢の婚約者のティト・アコスタと申します」
「まぁ!そうなの!?」
「は、はい…」
こんなに堂々と婚約者発言をされてアンジェルは思わず赤面してしまう。今の今まで涙を流していたモニクも花が咲いたように表情が明るくなった。
「ハッ!私ったら…ごめんなさいね、こんなところで!中でゆっくり話しましょう」
そうして皆屋敷の中に案内された。
「アンジェルが生け贄になったという話はレネの手紙で初めて知ったの」
「レネから手紙が?」
「ええ。あなたの婚約破棄を知ってすぐに迎えに行ったのよ。だけど、こんな手紙が届いて…」
叔母宛の手紙にはレネが街で聞いた話が丁寧に書かれていた。
その内容は王室が発表したアンジェルに罪があるという嘘ではなく、実際にあったこととほぼ相違ない。ペルランの王都に住む人は王室の発表を信じていないということだ。
アンジェルはレネの手紙の内容を補足しながらモニクに経緯を話した。創立パーティーで婚約破棄された事、クレールとヴィオレットが上手くいかなかった事をアンジェルのせいにされた事。
「あの男はいったいどこまで下劣なのかしらっ…!許せないわ!」
悔しそうにモニクがスカートを握りしめる。モニクにしてみればアンジェルの父はセルトン家を乗っ取った男だ。現セルトン侯爵家に古くから繋がるセルトンの血が流れるものは一人もいない。財産などはどうでも良いがあの男のせいでセルトンの名が汚されていくのが我慢ならなかった。
「元々それが狙いでお姉様に近づいたのね…見抜けなかった私たちにも落ち度はあるわ」
「……」
「ごめんなさいね。アンジェルとレネの実父なのに悪く言ってしまって」
「いえ…それは当然だと思います」
アンジェルだって自分にあの男の血が流れていると思えば苦しくなる。本当にこれが自分の父親なのだろうかと何度も何度も絶望した。
「…レネはまだ帰っていないのですね?」
「ええ…。思い詰めていないと良いけれど…」
メルテンス子爵が一緒に行くから数日待てと言ったのにも関わらずレネはすぐにペルランに向かってしまったらしい。それほど姉の境遇を心配してくれていたことに胸が詰まる。
「それにしても…アンジェル。良かったわね」
「え」
「素敵な方と巡り会えたのね」
「あ…はい」
ティト達がジラルディエール出身である事や身分の事…明かせないことは多いが助けてもらった事とそれをきっかけに婚約する運びになった事を話すととても嬉しそうにモニクが笑う。母が生きていたらこんな感じだったのだろうか。思わずモニクと母を重ねて涙ぐんでしまった。
*
「レネが見つかったらすぐに連絡します」
「ええ、ありがとう。こちらも何かあれば手紙を送るわ」
正式に結婚するまではここで過ごしても良いのよ、と言ってくれたモニクの申し出を丁重に断り別れの挨拶をする。
モニクが微笑んでアンジェルの頬を優しく撫でてくれた。
「…子供の頃から似ていたけれどますますお姉様に似てきたわね」
「そうでしょうか?」
「ええ、とても綺麗よ。自信を持って」
両手をギュっと握り勇気づけるようにそう言われ嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「あなたの幸せを祈っているわ」
「っ…はい。ありがとうございます」
「アンジェルの事をよろしくお願いします」
「はい。必ず幸せにします」
頭を下げるモニクにティトが応える。そのやり取りの温かさに思わず涙が溢れた。
「何かあったら必ず頼るのよ。あなたもレネも私の大切な家族だわ」
「はい…」
実の父よりも自分やレネを思い遣ってくれる人がたくさんいる。
もう一人ではないとアンジェルは実感し、メルテンス子爵邸を後にしたのだった。
1
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説

「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
そんなに妹が好きなら死んであげます。
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
『思い詰めて毒を飲んだら周りが動き出しました』
フィアル公爵家の長女オードリーは、父や母、弟や妹に苛め抜かれていた。
それどころか婚約者であるはずのジェイムズ第一王子や国王王妃にも邪魔者扱いにされていた。
そもそもオードリーはフィアル公爵家の娘ではない。
イルフランド王国を救った大恩人、大賢者ルーパスの娘だ。
異世界に逃げた大魔王を追って勇者と共にこの世界を去った大賢者ルーパス。
何の音沙汰もない勇者達が死んだと思った王達は……
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~
胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。
時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。
王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。
処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。
これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる