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ギマールへ!
しおりを挟むペルランの王都を出て三日目。この山を越えればギマールとの国境にたどり着く。
ギマールはペルランの南東に位置する大国だ。年間を通し温暖で乾燥した気候のギマールは農業も盛んだが海に面している地域が多いため漁業も盛んで、あらゆる面において豊かな国だ。
「ずっと子猫のままで悪いな。辛くないか?」
『大丈夫です。ティト様のおかげで私はとても快適ですよ』
山道を走り続ける馬車はガタゴトと大きく揺れる。しかしアンジェルは快適だった。それもそのはず道中はティトの膝の上にずっと乗せられているからである。
「今日中に国境に着けそうか?」
「できればそうしたいところです。国境付近に街がありますからそこで宿を取りましょう」
その時ガタン、と音がなり馬車が急停止した。何事かと思っていると外から少し強引に扉を開けられた。
「検問だ」
『!』
「証明書を見せろ」
「…ああ」
高慢な態度で身を乗り出してきた兵士にティトが返事をする。しかしアンジェルがドキッとしたのもつかの間、急に兵士が二、三歩後ろに下がった。それを見たアドルフィトが馬車の扉を素早く閉める。
『?』
「よし、行こう」
コンコンと壁を叩いて御者に合図をすると馬車が動き出す。いったいなんだったのかとアンジェルは不思議に思った。
『何がどうなったのですか?結局検問は良かったのでしょうか?』
「ああ、めんどくさいから魔力で追い払った」
『ええ!?』
「何の記憶も残らないから心配しなくても大丈夫だよ」
「ちゃんと証明書はあるので大丈夫ですがね。時間を取られたくないので」
相変わらずの不思議な力にアンジェルは感心しきりだ。
「しかし何やら物騒ですね。こんなところで突然検問なんて」
「ギマールとペルランは段々ややこしい感じになってきてるのかもな」
国境ではきちんとした手続きをするはずなのにギマールと行き来しようとする馬車にいきなり検問をかけるなんて普通では考えられない。元々国交が盛んだったわけではないが何かトラブルがあったのだろうか。
『ギマールは近年様々な分野で改革が進み大変発展していると聞きました。ペルランはどちらかと言えば閉鎖的ですので警戒しているのでしょうね』
「ペルランの国王はアホそうだもんね」
「正真正銘のアホだろ」
『……』
さっきペルランの兵に絡まれそうになったのにこの会話。うっかり聞かれたら不敬罪で捕まりそうだ。
『ギマールの王子、王女達は結束力が強く国を支える大きな力になっているとも聞きましたし、とても良い国なのでしょうね』
「アンジェルはギマールには行ったことないのか?」
『はい。恥ずかしながら私はペルラン王都とセルトン領以外は足を踏み入れたことがなくて…』
アンジェルの知識はほとんど書物や人から聞いたものだ。実際に見ていないからかなり知識が片寄っているかもしれないということはティトの元に来てから感じている。
「ギマールはいい国だぞ。街もペルランみたいに気取った感じではなく貴族と平民の距離もあまり感じない」
『ティト様達はギマールにはよく行かれたのですか?』
「俺とアドはギマールの王立学校に通ってたんだ」
『そうなのですか!』
学校に通うティトとアドルフィトを想像する。今と変わらず軽快なやり取りをしていたのだろうか。
「ティト様は授業はサボるわ寮は抜け出すわで不真面目を極めてましたね」
「俺は優秀だから良いんだよ。せっかくギマールにいるのに外の世界を知らなきゃ勿体ないだろ」
彼らしい物言いに思わずクスクス笑ってしまう。アドルフィトがため息を量産していたのが目に浮かんだ。
「アンジェルにもギマールの良いところをたくさん見せてやるから楽しみにしとけよ」
『はい!とても楽しみです』
レネが育ち、ティト達が学生時代を過ごした国。アンジェルはギマールへの期待を膨らませた。
***
国境を越えてさらに三日。やっと着いたと馬車を降りれば眼前にはとても大きな建物。
『えっと…ここはもしかしなくても宮殿なのではないですか?』
「そうそう。知り合いがここにいるんだ」
宮殿にいる知り合い?とアンジェルは怪訝な顔でその大きな宮殿を見上げる。
「おーい、ティト!よく来たな」
「ああ、久しぶり」
向こうから走ってきた人物にティトは何ということもなく片手をひょいとあげて挨拶をした。その相手を見てアンジェルはギョッとした。
「で、婚約者は?どこだ?」
「ここ」
キョロキョロと辺りを見回す青年にティトが懐を指す。バチリと目が合いアンジェルは思わず体をびくつかせてしまった。
「は?猫じゃん」
「ああ」
「なーんだ。婚約者を連れて来るなんて言うから何の冗談かと思えば猫飼い出しただけか」
ケラケラ笑う青年にティトが明らかにムッとして睨んだ。確かに猫が婚約者と言われたら皆そんな感じにはなると思うが。
「猫ちゃーん、こっちおいで」
『!』
「触るな」
アンジェルを取り上げようとした青年の手はティトによってパシリと叩かれた。アンジェルはそれを見て青くなる。
「これは俺のフィアンセで間違いないし勝手に触るな」
「ええ、ティト…ついに頭が…」
「煩い」
ティトがぞんざいに扱うこの青年には見覚えがあった。いつかの王族のパーティーで挨拶したことがあったからだ。
『ティト様、ティト様!』
「うん?どうした?」
声を掛けるとこれでもかというほど優しく微笑まれた。それを見て青年はドン引きしている。
『この方は第二王子のハルム殿下ではないですか!?』
「何だ、知ってたのか」
「…何で猫と会話を…」
猫と会話をするティトを見て段々怪訝な顔になっていくこの青年。それは、ギマールの第二王子ハルム・デ・フラーフであった。
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