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ブローチ
しおりを挟む屋敷に戻りアンジェルを元の姿に戻すと真っ先にセルトン侯爵に蹴られた体に異常がないかをくまなく確かめた。
子猫の姿の時にあれだけの力で蹴られたとなると相当なダメージだっただろう。たいていの怪我は治癒魔法で何とかなるが内臓に損傷があると少し時間がかかる。
「はぁ…」
「アンジェル大丈夫かな?」
痛みはないか、苦しくないか…色々尋ねても無理に微笑んで「大丈夫です」としか返ってこなかった。体の痛みより心の方が重症だ。ひとまず体を休ませるのが先決だと眠くなるように仕向けたので今は眠っている。
「実の娘に対して本当に何の思いもない父親でしたね」
ほんの少しでも追悼の思いや罪の意識、或いはアンジェルのおかげで自分たちが助かったという感謝の気持ちがあったのならアンジェルも報われたのだろう。アンジェルも少し期待してた部分があったのかもしれない。その淡い期待も裏切られてしまった。
「セルトン侯爵家に行く流れにしてしまったのは私です。アンジェルには申し訳ないことをしてしまいました」
「いや…中途半端に思いを残すよりは良いのかもしれない。少なくとも俺にとってはプラスだった」
アンジェルは今まで家族にどんなことをされても自分の中だけに留めて誰にも言わずにきたのだろう。それにあんな家族でもアンジェルは悪く言わないのではないかと思う。どんなに非道な家族であったか実際にわかってティトは良かったと思う。これから何かあっても情けをかける必要はないということだ。
「…それにしても気になる」
「え、何が?」
「アンジェルがキレる程のあのブローチは何なんだ!?」
「え~そこなの?」
「重要なのはそこだろ!?」
家族がどんなに貶める言葉を吐いてもアンジェルは動じなかった。それなのにあの宝石箱に触れた瞬間反応したのだ。そしてブローチを壊され激怒した。
「ハッ!もしかしてアホのクレールが子供の頃にくれたブローチ!?」
「あり得なくはないです」
「ってことはアンジェルはクレールが好きだったのかな?」
「まぁ婚約者だったのですし多少の情はあったのでは?」
「ぐっ…」
ティトとアンジェルが出逢ってまだひと月にも満たない。恋愛においては時間の長さではなく深さだ、なんてよく聞く格言だがやはり長ければ良い想い出の一つや二つあるだろう。ティトは心にモヤモヤした不快感を覚え立ち上がった。
「え、ティト様どこ行くの?」
「アンジェルと寝る」
「ほどほどにして下さいよ」
わかってる、と言い残しアンジェルの部屋に向かうティトを二人はやれやれと見送った。
***
あれは七才の頃だ。
ピアノのレッスンが終わり部屋に戻ろうと廊下を歩いていると庭から大きな泣き声が聞こえてきた。
何事かと窓から覗くと四才の弟であるレネとヴィオレットが何か言い争っている。急いで庭に降りるとレネが泣きながら抱きついてきた。
「いったい何があったの?」
「ぐす…アンジェルおねえさま…ヴィオレットおねえさまがぼくのぞうさんやぶった」
「ええ?」
レネの訴えにヴィオレットを見るとその手には生前母が買ってくれレネが大切にしていたぞうのぬいぐるみが持たれていた。ぬいぐるみは鼻の部分がちぎれて中から綿がのぞいている。
「ヴィオレット…どうして破ったの?」
「男の子がぬいぐるみなんてカッコ悪いから破ってあげたのよ!す~ぐ泣くんだから。アンタみたいなグズ大っ嫌い!」
レネがさらに泣き出した。あまりの意地の悪さにカチンときたアンジェルが言い返す。
「ヴィオレットが泣かせたんじゃない!」
「私が泣かせたんじゃないわ!お姉様ヒドイ!」
庭で子供たちが騒いでいると使用人が呼びに行ったのだろう、向こうから歩いてきた義母にヴィオレットは走り寄って泣きついた。
自分が被害者だと嘘をでっち上げそれに怒った義母はアンジェルの前まで来るとパチンと思い切り頬を叩く。
「二人してヴィオレットを苛めるなんて酷い子供達ね!」
「……」
義母の後ろではヴィオレットが笑っている。どうせ真実を訴えたとしても結果が覆ることなんてない。この二人が来てからもう何度同じことを繰り返されただろう。
アンジェルにぎゅっと抱きついているレネは恐怖で震えている。絶対に弟は守ってみせると義母を見据えた。
「何よ、その目。…まぁいいわ、旦那様がお戻りになったら言いつけてやるから」
ふふん、と笑うと二人は去っていった。これでまた夜は父親に怒られるな、と憂鬱になる。
「おねえさま、ごめんなさい…」
「いいのよ。私こそ守ってあげられなくてごめんね」
「ん…」
レネを抱きしめながらどうしてこんなことになったのかと思う。実の父親はもうすでに自分達の父親なんかじゃない、この数ヵ月の間にそう感じていた。この屋敷には誰一人自分達の味方なんていない。
(私が…私がレネを守らなきゃ!)
そう強く思っていたのに――
「え…」
「レネはモニクの所にやった」
アンジェルが不在の間にレネはいなくなっていた。
「お前はクレール殿下の婚約者だから仕方なくこの家に置いてやるんだ。有り難く思え」
空っぽになったレネの部屋で父親は冷たく言い放って出ていった。最愛の弟まで奪われアンジェルの心はどんどん凍りついていく。
(どうして…こんなこと…)
静まり返った部屋の床にポタポタと涙がこぼれ落ち、濡らしていく。
…アンジェルの手元に残ったのは昨年の誕生日にレネがくれた手作りのブローチだけだった。
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