15 / 118
激昂
しおりを挟む「たったこれだけなの!?もう少しあると思ったのに期待外れだわ!しかも地味なドレスばっかりね~」
「仕方ないでしょう。ヴィオレットと違ってあの娘は殿下に愛されてなかったのだから」
『(……)』
随分な言われように思わず気が遠くなりそうになる、と同時にとても恥ずかしい。確かに間違ってはいないが自分には価値がないと再度言われているようだった。
ヴィオレットはたったこれだけと言うが十八年もの間クレールの婚約者だったのだ。ドレスも宝石もアンジェルにしてみたら決して少なくはない。
「まったく…こんな物のためにわざわざ王都に来なくともお前のためならいくらでも買ってやると言うのに」
「だってこんな高価な物勿体ないじゃない!それに新しい婚約者を探すためにた~くさんドレスも宝石もいるんだもん!」
「仕方のない子ね」
今のやり取りのどこに微笑ましさがあったのか謎だが三人は楽しそうに笑っている。部屋を覗き込んでいるティトたちが白い目で見ているのがわかった。
「(なぁそろそろ燃やしていいか?)」
「(奇遇ですね。私もそう思っていました)」
『(……)』
何となくもう反対しなくても良いんじゃないかという気になってきた。ちょっとぐらい痛い目にあった方が…いや、ついこの間王家にあんな仕打ちをされたのにこのポジティブさだ。生まれ変わらない限り改心などしないかもしれない。
「靴も他の装飾品も一応全部詰めておいてね。向こうに帰ってから選別するから」
「かしこまりました」
ヴィオレットに指示され使用人がテキパキとアンジェルの物を箱に詰めていく。話しぶりからすると本当にアンジェルの私物を漁るためだけに王都にまで来たようだ。
「(アンジェル、良いの?)」
『(はい。すべて要りません)』
持っていてもパーティーに行くこともないし、それにクレールが用意してくれた物を今更惜しいとも思わない…売ったら大金にはなるかもしれないが。
「う~ん、それにしてもお姉様って倹約家だったのね。この部屋何にもないじゃない」
馬鹿にしたようにヴィオレットがくすくす笑う。必要最低限の物しか買えなかったことを知ってるはずなのによく言う、とアンジェルは呆れた。いなくなっても尚ここまで言われる理由はいったい何なのだと逆に不思議に思うほどだ。
「あら?これは何かしら?」
『(っ…!!)』
机の上に置いてあった木彫りの宝石箱。それに触られ思わず体が跳ねた。
「な~んだガラクタか。いらないわ」
ヴィオレットは宝石箱から取り出した物を一度かざして笑った後、ぽいっと後ろに放り投げた。投げられた物は床で小さく音をたてて二つに割れる――それを見たアンジェルはカッと血がのぼった。
『(っ…この!)』
「(アンジェル!?)」
「きゃあっ!?」
怒りを抑えることはできなかった。ティトの懐から飛び出したアンジェルはヴィオレットに飛びかかりその手をバリっと引っ掻いた。
「何よこの猫!」
「ヴィオレット!くそっ!」
『(う…ぅ…っ)』
「(ルーシー!)」
驚いた父親がアンジェルである子猫を蹴った。部屋の外に弾き飛ばされたアンジェルはルシアナに受け止められる。全身に走る痛みにアンジェルの体はビクビクと震えた。
「早く捕まえろ!」
「はい!……え?」
指示を受けた使用人が慌てて廊下に出たが子猫は見当たらない。ルシアナが抱えているせいで他の人間には見えていないのだ。
「……どこにも、いません」
「そんなはずないだろう!」
使用人の報告に怒った父親が廊下に出てくる。見回してみても本当に猫などどこにもいない。しかし部屋の中を振り返ると確かにヴィオレットの手からは血が流れている。
「…アンジェルお嬢様の呪いだわ」
メイドが怯えたようにポツリと言うと皆が戸惑う。怒った義母がメイドの元に向かいその頬を思い切り叩いた。
「くだらないことを言わないでちょうだい!」
「~っ!この部屋の物はすべて処分しろ
!ドレスもすべて燃やせ!」
「(ああ、燃やしてやろう)」
「え…キャーっ!!」
ティトがそう呟いた途端部屋に火がぼわっと上がった。アンジェルの部屋にいた全員が悲鳴をあげ我先に出ようとする間にも火は一瞬で広がり、また一瞬で収まった。そのあとは――
「ドレスが…」
ヴィオレットが持ち出そうとしていたアンジェルのドレスや装飾品はすべて灰となってしまった。
「だから私は王都に来ることに反対したんだ!領地に戻るぞ!この部屋は取り壊せ!まったく…何て忌々しい」
呆然とするヴィオレットの手を引っ張り父親と義母は怯えながらも出ていった。残された使用人達も慌てて逃げていく。
「(アンジェル!しっかり!)」
『(ぅ……)』
「(ルーシー、こっちに)」
ルシアナからアンジェルを受けとるとティトが目を瞑りその体をぽんぽんと優しく撫でる。激痛が走っていた体がぽわっと温かくなり次第に呼吸もしやすくなってきた。
『(あ……ティト、様)』
「(まだ痛むか?)」
心配そうに覗き込んでくるティトの顔を目にすると抑えていたものが溢れだし、ポロポロと涙がこぼれた。
『(離れて、ごめんなさいっ…)』
「(いや、いい。あんなの当然だ)」
優しく撫でられ涙が止まらなくなる。怒りと悔しさと悲しさ、すべてが一緒になって溢れてきた。
「(…帰りましょう)」
「(ああ)」
これだけ持って帰ろうね、とルシアナが木彫りの宝石箱とヴィオレットに投げ捨てられた物……粘土で出来た花の形のブローチを拾ってセルトン侯爵家を後にしたのだった。
17
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)


【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
【完結】もう結構ですわ!
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
恋愛
どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。
愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!
ハッピーエンド確定
【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/11/29……完結
2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位
2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位
2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位
2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位
2024/09/11……連載開始

忌むべき番
藍田ひびき
恋愛
「メルヴィ・ハハリ。お前との婚姻は無効とし、国外追放に処す。その忌まわしい姿を、二度と俺に見せるな」
メルヴィはザブァヒワ皇国の皇太子ヴァルラムの番だと告げられ、強引に彼の後宮へ入れられた。しかしヴァルラムは他の妃のもとへ通うばかり。さらに、真の番が見つかったからとメルヴィへ追放を言い渡す。
彼は知らなかった。それこそがメルヴィの望みだということを――。
※ 8/4 誤字修正しました。
※ なろうにも投稿しています。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる