11 / 118
君の好きなもの
しおりを挟む(まだ、慣れない…)
朝食の席でふぅ、とアンジェルは小さくため息を吐いた。その頬はほんのり赤い。
「いい加減寝起きを襲うのやめたらどうですか?」
盛大なため息を吐きながらアドルフィトが眼鏡をくいっとあげる。注意された本人はどこ吹く風といった感じでパンを噛っていた。
ここに来てからずっとだが、夜は一人で眠ったはずなのに朝目を開けると同じベッドでティトが眠っている。そして毎回お約束のように唇を奪われているのだ。
「可愛いから絶対止めないし、あんなもの襲ったうちに入らん。朝の挨拶だ」
「だそうなので諦めて慣れてください」
「……うぅ」
絶対に止めない宣言をされアンジェルの頬がより赤くなる。すると朝食もそこそこにガタッとティトが立ち上がった。
「よーし、今日はアンジェルの物たくさん買ってくるから楽しみにしてろよ」
「え、あ…ありがとうございます」
「僕はアンジェルとゆっくりお茶でもして待ってるよ」
「え、ルーシー様行かないんですか!?」
うん、とルシアナが頷く。ルシアナが行かないとなると下着や夜着はセクシー路線か謎の柄になるのでは…と不安になる。まぁルシアナが選んでもひらひらふりふりになるのは間違いなさそうだが。
「じゃあアドと行ってくるか。少し遠いが同胞がやってる店があってな、一通りそこで揃うと思うから」
「夕方には戻ります」
「じゃあ、行ってくる」
「はい、行ってらっしゃいませ」
「……」
「?」
行ってくると言ったままアンジェルの前に立ち尽くしてるティトに首を傾げた。何かあるのだろうかとキョロキョロするがティトはずっとアンジェルを見つめたままだ。
「あ、あの…」
「ティト様、アンジェルの行ってらっしゃいのちゅーが欲しいんだって」
「え、ええ!?」
見かねたルシアナが助け船を出すとアンジェルの頬は一気に真っ赤になった。出掛けられませんので早くお願いします、とアドルフィトに言われよりまごつく。ティトの笑顔で無言というプレッシャーが半端ない。
(でも、私のために出掛けるのだし、これくらいはっ)
ゴクッと息を飲み、そっとティトの両肩に触れ背伸びをした。彼の頬に触れたか触れてないかくらいの掠めた程度のキスであったが、ふわっと花びらが数枚舞った。
(あ…喜んでる…?)
ちらりとティトの顔を見れば甘く微笑んでいる。その笑みに気を取られていると、
「んっ…! ん~~ぷはっ」
「ハハ!じゃあ、行ってきま~す」
ティトはしっかりと唇を奪って花びらを撒き散らしながらご機嫌で出ていった。その後ろ姿を見送りへなへなと崩れ落ちる。
「アンジェルはいつか羞恥心で死んじゃいそうだね」
「………」
(ホントに死ぬかもしれない…)
腰が抜けてしまったアンジェルはルシアナに引っ張りあげられたのだった。
**
ティト達を見送ったあとはルシアナと朝食の続きをし、片付けたあとはソファに座り本を読んでゆっくりと過ごしていた。
「はい、アンジェルこれあげる」
「あ、ありがとうございます」
大きな缶を持ってきて隣に座ったルシアナが手渡してくれたものはキャンディのようだった。ピンク色の包み紙を剥がすと同じ色のキャンディが出てくる。可愛い色だと思いながら口に含むと、
「!」
「おいしいでしょ?これも、これもあげるね」
(甘い~~!)
ピンク色だからイチゴ味か何かだと思ったがまるで世の中の甘い食材を全部混ぜて作ったような甘さのキャンディだった。気に入ったと思われたのかポイポイと色々なお菓子を次々に手の平に乗せられる。勧められたお菓子を順に食べたがどれも激甘でアンジェルは段々胸焼けし始めた。
(苦しい、けどルーシー様が嬉しそうだし)
「僕の好きなお菓子とってもおいしいでしょ?」
「はい、甘くておいしいですね」
そう言って笑うとルシアナは真顔になって突然お菓子の入った缶に蓋をした。アンジェルの心に一抹の不安がよぎる。
「…本当は美味しくないんでしょ」
「え!?そんなことないです!」
「無理しなくて良いよ」
どうやら怒らせたしまったようだと鼓動が早くなる。どうしたら良いのかわからずにとにかく謝ろうと頭を下げようとした時、ぎゅっと両手をルシアナに握られた。
「嫌なら嫌って言って良いんだよ、アンジェル!」
「え…」
「僕らはそんなことで怒ったりしない」
真剣な顔でそう言われアンジェルは面食らった。
「アンジェルが今まで大変な思いをして過ごしてきたのは何となくわかってる。でもここでは嫌なものははっきり言って良いんだよ、そのワンピースだって」
「! そんなことは…」
確かにアンジェルにはあまり似合っていないかもしれないがせっかく皆が選んで買ってきてくれた服だ。決して嫌ではないと伝えてもルシアナは首を横に振る。
「嫌いなものも言わなきゃダメ。そうやってお互いの事をわかっていくんだよ?僕たちはアンジェルの無理した笑顔が見たいんじゃない。アンジェルが嬉しいのが嬉しいんだ」
「っ…!」
そんなこと初めて言われた。
母親が亡くなり弟がいなくなってからは居場所などなく息を殺すように生きてきた。アンジェルが喜ぶことが嫌いで、逆にアンジェルが悲しむと喜ぶ義母と義妹の前では喜怒哀楽を出さないようにしていた。好きなもの、嫌いなもの…そんなこと考えないようにしていたのだ。
「ねぇ、アンジェル。本当はどんな服が良い?」
「…私は、」
その時バタン、と扉が開きティト達が帰ってきた。まだ昼過ぎだし随分早い帰りだ。
「お帰りティト様。早いね」
「すまん、アンジェル!」
帰ってくるなりアンジェルの肩をガシッと掴みティトが謝る。何事かと目をぱちぱちさせた。
「店のマダムにめっちゃ怒られた。サイズも好みもわからないのにお前達が勝手に選ぶな!女性はお前達の着せ替え人形じゃないわ!って」
「正直怖かったです…」
よほど怖かったのか二人とも真っ青な顔をしている。その話を聞いてルシアナがプハッと吹き出した。
「ねぇ、アンジェルの好きなものをいっぱいにしようよ」
「そうだな。それが一番だ」
ルシアナの提案にティトが深く頷いた。
好きな色だとか柄だとか色々尋ねては紙に書き込んでいく。とても、とても大事にしてくれる三人にアンジェルの心はこれまで以上に感謝で溢れていた。
**
「アンジェルすごく似合ってるぞ!」
「ありがとうございます」
ラベンダー色のシフォンワンピース。スタンドカラーでウエストの切り替えまではフロントボタンがついている。程よいロング丈で歩く度にふわりと揺れる裾がとても綺麗だ。作って貰った服や下着はアンジェルのイメージを見事に反映させた物ばかりだった。
新しい服に身を包んだアンジェルを見て嬉しそうにしていたティトが何かを思い付いたのかポンと手を叩いた。
「そうだ!ネグリジェ姿も見たいから今夜からは一緒に寝るわ」
「ええ!?」
「まぁ下着の披露はもうちょっとだけ待つか」
「~~~!」
また羞恥でぷるぷる震えているとルシアナにちょんちょんと肩をつつかれた。まるで大丈夫?と聞いているような表情にアンジェルは笑顔で頷く。
「恥ずかしいけど嫌じゃないから…大丈夫」
「アンジェル!!」
それを聞いて感極まった様子のティトにぎゅうっと抱きしめられ胸が高鳴る。ティトの肩越しにチラリと見えたルシアナは嬉しそうに何度も頷いていた。
(少しずつ、少しずつ…)
自分の気持ちにも素直になれたら、とアンジェルは心に刻んだのだった。
3
お気に入りに追加
223
あなたにおすすめの小説
【書籍化確定、完結】私だけが知らない
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
書籍化確定です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
[連載中]蔑ろにされた王妃様〜25歳の王妃は王と決別し、幸せになる〜
コマメコノカ@異世界恋愛ざまぁ連載
恋愛
王妃として国のトップに君臨している元侯爵令嬢であるユーミア王妃(25)は夫で王であるバルコニー王(25)が、愛人のミセス(21)に入り浸り、王としての仕事を放置し遊んでいることに辟易していた。
そして、ある日ユーミアは、彼と決別することを決意する。
この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
嫌われ聖女さんはとうとう怒る〜今更大切にするなんて言われても、もう知らない〜
𝓝𝓞𝓐
ファンタジー
13歳の時に聖女として認定されてから、身を粉にして人々のために頑張り続けたセレスティアさん。どんな人が相手だろうと、死にかけながらも癒し続けた。
だが、その結果は悲惨の一言に尽きた。
「もっと早く癒せよ! このグズが!」
「お前がもっと早く治療しないせいで、後遺症が残った! 死んで詫びろ!」
「お前が呪いを防いでいれば! 私はこんなに醜くならなかったのに! お前も呪われろ!」
また、日々大人も気絶するほどの魔力回復ポーションを飲み続けながら、国中に魔物を弱らせる結界を張っていたのだが……、
「もっと出力を上げんか! 貴様のせいで我が国の騎士が傷付いたではないか! とっとと癒せ! このウスノロが!」
「チッ。あの能無しのせいで……」
頑張っても頑張っても誰にも感謝されず、それどころか罵られるばかり。
もう我慢ならない!
聖女さんは、とうとう怒った。
冤罪から逃れるために全てを捨てた。
四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる