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婚約破棄
しおりを挟む「アンジェル・セルトン嬢との婚約を解消し、妹であるヴィオレット嬢と婚約することをここに発表する!」
声高々にその宣言はホールに響き渡る。壇上にはペルラン王国の第一王子であるクレール・バルテル王太子。
その隣に寄り添っているのはヴィオレット・セルトン――アンジェルの異母妹だ。
(何を、言っているの…?)
アンジェルは壇上の二人を見上げた。
今日は学園で一年に一度行われる盛大な創立記念パーティーだ。今日アンジェルは婚約者であるクレールにエスコートされ会場にやって来た。
パーティーの中盤、慣例である王太子挨拶が行われる直前に少し席を外すと言って出ていったクレールはなぜか妹であるヴィオレットを伴って戻ってきた。
そして今の宣言に至る。
シン、と静まり返るホール。皆何が起こっているのかわからないといった表情だ。
それもそのはず、当事者であるアンジェルだって何がどうなっているのかさっぱりわからない。
アンジェルは震える足で壇上に歩み寄りクレールを見上げた。
「クレール殿下っ…これはいったいどういうことなのですか…?」
「今言った通りだ。君との婚約は解消し、愛するヴィオレットと婚約する」
「…愛する、ヴィオレット…?」
呆然とクレールを見つめているとその腕に纏わりついているヴィオレットが周りにはわからない程度にニヤリと笑った。勝ち誇ったような笑み、義母にそっくりだ。
(そう…何もかも奪っていくのね…)
握りしめた拳の力がスッと抜ける。ここで反論したところで味方など一人もいないし、覆ることなどない。
今まで何度も経験してきた絶望だ。グッと奥歯を噛みしめるとアンジェルは戸惑いでざわついたホールを後にした。
ふらふらとあてもなく彷徨い、気がついた時には学園の裏庭にあるベンチに座っていた。衝撃的過ぎたのか、それともなんとなく予感があったのかはわからないが不思議と涙は出てこない。
いつの間に夜になっていたのか空を見上げると大きな丸い月。引き込まれそうなほど綺麗な光だ。それがより一層アンジェルの心を落ち込ませた。
(この月もあの二人を祝福しているのかしら…)
思わずそんな事を考えて自嘲する。
アンジェルとヴィオレットは共にセルトン侯爵家の娘だ。…ただし腹違いの姉妹である。
アンジェルの母方の祖父であるヴァレール・セルトン侯爵は側近として先代国王を支え大きな功績を残した。
だがヴァレールには子息がおらず娘婿が爵位を継いだ。それがアンジェルの父親、ベランジェだ。
父と母、アンジェルに三つ年下の弟のレネ。優しい両親と可愛い弟に囲まれ何の不自由もない幸せな幼少期を過ごした。
しかしアンジェルが六歳の頃、母親が病気で亡くなってしまった。
悲しみに暮れていた姉弟にさらに追い打ちをかけたのは半年も経たないうちに父が再婚したことだ。
その継母であるリゼットは腹違いの妹ヴィオレットを伴ってやって来た。
ヴィオレットはアンジェルの一つ年下、ということは母の妊娠中にできた不義の子ということになる。
母を裏切っていたという事実だけでも受け入れがたいのに、父は次第に美しい継母とヴィオレットばかりを可愛がるようになりアンジェルとレネを疎むようになった。
結果、本来跡取りであったはずのレネは母の妹である叔母夫婦に引き取られた。
しかしすでに王太子の婚約者であったアンジェルを追い出すような醜態はさすがにできず侯爵家に留まらせたのだ。
厳しい妃教育に加え家族からの冷遇。どんな過酷な環境でもアンジェルが耐えてきたのは先代国王と先代セルトン侯爵が決めた大切な約束があったからだ。
『お互いの血が流れる孫同士を結婚させよう』
信頼しあった二人の何とも可愛らしい約束であったが…たった今それさえも奪われてしまった。
(ヴァレールお祖父様、ごめんなさい…)
優しかった今は亡き祖父に心の中で語りかけていると、カサリと後ろで草を踏む音がした。ああ、何て残酷なのだろうとアンジェルは思う。
「アンジェル」
「…クレール、殿下」
学園に入ってからは何か悩みごとや辛いことがあるといつも裏庭に来てぽつんと座っていた。そんな行動パターンも知られている生まれた時からの婚約者だった。
「いつからですか?」
「…二年前のヴィオレットのデビュタント・ボールからだ」
「ああ…」
なるほど、と思う。
確かにあの日、十五才のヴィオレットはどこの貴族令嬢よりも美しかった。父も義母も相当な気合いの入れようで贅の限りを尽くしたドレスに宝石、磨きあげられた白い肌にピンクブラウンの髪…その一年前のアンジェルの時とは大違いだった。
それでもクレールはアンジェルのデビューの時言ってくれたのだ「とても綺麗だ」と。
「別にアンジェルのことが嫌いだとかそういったことはない」
「……」
「ただずっと、つまらなかった」
「っ…」
(何だ、そっか…そう、なんだ…)
幼い頃から幾度となく同じ時間を過ごしクレールだけは辛い気持ちも唯一わかってくれていると思っていた。
燃え上がるような恋愛感情とはいかなくともお互いを信頼し、穏やかな関係を築いていけると思っていた。だがそれも思い違いだったのだろう。
つまらない、そう言われたらもう何も言い返すことなんかできない。アンジェルに何の希望も抱いていないということなのだから。
「…わかりました」
「…」
「どうぞ末永くお幸せに」
アンジェルは笑顔でお手本のような美しいお辞儀をしてみせた。
それが侯爵令嬢としてのせめてもの矜持であった――
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