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第十八話

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 同じ頃、基地内のトレーニングルーム。

「クソがぁああ!!」

 入室するなり勃発した絶叫に、水色の髪の少女……セシリア・アークエットは困惑した。
 絶叫の出所に目を向けると、憤怒の形相でサンドバッグを殴打し続けている金髪の男……同じ訓練生という立場の、アレクサンダー・リーランドがいた。
 全身汗だくになり、息を切らせてもなお拳を打ち込み続けるその姿に困惑したセシリアは、その様子をあきれた顔で眺めている緑髪の少年……やはり訓練生のイーサン・ヴェルヌに問いかける。

「なんかあったの?」
「……学院で、転入生の平民にいいようにあしらわれたんだと」
「そんで、八つ当たりの真っ最中ってわけ」

 イーサンの返答に解説をかぶせてきたのは、黒髪の少女……やっぱり訓練生のジュリア・ウィッテカーであった。

「転入生の平民? そういや、殿下のお目付役がなんとかって話だったわね」
「そそ、そのお目付役とトラブった……つーより、一方的につっかかんだとさ」
「しかも、目的はベルリエンデのご令嬢……無理に絡んで横やり入れられたんだって」
「それは……」

 割と容赦ないイーサンとジュリアの評に、セシリアは二の句が継げなかった。
 よりによって筆頭公爵家ベルリエンデのご令嬢に手を出すとは……王太子殿下との婚約はもう破綻したも同然とは言え、いまだに王家と関わりがあることには変わりない。下手に手を打てば潰されるのはこちらだとわかっていないのだろうか。

「いくら何でも、身の程知らずというか何というか……」
「王家から是非に、って望まれるような女が簡単に靡くわけねぇってな」
「案の定、平民君に止められて赤っ恥。首にタリスマン下げて王族魔力全開だったもんだから、誰も反論しなかったし助けなかったってさ、惨め惨めぇ♪」
「さっきから好き勝手うるせぇぞ!!」
「「「おおこわ!!」」」

 好き放題の放言に耐えかねたアレクサンダーがついに叫び声を上げた。それに三人は動じた様子もない。

「ちょっと油断しただけだ!! 次はぶっ倒してやる!!」
「ぶっ倒すって……今度は暴力事件でも起こすつもりか?」
「タリスマン持ってるなら、王家からの正式な委任でしょ? 実家にお仕置きされたらまずいんじゃない?」
「せっかくあたし達だけ先んじて訓練を受けさせて貰ってるんだ。あたし達の努力、無駄にするつもり?」
「……!!」

 最後のセシリアの冷ややかな一言に、アレクサンダーは押し黙った。
 今話題のアレクサンダーを含めたこの四人は、マギアフレームパイロット――『フレームドライバー』としての高い適性を認められて、特別に訓練を受けさせて貰っている、いわば『特待生』であった。訓練でのスコアもそろって高く、自分たちは同年代の新兵よりも先をいっているという自負があった。

「クソ……それだよ」
「それ?」

 唐突なアレクサンダーの一言に、セシリアは小首をかしげる。

「俺たちが苦労してここまできたってのに、あの野郎は何だ? 平民の癖してどいつもこいつもあいつには頭下げやがる!! 姉貴なんざ、やつが転入してきたと聞いたら目の色変えて女の顔しやがった!!」

 アレクサンダーには姉と兄が一人ずついる。すぐ上が兄のジョシュアで、一番上が姉のヴァレリアだ。
 年の離れた姉は、現役の軍人であり、精霊戦争の生き残りであり、フレームドライバーである。先日たまたま休暇を取って帰ってきていてたのでゼノンのことを聞いてみたのだが、その名を聞いた途端に家族の誰にも見せたことのないような、独特の興奮を見せながら彼がどれほどの人物かを熱く語り、終いには、

「少佐に失礼のないようにな」

 などとのたまう始末だった。

「戦友だから敬意を払ってるってだけじゃないのか?」
「いや、それにしたって件の平民の持ち上げられっぷりは尋常じゃないよ」
「同感。ラウラ大尉もその人が乗ってたって機体、かなり熱心に整備してたしね」
「何にしても、このままじゃ済まさねぇ!!」

 熱く決意表明するアレクサンダーを、他の三人はどんよりとした瞳で見届けていた。

「そのチャンスは来たぞ」

 そこに、そんな声がかけられる。そちらに顔を向けると、基地司令のマクドゥガル大佐だった。慌てて全員直立不動となり、敬礼する。
 それに答礼して、マクドゥガル大佐はニヤリと笑った。

「お前たちに極秘任務を課す」

 極秘任務。その不穏な響きに、セシリアは言いようのない胸騒ぎがした。


「この光景を初めて見たときのこと、今でも覚えてるんだ」

 情熱に満ちたゼノンの声に、アンジェリーナは頷く。

「こんな風に、無限の青がどこまでも続いていてさ……ここでは俺たちは自由だって、こいつをたどっていけば、世界の果てにいけるんじゃないかって、本気でそう思ったんだ」
「とても、素敵なことだと思います」

 アンジェリーナは穏やかな声で、ゼノンの言葉を肯定した。

「私だって、思います。この永遠に続く青の中飛んでいれば、ここではないどこかにいけるって……世界の最果てにたどり着くのだって夢じゃないって、本気でそう思ってしまいます」

 熱に浮かされた口調で、アンジェリーナは答えた。
 旋回して高度下げていく中でのやり取り。徐々に近づいてくる地表を眼下に見下ろしながら、アンジェリーナの感激は止まらなかった。

「さて、そろそろ時間だな。あと五分ばかりで着陸する」
「もう、終わりなのですか?」

 この時間がもう終わってしまう……それ、アンジェリーナは心から残念がった。

「ああ。次の訓練の予定も入ってるからな。時間通りに空けないと、スケジュールが狂う」
「そうですか……」
「近いうちにまた飛ぼう。今度は、ちゃんと段取りを組んで、長い時間飛べるようにするとしよう」
「……はい!!」

 落胆しているアンジェリーナを励ますように言うゼノンの言葉に、アンジェリーナは笑顔を返した。
 宣言通り、旋回しながら徐々に高度を下げていく。近づいてくる大地と、遠ざかっていく空……その光景を、アンジェリーナはとても名残惜しく見送っていた。
 地上が近づき、荒野や建物が肉眼で判別できるようになったところまで高度が下がった、その時だった。

「無粋な!!」

 ゼノンが突然叫び、機体が突然大きく傾いた。急激な姿勢変更でアンジェリーナの体が振り回される。シートベルトのおかげで、投げ出される事態だけは回避できた。
 何事……そう思った瞬間、先ほどまで機体があった位置を、緑色に輝く光弾が走り抜けていった。

「あれは……!?」
魔力弾スペルバレットだ!! 誰が撃ってきた!!」

 いらだち交じりのゼノンの叫びにこたえるように、プロトゼロの索敵装置が機能し、魔力弾を撃ってきた敵機の姿をメインモニターに映し出す。
 そこに映し出されたのは、四機のイクスレイヴⅡだった。


「試験飛行のために整備中だったプロトゼロが強奪された。あの機体には多くの機密が詰まっている。持ち出される前にお前たちの手で破壊しろ」

 マクドゥガル大佐からの命令は、不可解極まりなかった。
 保管されていた機体が盗まれた。それはわかる。
 その機体を破壊せよ。それもわかる。
 だが、なぜその任務を正式な軍属ではない自分たちにまかせようとしているのか……セシリアが質問しようとしたとき、マクドゥガル大佐はニヤリと笑いながら、自分たちに……アレクサンダーに向かって言った。

「どうも奪ったのは、赤毛の男らしいぞ?」

 そのせいで、質問どころではなくなってしまった。

「行くぜお前ら!! あの野郎をぶっ潰すぞ!!」

 それを聞いたアレクサンダーが、そんな風に無駄に張り切ってしまったからだ。こうなると、ほかの三人はアレクサンダーが暴走しないよう、抑え役に回るしかなくなってしまった。

(……まぁ、四対一だし、とっとと終わらせればいっか)

 そうセシリアは思いなおす。

(型落ちの試作機なんか、あたしたちの敵じゃないしね)

 この時、セシリアだけではなく、ここに集った四人の訓練生全員が、自分たちの勝利を疑っていなかった。自分たちは選ばれたエリート……実績に裏打ちされた自信と誇りを、みな胸に抱いていた。
 それが……ここからわずか数分後に粉々に打ち砕かれるとは……想像すらしていなかった。


 プロトゼロの試験飛行中に突然、緊急発進した四機のイクスレイヴⅡ。管制官が出撃理由を問いただしても答えはなく、まっすぐにプロトゼロへと突撃し、無警告で発砲していた。

「な、撃ったぞ!?」
「撃ったわねぇ」
「撃ちましたねぇ」

 指揮所の大型ディスプレイに表示された望遠映像に、慌てふためくのはジョシュア、その傍らで対照的にのほほんとコメントしているのはイングリッドとシンシアである。

「教科書通りの射撃……見てて微笑ましいわね」
「教本通りに囲む気みたいですよ? 基本に忠実なのはいいことです」

 イングリッドとシンシアのコメントは、とても戦友が取り囲まれている状況に対してのものとは思えなかった。何より驚いたのは、

「な、何をそんなに暢気に構えてるんですか!?」
「ん? 別にあの程度のひよっこに負けるような奴じゃないしねぇ」
「けどまあ、救助とアフターケアの準備はいるかもしれませんよ? あの新人たち、プライドバッキバッキに折られるでしょうし」

 この二人は、ゼノンの勝利を全く疑っていなかった。四対一という戦力差を見てなお、彼は勝つと信じていたのだ。

「な……ベルリエンデ公爵令嬢も同乗されているのですよ!?」
「「あー……」」

 ジョシュアの切羽詰まった叫びに、イングリッドとシンシアはそううなると、

「まあ、何とかするでしょ」
「無茶はしないでしょうし、うまくやりますよ」
「…………」

 矢継ぎ早に撃ち放たれるスペルバレットの輝きを背にして、ジョシュアは絶句するしかなかった。


(こいつら……)

 素人だ。一見したゼノンの彼らに対する印象はそれだった。
 四対一という数の差に溺れ切って、相手の出方をうかがう……相手の戦力を探るようなことさえしていない。こちらが旧型だからと侮っているのだろうが、それでも敵の本当の戦力を把握できないうちは慎重に動くのが鉄則だ。どんな隠し玉を持っているのか、わからないのだから。
 それに、展開の仕方も雑だ。扇状の布陣でこちらに銃口を向けてきているが、どれか一機に向かってこちらが距離を詰めたらどうするつもりなのだろうか? これでは少しの移動であっさりと射線を交差させてしまうだろう。待っているのは同士討ちだ。
 そんなことを考えながら、機体をゆらゆらぐにゃぐにゃと不規則に振って、断続的に打ち込まれてくるスペルバレットを難なく回避していく。
 ゼノンには、通信を開いて相手に呼びかけるという発想はなかった。なぜなら、すでに無警告で攻撃を仕掛けられていたからだ。攻撃モードのスペルバレットを撃ち込まれて、誤解だと呼びかけるような情けは持ち合わせていなかった。

(どうしたもんか……)

 そう、相手は素人だ。制圧するのはたやすい。だが……、

(後ろにはアンジェリーナ嬢がいる……彼女への負担を考えたら、あまり無理はできんな)

 そう考えて、ゼノンはこのまま回避を続けて、徐々に高度を落としていくことにした。そうすれば下の連中も出てくるだろうし、アンジェリーナへの負担も最小限で済む。そこまで考えた時だった。

「どうなさるおつもりですか?」

 アンジェリーナがそう声をかけてきた。
 その質問の意味をそのままとらえたゼノンは、操縦の手を止めることなくアンジェリーナにこたえる。

「このままゆっくりと高度を下げる。そうすりゃ、指揮所の連中も気づいて人を出してくる。すまないが、それまでは耐えてくれ」

 せっかく、気晴らしになればと連れ出してきたが、こんなことになってしまって申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
 そう思っての返答だったが、返ってきたのは意外な言葉だった。

「わたくしがいると、戦えませんか?」
「何?」

 一瞬、ゼノンはその意味を図りかねた。

「それは、どういう……」
「そのままです。わたくしがいると、いつものように戦うことはできませんか? お答えください」
「……イエスかノーで言えばノーだ。君がいても問題はない……ただし、君への負担を考慮しないなら、だが」

 それを聞いたアンジェリーナの行動は、実に迅速だった。
 自らの肉体に複数の魔術をかけたのである。それを感じたゼノンは驚愕に口を開く。

「身体強化に衝撃中和……極小範囲の守護結界……何のつもりだ?」
「ゼノン様……わたくし今、とっっっっっっっっってもムカついておりますの」

 そのアンジェリーナの言葉に、ゼノンは戸惑った。

「あ、アンジェリーナ嬢?」
「わたくしのことはどうかお気になさらず……二人だけのお楽しみを盛大に邪魔してくれたあの不届き者たちに」

 キッと、モニターに映し出された四機のイクスレイヴⅡを睨みつける。こういう時、ルミナリエなら何と言って発破をかけるか……それを考えながら、アンジェリーナは叫んだ。

「思いっきり……ブチかましてくださいませ!!」

 清楚な公爵令嬢の口から飛び出した、予想外すぎる言葉にゼノンはしばらくポカンとし、

「ぷっ……フハハハハハハハハ!!!!」

 爆笑した。次いで、気を取り直して微笑む。

「了解した、公爵令嬢殿!! これから戦闘機動に入る!! ここからは口を閉じてろ!! 振動で舌を噛むし、中途半端に口を開けてたらGで奥歯が砕けるぞ!!」
「わかりました!!」

 ゼノンの忠告に体をこわばらせるのと、キィンという甲高いエンジン音がコックピットに響き渡ったのは全くの同時。その瞬間、アンジェリーナは全身をシートに押し付けられた。
 ゼノンがプロトゼロを急加速させたのだ。一瞬にして周囲の風景が後ろへと過ぎ去っていく。
 そんな中でも、アンジェリーナは全く不安を感じなかった。


(なんで当たらないのよ!!)

 セシリアを筆頭に、四人全員がいら立っていた。
 すぐに発見した標的。動きの鈍い旧型など、最新鋭の第三世代マギアフレームの敵ではない……そう思いながら、目の前の状況に退屈ささえ感じながら、引き金を引いた。
 だが、必中であるはずのスペルバレットは、むなしく空を切って終わった。とらえたと思ったその瞬間、敵機が回避行動に移っていたからだ。
 それは、僚機にとっても同じで、全員が矢継ぎ早に攻撃を加えていたが、そのどれとしても目の前の敵機に装甲を掠めることすらできなかった。
 苛立ちが募り始めていた時、状況に変化が訪れる。

「な?」
「え?」
「はぁ?」
「馬鹿な!!」

 目の前の状況に、セシリアたちは間の抜けた声を上げ、アレクサンダーだけが怒声を上げていた。
 なぜなら、相手がこちらに向かって急加速したと思ったその瞬間、四機の編隊の文字通りの隙間を、すり抜けていったからだ。あまりのことに、四機そろって全く反応できなかった。
 慌てて全機で振り向いて、再び敵機を視界に捉えた。その瞬間、セシリアの思考は停止した。
 こちらに向かってわざわざ向き直ったらしい敵機が、挑発するように左手で手招きしていたからだった。そうしてから、再び踵を返して加速する。

「あの野郎!!」

 憤怒の叫びをあげたアレクサンダーが、後を追ってイクスレイヴⅡの機体を加速させる。慌ててセシリアたちも後を追った。

「なめやがって……ぶっ殺してやる!!」

 憤怒の叫びとともに、アレクサンダーが引き金を引き続ける。それを、敵機は全く危なげなく回避していた。
 不規則な軌跡を描く相手の機動を、先頭のアレクサンダーはもとよりセシリアたちも全くとらえることができないでいた。それほど、相手の動きはこちらの予想を超えているのだ。
 それなのに、一切攻撃を仕掛けてこない。

(……おかしい)

 相手は誘導弾も搭載している。その気になれば、その合間に攻撃を仕掛けることもできるはずだ……それなのに、相手は何もしてこない。その光景に、セシリアは違和感を覚えて……

(まさか……)

 慌てて、マップを確認し、驀進する敵機の行き先に気が付いて、叫んでいた。

「止まれ、アレック!! 罠だ!!」

 その忠告は、遅きに失していた。


「くそが!! ちょこまかと!!」

 アレクサンダーはいら立ちを隠しもせずに叫び、引き金を引き続ける。
 やった、と思って撃った弾も、当たることなく空を切る。射撃した時には、相手はその場から位置を変えていて、その装甲を掠めることすらできていなかった。

「さっきから……なんで当たらねぇんだ!!」

 すべての射撃を難なく避けられ、苛立ちが止まらない。あまりのことに、接近して格闘戦に移行しようかと本気で考えたその瞬間だった。

「何!?」

 目の前の敵機が、翼と四肢を大きく広げた。必然、空気抵抗が最大となり、敵機の機体が大きく跳ね上がり、縦に回転しながら急上昇した。
 それを、全速力で追跡していたアレクサンダーは頭上に見上げながら追い抜く形になっていた。

(……やられる!!)

 まっすぐ飛んでいるだけのこちらは、相手からすれば格好の的だ。被弾を覚悟しながら敵機に向かって振り向き……硬直した。
 敵機が、右マニピュレーターに把持したメインウェポンではなく、空いた左手を上げて、人差し指と中指を銃口のようにこちらに突き出していたからだった。
 そのまま、左手を軽く跳ね上げる。あたかも、拳銃を発砲したかのように。
 ばーん。そんな気の抜けた擬音を聞いた気がした。

「クソったれがぁ!!」

 憤怒の絶叫を上げて、アレクサンダーは銃口を上げた。格好の的なのはお互い様だ。撃たないなら撃ってやる。そう思って引き金を引こうとしたその瞬間、

「がああああああ!!!!」

 コックピットが激震した。

「な、に、が……」

 突然襲った衝撃に意識を朦朧とさせながら、敵機に向かって視線を上げる。
 その先では、左マニピュレーターの二本指でこめかみをピッとこすったプロトゼロが、再び踵を返して離れていくところだった。


「……まさか最初からこれを狙って……」

 アレクサンダー機が、基地の境界に張られた結界に突っ込んで行動不能になって落ちていく様を呆然と見ながら、セシリアはつぶやいていた。その声は震えている。
 その時、全体通信が入った。発信してきたのは、目の前の敵機だ。
 震える指で、回線を開く。

「周りを見ないからこうなるんだ、ひよっこども」

 通信機のスピーカーを震わせる理知的な声……それに反して辛辣な内容にカッと血が上る。

「ひよっこだと……あたし達は!!」
「エリートとでもいうつもりか? 雑兵諸君」

 反論の声を一撃で切り捨てられる。

「一ついいことを教えてやろう。奴らに爵位や階級、ましてや特待生がどうとかなど関係ない。目の前の敵は屠る。それがやつらの行動原理だ」

 プロトゼロが、両腕を力強く広げた。

「それを身をもって教えてやる。かかってこい」

 明らかな、挑発の言葉。それに却って、彼らは冷静になっていた。

「誘導弾用意、ブチ込むぞ」

 この中ではリーダー役をすることが多いイーサンが、セシリアとジュリアに指示を出していた。

「了解!!」
「跡形もなく吹っ飛ばしてやんよ!!」

 二人とも異論はなかった。今の距離を詰めることなく、誘導弾で跡形もなく吹き飛ばす……それが一番の近道だと思えたからだった。

「照準……撃て!!」

 イーサンの号令にしたがって、セシリアは右グリップの発射ボタンを親指で強く押し込んだ。瞬間、背部と脚部に懸架されていた誘導弾が一斉に撃ち放たれた。
 白煙の尾を引きながら撃ち放たれた電子制御の火矢が、まっすぐとプロトゼロに向かって飛んでいく。
 それに対して、初めてプロトゼロが攻撃行動を起こした。
 右手のメインウェポンの銃口を上げて、右から左へと剣のように振るったのだ。
 その動きに合わせて、銃口から魔力の光軸が照射される。スペルバレットの持続発射。術式小銃スペルライフルの標準的な機能だ。
 そんなもので合計48発の誘導弾を迎撃できるものか……誰もが高をくくっていた。だが、

「え!?」

 撃ち放たれたスペルバレットは、少し進むとまるで霧のように拡散し、エネルギーを伴った光の膜となって誘導弾を包み込んだのだ。
 48発の誘導弾が一斉に爆発する。爆音と衝撃波によって、センサーが狂って機体のシステムが混乱した。
 それを立て直しながら、疑問は止まらない。

「い、今の一体何!?」
「スペルバレットが拡散したぞ!? どうなってるんだ!?」
「……集束率よ!!」

 いち早く答えにたどり着いたセシリアの声に、ほかの二人が注目する。

「スペルバレットの集束をわざと甘くして……拡散させた魔力弾で迎撃したのよ!!」
「な、なんだとぉ!!」
「そんなの、一歩間違えば木っ端みじんの自爆技じゃない!! で、できるわけ……」
 
 そう、できるわけがない。実戦で使うならば、意識したタイミングで完璧に拡散するよう計算した上で実行しなければならない。集束が甘すぎれば迎撃前に攻撃力を失うし、かといって絞りすぎればただの魔力弾だ。
 それを、こんな状況の実戦で目の前の敵はやってのけた……ここに来て初めて、三人は目の前の存在が恐ろしい強敵なのではないかと思い始めていた。

「できたぞぉ?」

 そんな戦慄した雰囲気に割り込む、間延びした、馬鹿にしたような口調。それが聞こえた瞬間、ジュリアの機体が急降下した。

「のぁああ!?」

 見ると、右足にプロトゼロがつかみかかっていた。その状態でスラスターをすべて停止し、ジュリア機ともども自由落下し始めたのだ。

「こ、この、はなせぇ!!」
「あいよー」

 そう言ってプロトゼロは、掴んだままの右足を手掛かりとして機体を引き上げると、左ひざ、右脇腹、最後は頭を駆け上がるように踏みつけ、踏み台にして一気に飛び上がった。
 セシリアとイーサンは慌ててスペルライフルの引き金を引くが、ただでさえ無茶な姿勢でまともな照準ができるはずもない。虚空を焼くばかりだった。
 爆発を隠れ蓑にして接敵していた……油断できる相手じゃない。セシリアは決断する。相手のとの通信はそのままに、秘匿回線でイーサンに呼びかける。

「イーサン!! あいつを引き付けて!!」
「やるのか!?」
「ええ!! そうしないとあいつは倒せない!!」

 自分の得意技で、一気に仕留める。そのための術式を、スペルライフルと頭部術式機関砲スペルマシンガンを斉射しながら突進するイーサン機を尻目に構築し始めていた。


 頭部のスペルマシンガンと右マニピュレーターのスペルライフルを斉射しながら、目の前のイクスレイヴⅡはこちらに突撃を仕掛けてきていた。

(何か、仕掛けるつもりだな?)

 二種類の弾幕を難なく躱しながら、周囲の魔力を感知する。距離をとって僚機を迎撃するように射撃を続けるもう一機に索敵の目を向ける。
 先程、踏み台にした一機は眼下のはるか下だ。すぐには脅威にならない。そう判断して、両方の三次元可動砲塔……そこに据えられた術式魔砲スペルキャノンを起動する。
 ひっきりなしに撃ち込まれてくる複数のスペルバレットを難なく躱し、急加速して相手の左側に回り込む。何やら術式構築をはじめたもう一機との間に挟む位置取りだ。これで僚機は援護できない。
 相手は慌てた様子はなかった。スラスターを制御して、右マニピュレーターのスペルライフルをこちらに向けようとしている。
 それが終わる前に、両肩のスペルキャノンを発砲した。こちらの姿勢から攻撃はないと踏んでいたのだろう、泡を食った様子で左腕の盾を構えてこちらのスペルバレットを迎撃した。
 相手の行動の通り、斜めに構えた盾の表面に着弾、表面の装甲を融解させたものの、機体そのものは無事だった。

「斜めにして受けたか。基本はできてるじゃないか」
「ほざけ!!」

 こちらの言葉に苛立ちを隠しもしない様子で、相手の男は撃ち返してくる。狙いがバレバレだ。これでは当たるものも当たらない。

「機体を止めるな。足を止めたらすぐに狙いを看破されるぞ」
「……くっ!!」
「機影を追っているうちは当たらんぞ。相手の狙いを先読みしろ」


「やかましい!!」

 さっきからレクチャーめいた戯言を唱える相手を怒鳴り返して、引き金を引き続ける。それでも、一発たりとて当たるどころか、掠めることすらなかった。

「ジュリア!! まだ追いつかないのか!?」
「ごめん、上昇中!! まだちょいかかりそう!!」

 その答えに、イーサンは舌打ちした。合流はまだ無理。一人でこの強敵を引きつけて、セシリアの術式構築まで時間を稼がなくてはならない……そう思ったとき、待ち望んだ通信が入る。

「終わった!! 行くよ、イーサン!!」
「了解!!」

 そう答えたイーサンは機体を転身させ、距離を取る。

(くたばれ)

 セシリアの切り札は誰にも破られたことがない。この四人の中ではもっとも実力の高いアレクサンダーでさえ、完全に攻略できなかったのだ。種がわかると地味の一言だが、それ故に攻略することはむずかしかった。
 今までの通り、セシリアが勝利をもぎ取る。そう信じて疑わなかった。


 セシリアは、揺らめく空間をたゆたっていた。この時間は、そう嫌いじゃない。
 なぜなら、これを駆け抜けた先に勝利が約束されているからだ。今まで誰も、セシリアのこの得意技を破れなかった。今回も、自分の勝利は約束された。

「どこの誰だか知らないけど。相手が悪かったわね」

 得意げにつぶやいて、空間を駆け抜けきり、戦場へと帰還したその瞬間。

「え?」

 メインモニターを、青い閃光が染め上げた。続いて、衝撃がコックピットを揺るがし、モニターとメインコンソールに赤い警告が次々と点灯する。
 頭部全損。両腕全損。戦闘続行不可能。脱出を推奨……

「なん、で……」

 赤く染まったコックピットの中で、セシリアは呆然とつぶやいた。


「……うそだろ」

 イーサンはそうつぶやくのがやっとだった。それぐらい、目の前の光景が信じられなかった。
 短距離転移による奇襲……それがセシリアの特技だった。今まで相対してきた奴らで、これに対応できたやつは誰一人としていなかった。
 だと言うのに、目の前の敵は突然虚空に向かって発砲した。一体何なのかと思うと、その弾道上にセシリア機がワープアウトした。結果は見ての通りだ。
 ワープアウトの瞬間に、一斉に着弾した……それは、つまり。

「ワープアウトと同時に着弾するように……!? そ、そんなの……」

 人間業じゃない。ここに来てようやく、イーサンは目の前の敵を侮っていたことを自覚し、恐怖を感じていた。

「やれやれ……どんな手品を見せてくれるかと思いきや、他愛もない」
「き、貴様!! どうやって!?」
「どうって……周りの魔力を感知すれば一目瞭然だろう? もしかして、今まで誰も破ったことがなかったとか、そんなところか?」

 イーサンは絶句した。図星だったからだ。それに、聞こえよがしにため息をつく。

「あのなぁ、誰にも破れないような便利なものなら、なぜそれが制式な戦術として組み込まれていないのか、考えたことは……その様子じゃなさそうだな」
「だ、黙れ!!」
「いいか、使われないと言うことは、欠陥があると言うことだ。それを念頭に置くんだな」
「お待たせ!! 高度取れた!! 挟み撃ちにするよ!!」

 ジュリアの通信が割り込み、それに答える代わりに突進する。

「うおおおお!!」
「気合い充分!! さぁ、少しは学習したか?」

 相手の戯れ言には耳を貸さない。左のマニピュレーターに、盾の裏に懸架していたある武器を把持させて隠し持つ。
 そのまま突撃の速度は緩めず、引き金を引き続ける。相手は、そのまま迎撃する構えのようだ。それでも、相変わらず当たらない。

(精々そこにいろ!!)

 距離を詰め、お互いの息づかいさえも感じ取れそうなほど接近した瞬間、盾の裏に隠し持っていた武器……魔力光剣スペルブレイドを起動する。
 筒状の剣の柄を思わせるその先端から、緑色の魔力の刀身が顕現する。それを最小限の動きで目の前の敵機に向かって振るった。

(捉えた!!)

 よけられるタイミングではない……だが、その一撃はあっさりと防がれた。
 相手の手にも、魔力の刀身が現出していたからだ。あたかも中折れ式の散弾銃のように、その銃身が倒れて形を変えて、銃把がそのまま柄となる形で魔力の剣を作り上げていた。相手の方は青い魔力の刀身が、イーサン機の緑の刀身を受け止めていた。魔力刃同士が干渉し合ってスパークし、そこから先の魔力刃の形成が乱れて拡散する。
 持ち替える時間はなかったはず……その事実に、初めて相手のメインウェポンの正体に行き着いていた。

「それは、V=GS!?」
「せいかーい」

 驚愕の声に、間の抜けた返答が返ってきた。
 V=GS……Variable=Gun Sword……可変銃剣などと俗称されるそれは、見ての通りに変形することで銃と剣、両方として運用可能な代物だった。
 一秒を争う対精霊戦闘ではそれなりの戦果を上げたと聞くが、機構の複雑化による耐久性の低下や整備性の悪化、何より使いこなすのにかなりの熟練が必要となったため、今となっては愛用する者も少ないと聞いている。
 それを、目の前の男は楽々使いこなしていていた。そうでなければ、こんなとっさのタイミングで適切なモード選択などできようはずもなかった。

「盾でスペルブレイドを隠したか。少しは工夫してきたな。二点上げよう」
「ほ、ほざけ……」
「さぁ、起死回生の一手は防がれたぞ? ここからどうする? 色男」
「ク……」

 反対のスペルライフルの銃口を上げようとするが、それも相手はお見通しだった。持ち上げようとしたその瞬間に相手の左肩のスペルキャノンが火を噴き、こちらのライフルの銃身を撃ち抜いた。
 ならば。半ば悪あがきで頭部スペルマシンガンを斉射……する前に、あごに掌底を撃ち込まれてそのまま首を反らされていた。斉射した弾幕はむなしく空を切って終わる。
 これで打つ手なし。だが、それでいい。

(……精々余裕ぶっこいてろ)

 その視線の先には、敵機の背後に忍び寄る僚機が見えていた。
 その光景に、今度こそ勝利を確信し……一瞬で覆される。

「とりあえず、お仲間とキスして貰おう」

  イーサン機の首を掴んだ敵機は、そのまま背後に……幻術の応用で張り巡らせた光学迷彩に身を隠したジュリア機に向かってイーサン機を投げつけていた。

「な、ちょ、うそおおおお!!」
「ど、どけぇえええ!!」

 叫んだところでお互い止まれるはずもなかった。真正面から衝突してしまう。そのままもつれ合って墜落する。

「の、の、のわああああ!!」
「落ち着け、イーサン、バランサーを操作して!!」

 ジュリアの通信で何とか正気を保ち、機体のスラスターとバランサーを制御して何とか失速は免れる。その視線の先で、敵機が信じられないことをしていた。
 その機体が、覚えのある術式を発動している……その覚えの通り、敵機の姿が消えた。

「!? 短距離転移!!」
「しゅ、周辺索敵!!」

 イーサンの警告にジュリアの返答が重なり、その場を離れて周辺を警戒する。

(……どこだ、どこから来る!?)

 転移をする以上、思いも寄らないところから奇襲をかけてくるはず……着弾の衝撃にコックピットが揺るがされたのは、まさにそう思考したその瞬間だった。
 それは、全く想定していない方向からの射撃だった。

「うそでしょ……」

 ジュリアの呆然とした声がスピーカーを震わせる。

「あいつ……なんで動いてないのよ!! 転移は……」
「したよ?」

 続けざまの射撃で、まとめて頭部を破壊される。



 その答えに、とてつもない敗北感を味わい、同時に積み重ねたプライドがガラガラと崩れる音を聞きながら、イーサンとジュリアはゆっくりと墜ちていった。
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