4 / 31
第三話 ※レイプ描写あり・胸クソ注意
しおりを挟む
同じ頃、とある空き教室で粘着質な水音がこだましていた。
「うう、ひいあああ!! も、もう、おやめくださいませぇ、王太子殿下ぁ!!」
少女の悲痛な叫びが、空き教室内にこだまする。力なく横たわった体、その下半身を左脚だけ突き上げるように持ち上げられた姿勢で、乙女の秘裂を蹂躙されていた。
制服を剥ぎ取られて露わになったたわわな乳房に、かわいらしいへそが出たお腹に、涙でぐしゃぐしゃになった可憐な面立ちの顔に、白濁とした粘液がこびりついている。それを少女に向けて容赦なく撃ち放った男……アーノルドは、突き込む腰を休めずに、脳裏で悪態をつく。
(クソ、クソクソクソクソ、畜生!!)
苛立ちを隠しもせず、八つ当たり同然に少女を辱める。
「やぁあ……痛いよぉ、熱いよぉ……もう終わってえぇ……」
「うるさいんだよ!! この俺が使ってやってるんだから大人しくよがってろ!!」
「いやぁ……助けてぇ、ルーク……」
少女が、誰かの名を呼んだ。多分、思い人なのだろう。いい気味だ。
(あの赤毛野郎……俺の邪魔立てしやがって!!)
少女を強姦し続けながら、悪態は止まらなかった。
(これじゃあ、『KNIGHT』最高傑作の世界に転生した意味がないじゃねぇか!!)
脳裏で毒づいた。
アーノルド・リーズバルトには前世の記憶がある。生前、現代日本で暮らしていた彼は、不摂生が原因の糖尿病で命を落とし……気がつくとこの世界……前世でやりこんだアダルトPCゲーム『学淫―淑女たちの喜悦―』の世界に転生していたのだった。主人公の王太子として。
それに気付いた彼は歓喜した。生前、所謂陰キャだった彼は日陰で縮こまって生きてきた。女性には当然のごとく縁はなく、ずるずると二次元に傾倒していき、気がつけば立派な魔法使いが一丁上がりであった。
そんな彼のオタク人生の中で、もっとも傾倒したのがアダルトPCゲームメーカー『KNIGHT』の作品群であった。
その中でも『学淫―淑女たちの喜悦―』は『KNIGHT』史上最高傑作との呼び声の高い一作であり、彼も例に漏れずやりこんだのだった。
(アンジェリーナはこっち見向きもしねぇ、アリシアはまだ学校に来ねぇ……どうなってんだ!!)
アンジェリーナは『学淫』のメインヒロインの一人であった。もう一人のメインヒロイン、アリシアはまだ学院に転入してきていない。ゲームとはずいぶんな食い違いがでていた。
(あの二人とヤレると思ったのに……)
脳裏に、『学淫』のキービジュアルを思い浮かべる。
制服を引き裂かれて半裸になり、肩を寄せ合う肢体に、大量の精液をかけられた姿のアンジェリーナとアリシア。アンジェリーナは毅然とした表情でこちらを睨み付け、アリシアは恐怖を抱いた表情をこちらに向けている。当時人気絶頂だった絵師を起用したその一枚は、『KNIGHT』隆盛の象徴となった一枚であった。
それに惹かれて購入したユーザーは数多く、当然のごとく彼もその一人だった。
考え抜かれたシチュエーションに、個性豊かで魅力的なキャラクターたち、さらには抜きゲーでありながら徹底的に作り込まれた背景設定……様々な要素が相互に引き立て合う傑作であった。
(メインの二人だけじゃねぇ……残りのヒロインもつけいる隙がねぇ……どうなってんだ!?)
騎士道を極める侯爵令嬢、天真爛漫な子爵令嬢、クールで不敵な生徒会長、妖艶な色香を振りまく女教師……皆、アプローチどころか一歩近づけば、三歩は距離を取る有様だった。
「俺は主人公だぞ!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
憤怒の形相で叫んで、さらに抽送を速めていく。
その態度、性根が女性たちに避けられているということに、彼が気付くことはない……。
そうこうしているうち、射精感が立ち上ってきた。
「そら、出すぞ!! 王族の血だ!! ありがたく受け取れ!!」
「いや!! やだやだやだやだやだ!!!!」
「ん、ぐおおお!!」
くぐもった叫びとともに、目の前の少女の膣奥まで、怒張で貫いて、限界まで高まった繁殖欲求を解き放った。
「いやぁああああああああ!!!!」
ドクドクと、腹の奥の子袋に容赦なく胤を注いでいく。その熱い感触に、少女の口から嫌悪と絶望の絶叫が迸った。
「ぐぉ、はあ……ふぅ」
一息ついて、逸物を少女から引き抜くアーノルド。股を広げたまま、淫靡にヒクつく膣から精液を垂れ流す少女の姿に、大きな優越感と強烈な達成感を覚えた。
その光景を手持ちの魔石に記録していく。
「いやぁ……赤ちゃん……できちゃう……」
「お前の艶姿は記録したぞ。誰かに言えば……わかってるな?」
「……助けてぇ……」
「それじゃあ、俺はもう行くからな。授業に遅れるなよ? ああ、それから、これそのまんまだとバレるから、掃除しとけよ」
そう言って服装を整え、空き教室を後にするアーノルド。
「うう、ぐす……ひっぐ……ごめんなさい……ルークぅ……」
一人取り残された空き教室に、少女の悲痛なすすり泣きがいつまでもこだました。
「……あのボケナス王子、どこに行きやがった」
アンジェリーナたちと別れ、校内をさまよって一〇分ほど、もうそろそろ昼休みも終わりだ。このままでは午後の授業が始まってしまう。
次の授業は、魔術式だ。これに限らず、アーノルドは実技系の授業はあらゆる手を使ってサボろうとする。午前の剣術も、あと一歩遅かったら認識阻害で逃げられていた所だった。
「あの野郎、ああいう手合いの魔術だけやたらうまいんだよな……一体どこで覚えたやら……と、お?」
徒然つぶやいていると、見覚えのある後ろ姿を視界に捉えた。
「あんなところにいやがったか」
口の中で悪態をつきながら、廊下の曲がり角へと向かっているアーノルドに声をかけようとして、
「……?」
スンと、奇妙な臭いがゼノンの鼻をついた。
眼を臭いの源……空き教室の扉へと向ける。
すえた、生々しい獣臭……栗の花にも例えられるそれは……
それを認識したゼノンの行動は迅速だった。角を折れようとしているアーノルドに追跡魔術を仕掛け、空き教室に音もなく忍び込み、即座に認識阻害を仕掛けた。
「……!?」
「ねぇ……ルークぅ……誕生日のグローブ……もう少しで縫えるよ……待っててね……」
沸騰しかけた感情を気力と理性で抑え込み、ゼノンは上着を脱いだ。
「ふー、いい天気ねー」
イングリッド・イルバーンは窓から差し込む午後の陽気を浴びながら、ぐぐっと伸びをした。その拍子に、たわわに実った二つの果実がぷるんと揺れる。
ソバージュがかかった緑色の髪に、リムレスの眼鏡をかけたイングリッドは、黒いチュニックワンピースの上に白衣を引っかけている。
彼女は、この魔導学院の化学教師であり、『学淫』のヒロインである女教師であった(もちろん、その事実は本人の知る所ではない)。
午後一は授業のない彼女は、自らの城である化学室のアルコールランプを私的流用(本人曰く有効活用)して、サイフォンを使ったコーヒーを楽しんでいた。馥郁とした香りを胸いっぱいに吸い込み、時季外れの転入生についてボンヤリ考える。
「あいつが学生とはね……焼きが回ったってこのことかしらね……」
もちろん、彼が転入してきた本当の理由も聞かされてはいた。確かに彼なら、あの王太子の監視役には適任だろう。なんだかんだで、責任感の強い男だ。役割を全うするだろう。
「……少しは、マシになったのかしらね」
最後に会ったときのことを思い返しながら、コーヒーをすする。今日はやけに苦い気がした。
そのとき、化学室の扉がノックされる。
「はーい。開いてるわよ」
カップを置いて、ドアに向かってそう声をかけた。だが、ドアが開く気配はない。
さらにノックされる。
「開いてるって言ってるでしょ?」
「すまない、俺だ。手が塞がっている。開けてくれ」
噂をすれば。件の転入生……昔は自分の弟分だった、ゼノン・マクシミリアンだ。
しかし、手が塞がっているとは……何事だ?
小首をかしげながらドアに歩み寄り、勢いよく開く。
「はいはーい。かわいい弟分よ!! プレゼントは酒かコーヒー豆以外受け……つけ……」
目の前の光景は、イングリッドの予想をはるかに超えていた。
上着を脱いでワイシャツ姿になったゼノン……その両手に、どこかのカーテンらしい大きな布と、脱いだものであろう制服のブレザーをかぶせられた何かを抱いている。
端から、片方だけ靴の脱げた足が見えていて……それで、誰かを抱いているのだとわかった。
問いただす前に、すえた臭いがイングリッドの鼻腔を刺激して、せっかくのコーヒーの香りが栗の花の匂いで上書きされてしまった。
「……他に頼れる人を思いつかなかった」
「とにかく中に入りなさい!!」
シュンと、小さくなりながら言うゼノンの言を、ピシャリと遮った。
出されたコーヒーをすすったが、まるで味がしなかった。自分で思っていた以上に、あの光景には堪えたようだ。
カップを置いて、深々とため息をついた。そのとき、ドアが開く音がして、隣の化学準備室からイングリッドが姿を現した。
「……どうだった?」
「今は眠ってるわ。当たり前だけど、強烈なショック症状で前後不覚になってる」
「そうじゃない」
「ああ、そっち……最悪ね。避妊された形跡は一切なし。最低でも一回は膣内射精されてるわ」
どっかと専用のチェアに腰を下ろしながら、イングリッドは苛立たしげに言った。
それを聞いたゼノンは、手近なテーブルに拳を振り下ろした。ズドガンと言う、人間業とは思えない破砕音が轟いて、一枚板で頑丈なはずの天板が木っ端微塵に砕け散った。
「……一応、それ備品よ。あたしは払わないからね」
淡々と、無表情でそう言うイングリッド。
「それで? 犯人の目星は?」
「あのクズ王子以外、誰がいる?」
「ですよねー……んで、どうすんの?」
荒くなった息を努めて整え、力なく腰を下ろす。
「残留魔力をかき集めて、証拠にできるレベルには濃縮したが……それだけじゃ弱い」
「同感ね。部屋全体に散らばってた時点で、彼女の体液から検出される魔力と区別がつかなくなる。たまたま、近い時間帯に魔術使いましたって言われれば、証明のしようがないわ。それを証拠にするなら……」
チラリと、準備室のドアに目をやった。
「本人の証言が必要になるわ。だけど……」
「むずかしいだろうな。彼女には――カティア・ファルメール伯爵令嬢には婚約者がいる」
「ええ、知ってるわ。彼女と婚約者のルーク・ハミル侯爵令息の仲睦まじさは学院内でも有名だもの」
イングリッドは冷め切った卓上のコーヒーを一気に呷った。
「このままだとよくて修道院……悪けりゃ自害ね」
現実を容赦なく突きつけるイングリッドに、再びため息をついた。
「……現場を押さえられなかったのは痛恨の極みだ」
「あるのは下半身サル王子が教室から出てきたっていう、あんたの目撃証言と残留魔力のみ……おまけに学園内で起きた以上、上はもみ消しにかかるわよ」
「だろうな」
不思議はないという口調で、ゼノンは同意した。
学校というものは、基本的に閉鎖された場所である。特にこの魔導学院のような歴史ある学校ほど、校内の不祥事は隠蔽される傾向にある。
ましてや、起こったのは性犯罪……それも、第一容疑者が王太子殿下その人……もみ消すどころか、噂に上ることさえ上は許さないだろう。
(……やっぱり、この手しかないか)
「イング姐、頼みがあるんだ」
「どしたの? 改まって」
「彼女を……カティア嬢を助手にしてやってくれないか?」
ゼノンの頼みにイングリッドは目を見開いた。
「ちょっと、それどういうこと?」
「校内でも迷わずやらかすようなクソ王子が、一回であの娘を手放すとは思えない。起こったことは消せないが、せめてこれ以上の被害は防いでやりたい」
「だからって、助手? あたしの?」
「彼女の優秀さ、むしろイング姐のほうがよく知ってるはずだよ」
「問題にしてるのは、そこじゃないわ。王権を振りかざされたら、あたしでも逆らえないわよ?」
そのイングリッドの言葉に、ゼノンは懐から取り出したものを彼女に向かって投げ渡した。
受け取ったものは、菱形の赤い魔石が中央にはめ込まれた御守だった。
「これは……」
「王族魔力が込められたタリスマンだ。アルとフローラの魔力が込められている」
疑問符を浮かべるイングリッドにゼノンは答えた。
アルはリーズバルト王国当代国王・アルハザード・リーズバルトを、フローラはその娘にして第一王女・フローレンス・リーズバルトを指している。
「これが委任状ってわけね」
「ああ。全部で三つ受け取った。あと一つはアンジェリーナ嬢にわたすつもりだ」
「何かあったら、これを見せてやればいいわけね」
「ああ、ゴミ王子はこっちでなんとかする。彼女を見てやってくれ」
「……わかったわ。できる限りはやってみる」
「頼んだぞ、今から王宮に行ってくる。ああ、それから」
出て行こうとして、思い出したように、イングリッドに振り返った。
「コーヒー、ごちそうさま。前よりも、おいしくなったよ」
それだけ言い残して、ゼノンは化学室を後にした。
「……なんだかんだ。成長してるじゃない」
昔は絶対に聞かせてくれなかった言葉は、悪い気はしなかった。
「うう、ひいあああ!! も、もう、おやめくださいませぇ、王太子殿下ぁ!!」
少女の悲痛な叫びが、空き教室内にこだまする。力なく横たわった体、その下半身を左脚だけ突き上げるように持ち上げられた姿勢で、乙女の秘裂を蹂躙されていた。
制服を剥ぎ取られて露わになったたわわな乳房に、かわいらしいへそが出たお腹に、涙でぐしゃぐしゃになった可憐な面立ちの顔に、白濁とした粘液がこびりついている。それを少女に向けて容赦なく撃ち放った男……アーノルドは、突き込む腰を休めずに、脳裏で悪態をつく。
(クソ、クソクソクソクソ、畜生!!)
苛立ちを隠しもせず、八つ当たり同然に少女を辱める。
「やぁあ……痛いよぉ、熱いよぉ……もう終わってえぇ……」
「うるさいんだよ!! この俺が使ってやってるんだから大人しくよがってろ!!」
「いやぁ……助けてぇ、ルーク……」
少女が、誰かの名を呼んだ。多分、思い人なのだろう。いい気味だ。
(あの赤毛野郎……俺の邪魔立てしやがって!!)
少女を強姦し続けながら、悪態は止まらなかった。
(これじゃあ、『KNIGHT』最高傑作の世界に転生した意味がないじゃねぇか!!)
脳裏で毒づいた。
アーノルド・リーズバルトには前世の記憶がある。生前、現代日本で暮らしていた彼は、不摂生が原因の糖尿病で命を落とし……気がつくとこの世界……前世でやりこんだアダルトPCゲーム『学淫―淑女たちの喜悦―』の世界に転生していたのだった。主人公の王太子として。
それに気付いた彼は歓喜した。生前、所謂陰キャだった彼は日陰で縮こまって生きてきた。女性には当然のごとく縁はなく、ずるずると二次元に傾倒していき、気がつけば立派な魔法使いが一丁上がりであった。
そんな彼のオタク人生の中で、もっとも傾倒したのがアダルトPCゲームメーカー『KNIGHT』の作品群であった。
その中でも『学淫―淑女たちの喜悦―』は『KNIGHT』史上最高傑作との呼び声の高い一作であり、彼も例に漏れずやりこんだのだった。
(アンジェリーナはこっち見向きもしねぇ、アリシアはまだ学校に来ねぇ……どうなってんだ!!)
アンジェリーナは『学淫』のメインヒロインの一人であった。もう一人のメインヒロイン、アリシアはまだ学院に転入してきていない。ゲームとはずいぶんな食い違いがでていた。
(あの二人とヤレると思ったのに……)
脳裏に、『学淫』のキービジュアルを思い浮かべる。
制服を引き裂かれて半裸になり、肩を寄せ合う肢体に、大量の精液をかけられた姿のアンジェリーナとアリシア。アンジェリーナは毅然とした表情でこちらを睨み付け、アリシアは恐怖を抱いた表情をこちらに向けている。当時人気絶頂だった絵師を起用したその一枚は、『KNIGHT』隆盛の象徴となった一枚であった。
それに惹かれて購入したユーザーは数多く、当然のごとく彼もその一人だった。
考え抜かれたシチュエーションに、個性豊かで魅力的なキャラクターたち、さらには抜きゲーでありながら徹底的に作り込まれた背景設定……様々な要素が相互に引き立て合う傑作であった。
(メインの二人だけじゃねぇ……残りのヒロインもつけいる隙がねぇ……どうなってんだ!?)
騎士道を極める侯爵令嬢、天真爛漫な子爵令嬢、クールで不敵な生徒会長、妖艶な色香を振りまく女教師……皆、アプローチどころか一歩近づけば、三歩は距離を取る有様だった。
「俺は主人公だぞ!! どいつもこいつも馬鹿にしやがって!!」
憤怒の形相で叫んで、さらに抽送を速めていく。
その態度、性根が女性たちに避けられているということに、彼が気付くことはない……。
そうこうしているうち、射精感が立ち上ってきた。
「そら、出すぞ!! 王族の血だ!! ありがたく受け取れ!!」
「いや!! やだやだやだやだやだ!!!!」
「ん、ぐおおお!!」
くぐもった叫びとともに、目の前の少女の膣奥まで、怒張で貫いて、限界まで高まった繁殖欲求を解き放った。
「いやぁああああああああ!!!!」
ドクドクと、腹の奥の子袋に容赦なく胤を注いでいく。その熱い感触に、少女の口から嫌悪と絶望の絶叫が迸った。
「ぐぉ、はあ……ふぅ」
一息ついて、逸物を少女から引き抜くアーノルド。股を広げたまま、淫靡にヒクつく膣から精液を垂れ流す少女の姿に、大きな優越感と強烈な達成感を覚えた。
その光景を手持ちの魔石に記録していく。
「いやぁ……赤ちゃん……できちゃう……」
「お前の艶姿は記録したぞ。誰かに言えば……わかってるな?」
「……助けてぇ……」
「それじゃあ、俺はもう行くからな。授業に遅れるなよ? ああ、それから、これそのまんまだとバレるから、掃除しとけよ」
そう言って服装を整え、空き教室を後にするアーノルド。
「うう、ぐす……ひっぐ……ごめんなさい……ルークぅ……」
一人取り残された空き教室に、少女の悲痛なすすり泣きがいつまでもこだました。
「……あのボケナス王子、どこに行きやがった」
アンジェリーナたちと別れ、校内をさまよって一〇分ほど、もうそろそろ昼休みも終わりだ。このままでは午後の授業が始まってしまう。
次の授業は、魔術式だ。これに限らず、アーノルドは実技系の授業はあらゆる手を使ってサボろうとする。午前の剣術も、あと一歩遅かったら認識阻害で逃げられていた所だった。
「あの野郎、ああいう手合いの魔術だけやたらうまいんだよな……一体どこで覚えたやら……と、お?」
徒然つぶやいていると、見覚えのある後ろ姿を視界に捉えた。
「あんなところにいやがったか」
口の中で悪態をつきながら、廊下の曲がり角へと向かっているアーノルドに声をかけようとして、
「……?」
スンと、奇妙な臭いがゼノンの鼻をついた。
眼を臭いの源……空き教室の扉へと向ける。
すえた、生々しい獣臭……栗の花にも例えられるそれは……
それを認識したゼノンの行動は迅速だった。角を折れようとしているアーノルドに追跡魔術を仕掛け、空き教室に音もなく忍び込み、即座に認識阻害を仕掛けた。
「……!?」
「ねぇ……ルークぅ……誕生日のグローブ……もう少しで縫えるよ……待っててね……」
沸騰しかけた感情を気力と理性で抑え込み、ゼノンは上着を脱いだ。
「ふー、いい天気ねー」
イングリッド・イルバーンは窓から差し込む午後の陽気を浴びながら、ぐぐっと伸びをした。その拍子に、たわわに実った二つの果実がぷるんと揺れる。
ソバージュがかかった緑色の髪に、リムレスの眼鏡をかけたイングリッドは、黒いチュニックワンピースの上に白衣を引っかけている。
彼女は、この魔導学院の化学教師であり、『学淫』のヒロインである女教師であった(もちろん、その事実は本人の知る所ではない)。
午後一は授業のない彼女は、自らの城である化学室のアルコールランプを私的流用(本人曰く有効活用)して、サイフォンを使ったコーヒーを楽しんでいた。馥郁とした香りを胸いっぱいに吸い込み、時季外れの転入生についてボンヤリ考える。
「あいつが学生とはね……焼きが回ったってこのことかしらね……」
もちろん、彼が転入してきた本当の理由も聞かされてはいた。確かに彼なら、あの王太子の監視役には適任だろう。なんだかんだで、責任感の強い男だ。役割を全うするだろう。
「……少しは、マシになったのかしらね」
最後に会ったときのことを思い返しながら、コーヒーをすする。今日はやけに苦い気がした。
そのとき、化学室の扉がノックされる。
「はーい。開いてるわよ」
カップを置いて、ドアに向かってそう声をかけた。だが、ドアが開く気配はない。
さらにノックされる。
「開いてるって言ってるでしょ?」
「すまない、俺だ。手が塞がっている。開けてくれ」
噂をすれば。件の転入生……昔は自分の弟分だった、ゼノン・マクシミリアンだ。
しかし、手が塞がっているとは……何事だ?
小首をかしげながらドアに歩み寄り、勢いよく開く。
「はいはーい。かわいい弟分よ!! プレゼントは酒かコーヒー豆以外受け……つけ……」
目の前の光景は、イングリッドの予想をはるかに超えていた。
上着を脱いでワイシャツ姿になったゼノン……その両手に、どこかのカーテンらしい大きな布と、脱いだものであろう制服のブレザーをかぶせられた何かを抱いている。
端から、片方だけ靴の脱げた足が見えていて……それで、誰かを抱いているのだとわかった。
問いただす前に、すえた臭いがイングリッドの鼻腔を刺激して、せっかくのコーヒーの香りが栗の花の匂いで上書きされてしまった。
「……他に頼れる人を思いつかなかった」
「とにかく中に入りなさい!!」
シュンと、小さくなりながら言うゼノンの言を、ピシャリと遮った。
出されたコーヒーをすすったが、まるで味がしなかった。自分で思っていた以上に、あの光景には堪えたようだ。
カップを置いて、深々とため息をついた。そのとき、ドアが開く音がして、隣の化学準備室からイングリッドが姿を現した。
「……どうだった?」
「今は眠ってるわ。当たり前だけど、強烈なショック症状で前後不覚になってる」
「そうじゃない」
「ああ、そっち……最悪ね。避妊された形跡は一切なし。最低でも一回は膣内射精されてるわ」
どっかと専用のチェアに腰を下ろしながら、イングリッドは苛立たしげに言った。
それを聞いたゼノンは、手近なテーブルに拳を振り下ろした。ズドガンと言う、人間業とは思えない破砕音が轟いて、一枚板で頑丈なはずの天板が木っ端微塵に砕け散った。
「……一応、それ備品よ。あたしは払わないからね」
淡々と、無表情でそう言うイングリッド。
「それで? 犯人の目星は?」
「あのクズ王子以外、誰がいる?」
「ですよねー……んで、どうすんの?」
荒くなった息を努めて整え、力なく腰を下ろす。
「残留魔力をかき集めて、証拠にできるレベルには濃縮したが……それだけじゃ弱い」
「同感ね。部屋全体に散らばってた時点で、彼女の体液から検出される魔力と区別がつかなくなる。たまたま、近い時間帯に魔術使いましたって言われれば、証明のしようがないわ。それを証拠にするなら……」
チラリと、準備室のドアに目をやった。
「本人の証言が必要になるわ。だけど……」
「むずかしいだろうな。彼女には――カティア・ファルメール伯爵令嬢には婚約者がいる」
「ええ、知ってるわ。彼女と婚約者のルーク・ハミル侯爵令息の仲睦まじさは学院内でも有名だもの」
イングリッドは冷め切った卓上のコーヒーを一気に呷った。
「このままだとよくて修道院……悪けりゃ自害ね」
現実を容赦なく突きつけるイングリッドに、再びため息をついた。
「……現場を押さえられなかったのは痛恨の極みだ」
「あるのは下半身サル王子が教室から出てきたっていう、あんたの目撃証言と残留魔力のみ……おまけに学園内で起きた以上、上はもみ消しにかかるわよ」
「だろうな」
不思議はないという口調で、ゼノンは同意した。
学校というものは、基本的に閉鎖された場所である。特にこの魔導学院のような歴史ある学校ほど、校内の不祥事は隠蔽される傾向にある。
ましてや、起こったのは性犯罪……それも、第一容疑者が王太子殿下その人……もみ消すどころか、噂に上ることさえ上は許さないだろう。
(……やっぱり、この手しかないか)
「イング姐、頼みがあるんだ」
「どしたの? 改まって」
「彼女を……カティア嬢を助手にしてやってくれないか?」
ゼノンの頼みにイングリッドは目を見開いた。
「ちょっと、それどういうこと?」
「校内でも迷わずやらかすようなクソ王子が、一回であの娘を手放すとは思えない。起こったことは消せないが、せめてこれ以上の被害は防いでやりたい」
「だからって、助手? あたしの?」
「彼女の優秀さ、むしろイング姐のほうがよく知ってるはずだよ」
「問題にしてるのは、そこじゃないわ。王権を振りかざされたら、あたしでも逆らえないわよ?」
そのイングリッドの言葉に、ゼノンは懐から取り出したものを彼女に向かって投げ渡した。
受け取ったものは、菱形の赤い魔石が中央にはめ込まれた御守だった。
「これは……」
「王族魔力が込められたタリスマンだ。アルとフローラの魔力が込められている」
疑問符を浮かべるイングリッドにゼノンは答えた。
アルはリーズバルト王国当代国王・アルハザード・リーズバルトを、フローラはその娘にして第一王女・フローレンス・リーズバルトを指している。
「これが委任状ってわけね」
「ああ。全部で三つ受け取った。あと一つはアンジェリーナ嬢にわたすつもりだ」
「何かあったら、これを見せてやればいいわけね」
「ああ、ゴミ王子はこっちでなんとかする。彼女を見てやってくれ」
「……わかったわ。できる限りはやってみる」
「頼んだぞ、今から王宮に行ってくる。ああ、それから」
出て行こうとして、思い出したように、イングリッドに振り返った。
「コーヒー、ごちそうさま。前よりも、おいしくなったよ」
それだけ言い残して、ゼノンは化学室を後にした。
「……なんだかんだ。成長してるじゃない」
昔は絶対に聞かせてくれなかった言葉は、悪い気はしなかった。
11
お気に入りに追加
72
あなたにおすすめの小説
問い・その極悪令嬢は本当に有罪だったのか。
風和ふわ
ファンタジー
三日前、とある女子生徒が通称「極悪令嬢」のアース・クリスタに毒殺されようとした。
噂によると、極悪令嬢アースはその女生徒の美貌と才能を妬んで毒殺を企んだらしい。
そこで、極悪令嬢を退学させるか否か、生徒会で決定することになった。
生徒会のほぼ全員が極悪令嬢の有罪を疑わなかった。しかし──
「ちょっといいかな。これらの証拠にはどれも矛盾があるように見えるんだけど」
一人だけ。生徒会長のウラヌスだけが、そう主張した。
そこで生徒会は改めて証拠を見直し、今回の毒殺事件についてウラヌスを中心として話し合っていく──。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
ざまぁはハッピーエンドのエンディング後に
ララ
恋愛
私は由緒正しい公爵家に生まれたシルビア。
幼い頃に結ばれた婚約により時期王妃になることが確定している。
だからこそ王妃教育も精一杯受け、王妃にふさわしい振る舞いと能力を身につけた。
特に婚約者である王太子は少し?いやかなり頭が足りないのだ。
余計に私が頑張らなければならない。
王妃となり国を支える。
そんな確定した未来であったはずなのにある日突然破られた。
学園にピンク色の髪を持つ少女が現れたからだ。
なんとその子は自身をヒロイン?だとか言って婚約者のいるしかも王族である王太子に馴れ馴れしく接してきた。
何度かそれを諌めるも聞く耳を持たず挙句の果てには私がいじめてくるだなんだ言って王太子に泣きついた。
なんと王太子は彼女の言葉を全て鵜呑みにして私を悪女に仕立て上げ国外追放をいい渡す。
はぁ〜、一体誰の悪知恵なんだか?
まぁいいわ。
国外追放喜んでお受けいたします。
けれどどうかお忘れにならないでくださいな?
全ての責はあなたにあると言うことを。
後悔しても知りませんわよ。
そう言い残して私は毅然とした態度で、内心ルンルンとこの国を去る。
ふふっ、これからが楽しみだわ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる