R-18】盾の乙女と棺背負い  ~婚約者の策略で純潔を散らされた令嬢は愛する人と巡り合う~

がめおべら

文字の大きさ
上 下
3 / 31

第二話

しおりを挟む
 その日、校内は突然の転入生の話題で持ちきりだった。
 貴族クラスに転入しながら、身分は平民。それでありながら、強力な魔力を持ち、詠唱その他の実技も優秀だった。
 だが、何よりも噂になったのはもちろん、今朝のアーノルドとの一幕だ。
 どれだけ傍若無人であろうと、王太子は王太子、いかなる者も敬意を払って対応するのが当然だ。
 だが、件の転入生はまるで違った。王族が振り上げた拳を躊躇うことなく掴んで押さえ込み、挨拶もなく睨み付け、容赦なく詰問する……無能な王太子にはゴマをするか、関わらないかに対応が二極化していたが、彼はそのどちらでもなかった。

「今朝の騒動、見た!?」
「もちろん!! 傍若無人の色ボケ王子がいい気味だ!!」

 昼休みの食堂、昼食を取る生徒たちでごった返すそこに、姦しいやりとりが響く。
 女三人寄れば……などと言うが、その一角を担うアンジェリーナは残る二人の勢いに気圧されて苦笑した。

「拳骨あっさり止められて、顔真っ赤だったわよ!! 止められるだなんて、かけらも考えていなかったんでしょうね!!」

 サバサバとした口調でアーノルドを嘲笑する蒼い髪の令嬢は、マレーネ・イクルシア子爵令嬢。下位貴族の出身だが、アンジェリーナとは乳姉妹の間柄であり、物心ついた頃からの付き合いがある、所謂幼馴染みという関係の少女だ。

「朝の一件もすごかったが、それだけじゃないだろう!! 剣術の授業にバカ王子の首根っこを掴んで現れたのは痛快だった!!」

 ポニーテールに結い上げた栗色の髪を揺らすのは、メルディア・ロズウェル侯爵令嬢である。
 侯爵家という高位貴族に生まれた彼女は、同じ夜会でアンジェリーナとともにデビュタントを果たした仲だった。出身も家の気風も何もかも違うはずの二人は、その時から妙に馬が合い、王都の王立魔導学院にともに入学、乳姉妹のマレーネも交えて、三人で交流するようになっていた。

「そうそう!! あんときのバカ王子、もー、いっそ哀れだったよね!! いっつも威張り散らしてるのに、怒られた子犬みたいになっちゃってさ!!」
「そして、やってくるなり、彼が皆に言い放った一言がまた痛快だったな!!」

 二人、にひひと意地悪な笑みを交わし、

「「申し訳ありません。忘れ物を取りに行ってました」」

 二人で復唱して、笑った。それを、アンジェリーナは苦笑を浮かべたまま見つめる。

「いやー、アンジェも運がよかったよね。こんな形で救世主が現れるなんてね」
「本当にな。私たちは助けになれていなかったからな」
「そんなことはありませんわ、こうしてお昼を一緒にしてくれるだけでも充分ですもの」

 ベーコンエッグのガレットを切り分けながら、心からの本心でアンジェリーナは答えた。
 貴族制度が健在なこの世界では、身分は絶対である。彼女らの立場では、曲がりなりにも王太子であるアーノルドには意見すら許されなかった。だから、親友である二人も傍観者に徹するしかなかったのである。
 その状況を、時期外れの転入生は一瞬で変えてしまった。平民の身分でありながら、堂々と王太子に対応する光景に心配する者もいたし、アンジェリーナもその一人だった。だが、そんな懸念に対して、

「陛下よりお許しをいただいている。心配してくれてありがとう」

 と、笑顔で返されれば納得するしかなかった。
 堂々たる立ち振る舞いに好感を持った生徒は多く、目の前の二人もその一部である。
 そんな二人を眺めながらガレットを口に運ぶ。おいしい。卵とベーコンの焼き加減も絶妙だ。相変わらず、食堂の料理人は腕がいい。
 口の中身を飲み込んで、授業のことを思い出しながら言う。

「話は変わりますが、彼の腕前も驚きでしたわね」
「ああ……」

 授業のことを話題に出すと、途端にメルディアの顔が引き締まった。

「打ち込む隙を全く見いだせなかったのは初めてだよ」

 ローストビーフを切り分ける手を止めて、メルディアは悔しさを隠しもせずに言った。
 先ほど言及した剣術の授業の際、一度メルディアとゼノンが手合わせしたのである。
 互いに授業用の模擬剣を手にして向かい合う。メルディアは正眼に構えたものの、ゼノンは切っ先を上げるそぶりすら見せなかった。
 舐めている。そんな思考は一瞬で砕け散った。
 どう攻めても、打ち込めるビジョンが浮かばない……付け入る隙が見当たらない。どんな一撃も、防がれ、返り討ちに合う……そんな確信がメルディアを支配した。
 気が付いた時には、参ったと口にして剣を下ろしていた。

「なんかあきらめたみたいな感じだったよね。もうなんか、やるまでもないって言うか」

 クラブハウスサンドをのみ込んだマレーネが、授業風景を思い返しながら言った。

「まさしくマリーの言うとおりだよ……やるまでもなく、私の負けだ」
「メルがそんな風に言うだなんて……そんなに強いの? ゼノン様は」

 メルディアの言葉を心底意外に思ったアンジェリーナはそう問うた。
 東の国境沿いに領地を構えるロズウェル侯爵家は、西の辺境伯と並んで国防の二本柱と称される武門である。『精霊戦争』の際も、王国を守るために辺境伯家とともに精霊に立ち向かった。
 その家の長女として生まれたメルディアは、自身も令嬢よりは騎士としての生き方を望んだ。淑女としての作法と教養を収めつつも、他方で自身の武の力を高めることは忘れない。
 終戦からまだ間もないこの時代、貴族の子女は形だけでも武術を収めるのが慣例となっている。武門の出であるメルディアも例に漏れず、あらゆる武術を学んでいた。魔術、乗馬、射撃、体術……その中でも剣の腕は同世代の少年少女の中でも抜きん出ていた。
 そんな彼女が、一合も交えず敗北を確信したというのだから、よほどの強者なのだと実感できた。

「強いとか、そんな話じゃないな。字義通り、次元が違う。自分がどれだけ狭い世界で思い上がっていたのか、思い知らされた気分だよ」
「おお、そこまで言っちゃう?」
「あなたほどの人がそこまで言うなんて……」
「誇張でも何でもない。実感だよ」

 ナイフとフォークを置いたメルディアは、達観したように天井を見上げた。

「はっきりイメージできたよ。自分の敗北をね。打ち込んだら、その瞬間に返り討ちに遭う……理屈じゃない。はっきりと、感じたんだ……陛下やフローレンス殿下とともに戦ったって言う話、今ならうなずけるよ」

 重々しくそう言うメルディアに、アンジェリーナとマレーネはかける言葉が見つからなかった。
 彼が自己紹介した当初、その内容に真っ先に異を唱えたのがメルディアだった。自己紹介を終えたときのやりとりを思い返す。

「アンジェを助けてくれたことには礼を言う……だが、戦場帰りなどという戯言は看過できないぞ」
「そうか」

 鋭く詰問するメルディアに対して、ゼノンの返答は醒めたものだった。

「あの戦争では大勢が命をかけ、散っていった」
「そうだな。間近で見ていたから、君よりもよく知っているよ」

 そう返したとき、何か名状しがたい、仄暗い陰りがゼノンの相貌に差し込んだように見えた。

「そんな戦いに参加した? たった一二歳で? 信じろという方が無理があるぞ」
「別に信じてくれなくていいさ。まぁ、気になるならお父上に聞いてみるといい」

 面倒そうに答えた彼は、そこで何かを懐かしむような表情になった。

「彼はまだカイゼルひげを?」
「……父を知っているのか!?」
「オーランド・ロズウェル。第二魔導中隊所属。最終階級・中佐。当時の愛機はブルーストライプの『プロト・イクスレイヴ』。多くのフレームドライバーがライフルやサブマシンガンを使う中、ただ一人ショットガンを愛用していた。ギリギリまで接近しての超近接射撃で確実に仕留める戦い方から、ついたあだ名が『パイルバンカー』だ。覚えてるだけでも三度、命を救われたよ……まだ、ご健勝か?」
「あ、ああ。殺しても死なないくらいに元気だ……じゃなくてだな!!」
「そうか!! 元気か!! あの脳筋突撃バカが父親か!! 生き残ってみるもんだ!!」

 それからは、一人哄笑した。その光景にクラスメイトの大半があっけにとられたのだった。

「まー、あのやりとりでおもしろい人ってことはよくわかったよねー」

 あっけにとられた大半に入らなかったマレーネが、しみじみとそう言った。

「とにかく、上には上がいる……それを思い知らされた。父上にも話を聞いて、さらに鍛えねば……いつか、あいつから一本取ってみせる!!」

 握りこぶしで、メルディアは決意表明した。
 その傍らで、アンジェリーナはゼノンの顔をよぎった陰りの意味を、一人考えていた。

「それはそうとさ!! いよいよ来週あれなんだけど!!」

 場の空気に耐えかねたのか、マレーネが突然嬌声を上げた。

「あれ?」
「そーあれー。上半身ジロジロ見られるやつ~」
「ああ、月に一度の健康診断ですわね」

 ぐだぐだになったマレーネのぼやきに、得心したようにアンジェリーナは答えた。

「全くなんなのさ、あれ~? 未婚の令嬢は肌を見せるべからず!! なんて説教かましといてさ、あれん時だけお医者様に体を見せなさいってなんなのさ~。全身くまなく、特に背中をジロジロ見られて毎回やになんだけど」
「気持ちはわかるが、国が義務づけているのだから仕方がなかろう。精霊がかけた呪いが発現していないか、確認しているらしいからな」

 メルディアの答えは事実である。終戦時、この世界から精霊が撤退する際、人類に呪いをかけたのである。
 その呪いは、発動の条件が一切わかっておらず、またどのような異常が起こるか定かではないため、常に国民の健康状態を把握しなければならない……それが、月一の定期検診の目的だった。

「アンジェー、メルー、どっちでもいいけど、呪いってなんなのか、聞いたことないの?」
「ありませんわね。お父様は戦争のことはあまり話したがりませんから」
「アンジェに同じだ。父上も戦争のはなしはしたがらない」

 ぐでんぐでんな問いに二人してそう答える。

(けれど、いわれてみれば)

 呪い。その内容に関しては、全く知られていない。宰相を務める父・デュラスからも聞いたことはなかった。
 もしかしたら、彼なら……

「件の転入生くんはなんか知ってたりするんかねー、国王陛下と懇意らしいしー、と」

 そこでマレーネが食堂の出入り口に目を向ける。つられて視線を向けると、噂の中心にいる赤毛の男。

「噂をすれば~」

 ゼノン・マクシミリアンがこちらに歩いてきていた。

「やあ、ごきげんよう、お三方」
「ごきげんよう、ゼノン様」
「ごきげんよう、マクシミリアン卿」
「こんにちは~、ゼノンくーん」

 声をかけてきた相手に、三者三様に返答した。

「バカ王子を探してるんだが、見なかったか?」

 その問いに、アンジェリーナは他の二人を見回した。そろって首を振るマレーネとメルディア。

「存じませんわ。わたくしたちはお会いしてません」
「そうか……邪魔して悪かった」

 そう言って踵を返しかけ、

「あ、ちょっと待って!!」

 それをマレーネが呼び止めた。

「何かな? イクルシア子爵令嬢」
「マレーネでいいですよー。月一の定期検診ってあるでしょ? あれって、精霊に呪われた人を探すためって聞いたんだけどさ、呪いって具体的にどんなんなの?」

 その問いを聞いた瞬間、ゼノンの面にあの『陰り』が差した。
 そうなったゼノンの顔を見たアンジェリーナの背筋を、強い悪寒が走り抜ける。

(……一体)
「残念だが、国家機密だから俺にも詳細は知らされていない。すまないな」
「い、いえいえ、全然!! そっかー、ゼノンくんも知らないかー」
「まぁ、月に一度検査するぐらいだから、何かしら重篤なものなのは確かだろうな。それこそ、

 最後に、一字一句を強調しながらの言葉に、三人の顔色が変わる。

「……下手に公表すれば、国全体が疑心暗鬼に陥る、と?」
「国は少なくともそう考えてんだろ。終戦から六年経つ今でも、奴らの目的さえわかっちゃいないんだ。慎重にもなるさ……と、昼休みもあと一五分か。悪いが、バカ王子に用があるんでな、失礼する」

  そう言って、今度こそ踵を返したゼノンは、大股で歩き去った。

「……なーんか、怪しいね」
「同感だ。あれは多分、知ってるぞ」
「…………」

 ゼノンの態度を肴に議論を始める二人を尻目に、アンジェリーナはゼノンの顔に差した『陰り』の意味……その目に浮かんだ暗い感情の意味を考える。

(まるで)

 知らない方がいい。そう考えているように思えてならなかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

思い出してしまったのです

月樹《つき》
恋愛
同じ姉妹なのに、私だけ愛されない。 妹のルルだけが特別なのはどうして? 婚約者のレオナルド王子も、どうして妹ばかり可愛がるの? でもある時、鏡を見て思い出してしまったのです。 愛されないのは当然です。 だって私は…。

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

処理中です...