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62話(3)人生における大きな決断。踏み出せずにいる私の最後の一歩。
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「ちょっ…急に何?!?!」
「べつに?」
突然のキスに顔が真っ赤に染まっている。ふふ、可愛い。海鳥たちが冬の寒さに耐えながら、空高く舞い上がり、飛び交う姿を目で追う。海の向こうから吹く風はとても冷たい。
「如月っ、海!」
パッと私の手を離し、睦月が砂浜へ駆け出す。屈託のない笑みで走る貴方の後ろを、ゆっくり歩き、ついていく。
2月の海は寒い。凍てつく風が砂浜を吹き抜け、波は鋭く砂浜に打ち寄せて砕ける。こんなに寒いのに、睦月さんは砂浜の上を、白い息を切らしながら元気に走る。まるで、子ども。
「如月~~!!! みてみて!!! かに!!!」
「そうだねー」
顔に喜色を浮かべ、私に蟹を見せてくる。曇りなく笑う睦月を眺めながら、砂浜へ腰を下ろした。
空は鈍色に覆われ、曇天が広がるが、貴方の魅せる笑みは一筋の陽光のような輝きを見せ、寒々とした海面を照らす。
ふふ、私の大好きな人。
今日も笑顔が素敵。
身震いするような寒さを感じながら、海水の匂いや、打ち寄せる波の音を静かに楽しんだ。
*
「よいしょっ」
「鼻と頬が真っ赤になってますよ」
「ぇえ?! 走ったからかな?!」
如月の隣に座る。真っ赤になっていると言われたけど、如月も鼻が赤くなっている。可愛い!! 海辺を無言で見つめる如月に、なんて切り出そうか、悶々と考える。
今日は大切なことを如月に伝える。
「その……なんだ……え~~っと…」
「寒いですね」
「えっ?! そうだね!!! じゃなくて!!!」
「うん?」
ぱんぱん。両手で頬を叩く。ひよるな!!! 俺!!! 如月に対しても、自分に対しても、如月の家族に対しても、ちゃんとけじめをつけようって決めたんだ!!!
そのために準備してきたのだから、ちゃんと決めないと!!!
「う~~っ…あーーっ……」
「ふふ…あははっ……」
「……なんで笑うの」
「そんな難しいこと? お誕生日おめでとうでしょ? あんまり強く叩いたらほっぺ赤くなっちゃうよ」
「…………」
そうだけど…そうだけど違う!!! 俺の頬を如月が優しく手のひらで撫でた。切れ長の茶色の瞳をじぃっと見つめる。睫毛の長い、薄い二重瞼が綺麗で、その瞳に見つめられると、少し恥ずかしくなる。
波の音が優しく耳に届く中、俺の頬に触れる如月の手に自分の手を重ねた。如月、大好きだよ。如月の目を見て、微笑む。
「…………」
「……睦月さん?」
心臓が高鳴り、言いたい台詞が中々出て来なくて、言葉が詰まる。深呼吸して、気持ちを落ち着かせ、口を開いた。
「俺にはもう……如月のいない人生は考えられない。俺にとって如月と過ごす毎日は何よりも大切で……これからもずっと俺の隣に居て欲しい。俺と結婚してください」
「え……?」
口から出る言葉の全てが震える。如月の目からは戸惑いと困惑が伝わってくる。上着のポケットからリングケースを取り出し、如月の指にはまっている黒い指輪を抜き取った。
俺の1か月分の給料で買った結婚指輪。そっと、如月の指に、はめる。
「私の答えを訊かずにはめるのですか?」
「イエス以外は訊かないよ?」
自分の指からも黒い指輪を抜き取り、付け替える。瞳に涙を滲ませながら、目を細めて笑う如月に胸を撫で下ろす。如月の瞳が閉じるのを見て、顔を近づけた。
「如月……愛してるよ……」
瞼を閉じ、如月に優しく唇を重ねる。柔らかく口唇が触れ合う。甘く、穏やかに唇を啄む。薄目を開けて如月を見ると頬が薄紅色に染まっていた。色っぽさに胸がドキッとする。
「きさら…」
「弥生。弥生って言って?」
「や……やよい……さん」
「さん?」
「呼び捨てに謎の抵抗が……」
「如月って呼ぶのに?」
「名字だから恥ずかしくない(?)」
もう少しキスしたかったな。色付いた口唇を見つめると小さく動いた。
*
「……でも日本では同性同士の結婚は出来ませんよ」
「それ、今言う?」
しゅんとする睦月の手を握る。私にとっては大切な話だ。睦月さんが私に大切なことを言った以上、私もきちんと向き合いたい。
「大切な話ですから」
「それなんだけど……俺……関係性にけじめを付けたくて……その……パートナーシップ制度? を利用したい」
「…………」
来た。想像していた言葉が睦月から発せられ、私の気持ちにずしっとのしかかる。本当にこれはプロポーズだ。『結婚』するなら話し合わなければ。
「自分が私に何を言っているのか分かってますか?」
睦月を真っ直ぐ見つめ、握った手に力を入れる。プラチナの指輪を私に贈るくらいだ。睦月さんが生半可な気持ちで、言っている訳じゃないのは分かる。
それでも私は確認したい。
貴方が本当に私と生涯を共にする覚悟があるのかを。
そして、まだ、貴方と一緒になるための最後の一歩が踏み出せずにいる私の背中を押して欲しい。
口からはつらつらと、確認する言葉ばかりが出る。
「パートナーシップ制度は法的効力がないですが、自治体に認められ、証明書が発行されます。よくも悪くも『結婚に相当する関係』になるのですよ?」
「たった、紙切れ一枚かもしれませんが、宣誓したら、それはもう生涯を共にするという契約でしかないのです。解消にも手続きがいるしね」
「私は同性ですよ? いいんですか? 本当に?」
握っていた手が払われ、砂浜に押し倒された。柔らかい砂浜に背中が沈む。睦月が睨むように私を見つめた。
「ちょっ……」
「如月はいつも『今更』過ぎる!!! 何をそんなに心配してるの? 俺と結婚するのが不安?!?!」
「いや……そういうわけじゃ……」
両手が重なり、指の間に睦月の指先が差し込まれ、指が絡み合う。
「全部分かってる上で言ってる!! 同性とか、そういうのは関係ない!! 俺が、如月とこれからもずっと一緒に居たいからなんだよ……良い加減、分かれよ。逆に如月は良いの? 俺と宣誓しても? 至らないところはいっぱいあるし、13歳も年下のガキとは結婚したくない?」
結婚したくない訳ではない。でも結婚するのが怖い。この気持ちを伝えなければいけない。両手を押し返し、睦月を押し倒す。
どさっ。
「おわっ!!!」
「……私は貴方が階段から落ちたあの日から、睦月さんとは結婚してもいいと思っていました。年齢も性別も関係ない……なのに……結婚が現実的になったら……貴方の覚悟に私が怖気づいただけ……」
睦月の頬にかかった砂を、手の甲で優しく払う。プロポーズされた時とは違う涙が瞳に溜まる。
「貴方の今後の人生が決まる大きな決断だと思うと……余計に頷けない……」
私の頬に睦月の手が添えられた。指先が濡れた目尻をなぞり、涙を拭う。
「怖がってもしょうがないだろ。一歩踏み出さないと、何も始まらないよ、如月。ずっと今のままだ。そりゃ、俺だけじゃなくて、如月にとっても『結婚』は大きな決断で、不安に思うかもしれないけど。俺と如月の未来を信じて、前に進もう?」
私を包み込むような優しい笑みに顔が綻ぶ。私の不安も貴方の言葉で全て解かされていく。
「貴方には敵わないなぁ、もう……」
一旦溢れ始めた涙は、もう歯止めが効かず、はらはらと流れ続けた。
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