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60話(5)この婚約、破棄してもらえませんか? そして如月の婚約者と対峙ーー。
しおりを挟む「はぁ~~落ち着く……」
全ての片付けが終わり、急須で湯呑みにお茶を注ぎ一服する。やり切った!!! 緊張で硬くなった身体はほぐれ、精神的にも穏やかになっていた。
「睦月ちゃん、北条さん来た」
「え……」
小春に声をかけられ、振り向くと、優しそうな歳を重ねた男性が立っていた。さっきまでリラックスしていたはずなのに、緊張を腹の底から感じる。
「こんにちわ……」
「こんにちわ。君が睦月くん?」
「……はい」
じんわりと手のひらが汗ばむ。握手をするわけでもないのに、エプロンで手のひらの汗を拭う。小春が「立ち話も……」と俺たちを縁側へ案内した。
北条と横並びで縁側に腰掛け、庭を眺める。もうすぐ2月。庭に植えられた梅の木は、百花に先駆けたように咲き、春の訪れを告げていた。
正座をして、北条の目をじっと見つめる。自分の気持ちを全て伝えよう。膝の上でぎゅっと拳を握り、額が床に付くほど頭を下げた。
「ごめんなさい……俺……如月……弥生さんと……恋人なんです……同性だけど…愛してて……そりゃ結婚とかは出来ないかもしれないけど……それでも俺の大切な人だから…だから…この婚約……破棄してもらえませんか? お願いします!!!」
「……頭を上げて」
深々と下げた頭をゆっくり上げる。ぽろぽろと溢れた涙で北条が霞んでよく見えなかったが、優しく笑っているように見えた気がした。
「娘のお友達? が家に来てから色々考えさせられて。君がもし、僕を訪ねてきたらこの婚約は娘と妻に話して取り下げようと思っていたんだ」
「じゃあ婚約は……」
「娘と妻が勝手に申し訳なかった。許してくれ。婚約は破棄する」
「あ…………」
良かった。ほっと、胸を撫で下ろす。それも束の間。バタバタとした足音がこちらに近づいてくる。誰だろう? 目線を部屋の方へ向けると、如月の婚約者が北条に詰め寄っていた。
「パパ!!! 婚約破棄するってどういうこと?!?!」
「睦月ちゃん、ごめん。止めたんだけど、勝手に家へ上がり込んできて……」
「え? あぁ、はい……大丈夫です……」
突然、乱入にしてきた澪に呆然としながら、親子を見つめる。まぁ、そうだよね。婚約破棄するってなったら、彼女にとっては一大事なことだろう。
「澪。この婚約はダメだよ。弥生くんには睦月さんという大切な人が居るんだ。誰かから奪ってまでしていいことじゃない」
「弥生から了承は得たもん!!!」
「無理矢理じゃん!!!」
「なっ!!!! 無理矢理じゃない!!! 弥生から婚約するって言ったんだから!!!」
思わず口から大きな声が出てしまう。慌てて口元を手で押さえ、黙り込む。理解のなさそうな澪を見て呆れたのか、小春が俺の隣に座り、話し始めた。
「弥生は……セクシュアリティに関係なく人を好きになる。男も女も、性的指向も……関係ない。好きになった人が好き。裏を返せば自分が好きになった人しか愛さない少し潔癖なところもある……」
小春に、ぽんっと頭が撫でられた。如月に愛されてるよと言われたように思えた。
「だから……貴女が弥生と婚約しても良いことはないと思う……それに弥生はこの子にお熱だしね」
「何よ!!! みんなしてそいつの肩持って!!!!」
「ねぇ、如月は……? 如月は今どこに居るの?」
1番の心配事。俺の質問に澪は「はぁ?」と首を傾げた。嫌な予感が背筋を冷たく流れる。
「何を言ってるの? 貴方の家に居るんでしょ?」
「……居ないけど……」
「弥生なら昨日、私が仕事から帰ってきた時にはもう家に居なかった!!!」
「え……探しには……?」
「行ってない!!! どうせ貴方の家だと思ったからね!!!」
待って。昨日の夜には如月はもう居なかった? 今、次の日の昼ですけど。如月は夜、一体、どこに寝泊まりしたの?! うちにも居なければ実家にも居ないよね? 如月はどこに居るの?!
如月が居なくなっているのに、探しにも行っていない澪に怒りが込み上げる。
「如月のこと好きなんじゃないの?! なんで居なくなってるのに探しに行かねぇんだよ!!!」
「だからぁ、貴方の家に居ると思ったから……」
急いで立ち上がり、着けているエプロンを剥ぎ取る。早く探しに行かなきゃ!!!! 如月を失うかもという恐怖で手が微かに震える。こんな形で居なくなるなんて思わなかった。
「スマホは?! 如月のスマホ!!! 持ってるの?! 如月は!!!」
「……取り上げてる」
「バカかよ!!! 家の鍵は?!」
「……貴重品は全部預かってる」
「…………」
呆れて言葉も出ない。連絡がつかなかったのは取り上げられていたからか。何も持っていないなら行き先も限られているか?!
「む、睦月さん!!!」
誰かに呼ばれ、振り返る。如月のスーツケースを持った女性が庭先に立っていた。誰? 全然知らない。顔も見たことがない。でもあのスーツケースは如月のものだ。
「す、すみません……勝手に庭に入って……私、北条家の使用人です……」
「それ、如月のスーツケースだよね?」
「お返ししようと思って……」
「なんで返すの?! 私は婚約破棄なんてまだ認めた訳じゃない!!!」
本とかいっぱい入って、重かっただろうに。使用人と自称する人物は両手で大事そうにスーツケースを持ち、俺の目の前に置いた。
「あの……これ……貴重品です……あと探したのですが……指輪とピアスだけは見つからなくて……」
「如月は外してたの? そっちの家で??」
「え……あ……はい……お嬢様に対しても睦月さんに対しても悪いからって……透明のピアスをされてました……」
俺の家に来た時はわざわざつけてきたんだ。ピアスと指輪は今、如月が持ってるってこと? どっちにしろ如月を探さないと!!! この場を離れようと足を踏み出すと、腕が掴まれた。
「待って!!!! 弥生はあげない!!!」
「はぁあぁあ?!?! あげないも何も、そもそも俺たちは別れてない!!! むしろ俺があげないっつーの!!!」
あげるとかあげないとかそういう問題じゃない!!! 既に婚約破棄は成立している!!! みんなに色々言われようが全く、聞く耳を持たない澪が恐ろしい。
「お嬢様!!! いい加減にしてください!!! 自分の幸せをちゃんと考えましょう!!! 誰かを傷つけてまで、手に入れたって、幸せにはなれません!!!」
「やだぁ~~……ずっと好きだったからぁ……簡単には諦められないよ……」
「少しずつ忘れていきましょう……今よりもっと素敵な人と巡り逢えますよ……きっと……」
靴を脱ぎ、縁側から上り、澪を抱きしめる使用人を穏やかな目で見つめる。嫌なことはいっぱいされたし、許せないこともあるけど、もういいや。
心の中で静かに澪の幸せを願う。
如月を探しに行こう。
スマホでタクシーを呼び、如月の実家を飛び出した。
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