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59話 私の大好きなお兄ちゃんを傷つける人は誰であっても絶対に許さないーー。
しおりを挟む睦月さんと離れてから何日が経ったのだろう。毎日怒鳴られる日々。機嫌を損ねるとご飯が作ってもらえない。そんな生活にうんざりしている。
ダイニングテーブルに資料を広げ、キーボードを叩き続ける。もうすぐ澪が帰ってくる。自分のやれる家事は全てやった。改めて睦月さんはすごいと思う。
「会いたい……」
睦月さんからのメールには、北条家のお父さんに会う方法を考えると記載されていた。それしか私も方法はないと思う。とりあえずセッティングとかは睦月さんたちに任せよう。
「なんだか睦月さんに頼りきりだなぁ」
テーブルに置かれたカレンダーをじぃっと見つめる。明日は1月11日……? はっ!!! 睦月さんの誕生日!!! 私の生活は澪の監視下だが、どうにか隙を見て、睦月さんに会いに行きたい!!!
「でも土曜日……この家から抜け出すのは至難の業……」
むーー。会うのは難しい? プレゼントは事前に贈ってある。だけど、やっぱり会いたい!!! 少しでいい。どうにか抜け出して会いに行こう!!!
「ただいまぁ~~弥生っ!!」
「……おかえりなさい」
帰ってきてしまった。急いで机の上を片付ける。片付けてないだの、金にならないだの、私の仕事に対して、文句を言われるのは腹が立つ。
「また書いてたの? 何この辞書!!! 買ったの?! 買う必要あるの?!」
「あるから買ったんです」
澪が机に置かれた分厚い辞書を手に持った。ふと、澪の手が目に留まる。手が汚れてる? なんだろう? 澪の手首を掴み、袖を捲りあげた。
白い腕が赤や黒で汚れている。まるでどこかに落書きでもしてきたみたいだ。脳裏に睦月さんの顔が浮かび、背筋がゾッとする。
「ちょっと!!! 何するの!!!」
「なんですか?! この汚れ! スプレー? ペンキ? どこで何してきたんですか?!」
「別になんだっていいでしょ!!! 離して!!!」
ごっ。
「ーーっ!!!」
腕に鈍い痛みが走り、掴んでいた澪の手首を咄嗟に離す。痛い。辞書の角で叩くかぁ? 普通。
「弥生が悪いんでしょ!!! 離してくれないから!!! それにあいつも悪いのよ!!! 別れてるくせにいつまでも弥生に付き纏って!!!」
「いった!!! ちょっ!!! 叩くな!!!」
何度も辞書の角が降りかかり、腕で防ぐ。こんなので何回も殴られたら、たまったんもんじゃない!!! 椅子から立ち上がり、澪の持っている辞書を取り上げた。
「なんなのよ!!! やめてよ!!! もうっ!!! 何この小説のブックカバー!!! 誰の手作り?!?!」
「それは睦月さんがーー」
澪が引き出しからハサミを取り出したのを見て、慌ててブックカバーのかかった小説を背中に隠す。女性とは鋭い。
「早く後ろのそれ、出して!!!」
「……イヤです」
「出しなさいよ!!!」
「絶対にイヤです!!!」
だってこれは睦月さんが私のために作ってくれたブックカバー。絶対に絶対に、切り刻まれたくなんかない!!!!
「往生際が悪い!!!」
「痛っ!!!!」
髪の毛が掴まれ、跪かされた。強い力で髪が引っ張られ、頭が澪に引き寄せられる。髪の根元がズキズキと痛む。痛い。本当に痛い。でもどんなに痛くてもこのブックカバーは渡したくない!!!
「いつまで隠してるのよ!!!!」
「ぁあっ!!!」
ブックカバーが奪い取られ、澪が小説ごとハサミで切り始めた。あぁ……。睦月さんが作ってくれたブックカバーが。私のたったひとつのお守りが。ハサミで切り刻まれていく。
あまりのショックに言葉も出ず、ただ、切り裂かれるブックカバーを見つめた。
澪がバラバラになったブックカバーと紙をかき集め、私の頭上から嘲笑うように落とした。
「あぁ……」
「糸屑だらけになっちゃった。掃除しといてね」
はらりはらりと髪を伝い、破片が落ちてくる。ずたずたになったブックカバーを両手で受け止めた。ごめん。折角作ってくれたのに。ごめん、睦月さん。
1枚1枚丁寧に切り刻まれたブックカバーを、ひとつの糸屑も残さず全てを拾い集め、抱きしめた。
会いたい。睦月さんに会いたい。
掛け時計をちらりと見る。日付が変わり、睦月さんが誕生日を迎えるまで、あと6時間。
涙で滲んだ瞳を手の甲で拭い、ブックカバーを抱え、立ち上がる。しっかりしろ弥生!!! 頭を左右に振り、内にこもりそうな気持ちを追い払う。
「……気持ちを強く持たなくちゃ」
目をしっかり見開き、一度、自分の部屋に戻った。
*
「うわぁ……」
図書館から帰ってくると、玄関のドアには『死ね』『ゲイ』『気持ち悪い』『付き纏うな』『二度と関わるな』など、兄への暴言がびっしりと、赤や黒のスプレーやペンキで書かれていた。
それだけじゃない。生卵や暴言の書かれた紙がポストに突っ込まれている。酷い……。なんでお兄ちゃんがこんなことされないといけないの?
「こんなのお兄ちゃんに見せられない……」
家に入り、鞄を投げ捨て、濡れた雑巾と中性洗剤を片手に、落書きされた扉の前に立った。お兄ちゃんが帰ってくる前に落とさないと。
「うぅ……落ちない……」
何度も何度も何度も濡れた雑巾で擦る。冬の冷たい空気と風のせいで指先がかじかむ。それでも、一心に雑巾で拭き続ける。完全には落としきれない? でも色は落ちてきた。
「卯月? こんなところで何してるの?」
「えっ?! お兄ちゃん?!?!」
もう帰ってくる時間?! ハッとして、外を見るともう真っ暗。集中し過ぎて、こんな時間になってるなんて気付かなかった!!!
「えと~~あーー、ドア汚いなぁって思って……えへへ掃除? みたいな??」
「…………」
扉の前にサッと立ち、落書きを隠す。ただでさえ、如月が居なくなって傷ついている兄をこれ以上、傷つけたくない。
「どいて」
「や、やだ??」
「いいから」
兄に強引に肩を押され、扉の前から退く。薄ら残る落書きを兄がしばらく見つめ、こちらを振り返った。
「俺のために消してくれたの?」
「うん……ごめん。あんまり綺麗に消えなかった」
「こんな冷たい雑巾で……ありがとう」
冷たくなった手が兄の両手に包まれた。あったかい。綺麗に落としきれなかった申し訳なさで、目に涙が溜まる。
「ごめん、お兄ちゃん。全部落ちなかったぁ……」
「良いんだよ。ありがとう、ありがとう」
ぎゅっと兄の腕が私を抱きしめた。大きくて優しくてあったかいお兄ちゃんの腕。そっと兄の背中に腕を回す。私の大好きな大好きなお兄ちゃん。
たった1人の私の家族。
お兄ちゃんを傷つける人は誰であっても絶対に許さない。
はらわたが煮えくり返るような怒りを心の底から感じる。こんなこと繰り返して良い訳がない!!! 私が犯人を捕まえる!!!!
自分の怒りの全てを手のひらに込め、ぎゅっと握りしめた。
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