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55話(3)私は結婚したくない。折り合いのつかないお見合いに結果はーー。
しおりを挟む家の玄関門の前で待っていると、外国製の自動車が一台止まった。迎えを寄越してくるほど、私とお見合いがしたいというのか。運転手が後部座席のドアを開け、車に乗るように促してきた。
致し方なく、車に乗り込む。窓から河のように流れてくる車を見つめ、到着するのを待った。
睦月さんにこの件のことは何も話していない。なのに、まるで知っているかのような話し方だった。
「……知ってたのかな」
付けてもらった所有の印を、タートルネックの上から撫でる。私は、睦月さんのものだ。心も、身体も、睦月さん以外に捧げる気はない。
睦月さんが他の人のものになるな、と言うのなら、絶対にならない。大切にするべきは睦月さん。気持ちをしっかり持って、断ろう。
しばらくして、車がシティホテルの前で止まり、車を降りた。運転手が同情するような目で私を見て、口を開いた。
「ラウンジへ行ってください」
「…………」
連れてきておいて、哀れむなよ。高級ホテルのロビーを抜け、ラウンジを歩く。シックなインテリアが並び、柔らかな照明があたたかみのある落ち着いた雰囲気を醸し出している。
大きな窓からは手入れされた庭園が一望できた。こんな用で来なければ、良いところだと思えたかもしれない。
辺りを見回していると、女性が手を振ってきた。
「弥生~~っこっち~~!!!」
「…………」
名前を呼ぶ方を眺めると、澪と母親らしき人物が、ゆったりとしたソファに腰を下ろしていた。やっぱり、1人できたわけじゃないか。少しだけ、身構える。
「こんにちわ……」
「まぁ、座ってちょうだい」
向かい側のソファに座り、澪とその母親を交互に見る。にこにこしている澪とは違い、母親は真剣な顔つきだ。
「今日、来て下さったということは澪と婚約する意志があるということで良いですか?」
「は……?」
「つきましては弥生さんには、澪と婚約し、北条家に婿入りしてもらいます」
「……いや、ちょっと……」
聞いていた話と状況が違い、理解が追いつかず、言葉が出ない。見合いじゃなかったのか?? 婚約まで話が進んでいる?? これって、来ちゃいけなかったやつ??
でも会ってこいって。そもそも会ったら婚約成立っておかしくない?? しかも婿入りって。なんで私が婿に入るの??
むしろ全てがどういうこと??
そもそも折り合いがつかなかったどころか、お互いの話が噛み合っていないんじゃないのか?! こんのクソ親父め!!! なんでこんなことに!!! なんとしても断らなければ、取り返しのつかないことになる!!!
膝の上に置いた手にぎゅっと力を入れ、拳を握り、真っ直ぐ澪と母親を見つめた。
「私には大切な人がいるので、結婚の意志はありません」
「でもそういう約束だったでしょう? 今日来ておいて今更結婚出来ませんは聞き入れられませんよ」
「そう言われても、私は今日はお見合いをするということしか聞いてませんので……」
「ほら、聞いてるじゃないですか。逃げるんですか? うちの娘から」
んーーーー!!!! 会話がうまくいかない!!!! 私に睦月さんみたいなコミュニケーション能力があればよかったのに。どうすれば最善なんだ? 分からない。
結婚したくない。睦月さんと生涯一緒に居たい。
今ここで、私が出来ることはきっと、一度この北条家の案を受け入れることだ。父がこの女と話して折り合いがつかなかったように、私も折り合いをつけることは出来ないだろう。
受け入れてどうする? 後で婚約破棄なんて出来るのか? 不安しかない。それでも今は受け入れることしか出来なくて、小さく頷いた。
皐の時とは違い、気持ちは死んでいない。でもやるしかないんだ。首筋の所有の証に手で触れ、気合を入れる。
「分かりました。お付き合いという過程を省いているので、いきなり結婚ではなく、まずは婚約。そして同棲から始めさせてください」
「……いいでしょう。弥生さんは家を持っていたわよね? 澪、そこに住まわせてもらったら?」
「ぇえ~~いいの??」
「……まぁ…はいどうぞ……」
よし、結婚は一時的には魔逃れた。こちらの事情は全て調査済みなのだろう。きっと、睦月さんのことも。今後、婚約破棄するために対策を考えなければならない。
はぁ。睦月さんになんて説明しよう。しばらく一緒に住めないなぁ。
他の人のものにはならないが、貴方の元を少し離れることになりそうだ。
ごめん。
私の大好きな人。
*
婚約しちゃった!!!!!
ちょっと待って。え? 嘘でしょ? 断るんじゃなかったの? なんで受け入れてるの? どうして? 俺の元に帰ってくるんじゃなかったの?!
なんで?? どうして???
後ろの席で琴葉と聞き耳を立てる。話を聞けば聞くほど、不安で胸が押しつぶされそうになる。
しかも同棲?? 家、出ていくの……?
「俺、話に割り込んじゃダメかな……?」
「状況が悪くなるだけだと思う……」
「じゃあ、どうしたら……」
「ごめん……分かんない……」
変装用で被ってきたキャップを深く被る。悔しい。如月の力になりたいのに、何も出来ない無力な自分。このまま、ただ、俺は如月を失ってしまうのか?
何か俺に出来ることはないの?
一生懸命考えても、如月を失うかもしれないという黒い霧が心を覆い、何も思い浮かばない。
不安でもやもやと暗くなっていると、また如月たちの話が再開した。
『さっきから気になるのですが、その指輪外してもらえますか? 大体、今日婚約するとわかっていて、薬指に元恋人の指輪を付けてくるなんて非常識です。娘に失礼だと思いませんでしたか?』
『ママ言い過ぎ~~』
『……すみませんでした。別れているので、彼には近づかないでください』
如月……? 俺、別れてないよ……? 俺、別れる気なんて、一生ないよ……?
俺たち、別れるの……?
如月の言葉に手が震え、涙が溢れる。
「……別れたくないよ……うっ…う~~」
「弥生お兄ちゃんは睦月くんを守るために言ったんだよ……多分……」
「要らないよ、そんな守り……自分のことは自分で守れるから……別れるなんて……言わないで……」
「……それは私じゃなくて弥生お兄ちゃんに言わないと」
止まらない涙を隣に座る琴葉がハンカチで拭う。嫌だ、嫌だ。絶対に嫌だ。別れたくない。離れたくもない。
同棲?
如月の居ない生活?
そんなの認められないよ。
如月たちのお見合いが終わりそうになり、琴葉に手を引かれ、ラウンジを出る。
俺はどうしたらいい? 如月のために別れることしか出来ないの?
ぐちゃぐちゃに交錯する感情を抱えたまま、琴葉と乗ってきた車に乗り込んだ。
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